道具屋の憂い
もう良いだろうと部室に鍵をかけ、帰宅。
その途中、寄り道を……。
「ゲッ!」
俺の顔を見て夏実が顔をしかめる。
その反応は理解出来ない事も無いが、それでも少し傷付くのだけれど……。
「……よう」
口をへの字にしながら軽く手をあげる。
何でわざわざ帰り時間をずらしたのに鉢合わせになるんだよ。
しかも、よりにもよってアンキラの前で……。
「よーう。残念だけどマキマキちゃんは今日急遽シフトが変わったのだ」
夏実の後ろで風巻さんが手を上げながら言う。
「いや、今日は執事長に用事」
「ふーん」
なぜかジト目の夏実。
「すぐ終わる? ヨッチも一緒にカラオケ行かない?」
「えぇ!?」
折角の風巻さんの誘いだが、そのつもりは無い。
それに、夏実が心底嫌そうな声を上げたし。
「ちょっと長くなると思うのでまた今度」
「そっか。それは残念。また今度」
手を振り去っていく風巻さんと振り返りもしない夏実。
露骨に嫌がられているなあ。
暗澹たる思いでアンキラの扉を開ける。
◆
「やあ、いらっしゃい。
ランクS」
「ああ、どうも」
流石に情報が早い。
俺のランクが今朝Sになったのも既に知っているのか。
「それで、今日はどんな用?
知ってると思うけど、臨時バイトちゃんはもう居ないよ?」
知ってる。さっき店の前ですれ違ったし。
「ちょっと、色々ややこしいんで俺と彼女の事は放っておいてください」
「あっちで浮気したのがバレたとか? 人外巨乳ちゃんと」
「いや違いますよ」
「まあ、これから今以上に周りから観察されるからね。
早々にオイタは露見するよ」
「いや、そんなことしてないんですって。
何すか? やけにトゲがあるじゃないですか。今日は」
こっちは客だぞ。
まあ、別に買い物するつもりは無いけど。
「いや、人の神聖な執務スペースによりにもよって他の男が従業員を連れ込もうだなんて許された所業じゃ無いよね?」
「は?」
向かいに腰を下ろしたままショニンがにやけ顔で言う。
「そんな輩は地獄に落ちてしまえばいい。いや、落ちろ。落ちるべきだ。
そう思うんだよね」
「最低ですね」
「最低なのはどっちかな?」
「大体、そう言うイベントに乗じて一儲けを企んだのはそちらでしょう?」
「儲かってないんだよね」
「は?」
「調子に乗りすぎたのか、メイドちゃん達に特別ボーナスを要求されてさ。
おかしいよね。直近一ヶ月の売上は過去最高なのに、利益は過去最低」
どんだけメイドに振る舞ったのさ。
つーか、根本的に経営のセンスとか無いのではないか? この人。
「そういう訳で、まあ、若干、刺し殺してやりたい程度にはイラついていた。
ごめんごめん。
で、今日の用事は?」
物騒な事を言う胡散臭い執事。
だが、その顔には胡散臭い何時もの作り笑い。
「昨日、この部屋に折角貰ったチョコを忘れまして」
「ああ、うん。持ってくるよ。
それだけ?」
「まあ」
それだけって、それだけだけど、それだけじゃ無いんだよ。
金髪のメイドがくれた大事な義理チョコなのだから。
「ところで、ネヴァンの事なんだけど」
「ネヴァン? 戦場の女神? ケルト神話の」
「まあ、由来はそこだろうね。でもノータイムで出てくるほどメジャーかな?」
メジャーだろ。
ワタリガラスの姿で戦場を飛び回ると言う。
「で、ネヴァン。
君に売った漆黒の剣なんだけど」
あの刀か。
「執事長がその名を?」
「いや。前の持ち主がそう言っていた」
そして、俺の物となり、『烏墨丸』と名付けられた。
なんとなく浮かんだ名を与えたのだがカラスと言う共通項があったのは偶然か?
「あの刀、大事にしてる?」
「実はもう手元に無い。盗まれた」
「ああ、そう。
まあ、手癖の悪いのはいくらでもいるからね。
そしたら、誰が持ってるのかわからない訳か」
さほど驚きもせずに言うショニン。
商売をしているのなら俺よりそう言う輩と向き合う機会は多いのだろう。
「じゃ、盗品が流れて来ても返すつもりは無いから悪しからず。
代わりは要るかい?」
「今のところは困ってない」
どうせふっかけられるだろうし。
「そう? 安くするよ?」
「十万以上の買い物を物を見ずにするほど富豪ではないから」
「後払いでもいいけど?」
予想外の否定が返ってきた。
本心としては値段の方を否定して欲しかったのだけれど。
「持ち逃げしないとでも?」
「ああ。僕はお金を支払った客にしか商品を渡さない事にしてるんだ」
ショニンが静かな笑みを浮かべながら言う。
後払いで良いと言った後の台詞とは思えないのだけれど…………まさか。
「……つまり、金を払った奴に商品を渡している……なるほど、確実だ」
呟く様に言った俺の台詞に、ショニンの作り笑いのまま小さく頷く。
そんな事が可能なのか?
いや、可能なのだろう。
客は品を受け取り、そしてショニンへと金を払う。それからショニンはゆっくりと品を送る。過去の客へと。
これならば必ず取り引きが成立する。
金を払わない客は、商品を受け取る事が無いのだから。
そんな取り引きが本当に可能なのか?
それを改めてショニンに問うてもはぐらかされるだろう。
「流石はランクSだ」
「ランクSってだけで一目置かれる。
ハッタリって大事だよね」
そうショニンはぬらりと躱す。
「ハッタリ、か」
「でも、そんなハッタリや常識が通用しない連中も増えたね。まるであっちに骨を埋める事を決めた様な連中」
「……ああ」
例えば、モモ達の様な、か。
「僕は思うんだよね。
ああ言う連中が勘違いしたままこっちに戻る。理性も何もかも取っ払ったままで。
それはやがてこの国を蝕んで行くんじゃないかって」
「……まさか。勘違いしたままで居られるほど、こっちの世界は甘くないでしょう?」
「どうかな。
ま、そうなる前にG Playなんて強制的にサービスを停止させるだろうね。まともな国なら」
まるで、そうはならないと言わんばかりのショニンの口振り。
仮にショニンの想像を裏切りサービスが停止されたら、向こうに取り残された連中はどうなるのだろう。
いや、そんな心配よりも、だ。
この国が終わる。
俺はそう言う未来を見せられたのだ。
だが、それを誰かに言ったところで何にもならない。
例えば目の前のショニンに打ち明けてみろ。
今しがた彼が言った、理性をなくして勘違いした連中として一括りにされて終わりだろう。




