スペース・トラベラー③
デッキへ入ると、部屋の中央にさっきは無かった大きなテーブルが鎮座しており、その前でガイが笑みを浮かべながら待ち構えて居た。
「気分は落ち着いたか?」
「別に」
いつも通りだ。
何ら変わりは無い。
門を見つけ、帰る。
それだけを考えれば良い。
いつも通り。
「で、何かわかったか?」
「ああ。
これを見てくれ」
ガイがテーブルに手を置く。
手の甲にうっすらと模様の様な物が浮かび上がり、テーブルがモニターに変わる。
そこに映し出された映像は外の景色。
この船から地上を見下ろした物だろう。
「ここ、ツィンギ・デ・ベマラの様になってるんだ。
……アジアだと、シーリンの方がわかりやすいか?」
問われ首を横に振る。
「まるで針の様に険しい岩山。
そのほぼ中央。
ここだ」
ガイがテーブルの中の映像を指差す。
「ここに見える、この岩。
周囲の光と影から推測するに、門の形によく似ている」
ガイがテーブルの上で手をすっと動かす。
すると、針山の一点が拡大し、それの形状が拡大表示される。
「どうだ?」
画面の中をゆっくりと回転する3Dモデル。
確かに、門に似ている……気はする。
「違うか?」
「似てはいると思うけれど……」
だが、どうにも腑に落ちない。
「だろ?」
「……これを探すのにどれだけかかった?」
「ん? 言っただろ? 四年だ。距離にしたら……まあ、太陽系の端から端までだな」
ドヤ顔を浮かべ両腕を目一杯広げるガイ。
「そこがおかしい。
俺の知る世界でそんなところに門が置かれている事は無かった。
この船の中にある。
それが正解じゃないか?」
「船の中はくまなく探した。当然だろ?」
「探してない所とか無いのか?」
「ない。俺の頭にはこの船の設計図が完璧に入っている。
そして、入れない部屋も無い」
「便利だな」
「便利だぞ! お前もやるか?」
そう言ってガイは自分の腕に注射をするジェスチャー。
怪しい言動とその動作。こいつヤバイ。
「……何を?」
「ナノマシン注射。
一度やれば後は勝手に体内をくまなく作り変えてくれる」
そう言ってガイが自分の右手の甲を俺に向ける。
微かに光り紋様が浮かぶ右手。
「……遠慮しておく」
血液に乗って体内を巡っていく極小の機械。そんな映像が頭に浮かぶ。
それは、金色猫の雷の力であっさりショートしてしまいそうな気がした。
更には、この体に住み着く店子、瀬織津比売から害虫被害の苦情を申し立てられそうだな、とも。
「便利だぞ。視界の中にいろいろな情報が浮かんで見えたりして」
「ああ、それは邪魔そうだ」
わざとらしく肩をすくめるガイ。
「だが、話はわかった。この門らしきところへ行こう」
このままでは改造人間にされかねないので先を促す。
「ああ。
この針山の近くに降りれれば良いのけれど、周囲に船を停めれる所がない。
なので……」
テーブルの上の航空画像がズームアウト。
「少し離れたここに船を停め、そこから徒歩で行く」
「距離は?」
「直線距離でおよそ10キロ。道中、高低差もかなりある。
そして、未知の生物群。まあ、襲ってくるかはわからないが」
モニターの上に、船から捉えたであろうこの星の生物の画像が現れる。
六枚羽の鳥。トンボの羽を持つ百足。巨大な角を生やした鹿。銀色に光る蛇……。
こんな未知の生物に襲われるピクニックよりは、上空から門目指してスカイダイビングしたほうがマシではないだろうか。
まあ、門が外れだったらどのみち歩いて帰らねばならないのだけれど。
何にせよ一度は船から出ないといけなそうだな。
「アンタ、戦いは?」
「どうだろう。それほど得意では無いが」
「武器は?」
「一応、銃を持って……」
言い終わる前に、ガイの首元に試作品の刃先を突きつける。
「……反応が遅いな」
ひよっ子に毛が生えた程度。
「……日本人はみんな侍か忍者なのか?」
顔を引き攣らせながらガイが両手を上げる。
「後、芸者と将軍」
もっとも俺の将軍はやたら日本語が流暢な異国人な訳だけど。
「ボディーガードが必要だな。
喧しいクソガキを呼び出す。イタズラするなよ?」
「どういう意味だ?」
「そういう意味」
「オイオイ。これでも婚約者がいるんだぞ?」
「まさか、帰ったら結婚?」
「そうだ。婚約者だからな」
故郷に、婚約者。帰ったら、結婚。
「日本ではそういうのは死亡フラグって言うんだけれど」
「それは脇役が言った場合だろ?」
なるほど。ガイの中では主役はガイか。
俺はわざとらしく肩をすくめ返してやる。
「まあ、四年も待たせてるからな。
婚約は解消されてるだろう」
そう言ってガイは自虐気味に笑う。
これだけ死亡フラグ立てたんだから、帰れるわけ無いだろうなと内心思う。
口にはしないけれど。
画面上を蠢く未知の生物達を再び眺める。
そして、その上へと視線を転ずる。
自信満々なガイの顔。
大きく息を吐いて、両手で自分の顔を挟むように叩く。
気合い入れろ。切り替えろ。
「レアー所属、妖刀術士ライチ。ランクS。
外では俺の指示に従ってもらう。
その代わり、アンタを婚約者の元へ送り返す」
真っ直ぐにガイを見据え言い放つ。
それにガイはニヤリとする。
「オーケー。
良い顔になったな。任せるぜ。ライチ」
彼の差し出した右手を握り返す。
門を見つけ、帰る。
今はそれだけ考えれば良い。
「ところで、レアーとか、ランクSとか、何のことだ?」
「……帰ったら自分で調べてくれ」




