スペース・トラベラー⑥
……なるほど。日本企業だな。
入り口にかかるえんじ色の暖簾。丸に女の文字。
女湯だ。
「入るぞ」
「オウ」
一声かけて中へ。
脱衣所で、薄汚れた顔の実姫が腕組みして仁王立ちで待ち構えて居た。
「何だよ?」
「何だよ、ではない。阿呆どもが」
そう言いながら実姫が浴室へと続くドアを開ける。
中からは湯気。
「見てみい」
女湯だぞ?
そう思うが中に入浴中の美女がいるわけでもなかろう。
浴室の中を覗き……絶句する。
「……ガイ」
「何だ?」
後ろに控える男に問いかける。
「お前、この船は残らず見た。全て把握してるって言ったよな?」
「言った」
「じゃ、これは?」
「……」
振り返り、半身になり浴室の中を見せる。
うっすらと白く煙る湯気の奥。
そこに門が鎮座して居た。
◆
「まさか、男が常識的に立ち入らない所に門があるとは……」
頭を抑え、天を仰ぎ、絶句するガイ。
まあ、気持ちはわからんでもない。
ただ、ちゃんと探せば意外な所に答えがある。
それは俺の知るGAIAだ。
「さ、帰れ」
「は?」
俺の言葉にガイが眉を跳ね上げる。
「待て。まだ向こうの門を確認してないじゃないか!」
「形のよく似た石。
それ以上でも以下でも無い」
「そんなの確かめて見なければわからない」
「言ったよな? 隊長は俺だ。
帰れる時に帰る。
それがこの世界の渡り方だ」
全然納得して居ないガイの顔。
「婚約者が待ってるんだろ?」
「四年も待ってるものか」
「今戻らないと、死ぬまで待たす事になるぞ?」
「……待ってる訳が無い」
そう言った彼の表情がかつて見た知り合いのそれに重なる。
「No pain. No gain」
唯一覚えた英語のことわざ。
そう言って居た異世界の知り合い。
小さく、だが、確かにガイは眉を跳ね上げた。
「……了解だ。隊長」
「生きていれば、また会える」
観念したガイが差し出した右手を握り返す。
「ライチも帰るのか?」
「……気が向いたら」
「そうか。ならばこの船の権限を渡して置こう。
全ての部屋に入れる。情報にアクセスできる。
まあ、船を動かす為にはナノマシンが必要だけどな」
そう言ってガイが右手を宙に彷徨わせる。おそらく俺に見えないデバイスを操作しているのだろう。
「……またな。隊長」
再び握手を交わした後、ガイは門に触れ静かに消えて行った。
「主は帰らぬのか?」
「……そうだな」
急いで戻る理由もない。
「ならば、風呂の使い方を教えるのじゃ」
相変わらず偉そうに腕組みしながら言い放つ実姫。
それが物を頼む態度かよ。親の顔が見てみたい。
◆
ブオー……。
「ふおー……」
ドライヤーの風に吹かれ、目を細める実姫。
風呂の使い方を一通り説明し、一人で入らせ、頭ビショビショで出てきた実姫を脱衣所の長椅子に座らせ髪を乾かす。
「まあこんなもんだろ」
風果あたりならもっとちゃんと櫛を入れたりするのだろうけれど。
普段ドライヤーなんて使わない身。乾かす程度で終わりである。
「すごいのう」
まあ、そうだろうな。
「いい匂いじゃ。すごいのう」
自分の髪を鼻に当てながら笑みを浮かべる実姫。
「頼知」
「なんだ?」
珍しく、満面の笑みで俺を見上げる実姫。
「儂は果報者じゃ。主のおかげじゃ」
「只の風呂じゃないか」
「体からとても幸せな匂いがするのじゃ」
「そうか。なら、今日はそのまま戻れ」
「うむ」
「……環」
無邪気な笑みを浮かべた実姫を戻す。
そして、少しの罪悪感。
◆
宇宙船の大浴場、男湯。
一人、湯船で足を伸ばす。
……帰れる時に帰る。
それが今までの鉄則。
だが、今日は門を前にし理由なく引き返した。
まあ、艦内を見て回ると言うとってつけた様な理由はあったが。
ブリッジ、医務室、食堂、居室……そして、巨体な格納庫。
大掛かりな整備工場のような空間に、その主人と呼ぶべき物体は残されて居なかった。
サイズからして……人が乗り込む兵器……それも、人型!
かつてあったかもしれないその兵器に想いを馳せながらその場を後にした。
そして、今、風呂に浸かると言う無意味な時間を過ごしている。
収穫らしき収穫は俺の耳にも嵌められている通信デバイスが二ダースとナノマシンの注射器。
注射を打てば……この船を動かせる。のだけれど、イマイチ踏ん切りがつかない。
体内を巡る魔力。
それと相性が悪そうなのだ。
根拠は無い。なんとなくだ。
天井を見ながらぼんやりと考える。
この船の事。
ガイへ話したこれまでの事。
この頭と体に刻み込まれた体験。
右手の甲に目を落とす。
この世界で手に入れた力。
実姫もその一つ。
無邪気に笑うクソガキ。
俺が死ぬ、その前にちゃんと送り出さないとな。
仮初めの体でなく自分の体で笑えるように。輪廻を巡った先で。
その為に、戦い生き残り……。
「俺は戦える。
この体で。
今までも。
これからも」
そう呟き、風呂から上がる。
◆
ボロボロになった籠手は外し、外へ。
あの門へ行ってみよう。
今まで、世界に二つ門があったと言う話は聞かない。
多分、似た岩だろう。
だが、他に目的も無い。
タラップから一歩踏み出すと同時に襲い来る重力。
魔力を巡らせ体を活性化させる。
ナノマシンなんかに頼らずとも、なんとかなる。
試作品を抜き、重力の荒野を進む。
空は満天の星。
その中に真っ赤な月が輝いて居た。
◆
「まさか……」
荒野に突き刺さる細長いオブジェを見上げ絶句する。
それは、骨だった。
俺が縛り付けた鯨の成れの果て。
乱雑に散らばる骨と肉片。
何者かに食われた後。
あの巨体を餌にする奴が居る。
いや、デカイだけでは無い。
試作品を構える。
魔力に応じ、白く輝く刃。
横薙ぎに一閃。
カンと短い音を響かせ、骨に刃が止められる。
硬い。巨大な体を支えていた強靭な体躯。
それを物ともしない獰猛な生き物が存在する。
それは、一体どんな物なのだろう。
荒野を進む。
向かう先は、白い虫が埋め尽くす森。
◆
周囲を取り巻く虫は千か、二千か。
言霊を紡ぎ、術を繰り出し続けるにも限度がある。
それは亟禱とて同じ。
ではどうする?
身に術を宿し、留める。
それは、はじめにやった事。
ここでは無い塔で。
我が身に封ず
呪よ印と成れ
その死を知らぬ幼子
舞い飛び散らせ
落ちる涙は甘い白雪
身の内で、術を巡らせそれを指先に留める。
手の指、十本それぞれに。
亟禱 浮き蛍・十重襲
十の指先より同時に解き放たれる幾千の蛍火。
次々と飛び行く小さな光が、白い羽虫を捉え爆破の花を咲かせながら散って行く。
雪の如く降り注ぐ鱗粉と千切れた羽のかけら。
それすら残す事なく消し飛ばしていく多重の爆破。
ひと時の静寂。
残り香は魔力の霞。
微かな羽ばたきの音。
蜘蛛の子散らす様に一斉に逃げる羽虫。
我が身に封ず
呪よ印と成れ
零れ落ちる記憶の残滓
遠路の先の写し身
爪を赤く染めよ
亟禱 鳳仙華・十重襲
突き出した手から生まれる五連の爆破。
両手合わせて十の爆裂。それが一つに重なり大輪の花となる。
術を手の指へと留め置き、同時に解き放つ。
襲。
片手で五重に。
両手で十重に。
今までの戦いの記憶。
そして内なる女神、瀬織津比売の力。
培ってきた物全てを使い編み出した新たなる戦い方。
まだまだ未熟だけれど、ここで物にしよう。
目指す場所は遠く、敵は強い。
だからこそ、この場所で。




