恐怖のテーマパーク②
「後は、アンタだけだな?
陸へ上がった河童にしては良くやったほうだけど」
試作品の剣先を黒髭へ向ける。
「使えねぇ野郎どもだ」
そう言いながら、サーベルを手に立ち上がる黒髭。
直後、そのサーベルをいきなり俺に投げつけてくる。
回転しながら飛び来る刃物を試作品で叩き落とした俺を黒髭の手にした銃が捉える。
「死ね」
その言葉と共に、奴の手にしたラッパ銃から火球が放たれる。
直後、足元へ着弾。
轟音とともに視界を真っ赤な炎が埋め尽くす。
だが、朧兎はその炎すべてをせき止める。
地を蹴り炎の中から身を躍らせ、一気に黒髭に迫る。
驚愕の表情を浮かべたそいつを灼熱の刃で袈裟斬りに。
断末魔を上げる事さえ出来ずに崩れ落ちる。
「……ふう」
小さく息を一つ吐き、天を仰ぐ。
「暮れない夜
怠惰なる夢を夢と為せ
羽落ちるその束の間
唱、拾陸 壊ノ祓 赤千鳥」
腕を天に向け、術を放つ。
だが、真っ直ぐに飛びゆくその術は俺の定めた標的を捉える事は無かった。
高速で飛行する、小さな物体。
戦いの途中から、まるで観察するように浮かんでいたそいつ。
「ごめんなさい。
戦いの邪魔をしたら不味いと思ったので。
見事な戦いでした」
声と共に建物の影から現れた人影。若い男性。
……試作品を構え、臨戦態勢に。
おそらく、人だ。転移して来た。
だが、味方では無いだろう。
相手が敵意の無い事を示すように両手を上げながらゆっくりと歩み寄ってくる。
「……止まれ!」
間合いに入られる前に静止の声を掛ける。
相手は素直に足を止める。
「こちらに戦うつもりはありません。
剣を下ろしていただけませんか?」
そう言って、口元に微かに笑みを浮かべる。
目元はグラスに覆われていて見えないが。
「ヴェロスの関係者は信用しない」
その顔に嵌めているのは、あの組織が使っていた装備品。
俺が持っているのと同じグラス。
首元にチョーカーは見えないけれど。
「ヴェロス? 私は違います」
「いや。そのグラスはあの組織の物だ」
「ああ、これは頂いた物なのです。
私の所属は、『アテーナ』。アプルと申します」
そう言って、相手はわずかに腰を折って頭を下げる。
「できれば、お名前を教えていただけますか?」
「……エル」
「嘘乙」
あっさり偽名がバレる。
ヴェロス相手に嘘は通じないか。
「……ライチ。所属はレアー」
俺の答えにわずかに相手の眉間に皺が寄る。
「……生年月日、いや、年だけで良いです。
それと、年齢」
「職質を受けるつもりは無い」
「情報交換でどうですか?
こちらも、貴方の質問にお答えします」
首を横に振る。
「なら、当てましょうか?
……20XX年生まれ。十七歳」
……当たっている。
否定した所で、嘘はバレるらしい。
「レアーのライチ。やっぱりそうですか!」
相手が破顔し一気に距離を詰めて来る。
試作品を構えた俺に全く臆する事なく。
「お会いしたかったです! 先輩!」
「は?」
先輩?
とりあえず、敵意は無さそうなのだけれど。
「向こうに座れそうな所があります。
そこで、情報交換としましょう!」
そう言って彼は歩き出す。
「……上のドローンは貴方の?」
「ええ。六機同時に飛ばしてます」
俺がヴェロスから貰った試作品と同じ。
グラスに内蔵されたデバイスを中継し、使用者の脳波と連動して半自立行動する超小型強行偵察兵器。
上空から見張る六つ目。それは攻撃を担う兵器ともなりうる。
だが、その扱いは決して容易く無い。
ドローンのカメラが捉えた映像はグラス越しに投影されるが、それを処理するだけで大変。
更にそのドローンを戦わせようとしたらそれを動かす為に意識しなければならない。
以前に一度試みて、使えないと判断しグラスと共に荷物袋の奥にしまいこまれたまま。
もし、コツがあるなら教えてもらおうかな。
ひとまず、歩き出した彼について行く。
「食べます?」
警戒する俺を他所に、アプルが無邪気に指差す先にはポップコーンを売る屋台。
こんな怪しい遊園地のポップコーン。
毒入りでもおかしく無いだろう。
売るのは仮面を嵌めたピエロ。
「金なんて持って無い」
「これ、使えないですかね?」
そう言って彼が出したのは何枚もの金貨。
さっきの海賊達が見せびらかしてたものだろうか。
「ちょっと行ってきます!」
そう言ってビシッと敬礼してから彼は小走りでポップコーンを買いに。
そして両手に二つのポップコーンをピエロから渡され小走りで戻って来る。
「買えました!」
楽しそうなアプルが満面の笑みを浮かべる。
通りに置かれたベンチに腰掛けポップコーンを頬張る。
キャラメルがかけられたもの。一つ口に運ぶ。
「美味しいですね!」
「……ちょっと、騒がしいのが増えるけど気にしないで」
「はい?」
小首を傾げたアプルに構わず懐から紙片を取り出す。
「雨乞いは涙となり果たされた
灯火
消えてなお、消えぬ
唱、漆拾参 現ノ呪 神寄
喚、実姫」
「応!」
ドヤ顔で現れる式神。
「……かっわいい! ヤバいですね!
はじめまして。アプルです」
「実じゃ!」
即座に握手を交わす二人。
「これ、やる」
「ほうほう。
うむ。良い心がけじゃ!」
差し出されたポップコーンを受け取り、口いっぱいに頬張る実姫。リスかよ。
「で、貴方は俺を知っているみたいですけど?」
「ええ。レポートで何度もその名を拝見しました。ランクS、ライチ。二つ名は黒武士でしたっけ?」
「武士じゃないけどね。
レポートを見たと言うことはアテーナはレアーの関連団体か」
「そうなります。正確には後継組織と言った所でしょうか」
つまり陣営としては味方な訳だ。多分。
「無くなった……」
横で実姫が無念そうに呟く。
「早っ!」
「これ食べる?」
「良いのか?」
「良いよ」
「すまんのう!」
半分ほど残っていたポップコーンを実姫に手渡すアプル。
「すいません。でも、あんまり甘やかさないで下さい」
キリがないので。
「もし良ければ、本名を教えてもらえないですか?」
アプルの申し出に首を横に振る。
「教えません。どうしてですか?」
「私の探す人。その人達の事を知っているかもしれないからです」
そう、遠い目をしながらアプルは言う。
どう言う事だろう?
俺が知っているかもしれない誰かを探して居る。
その曖昧な言葉にまず思い浮かんだのは風果。
こっちで彼女と知り合った、か?
「それより、その装備。
貴方は貰い物だと言った。
それはヴェロス関係者?」
「いいえ。その送り主こそ、私が探して居る人」
「送り主? それは贈り物?」
「ええ。仲介したのはショニンと言う道具屋。
知ってますよね?」
「ああ」
だったらショニンに聞けば良いと思うのだけれど。
「町田の駅近にアンキラと言うメイド喫茶がある。
訪ねてみれば何か分かるのでは?」
別にショニンは隠してないので、伝えても問題ないだろう。
しかし、アプルは少し翳りのある笑みを浮かべるのみ。
「無くなった」
丁度、実姫がポップコーンを一つ半平らげる。
「じゃ、行くか。
またあったら買ってやる」
「本当か!?」
「ああ」
金はその辺で手に入りそうだと言うことがわかったし。
「私もご一緒してもよろしいですか?」
「良いけど、自分の身は自分で守って下さいね」
「大丈夫です。
私には八つの目がありますから」
そう言って彼は上空に目を向ける。
自分の二つの目に加えドローン六機のカメラ、計七つの視点を瞬時に処理して居るのだろうか。にわかには信じられない話なのだけれど。
まあ良い。
それより、次はどこへ行くかだが。
「その目で、門を探せないの?」
「やってますが、上から見える範囲には無いです」
となると、物陰に隠れているのか。
「まあ、のんびりと探しましょう。
実ちゃん、一緒に行こうか」
「おう!」
そう言って手を繋ぐアプルと実姫。
……あれ。物腰柔らかい好青年だと思ったけれど、まさか実姫をロックオンしたのか?
いや、まさか。




