恐怖のテーマパーク⑤
小馬鹿にした様な音楽と共に、ピエロやら海賊やらさっきまで敵として襲って来ていた連中が瘴気を撒き散らしながら園内を踊り歩く。
襲いかかればそのまま戦いになりそうだが、別に俺は戦闘民族では無いので大笑いで口からポップコーンのカスを飛ばす実姫の横で疲れを癒す。
アプルがくれたコーヒーを飲みながら。
耐えきれなくなったのか実姫がパレードのすぐ近くまで飛び出して行く。
両手をブンブンと大きく振る後ろ姿を眺めながら、楽しみ方を間違えたのかなと言う思いが過ぎる。
俺の横でもアプルがブンブンと手を振っているし。
例えば、最初のエリアなら海賊と酒を酌み交わす、とか?
いや、それならそれでしかるべき接客の方法があるだろう…………あ!
「酒!!」
「どうしました?」
「いや……」
俺的なキーアイテムじゃん。
すっかり忘れてた。
ぶん殴る前に奪い取ればよかった。
「お酒が欲しいんですか?」
「まあ」
「駄目ですよ。まだ未成年でしょう?」
「俺が飲む訳じゃ無い」
失敗したなぁ。
今から拾いに行ったら残ってるだろうか。
「海賊エリアは、残飯も残って無さそうですね」
「そっすか」
上から確認したであろうアプルが断言する。
そうしたら、また来れば良いかな。
後で、御識札を埋めておこう。
「どこかで手に入ったらお届けしましょうか?
まあ、未成年の飲酒は駄目ですけど」
「いや、飲む訳じゃ無いす」
まあ、酒に頼るつもりは無い。
斬神と言う力も扱えるようになった。
今なら真っ向勝負でも行けるのでは無いだろうか。いや、あと一歩足りないかな。
想像の中で彼我の力の差を測る。
その前に鎧も調達しないとな。
これはショニンに頼ろう。
戻ったらアンキラへ。
来るべき戦いを見据える俺の前をおどろおどろしいパレードが通り過ぎていく。
それをはしゃぎながら見送る実姫。
……本物はもっと楽しいのだろう? こんなのに喜んでいる実姫に申し訳なくなってくる。まあ俺も本家は知らんけど。
「楽しかったのう!」
頬を紅潮させながら振り返った実姫。
その手に、その顔より真っ赤な林檎。
「どうしたんだ? それ」
「これか? 黒頭巾の婆様にもらったのじゃ!
やらんぞ!?」
「待て!!」
そんな物、紛うことなき毒林檎ではないか!
俺の静止も間に合わず、林檎にかぶりつく実姫。
鼻の穴を広げながら咀嚼し、飲み込み、そして、倒れた。
咄嗟に差し入れた手が、地面に頭が叩きつけられるのを防ぐ。
「バカ!!」
と、怒鳴りつけるが既に静かな寝顔の実姫。
白雪姫かよ!
心の中で突っ込みつつ、眠り姫を地面に横たえパレードの消えた方へと視線を転ずる。
だがそこには既に何の気配もなく。
突然の事態に困り果て眠り姫を見下ろす俺の横でアプルが実姫の手から転げ落ちた齧りかけの林檎を拾い上げる。
「毒林檎ですね」
「だろうな……」
このまま式札に戻したらどうなるだろう……。
その前に起こした方が良いだろうか。
問題はどうやって起こすか。
「起こし方は簡単みたいですね。
口づけ。
あ、でも一人だと寂しく起こされるのを待つことになるからこれはこれで怖い罠ですね」
とアプルがサラリと言う。
が。
「……口づけって……」
地に転がり、寝息を立てる実姫を見下ろす。
……これと?
「本当は、白雪姫と口づけって関係ないんですけど、そこは映画準拠なんですね。
します?」
「え?」
何の恥じらいもなく問われ返答に困る。
「まあ、女の子ですもんね。
私がしますよ」
「え!?」
何を唐突に!?
欧米か! 欧米人なのか??
いや、違う!
ロリコンだ!
遂にその正体を表しやがったな!?
「いや、ちょま!」
俺の静止も聞かずアプルは実姫の顔の横へと腰を下ろしながら右手のグローブを外す。
「ごめんねー。でも、女の子同士だからノーカンだよね?」
と、実姫に語りかけながら小指にはめられた指輪を外した。
あれは……ロキの指輪!?
彼を突き飛ばそうとした手を止める。
アプルの姿が、長い髪を編み込んだ女性の姿に。
そして、ゴーグルを外し実姫へ軽く口付け。
一秒にも満たない軽いキス。
アプルが顔を離すと同時に実姫が目を開ける。
「……ぬ?」
「おはよう。実ちゃん」
「誰じゃ?」
「アプルですよ」
「おう?」
突然目の前に知らぬ顔があり戸惑いを見せる実姫。
「何でもかんでも口にするな」
バカ。
と心の中で続ける。
「また遊んでやる。
今日は休め」
「うむ……」
口をへの字にした実姫。
「還」
文句を重ねられる前に彼女を戻す。
そして、アプルへ目を向ける。
俺を見るアプル、いや……
「風巻さん?」
「そう。私は風巻凛子。
そして君は御楯頼知クン、だね?」
俺の知る風巻さんよりずっと大人になった彼女の問いかけに戸惑いながら頷きを返す。
◆
遊園地の中央の広場。
そこに置かれたベンチに風巻さんと並んで座る。
「えっと……」
色々と聞いたい事はあるのだが、まずは……。
「風巻さん、今、何歳?」
「禁則事項です」
そう言って人差し指を立て口元に添える。
あざとい。
このあざとさは風巻さんだ。
「俺から見て、未来の人だよね?」
「そうだね。ヨッチより未来なんだと思う。だって、生まれた年が同じだから」
その言い方は何だろう。
まるで俺を知らないかの様だ。
「ひょっとして、俺の居ない世界から来てたりして」
「うん。
私の周りに、君は居ないよ。今は」
「……今、は?」
「そう。今は。
過去には、存在した。
でも、今は居ない」
そこで彼女は言葉を区切る。
それは……つまり……死……。
「あのさ、俺から見て、未来。
つまりこの先の事なんだけど……、秋……高三の秋にみんなでさ、仮装して遊園地に……」
その言葉を言い終わる前に、風巻さんはゆっくりと首を横に振る。
「行って無いと思う」
彼女はそう告げた。
「……それは、天災……富士の噴火があったり……」
「……そう言う出来事は、起きてないよ」
「……そう……」
もう、それ以上は何も聞けなかった。
まるで石になった様に体は重く、立ち上がることすら出来ず。
「……帰らないと」
そう言って、再び立ち上がるまで風巻さんはずっと横に黙って座って居た。
「門は、向こうだよ」
彼女は、中央の城を指差す。
「ヨッチが残したレポートに書いてあったもの」
そう言って先導する風巻さんの後をフラフラと付いて行く。
そのまま、城の中へ。
まるで廃墟の様に蜘蛛の巣が張られ、調度品が壊された室内を通り、階段を上り、案内されるままにバルコニーに置かれた門へとたどり着く。
その間、俺も風巻さんも一言も発さず。
「ヨッチ」
そのまま門へ触れようとした俺を風巻さんが呼び止める。
「これ、お守り」
そう言って渡されたのは小さな石の付いたネックレス。
それを受け取り現実へと戻る。
◆
ここの天井、こんな模様だったか……?
この椅子、こんなに座り心地悪かったか?
考えはまとまらず、心はここにあらず。
取り敢えずレポートを……。
……。
もし、俺がレポートを書かなければ、未来が変わるのでは無いか?
俺が、存在しないと言う……未来が……。
いや、レポートを出せば……少なくとも風巻さんは、世界は救われて居る筈だ。
その未来で……夏実はどうなって居るのだろう。
クソ。
何だ。
これ。
何で俺は俺の居ない世界の為に戦ってるんだ?
いっそ、やめるか? その先は富士の噴火から始まる天災……。
どっちにしろ、俺に救いは無い。
……巫山戯んなよ……。
呆然としながら書いたレポートを出し、そのまま天井を見つめ……他にする事も無く、する気も無く。
帰るか……。
そう思い、立ち上がり。
溜息一つ吐いて、充電器に繋いであったスマホを手にする。
────────────────
やきりんご>アンコに!
やきりんご>彼氏が!
やきりんご>出来ました!!
────────────────
三つのメッセージ。
目には入るが頭はそれを理解せず。
既読になった瞬間を見計らってか、続けて送られて来た画像。
オールバックにした風巻さんと顔を並べた夏実の自撮り写真。
その顔に……アプルの面影を見る。
あれは、確かに風巻さんだ。
────────────────
やきりんご>残念!
やきりんご>マキちゃんでした!!
────────────────
今日は、四月一日。エイプリルフールか。
全て嘘なら良かったのにな。
全て。
 




