再会の抱擁
オペレーション・シトリー。
シトリー。
ゴエティア序列12番目の悪魔にして君主。
その能力は、異性を裸にさせ秘密を暴くと言う。
何とも若者の願望を掻き立てる様な能力である。
実に、羨ましい。
いや、待て。
考えてみれば、あの世界でそんな能力を望んだ奴がいるかも知れない。
いや、居る筈だ!
けしからん。
実に! けしからん!
いいや、待て待て。
考えてみれば悪魔召喚でシトリーを呼び出すという事も出来る訳か。
そうした場合、その方法を聞き出して俺が召喚主となりその能力を授かるという事も……。
(中略)
と、まあ毎度の事ながら怪しげな作戦名であるが、その内容はいたってシンプル。
異世界にマーカーを置き、そして戻って地図を作る。
つまり、裸にして秘密を暴かれるのは女神ガイアという訳だ。
実に罰当たりである。
そして、今回は相棒が居る。
俺が勝手に認定したチート能力者にしてSF研の新部長、大里。
……まあ、当然そうなるよな。
春休みを利用した野郎二人による女神の攻略である。
そして俺達が詳らかにした女神の秘密はレアーを経てヘスティアと言うこれまた胡散臭い組織へと送られる。
このヘスティアこそがこの四月より開校するIDO公認スクール、Mana enhancement training international school、国際マナ訓練学校、通称Metisの運営企業なのである。
◆
「ライチさあ、進路決まってる?」
ジメっとした洞窟を下る俺の後ろからキングが気楽に話しかけて来る。
「未定。大里は?」
どうしてこの男は残酷な現実の話を向けて来るのだろうか。
「進学。この仕事がひと段落ついたら受験勉強に本腰を入れるつもり」
「へー。なんかレアーの口利きで推薦もらえるらしいけど?」
「それは知ってるけど、やりたい事が出来たから。レアーから口利きされると半強制で異世界研究だろ?」
「だろうね」
なので俺もその話には乗るつもりは無い。
今の所は、だけれど。
半年後に背に腹を変えれぬ様な状況かも知れないけれど。
「ライチはヘスティアに入るのかと思ってた」
「いやー。胡散臭くて流石に」
知り合いに一人、そのヘスティアの職員になった奴が居る。阿佐川だ。
四月から彼は異世界でのサバイバル術を教えるらしい。
だが、危険地帯へと人を送ると言う性質上、無用なトラブルを避ける為、向こうでは完全変装。身元は明かさない。こちらでもヘスティアの所属である事は口外無用なのだそうだ。
それを明かされた時に、じゃ俺にも言うなよと思ったのだけれど。
他にも、会った事は無いがランキングに名前の乗る有名人が何人もいるとか。それは、レアーとは関係なく。
ちなみに、その変装道具を用意するのはマダム・ジルだそう。
そして、その学校へ入るひよっこ達向けの道具を用立てるのがショニン。
なんか知り合いばかりだけれど、それだけの力を持った人達なんだろう。
「あ、あったな。ゲート」
洞窟の奥に青く光る門を見つける。
「どうする?」
「少し周りを見てから帰ろうか。今日はそれで終わりにしない?」
これを入れれば今日は五枚の地図が出来る。
外は夕方だろうしこれで十分だろう。
「そうしよう。なんか食べて帰る?」
「いや。俺は引き続きこっちに来る予定」
「ああ、そう」
「……の前に何か食べに行こうかな」
「麻婆豆腐の美味い店があるらしいんだ」
「良いね」
大里に誘われるままに晩飯の予定が決まる。
そんな感じで緊張感が薄れつつある俺達の前に現れる敵。
鈍い銀色に光る鱗の様な体表の蛇。
試作品を抜き、術を。
キングが下がり援護にまわるのを気配で感じる。
では、飯の前の運動と行こうか。
◆
現実へ戻り、レポートを作り上げエレベーターホールで待ち合わせ。
「お待たせ」
「ちょっと、上に寄る」
ハナに呼ばれたのだ。
「りょかい」
エレベーターで22階のレアーまで上がり、そのままミーティングスペースへ。
誰かと会話していたハナが俺を見てニヤリとし、俺に背を向けていた話し相手が振り返る。
相手はわざとらしく眉を跳ね上げ両手を広げた。
そして、白い歯を見せ笑う。
「オー! ライチ!」
懐かしい顔だった。
「マスター! マスターヨーク!」
彼が過去の事を恨みに思って無いのはその表情から明らかだった。
「Long time no see!」
「どうしてここに?」
右手を差し出して来たマスターの右手を握り返しながら尋ねる。
だが、その瞬間俺の体はものすごい力で引き寄せられ彼に羽交い締めの様に抱擁され、しっとりと囁かれる。
「I love you」
「ノーセンキュー!」
「HaHaHaHaHaHaHa」
豪快な笑い声の後に解放される。
いや、笑い事じゃ無いんだけどさ。マジで。
「Metisの教官役として招致したのよ」
「なるほど」
「うってつけでしょ?」
まあ、彼が居なければ俺はきっと生きていない訳だから、そう言った意味では適任である。
俺に被害が及ばなければ。
◆
約束通り麻婆豆腐を大里と食べに行き、彼はそのまま帰宅。俺は再び異世界へ。
緩慢な動き、だが頑強な岩の魔物、ゴーレム達を相手に実姫とひとしきり暴れる。
そして、現実へ戻った時には既に終電は無く。
スマホが震えた。
当然、ハナである。
『送ろうか?』
「ありがとうございます」
『日枝神社』
「はい」
今日はどこへ連れて行かれるのだろうか……。
暗がりの中、ハザードランプを点すフェアレディへ。
助手席に座ると同時にハナが無言でアクセルを踏んだ。
車は首都高を南下して行く。
そのまま多摩川を渡り川崎を越え、横浜へ。
「あそこにメティスが出来るわ」
子安のICを過ぎて暫し、冷凍倉庫と書かれた建物の横を通り抜ける時に対向車線の方を見ながらハナが言った。
「溜池山王のビルじゃないんですね」
「あっちはヘスティア関係者のみ。
生徒はこっちね」
なるほど。
教師と生徒が同じ場所にいる必要は無い。むしろ離れていたほうが良いと言うわけだ。
「軍が使用していたミルクプラントの跡地らしいわ」
「つまり、そこもアメリカ、と言う訳ですか」
俺の問いかけを鼻で笑い一蹴する運転手。
「生徒は集まったんですか?」
そんな胡散臭い施設。
しかも、裏には他国の影。
「お陰さまで、大盛況よ」
「そっすか」
まあ……同じ星の仲間で、サクセスの味方らしいしな……。
「この国は俺が思う以上に物好きな富裕層が多いんすね」
決して安くは無い授業料が必要だと聞いたけれど。
そのかわり、ショニン達が用意する道具一式が貰え、生き延び方も教えてもらえる。
命の値段と考えれば安いのだろうが……。
「そんな物好きは一割程ね」
「残りの九割は?」
「二割が企業関係者。残りは、警察と軍人、半々ね。この国の」
俺は静かに眉間を押さえる。
自衛隊は軍人ではないとかそんな事はどうでも良い。
メティスの生徒の半分以上が公務員なわけか。
国民の生命という貴重な財産を守るために税金を投入していると思えば心強いのか、そんな胡散臭い組織に頼ろうとしている事態を嘆けば良いのか……。
「阿佐川も大変だな」
そんな連中が生徒とは。
「いつでも歓迎するわよ
もちろん、教える側として」
「まだ学生の身分なんで」
ハナの冗談とも本気ともつかない言葉を受け流す。
車は横浜湘南道路から新湘南バイパスを通り、東名を東京方面へ。
下手なことを言ってまた超長距離ドライブになったら堪らない。
俺は窓の外を流れる光を無言で眺める。
明日も大里とオペレーション・シトリーの続きを遂行するのだから。




