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妹の悔恨①

 割とよく出来た期末テストが終わり、卒業式も終わり、春休み。

 そろそろ桜がほころび出した。

 そんな事と関係無く、俺は異世界へ通う日々なのだけれど。



 相変わらずな悪趣味な挨拶に送られながら降り立つ異世界。

 周囲に気配のない事を確かめ、御識札を埋める。

 そして、瞑想。

 随分と増えた自身が埋めた御識札。

 その中から異物を探す。


 ……あった。


 御楯の『二』。その所有者は風果。


「虚ろを巡る鳥

 天を翔ける石の船にして

 神より産まれし神

 鳥之石楠船神とりのいわくすふねのかみ

 ここに現し給え

 唱、佰弐(ひゃくに) 天ノ禱(てんのまつり) 飛渡足(ひわたり)


 そこへ、跳躍。


 ◆


 大太刀を振り上げ、こちらに迫る風果が目を見開く。


 一瞬、彼女の顔に躊躇が浮かぶ。

 だが、その大太刀は俺に向け振り下ろされる。


 朧兎が瞬時に展開。

 前から迫る風果の刃と背後の異様な気配から俺を守る盾となる。


「オーッホッホッホ」

「待ちなさい!」


 背後の高笑いに振り返るが、既にそこに声の主の姿は無く。

 風果が放ったであろう術の鎖だけが虚しく宙に伸び消える。


「……お兄様?」

「すまん。邪魔をしたか」

「ええ! 本当に!」


 苛立ちを隠さないまま風果が剣を下げ、抜祷を解く。辺りに立ち込めるのは甘ったるい匂い。

 戦いの最中に飛び込んで、そして風果の獲物を逃す結果になってしまったか。


「何が居たんだ?」

「九尾の狐です」

「ああ、それは大物だ」

「折角追い詰めたのに」


 ジト目の風果。

 余程悔しかったのだろう。


「すまない。お茶でも入れるから機嫌を直してくれ」

「……許しません」


 大きく溜息を吐いた後にジト目で答えた。


 ◆


「それで、何の用でしょうか?

 夏実さんにフラれ、私を慰み者にでもしようと?」

「お前さぁ……」

「冗談ですわ」

「言っていい冗談と悪い冗談があるだろ」


 茶の入ったカップを風果に差し出す。


「そう言う冗談も言える様になったのです。

 それで、何の用でしたか?」

「瀬織津比売に会いたい」


 わざとらしく大きな溜息を吐く風果。


「他の女に合わせろ、と久しぶりに会って言う事がそれとは……」

「いや、その言い方は……おかしく無いか?」


 まあ、事実な訳だけど。


「大体、瀬織津比売様ならご自分の中にいらっしゃるでは無いですか」


 そう言いながら風果が自分の右眼を指差す。

 そんな事は言われるまでも無く試しているのだけれど。


「それがさ、どれだけ呼びかけても反応しないんだよ」

「嫌われてるのでは無いですか?」

「だろうな」


 店子の分際で。


「呼び出すのは構いませんが、何の御用があるのですか?」

「……」

「理由をお教えいただけないのならばお兄様の要望にも応じれませんが?」

「……わかった」


 風果に瀬織津比売から見せられた光景を伝える。

 その時の言葉も、ほぼそのままに。


「……それで、お兄様はどうなさるおつもりですか?」


 終始、黙って話を聞いていた風果が、上目遣いで俺を見る。


「柱を立てる」

「まさか、実を?」

「いや。俺だ」


 単純な話だ。

 夏実が死ぬと取り返しがつかなくなる。俺が。それだけの話。

 この前の中華街でもその兆候はあった。

 俺の中の瀬織津比売が再びヤソマガツヒに転じれば、その時は封印など無く呆気なく体を乗っ取られる。そして、その時にそれに抗うだけの気力を持ち合わせているとは思えない。


「……駄目です」

「それが一番の近道で、確実だ」


 俺を柱にして瀬織津比売にマガを、厄災を祓っていただく。

 そうすれば、夏実も世界も救われ、俺と禍津日マガツヒと言う爆弾もなくなる。


「……駄目です。それに、どうして結論を急ぐのですか?」

「……これ以上時間を置くと別れが辛くなる」


 俺の言葉に風果は目を伏せる。


「ならば……ならばその役目は私が引き受けます」


 柱になると言う妹の言葉をすぐさま退ける。


「お前がそんな事をする必要が無い」


 瀬織津比売の神託は、俺の世界に向けてだろう。

 風果には関係の無い話なのだ。

 だが、風果は奥歯を噛み締め首を横に振る。


「これは、私の贖罪です」

「は?」

「自分の手で……兄を殺めた……私自身への」

「俺を?」

「ええ……禍津日マガツヒの封が解けた兄さんを……私は……この手で……」


 そこまで言って風果は両手で顔を覆う。


「……それは、天津甕星が現れ杏夏が倒れた時か?」


 俺の問いに風果は顔を覆ったまま頷く。

 あの時、俺を背後から貫いた刃、それを手にしていたのは風果だったということか。


「私は……私は、取り返しのつかない事をした……」

「いや……そうしなければ俺がお前を殺していただろう。お前だけで無く……。

 お前が止めてくれたんだ。

 ありがとう」

「そんな言葉が欲しいんじゃ無いの……」


 泣きじゃくる風果が落ち着くまで暫し、妹の頭をゆっくりと撫でる。


 風果の口から語られた……俺の話。

 それは白昼夢の様な俺の記憶、いや、設定と合致する。

 もっとも、風果が刺したとは思って居なかったけれど。


 ただ、それは風果が俺の監視役だとすれば、彼女の行動に非は無い。

 あるとすれば、そう言う役割を押し付けた御天の連中だ。


「ここに来なければ……それを知らずに済んだ。

 でも、兄さんが……私を妹だと言う貴方が居て、私は神楽風果なのに御楯風果であって……。

 あの時、少し冷静ならば。

 もっと力があれば。

 兄さんも杏夏も救えたのに……」


 風果が俯いたまま呟く。


「……取り敢えずそう言う出来事があったとしても今俺はここにこうして居るのだから、それで良いんじゃないか?」

「でも、そのお兄様は自らの命を捧げるとおっしゃっています。

 それをすべきは私なのに。

 兄さんのマガを背負うべきは私だったの!」


 一度落ち着きかけた風果が再び取り乱す。


「だから今度は私の番でしょ?」

「……何が言いたいんだ?」

「……器の候補である赤子は二人居た。

 いえ、本来は御天の血を引く私が器になる筈だった。でも、母はそれを受け入れなかった。当然よね。直毘ナオビなんてなんの関係も無く育ってきた人なのだから。

 代わりに兄さんに白羽の矢が立ち、響子さんはそれを受け入れた……。

 兄さんは私の身代わりにされたのよ」


 そう言う事情があったとは。

 まあ、そんな事、俺の耳に入る訳はないから本当の事なのかもしれないが……。

 風果は、そんな事すら負い目に感じて居たのだろう。


「そして、お前は俺の妹となった。

 そう考えると悪い事ばかりではなかったか」

「本気ですか?」

「お前はそうではなかったかもしれないけれど」

「そんな事は……ありません」


 まあ、たいして楽しい思い出も無いが自分と同じ様に人から遠ざけられた風果。似た様な境遇の存在。それはやはり小さな救いだった。


「覚えてるか?

 お前が餌付けしてた野良猫」

「……ええ。ある日フラリと消えてしまいましたけれど」

「お前、珍しく大泣きしてたよな」

「兄さんが探しに行って、帰りが夜になって師匠に大目玉食らったのですよね」

「結局見つからなかったけどな」


 正確には見つけたのだ。

 だが、車に撥ねられ既に事切れて居た。

 仕方無く、山林に埋めて見つからなかった事にした。


「だから、響子さんに一つだけ我儘を言ってペットの飼える部屋を探してもらってたんです」

「は? 部屋?」

「あ、これは内緒でした」

「何だ? それ」

「あの家を離れ高校から東京へ行く予定だったのです。

 響子さんの元へ」

「お前が?」

「いいえ。私達二人です。

 だから響子さんは三人で住める部屋を探してたんですよ」

「は? 何で勝手にそう言う事を」

「知ってたら、兄さん絶対嫌がるでしょ?

 だからギリギリまで秘密って響子さんと約束してたのです」

「あのババア……」

「ほら。そう言うでしょう?」


 そう風果が咎める。

 真っ直ぐ俺を見て。

 そう言えば、花火を見ながら見納めだなどと言ったのはこれがあったからか?

 だとすると、かなり前から……まあ、良い。

 そこを責めても何にもならない。関係の無い話だ。

 小さく溜息を一つ吐いて妹に向き直る。


「風果。瀬織津比売を呼び出してくれ」

「それは」

「大丈夫。柱なんか立てない。お前も俺も」


 昔話ついでに杏夏に言われた事を思い出した。


『アンタさ、自分が全て抱え込んで死ねば、それで全部解決すると思ってるんじゃない?

 全然、そんな事無いんだからね。

 アンタが居なくなっても、世界は終わらないのよ。アンタの居ない世界が続く。私も風果も、それから他の人達も、アンタが居なくなった事を考えながらアンタの居ない世界を生きてくの』


 そう、胸倉を掴まれながら言われた。

 まあ、俺はそれを顔を背けながら聞いていた訳だが。


「兄さん、少し変わりました?」

「ん?」

「前向きとでも言いましょうか」

「そうか?」

「私の術のお陰でしょうか。思々三千降(しおのみちふる)


 あの人間洗濯機の術か。


「そしたらお前にもかけて差し上げよう」

「……どう言う意味でしょうか?」

「そのまんまの意味だけど?」


 その謎のドエスも少しは和らぐんじゃないか?

 だが、表情は少し和らいだか。

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