スペース・トラベラー②
窓の外のシャッターが閉まり、シートベルトで椅子に固定された。
それ以外は何ら変化は無く。
「大気圏突入って言わなかった?」
「今、その最中だぞ?」
「ええぇ?」
もっと、こう全身に襲いかかる重力とか無いの?
いや、重力って言えばこの船の中は安定して重力があるし、宇宙とか嘘なんじゃ……。
「快適だろ?
流石は23世紀の技術だ。信じられん」
「23世紀!?」
「全然わからんブラックボックス技術の塊だ?
この言葉も、そうだな」
「そう言えばインストール完了とか言ってたっけ」
「そう。
脳みそに直接日本語をぶち込んだんだ」
「直接?」
「俺の体内にはナノマシンが注入されていて、この船のメインコンピュータと直接やり取りができる!」
すげぇ。未来に生きてる。
「それを四年掛けて調べてた?」
「まさか。
四年って言ったが、活動してたのは三ヶ月に満たない。
他の時間はほとんどコールドスリープで眠っていた。
起きるのはこうやって惑星に到着する時ぐらいだ」
すげぇ。完全にSFだ。
「お前さん、全然驚かないのな」
「いや、驚いてるよ」
「普通、信じないだろ。こんな事」
「……嘘?」
「俺がお前の立場なら、まずはそう思うかもな。
そうじゃ無いってことは、お前さんにとってこれは別に珍しい事じゃ無いってことか?」
ああ、成る程。彼は四年前の情報しか知らない訳だ。
椅子に固定されているため、ここからでは彼の後頭部しか見えない。
「宇宙に飛ばされたのは初めてだけれど、それより信じられない所は幾つも行った」
「そうなのか!?」
「未来の様な所も初めてじゃない」
「なんだと!?」
「俺の国は今、誰でも自由に転移出来て、こっちで専門に商売している様な奴も居る」
「……そんな事になってるのか。俺の居ないたったの四年間で……」
溜息を吐く様に彼は呟いた。
その四年間の長さを感じて居るのだろうか。
浦島太郎。するとこの宇宙戦艦は亀で行く先は竜宮城。お土産は、玉手箱。なんてな。
「なあ?」
彼は叫ぶ様に問いかけて来る。
その楽しそうな声色から、少年の様な満面の笑みを浮かべているであろう事は顔を見ずともありありと想像出来た。
「どうだった!?
何があった?
いや、答えはわかってる。
何でも有る!」
シートベルトが外れ、ガイが立ち上がり振り返る。
「そうだろ!?」
少年の様に瞳を輝かすガイから目を逸らし、その問いに答えを返す。
「……絶望しか無い」
窓のシャッターが開く。
外は真っ赤な空が広がっていた。
◆
船は巡航モードに入ったらしい。
場所を食堂に移し、ガイが淹れたコーヒーの湯気が静かに揺れるのを眺める。
壁一面の窓の外を真っ赤な空に紫の雲が流れていく。
「何だ? あれは。植物か? 真っ白だ!」
その窓に張り付き、ガイはしきりに外を観察している。
「門は見つかりそうか?」
こうして惑星の上空を飛びながら、地上にあるかもしれない門を捜索しているらしい。
「肉眼では無理だな。大気は問題無さそうだから、後で降り立ってみよう。
それで見つかれば最高だな!
んお、あれは鳥か!?」
楽しそうだな。
「他にはどんな星があった?」
「極寒のガス惑星、灼熱の恒星、死の荒野。
近くて行けそうなところを回ってたらそんなところばかりだ。
そっちは?」
「石畳の洞窟、闇の中の階段、地底湖の洞窟、地下墓地、遺跡のような塔、氷原、巨大蟻の巣、円形闘技場、初夏の森……」
俺は指を折りながら、思い出せる限りの世界を順に上げていく。
向かいに腰を下ろしたガイはその度に、顔を輝かせる。
「ナンテコッタ!
この旅も悪く無かったけれど、それ以上だな。
クソ!
早く戻りたい。
そう言う力はないのか?」
「知り合いにそう言う奴も居る。
俺には無い。
俺は……」
「……お前は?」
俺は……何だ?
只の高校生だろ?
直毘なんてもので無く、日本の危機など関係の無い……。
「……何者でも無い」
「……まあ、何があったのか知らないし聞く気は無いけど、帰るのには協力してくれ」
あった、では無く、これから、ある、なのだ。
だが、そんな事を説明する必要は無い。
帰る、か。
悪いけれど、それは俺一人なら容易いんだ。
御識札と飛渡足があれば。
「外に出れる様になったら教えてくれ」
まあ、一週間後の始業式までに帰れば良い。
「ああ。あと二、三時間で調査が終わる筈だ」
「それまで部屋で休む」
「何だよ。話を聞かせてくれ」
立ち上がり、首を横に振る。
そして、俺の部屋へ。
◆
……落としたのか。
俺の部屋として用意された船内、居住スペースの一室。
ガイが俺の顔を艦内のシステムに登録し、前に立つだけで認証され勝手に扉が開くと言うその部屋は転移した場所のすぐそばだった。
そして、その転移地点に落ちていたペンダント。
アプルに渡されたお守り。
拾い上げ、荷物袋にしまい込む。
鍵の無い扉の前へ。
スッと音もなく扉が開き、中の明かりが灯る。
ベッドとデスクが置かれただけのシンプルなワンルーム。シャワーとトイレ付きか。
ベッドに腰を下ろし、そのまま横になる。
四年……か。
おそらくこの転移装置の実験、最初期の頃だろう。
ヨークかハナならガイの事を知ってるだろうか。
広大な宇宙を門を求め彷徨う。
俺なら耐えられるだろうか。
いや、早々に逃げるだろうな。
目を閉じ、その逃げ道を探る。
他の世界へと埋めた御識札を。
…………無い。
どれだけ意識を伸ばそうとも、札は見つからず。
何故だ!?
「不味い! 帰れない!」
ベッドから跳ね起き叫び……そして再びベッドに腰を下ろす。
だから、どうなのだ。
帰れないことに、不都合は無い。
別に、慌てて帰った所で……。
「色々……あったな」
再びベッドへ倒れこみ、天井に左手を翳しながら呟く。
手の甲に入れ墨二つ。
ガイへ話した異世界の話。それは即ち俺の足跡。その痕跡はこの体に刻み込まれている。
『そろそろスタンドに到着だ。デッキへ来てくれ』
艦内放送が天井から響く。




