スペース・トラベラー⑤
「静寂の精、銀の戯れ
閉ざされた結界
時すらも凍る
唱、参拾壱 壊ノ祓 逆氷柱」
迫り上がる氷柱が、地中から巨大なミミズ引き摺り出し、串刺しにしたまま宙へ。
喉から首の後ろまで氷で貫かれてもなおウネウネと暴れる巨大ミミズ。いや、蛇かなぁ。その全長は十メートル以上か。
実姫が投げた槍が頭部を貫く。
それでもなお体を動かし続けるが、術で宙吊りにされたままでやがて息絶えるだろう。
『アースワーム! これなら鯨も釣れそうだ!』
ガイの楽しそうな声がイヤホン越しに聞こえる。
『ヨリチカ。この奇妙な生き物は何じゃ?』
次いで実姫の呼びかけ。
イヤホンマイクの使い方は完璧の様だ。
「知るかよ。好きに名付けて良いぞ」
『ふむ。にょろろんじゃな』
にょろろんかよ。
「そろそろ森だ。
だが、気配がおかしい。
まずは俺が一人で様子を見てくる」
『オーケー』
『油断するなよ』
「呼ぶまで動くなよ」
船から降りて三時間ほど。
実姫との稽古が三十分ほどだったので、残りの時間は荒野を歩いていた計算。
距離にして三キロ程。
目の前には、奇妙な樹木の森。
杉の様に真っ直ぐ伸びた幹の上に真っ白な葉。
地面が薄っすらと白く見えるのは何だろうか。
朧兎で周囲を守りたいが、呼び出すと同時に地面に落ち動かなくなったのでここでは無理だろう。
試作品を構え、森に進入。
周囲の気配がおかしい。
何か居る。
それが何かはわからないが。
歩きながら上を見上げる。
木の葉がザワザワと風に揺れる。少し、靄がかかって見えるが……。
『どうだ?』
「まだ、なんとも……」
警戒しながら歩みを進める。
次第に霧がかかった様になって行く景色。
いや、霧よりは粒子が大きい。
少しキラキラと輝いて居るだろうか。
そして……少し息苦しさを感じる。
……上から何かが降って居る?
再び、白い木の葉を仰ぎ見る。
その時だった。
後方から、低く長い大きな音。
大地を震わす振動。
それと同時に頭上の木の葉が一斉に落葉……いや、羽ばたき飛び立つ。
葉だと思っていたのは全て、白い翅を持つ蛾の様な虫。と言うことは、霧でなく鱗粉か。
理解すると同時に、異様な羽音を立て俺に向かいくる虫の波。
周りをぐるりと逃げ場なく取り囲まれる。
ッツ!
小さな虫が俺に当たり、羽が肌に小さな切り傷を残す。
剣を振るい切り落とすが焼け石に水。
このまま、この中に居ては不味い。
ここは、逃げの一手。
改めて対策を考えねば。
亟禱 飛渡足
行く先は事前に実姫に持たせた御識札。
◆
転移と同時に大地を揺るがす振動。
「アンビリーバブル!!」
「逃げるぞ! 阿呆が!」
ガイの嬉しそうな声。
構わずガイを担ぎ上げる実姫。
「ガイ! 何があった!?」
そちらに向かいながらイヤホンへ語りかける。
『オウ! なんでそんな所に!?』
「後で説明する。それよりどうした?」
『後ろ、見てください!』
走りながら振り返る。
そこに、鯨が居た。
さっき宙吊りにしたミミズへかぶりつき、巨大なヒレを羽ばたかせ今まさに空へと泳ぎだそうとする鯨が。
「何だ……アレ……」
俺の呟きが聞こえた訳でないだろうが、その鯨の目が俺を捉える。
巨大なミミズを咥えた鯨。
それに比べれば蟻程に、いや、それ以上に小さな存在。そんな俺の何が相手の琴線に触れたのか定かでないが、その鯨は笑った。確かに。ニヤリと下品に口を歪め。
上空へと飛び上がるそいつから、必死に走り距離を取る。
『あーまとめて一飲みにされそうだな』
実姫に担がれたガイが呑気に上を見上げる。
振り返ると上空から大口を開け迫る鯨。
……逃げれないな。
「実姫。時間を稼ぐ。
船まで全力で走れ」
返事の代わりに小さな舌打ちが聞こえる。
少し歩みを緩める。
鯨の影が俺をすっぽりと覆う。
それが俺を飲み込む、その瞬間。
亟禱 飛渡足
真上へ転移し鯨の頭上を取る。
亟禱 終姫
祓濤 金色猫
無人の地面へかぶりついた鯨の頭目掛け、自身を雷撃と化す。
鯨の表皮に突き刺さる金色猫。
だが、それは切っ先だけ。
再度、鯨が上空へ向かおうと頭を上げる。
「山野裂く大火
黒く染まる土
その後に出る稚児
唱、捌拾陸 壊ノ祓 雷火八重霞」
金色猫を通し鯨の体内へと雷撃が流れ込み、走り抜けて行く。
上がり掛けた鯨の巨体は地響きを上げながら大地へと墜落し動きを止める。
だが……死んでは居ない。
「注し縛る者
連なるは人為らざる者の声
縄と成りて足手を縛る
唱、弐拾玖 鎮ノ祓 縛鎖連綿」
動かぬ鯨を術で縛り、急ぎその場を離れる。
これ以上の戦闘は無理だ。
魔力が持たない。
どうすれば倒せただろうか。
それを考えながら、遥か先を走る実姫を追いかける。
◆
結局船に到着するまで二人には追いつけず。
魔力が切れかけとはいえ荷物を抱えた実姫に負けるとは。
「倒したのか?」
船の前ではガイが一人俺を待っていた。
未だ大地へと横たわり動かぬ鯨。
ここからだと小山の様にも見える。
「殺してはいない。
そのうち動き出すだろう」
「殺したら国際問題になるからか?」
ガイが言った後に自分のセリフで盛大な笑い声を上げたので、どうやら今のが冗談だったらしい事を悟る。
意味は問わない事にした。
「で、何でそんなに真っ黒なんだ?」
「鯨が潮を吹いたんだよ。いや、砂か。
酷いもんだ。砂のスコール。
口の中がジャリジャリする。
そっちは何でそんなにキラキラしてんだ?」
「鱗粉かな。
あの森だと思ったのは全部虫だった。
実姫は?」
「真っ黒になったから風呂に行かせた」
そう言えば部屋にシャワーがついていたな。
「この船を作ったのは日本企業だな。
でかい風呂が二つあるぞ。
あれは……確か、そう、温泉と言うヤツだ」
「へー」
温泉ではなく銭湯の様な大浴場だろう。
まあ、長い航海。それくらいの息抜きは必要なのだろう。
知らんけど。
『ヨリチカ』
その実姫がイヤホン越しに呼びかけてくる。
「何だ?」
『風呂場へ来い』
「何でだよ。一人で入れ」
何で牛と混浴などせねばならんのだ。
『五月蝿い!
つべこべ言わずすぐ来るんじゃ!』
溜息を一つ吐いてガイを見る。
「その風呂場へ案内してくれ」
「ん?
日本人が親子で風呂に入ると言うのは本当なんだな」
「親子じゃない!」
どうやったらそう見えんだよ!




