次第に認知されていく異世界と様々な思惑①
『あれは、竜宮城だ。
踊る魚介類と、そして乙姫。
まあ、玉手箱は無いけど』
『ジャックと豆の木よろしく、ただひたすら空へ。
成層圏を越えてもなお空へ。
そして、そこで気づいたね。
これ、正解は下じゃね?って』
『金塊の山。
まさに黄金郷。
マルコポーロの見た黄金の国は絶対あそこだぞ』
『桃源郷。
ハーレム。
まさに、夢の国。
何で帰ってきたのかって?
迫られすぎて体が持たないからだよ』
こんな嘘の様な異世界の土産話がネット上を賑わす。
恐らくは、全部嘘だろうが。
『痛い。
俺の右手を返してくれ。
安全だって言ってたじゃないか』
『あの男、絶対許さない。
次に会ったら殺してやる。
あっちでもこっちでも関係なく』
『今日もまた哀れな小兎を見つけた。
記念すべき百人目。
涙ながらの命乞いとか、笑える』
『毎晩、喰われる夢を見る。
次は誰の番だろう?お前だよ。
そこで目が覚める。
おかしくなりそうだ』
方や、被害に遭ったと思わしき書き込みも。
ただ、どちらにせよ証拠は無い。
真実は向こうにしか無い。
そうやって、良くも悪くも異世界の事が話題に上る。
だから、そこへ行ってそれなりに力を発揮している俺はクラスで一目置かれる存在に。
一体、誰が漏らしたのだろう。
……なんて事は、全く無かった。
そんな新学期は、存在しなかった。
そもそも、誰にも言ってないのだ。
漏れるはずなど無く。
それ以前に、高校では異世界の話など全く話題になって居なかった。
よく考えてみたら、何も得るものが無い上に命懸け。
ただの酔狂。
普通の神経ならば近づかないだろう。
しかし、まあ、小さいながらも変化はあった。
成績が向上するという小さな変化が。
と言ってもなだらかに上向きになった、その程度だけれど。
時折、脳裏を過るユキの笑い顔。
それを振り払うためには、机に向かうのがどうやら一番らしかったから。
ひょっとしたら、もう一度会いたいのかもしれない。
あの、恐ろしい女に。
いや、そんな訳は無いな。
週末、G playへと向かう度に、そんな事を考える。
そうして、いつの間にか木の葉は色づきの季節を迎えていた。
世間では『未知世界渡航に関する特別措置法』なるものが公布され、『G play』に関して一定のルールが設けられた。
最も、それを提供して居るのがG社ただ一社であり、その内容はG社、ひいては、その向こうのアメリカに最大限の配慮を施してあるなどと言われている。
俺の頭を悩ませた保護者の同意書もいつの間にか無くなっていたし。
そして、それと時を同じくして『国際異界機関(International Different world Organization、IDO)』なる国連の専門機関が発足。
その賛助会員にG社及び関連企業が名を連ねている時点で公正な組織であるとは誰も思っていない団体であるのだが。
◆
「舞い上がる残り香
揺蕩う煙
向かい行く先に望みはなく
唱、陸 壊ノ祓 花舞太刀」
かざした左手の先に居た魔物に向け降り注ぐ雪を舞い散らしながら、刃と化した風が向かい行く。
俺の声に気付き、こちらに獰猛な目を向けた二メートル近い白豹。
「静寂の精、銀の戯れ
閉ざされた結界
時すらも凍る
唱、参拾壱 壊ノ祓 逆氷柱」
見えぬ風の襲撃を受け、怯んだその巨体の下から突き刺すように巨大な氷の柱が天に向かい伸びゆく。
絶叫とともに、白一色の世界に唯一真っ赤な化物の血が氷柱を伝い落ちて行く。
しかし、それはすぐに凍結し再び雪が白で覆い尽くしていく。
百舌鳥の早贄の様な格好のまま白豹が動かなくなった。
術を解くと、そのまま落下して雪煙が舞う。
流石に死んだだろう。
そう思いながら、左手の入れ墨に右手を添え刀を顕在化出来るように構え、ゆっくりと死体へと近づいて行く。
一歩歩く度に、雪の冷たさが素足に突き刺さる。
「まだ温かい……」
今しがた倒したばかりの魔物に触れ少し驚く。
このままここで解体する訳にも行かないので捨てて行こうかと思ったが、ちょっとした防寒にはなるだろうか。
俺はその魔物の巨体を担ぎ上げ、再び歩き出す。
周囲は白一色。
見渡す限りの雪景色。
上は雲なのか、それとも白い天上なのかさえ定かでない世界。
ただ一つ確かなこと。寒い。
このまま歩き続けたら、凍え死ぬかも知れない。
その前に、せめて雪を避けれる所に行きたい。
微かに残るモンスターの足跡。
担いだ巨体が歩いてきた、その方向へと向かう。
他に手掛かりなど無かったし。
「助かった……」
洞穴があった。
いや、洞窟だろうか。
しかし、その周囲は垂直に切り立った壁。
そう、凹凸なく垂直。
建造物かも知れない。
しかし、今は防寒が先だ。
穴の中に気配が無いことを確認して中へ。
担いでいた巨体を下ろし、そして、術を。
「創造する手・無の化身
紡ぐ、縦横に
拒絶する柔らかな結界
唱、参 現ノ呪 白縛布」
布を作り上げ濡れた頭と体を拭く。
そして、荷物から木材を取り出し火をつける。
羽織っていた革を外す。
マスターの遺品。
少し獣臭く、防寒に優れる訳でも無いが無いよりはマシ。
これを少し縫えば、マントに仕立てられるか。
問題はそんな技術も、道具も俺に無い事だが。
雪を溶かし白湯にして一心地。
さて、獲物を解体するか。
◆
毛皮を剥ぎ、そして、ついでに肉を炙って食う。
美味いとは言えないが、これでもマナは採取できる。
贅沢は言えない。
下手をしたらまた雪の中を延々と歩かねばならないのだから。
門を求めて。
……三連休で良かったな。
少し現実を思い出す。
中間考査が終わり、十一月最初の週末。
幸運にも月曜は祝日。文化の日。
少し温まり、腹が膨れそんな事を考えて居たのは油断があったからだろう。
だから、その時近寄る気配に気付けなかった。
「あの」
不意に洞窟の奥から声。
とっさにナイフを抜き、構える。
穴の奥、焚き火が照らす一人の男。
クソ。
人が居るとわかっていれば気配を殺し隠れて居たのに。
ナイフを構えながら、一歩下がり相手の出方を伺う。
襲って来るか?
しかし、相手、中年の男は両手を上げ、ニヤケ笑いを浮かべる。
そして、口を開く。
「その肉、分けてもらえません?」
どうする?
断って襲われても厄介だ。
かと言って恵んでやる理由も無い。
「あ、もちろん交換で」
警戒する俺にそう続ける男。
「……何と?」
「塩とかどうです?」
……塩?
それは……欲しい。
改めて男を見る。
外套を羽織り、デカイリュックを背負って居る。
他にも荷物を腰からぶら下げて居る。
それ程多くの人にこちらで会った訳では無いけれど、服装がまともな人間程強い。
そんな傾向にある。
それは、恐らくは敵を倒して手に入れたか……誰かから奪い取ったか。
ユキの事があってから俺は人を見ると極力術で姿を隠し、気配を悟られないようにしてやり過ごして来た。
それで言うと、目の前の男はそれなりの使い手……だと思われる。
そんな雰囲気は、張り付いたニヤケ顔からは想像出来ないが。
今の状況は失敗だと言える。
男がゆっくりと動く。
俺は警戒しながら半歩下がる。
「これです」
腰に下げた袋からピンクがかった石の様な物を地面に置く男。
「岩塩ですよ」
そう言いながら三歩程下がる。
確かめろと、そう言う事か。
……少し考えて、男を警戒しながらその岩塩を拾い上げる。
そして、モンスターの肉片にナイフを使ってその岩塩を削って振りかける。
そして、その肉を男へ差し出す。
男はそれを受け取り、火にかざす。
まずは、毒味をさせるべきだ。
肉の焼ける音と匂い。
「いただきます」
そう言って男はゆっくりとその肉を口へ運ぶ。
「……美味い!」
男は本当に美味そうに、あっという間に肉を平らげた。
……毒では無い、か。
「好きなだけ持って行って下さい」
俺は、塩を鞄にしまいながらそう言って立ち去る準備をする。
「ああ、待った。
待って下さい」
「何か?」
「他に、何か無いですか?」
「は?」
肉を切りながら男が図々しい事を言う。