スペース・トラベラー④
「雨乞いは涙となり果たされた
灯火
消えてなお、消えぬ
唱、漆拾参 現ノ呪 神寄
喚、実姫」
「唵」
剣鉈を担ぐ小娘がいきなり現れ目を丸くするガイ。
「実姫。式……ファミリア。
実姫、ガイだ。
今回は彼の護衛を」
「うむ。よろしゅう。
と言いたいところであるが、護衛は主がやれば良かろう?」
ガイにペコリと頭を下げたあと、振り返り俺を見上げ睨む実姫。
「外の様子がわからん。
歩いてみてその方が良ければ交代する」
「ヨロシクお願いします!」
「うむ……」
不承不承といった風ではあるが、ガイの差し出した右手を握り返す実姫。
「ライチ、これを」
ガイが放り投げて来た小さな物を受け取る。
釣り針のような形の機器。
同じのを実姫にも渡すガイ。
「ヘッドホンマイクだよ」
「へっどほん、まいく?」
「耳に掛けるんだよ」
言いながら実姫に見本を見せる。
耳に掛けたそれはピタリと耳に吸着する。
『聞こえますか?』
ガイの声が頭蓋に直接響く。
「おう!?」
実姫が初体験であろうハイテク機器に肩を跳ね上げる。
いや、待て。
ガイは口を動かし声を発していなかった。
「どうやった?」
『ナノマシン経由で俺の思考を直接そのデバイスに転送してるらしい』
キモチ悪っ!
『どうだ? やってみたくなっただろ?』
俺は顔をしかめながら頭を横に振る。
成人男性と頭の中で会話できても何ら嬉しい事は無いのだよ。
「戦闘中に声が飛び込んでくると命を失いかねない。
極力使わないでくれ」
死因がおっさんの声に気を取られた、など死んでも死にきれない。
じゃ、麗しい女性の声ならいいのかと言われると…………まあ、相手と台詞によるか。
「こっちの声は筒抜けになるのか?」
『いや、相手の名を呼んだときだけ繋がる仕組みだ』
「なるほどな。
……実姫、聞こえるか?」
『ぬ……?』
口元を抑え、小声で囁く。
実姫が、居心地悪そうにこちらを見る。
『どうだ? 愛を囁くのに最適だろう?』
ガイの台詞にイラッとする。
「合わない」
そう言いながら、肌に吸着したデバイスを剥がす。
「そう言うな。慣れれば便利だと思うぞ?
音声接続オフ、と言えば切れる仕組みだ」
「……命の危険があるとき以外は呼びかけないでくれ」
そう言いながら再度デバイスを耳に。
『了解!』
全然わかってないガイを睨みつけるが、わざとらしく肩を竦めるのみ。
「では、行こうか」
「空気は有るんだよな?」
一度確認済みだが、再度ガイに問う。
サムズアップで答えるガイ。
「じゃ、開けてくれ」
「ああ」
宇宙船と外とを繋ぐ大きな扉。
他と同じく鍵は無い。
それが、静かに開いて行く。
外から埃っぽい生温い風が吹き込んで来る。
十段に満たない小さなタラップが地上へと伸びる。
それを一歩一歩下り、未知の惑星への小さな、だが大きな一歩を踏み出す。
右足がタラップから大地へと。
そのまま、膝から崩れ落ち大地へと倒れ込み両手を着く。
『そうそう。大気は問題無いけど、重力は地球の数倍みたいだから気をつけろ』
「それ、先に言えよ!」
四つん這いになりながら怒鳴り声を上げる。
絶対ワザとだろ!?
「主、何しておるのだ?」
タラップの一番下の段から俺を見下ろす実姫。
屈辱だ。
あのタラップまでは重力コントロールがされているということだ。すげぇな。23世紀。本当か?
「体が重くなるから気をつけろ」
平静を取り繕いながら立ち上がり実姫に忠告。
「……む?」
慎重に一歩踏み出し、体にのしかかる異変に眉を顰める実姫。
「唵」
そして現れる牛。
「オー!!」
ガイが目を輝かせる。
「ふむ。これしきどうでもない」
本当かよ。
どうなってんだよ。牛。
こっちは立ってるだけで結構しんどいのに。
「オウ! これは!?」
実姫の後ろでガイが大地に降り立ち、そして両膝を折る。
だが、何事も無かった様にスッと立ち上がってみせる。
「は?」
「ナノマシンのチューニングは素晴らしい」
は?
「実姫、ちょっと肩慣らしだ。
付き合え」
「構わんが?」
剣鉈を担ぎニヤリとする実姫。
満足に動けないのは俺だけなんて我慢ならんのだよ。
試作品を抜きながら距離を取る。
……体が重い。
◆
幾度と無く振るわれる剣鉈を避けきれず、籠手で辛うじて受け止める。
お陰で竜鱗の籠手が壊れかけて来た。
こんの、馬鹿式神が。
高かったんだからな……。
そうやって幾度か立ち会い、ただ闇雲に動いても勝てぬと悟る。
暫し、瞑想。
体がついて来ない。
ならば強化すれば良い。
肉体強化。内で開け放たれた鼓ノ禊、二十の門。
そこへ力を、水を絶え間無く流すイメージ。
意識して体内へ魔力を循環させる。
その源流は眠れる女神、瀬織津比売。
「……よし」
目を開け、立ち上がる。
剣鉈を構えた実姫。
静かに地を蹴り、間合いを詰める。
魔力が、体を淀みなく動かす。
そのまま刀を袈裟斬りに。
実姫はそれを正面から受け止め、鍔迫り合いに。
そして、二メートル以上ある巨体の膂力に押し返される。
一度、下がって距離を。
追いかけ振り下ろされる剣鉈。
刀の刃で受け流し、そして刃先を首元へ。
「ふん」
つまらなそうに鼻を鳴らし剣鉈を引く実姫。
「もう少し、手加減を覚えてくれないか?」
一応は稽古なんだからさ。
「十分加減しておるわ」
そうかよ。
「ガイ、待たせたな。
行こう。
実姫、ガイを頼む」
「主、本当に先陣で良いのか?」
「当たり前だ」
隊長は先頭を行くもんなんだよ。
『オーケー。
まずは、向こうの白い森を目指そう』
イヤホン越しにガイの声。
茶色い大地と、真っ赤な空。
その間にまるで残雪の様に見える白い森。
目指す門はそれを超えた遥か向こうに朧げに見える岩山の奥。




