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ダンシングドール③

 ……取り残された。

 夏実と二人で。

 ホテルに。


 邪念やら葛藤やら。

 全てを押し殺し声をかける。


「取り敢えず、移動しよう」

「……了解」


 憮然とした表情で返事を返す夏実。

 一体何が気に入らないのか。

 いやいや、考えない。


「創造する手・無の化身

 紡ぐ、縦横に

 拒絶する柔らかな結界

 唱、(さん) 現ノ呪(うつつのまじない) 白縛布(はくばくふ)


 同時に二本のハンカチ大の布を作り出す。


「これ、三時間で消える。

 念の為一つ持ってて」

「了解」


 残った一つを左手首に巻きつける。

 これで時間は問題無い。右手に試作品を持ち床に左手を当て気配を探る。

 そして術を。


「穿ち 堕ちる

 そのはてで待つ幾年いくとせ

 やがて芽吹く終焉

 唱、肆拾肆(しじゅうし) 鎮ノ祓(しずめのはらい) 奥月ノ穴(おくつきのあな)


 ぽっかりと、建物の床に穴が開く。

 その下にも当然同じような部屋。

 朧兎と共に落下に身を任せ下の部屋へと移動。

 ざっと見回し何も居ない事を確かめ跳躍。

 再度、先程の部屋へ。


「下りてて」


 リコにそう声をかけ、御曹司を担ぎあげる。

 そして再び下へ。

 使用した形跡の無い大きなベッドに御曹司を転がし天井の穴が見える位置に腰を下ろす。


 何者かが来ればすぐにわかるように。


 ただただ無言の時間が流れる。

 気にして無いのだけれど、全く気にして無いのだけれど、全ッ然、一ミリも気にして無いのだけれど、夏実が俺を睨んでいる。


「……何?」


 気にして無いけど!

 気が散るから聞いてやるよ!


「……別に」


 あっそ。

 視線を天井へ。

 再び沈黙の時間。

 いや、警戒の時間。


「ねえ」

「ん?」

「ライチって、強いんだよね?」

「ああ」


 天井を見つめたまま答える。


「どれくらい?」

「お前が足元にも及ばないくらい」


 だから、二度と助けになんか来るな。


「ならさ、ちょっと相手してよ」


 視線を向けると俺を睨みながらトンファーを構える夏実。


「警戒してんだよ」


 再び天井の目を向けながら脳筋の挑発をいなす。


「白雪、ちょっとお願い」

「キュ」


 ん? と顔を向けると白狐が俺に飛び掛かり、肩、頭を踏み台にして上階へ。


「見張りは白雪がやる」

「……負けても恨むなよ」


 どうあっても引くつもりは無いらしい。


「朧兎。白雪の側に」


 俺の命に従い水の盾が天井を抜け上階へ。


「紡がれ途切れる事のない糸の先

 常に移ろいゆく色の名

 雪に溢れた墨の如く

 騒音と騒音が重なる静寂

 唱、陸拾肆(ろくじゅうし) 鎮ノ祓(しずめのはらい) 絶界(ぜっかい)


 普段より力を込め、部屋一つを覆う程の結界を作る。


「これで音は漏れない。

 ……来いよ」


 試作品を構え、夏実に向き直る。

 流石にヴェロス製の兵器を持った奴に無手で立ち向かう程夏実を侮っては居ない。


 深く息を吐く夏実。

 そして、真っ直ぐ一直線に俺に殴りかかって来る。

 俺を顔面を狙った右ストレートを半身で躱す。

 俺の鼻先を通り過ぎるトンファー。

 握りを緩め、トンファーを半回転させる夏実。

 そのまま腕を水平に振り回す。

 肘一つ分延びたトンファーの先端が俺の横っ面を捉える。

 すかさず差し込んだ試作品の刃がトンファーを弾き鈍い音が上がる。

 身をひねった体勢で止まった夏実の足元を左足で払う。

 倒れこみながらみ身を捻り、左腕一本で受け身を取り、飛び退りながら一度距離を置く夏実。


 俺を睨み、トンファーを握り直す。

 試作品を正眼に構える。

 再びこちらに迫り来る夏実。

 短く息を吐き、その攻めを受け止めるべく相手の動きの先を読む。


 ◆


 振り抜かれたトンファー。その重い一撃を左腕の籠手で受け止める。

 そのまま右手で巻き取り、一気に投げを。

 体勢を崩されながら、尚も抵抗する夏実に引きずられ辛うじて受け身を取り背から床に落ちた彼女の上にのし掛かる格好に。


 そこに至り、負け認めた夏実は大きく息を吐き、体を弛緩させた。

 すぐさま体を起こし彼女から離れる。


 立ち上がり、俺に正対。


「ありがとうございました」


 そう言いながら一礼。


 もし、夏実が女騎士であったならば。

 投げ飛ばし、勝敗が決した時点でも負けを認めずこう言っただろう。「クッ、殺せ」と。そして、デレる。


 だが、夏実は女騎士ではなく、只の戦闘民族なので今の戦いも稽古として処理された様だ。


 俺も無言で礼を返しながら、亟禱きとうで自分の体に癒しの術を施す。

 手加減とか遠慮とか言う言葉を知らぬ戦闘民族の打撃を受けた体のあちこちが痛い。マジで痛い。


「剣を使わす事も出来ないか」


 夏実が悔しそうに呟く。


「流石に剣を振り下ろす事は出来ないだろ」


 俺、常識人だから。

 知り合いの顔を前にして、当てる気で武器を振り下ろすとか、無い。

 でもそうしないと隙になる。

 だから、剣は受けに使うのみ。


「何でよ?」

「何でって……当たり前だろ」

「何が当たり前なのよ。訳わかんない」

「わかるだろ」

「分かりたくない」


 そっすか。

 どう言う思考回路してんだろう。

 こいつと言い、実姫と言い。


 あ、そうだ。


「向こうでは貧弱だから仕返しすんなよ?」


 またジムに呼び出される前に言っておかないと。


「わかった」


 床に腰を下ろし、結界を解除する。

 そして、再び天井を見つめながら夏実に問いかける。


「あのさぁ、こっちの世界で何か恨みを買ったとか記憶にある?」


 なぜ、彼女がマガに狙われているのか。


「うーん、別に」

「じゃ……神様とか天使とか、神獣の類みたいなのを倒した、とか」

「竜は倒した事あるけど」


 あ、ニーズヘッグか。


「氷の世界で?」

「そう。なん……一緒に居たんだっけ」

「まあ、ね」


 あれでは無さそうだな。

 あの後、夏実に付きまとうような瘴気は無かったし。


「他には?

 敵じゃなくても、例えば御神木を殴り倒したとか、祀ってある岩を破壊したとか、お供え物を拾い食いしたとか?」


 ……或いは、人を殺めた、とか。

 俺の問いかけに、夏実から返答が無い。

 視線を天井から彼女に向ける。

 俺を睨みつける夏実と目が合う。


「あのさ、私を何だと思ってるの?」

「……さーせん」


 心当たりは無し、か。

 となると、この先何か。

 いや、本人が知らないだけ、と言うことも考えられるか。

 なんというか、ストーカーみたいな。

 ストーカー、か。

 ありえる……な。

 笑えば可愛いのだから。この上なく。

 横目に見ると、相変わらず俺を睨む険しい顔。

 ……そんな笑顔は二度と見れないかもしれない。


 小さくため息を吐き、再び問いかける。


「一応聞くけど、ストーカーとかの心当たりは?」

「無い」

「だろうね」


 居たら手が出てそうだし。


 となると現時点では、特に問題無し。

 一回、瀬織津比売と話そうか。

 実姫か風果の力を借りて。


 それっきり、室内は無言の時が流れる。

 唯一小さく響く御曹司の寝息。


 ◆


 左手に巻かれた布が消滅した。

 ……ちょっと、想定して居なかった事態。

 クドーとキングに何かあったのだろうか?


「どうするの?」

「予定は変えない。チェックアウト」


 夏実の問いかけに立ち上がりながら答える。


「動かず待った方が良く無い?」

「遭難した訳じゃないから」

「合流出来るの?」

「向こうが無事ならね」


 さて、派手に行こうか。

 こうなったらもう仕方無い。


「そこどいて」


 俺と窓を遮る様に位置する夏実を少しどかす。


「え、何するの?」

「窓をぶち破る。術で」

「は? 何でよ?」

「派手に動いてた方が向こうから見つけやすいだろ?」


 互いに潜んで動いて合流出来ないと、いたずらに時間だけを浪費する事態になりかねない。


「それは、そうだけど……敵にも見つからない?」

「見つかるだろうね。

 大丈夫。俺が横で守るから」


 まあ、大抵の敵なら俺と夏実で蹴散らせる。

 派手に動くと決めたのだから実姫も呼び出そう。


「……いや、そう言う事を言ってるんじゃなくて……」

「文句は戻って向こうで聞く」


 左手に窓に向け、詠唱。


「憎悪、怠惰、即ち影、外道

 飲み込み焼き払い

 天へ還る

 別れ身はそして一つに

 唱、陸拾壱(ろくじゅういち) 壊ノ祓(かいのはらい) 狩遊緋(かりゅうひ)……」


 それを、途中で止める。上階に人の気配。

 ……間に合ったか。

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