亡者の群れの中で①
「……廃墟……?」
訪れた異世界。
そこは今までと毛色が違っていた。
明らかに建造物、ビルと思しき建物。
ただし、目に見える範囲にあるそれらは全て倒壊し道を塞ぎ行く手を阻む障害物となっていた。
俺が立つ道路の前にも後ろにも。
上を見上げる。
そこには空はなく、青いパネルの様な物がはめ込まれた天井が広がっている。
「……猶予は……24時間」
それまでに何としても現実に帰還せねば。
何故ならば……『絶対に笑ってはいけない新宿二丁目』を見ながら年越し蕎麦を啜るという日常が待っているのだから。
高校は冬休みに入り、そして、その間にやるべき課題は全て終わらせた。
いざ、と乗り込んだ『G play』がこれである。
門の場所は様々。
洞窟に通路の先にポツンと置かれている所もあれば、広い空間でモンスターが待ち構えその先の門を守っている場合もある。
または、何か仕掛けに隠されていたり、そもそも目につきにくい場所に置かれていたり。
そう言った経験上から、この世界の門は見つけづらそうだと直感的に感じる。
例えば、廃墟の瓦礫の下に埋もれていたとしたらそれを掘り起こさねばならないのだから。
とは言え、動かないとそもそも話が進まない。
登る……か。
「掴み、引上げ、求める
亡国の片隅
積み上がる咎、その頂へ
唱、拾漆 鼓ノ禊 手高掛技」
マナを使い、扉を一つ開ける。
登攀の力、それを身に宿す。
そして、横倒しになったビルの壁面をよじ登っていく。
高所から改めてこの世界の様子を確認する。
ジオフロントと言うのだっただろうか。
天井と、そして周囲を壁に囲まれている。
その天井までは……比較が無いので正確なところはわからないが1キロ以上はありそうだ。
そして、周囲を取り囲む壁。
一番近いところでも2キロ以上は先では無いか?
半球形の空間。
その中に、都市の廃墟が包み込まれてる。
そんな感じだろう。
まずは何処を目指すか。
壁か。
それとも中心か。
闇雲に動くには少し、広い。
瓦礫の上で考える俺の目に中心と思われる方角から発光があった。
僅かに遅れて爆発音。
……何かが戦っている?
他に手掛かりは無い。
俺はその方角へ歩みを進めることにした。
慎重に。
しかし、行く手はすぐに阻まれる。
何者かの気配。
すぐに瓦礫に身を隠し、それを観察。
人影……いや、人ではない。
「暮れない夜
怠惰なる夢を夢と為せ
羽落ちるその束の間
唱、拾陸 壊ノ祓 赤千鳥」
放たれた術が直撃し、胸にぽっかりと風穴を開けた敵はそれでも動きを止めずこちらへと顔を向ける。
焦点があっているかどうか定かでは無い目つきで。
土気色の腐りかけた肌。
緩慢な動作。
亡者。
つまりゾンビ。
本来退魔師である俺の十八番。
なのだが……。
「風止まる静寂
溢れる鬼灯
涙は涸れ、怨嗟は廻る
唱、捌 現ノ呪 首凪姫」
左手の入れ墨に触れながら唱える。
呼び声に応え、蒼三日月が現れる。
その刀身は仄かに青く光を放ち。
地を蹴り、迫るゾンビを迎え討つ。
一刀で首を跳ねるが、敵はそれでも尚こちらに向かい来る。
……しぶとい。
ゾンビの手足を切り落とし、すぐにその場を離れる。
他のゾンビも居るだろうし、それだけで無く俺と同じように戦っている者が居るはずだ。
ただ、その誰かが味方とは限らない。
それを見極めるためにも、相手より先にその存在を見つけたい。
身を隠しながら発光があった方角へ。
「石碑……」
廃墟を抜けたその先に目指す門が鎮座していた。
瓦礫を掘り起こし探す手間が省けたと思う反面、その異様な光景に背筋が寒くなる。
門を中心にして、その周囲5百メートルほどの円の中が何もない荒野なのだ。
その周りを廃墟と瓦礫が取り込む。
まるで何かが爆発して中心から全てを吹き飛ばした、そんな感じだ。
更に、石碑の直上、二メートル程上空にふわふわと半透明の球体が漂っている。
あれは……敵だろうな。
暫く瓦礫に身を隠し様子を伺っていたが、現実の時間に連動してか天井が暗くなり始めてきた。
果たしてどんな攻撃をしてくるのか。
意を決して、俺は瓦礫から出てその石碑へと一歩踏み出す。
間に広がるのは小石が散らばる荒野のみ。
耳が風切音を捕える。
踏み出した右足の、その先に一本の矢が突き刺さる。
何だ!?
その矢が飛んできた方向を見やる。
瓦礫の上から見下ろす人影。
首を横に振る仕草。
そして、再び矢を番えおもむろに中心、石碑の方へ向け矢を放つ。
直後、石碑の上の球体が発光し飛びゆく矢に一直線へ光が伸び、そして小さな爆発と共に矢が消滅する。
自動迎撃システム……?
改めて矢を放った人物の方へ視線を戻す。
しかし、既に瓦礫の上に相手の姿は無かった。
石碑の上、球体の表面が僅かに波打ち内部が泡立っている。そんな風に見えた。
どう言う事だろうか。
俺は考えながらその場を離れる。
このままここに留まって、ソンビの群れにでも襲われれば迎撃システムの内まで追いやられかねない。
あの荒野はそうやってあのシステムが全てを焼き払った跡。
そう考えるのが妥当だ。
動作の条件は何だ?
動体検知か?
そしてあの矢の主の意図は?
純粋な警告?
辺りが本格的に暗くなってきた。
亡者は闇に蠢く。
それは、理。
「その死を知らぬ幼子
舞い飛び散らせ
落ちる涙は甘い白雪
唱、拾壱 壊ノ祓 浮き蛍」
言魂に呼ばれ、俺の側に仄かな光がふわりと現れる。
そして、近くの亡者へと浮遊していく。まるで戯れるように。
触れると同時に亡者の肉と骨とを衝撃で飛び散らせ、消えていく。
石碑の上の球体には威力も射程も遠く及ばないが、俺にも自動迎撃する術はある。
瓦礫の下から次々に湧き出てくる亡者。
それは、かつてのここの住人だろうか。
右手の蒼三日月でそれらを葬っていく。
青の輝きが闇夜の亡者から穢れを祓う。
廃墟に、残された無機質な街灯の灯りが引きも切らず押し寄せる亡者の群れを照らす。
遠くから、別の戦いの音も漏れ聞こえてくる。
俺は、それから離れるように動きながら亡者共を祓って行く。
流れ矢に当たるなど御免被りたいものだ。




