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蟻地獄⑨

 朝日が俺の戦果を浮かび上がらせていく。

 幾重にも積み重なった、蟻の残骸。

 斬れども斬れども押し寄せるそれらは一晩かけ全て真珠切の餌食となった。


「こっちもすごい有様ね」


 一人、駆けつけたスズメが呆れた様に俺に声をかける。


「首尾は?」


 なぜ一人なのかと疑問に思うが失敗したと言う顔では無い。


「問題ないわ。

 あっちはとっくに終わってたわよ」

「全員無事?」

「もちろん。

 キンコは食事中」

「食事?」

「興味ある?」

「え、何が?」

「彼女の食べている物」


 それは聞いてはいけない。

 スズメのうんざりした様な表情がそれを物語っている。


「卵とよう……」

「あーあーあー。聞こえなーい」


 戦利品って訳か。

 考えるの止そう。


「あと二人は?」

「クマはちびっ子と遊んでるわ」

「ああ、そう」


 熊にまたがりはしゃぐ実姫。

 その方が良い。

 平和な光景が目に浮かぶ。


「君は宣言通り、一晩中一人で戦い続けた訳ね」

「敵を倒し続ければ問題ない」


 それが、三日三晩であろうと。


「言うのは簡単だけれど、実際やるのは骨よね。

 ……ありがと」


 改まって、スズメに礼を言われるが、なんの事だろうか?


「何が?」

「この中にカグヤ達の仇も居たはずだから。

 これで、悔いを残さずに帰れる」


 蟻の山を見回しながらスズメが言う。


「そうだな。やっと帰れる」


 俺は基地と呼ばれたモモ達の寝ぐらを見ながら答える。


「帰ろうと思えば一人で帰れたんでしょ?

 他の人を置いて」

「言うのは簡単だけど、実際やると悔いが残るよね」


 蟻の生き残りが居ない事をざっと確かめ、基地の方へと歩き出す。


「今日、何の日か知ってる?」


 俺の問いにスズメは首を横に振る。


「二月十四日。バレンタイン」


 俺の言葉にスズメは目を丸くする。


「……そう。そんなに経ったか」


 彼女はどれくらいここに居たのだろうか。


「貰う予定があるの?」

「あるよ。義理チョコだけど」

「その為に命がけで頑張ってた訳?」

「まあ、そんな感じ」


 義理と言うか、営業に限りなく近いのだけれど。


「……大事よね」


 少し間を置いてからスズメが呟く様に言う。


「ん?」

「そう言うの。

 何気ない事。

 ……貰えると良いわね」

「うん」


 貰えるよ!

 だってスタンプ集めたんだもの!


 ◆


「警戒されてるわよ?

 私が行こうか?」

「いや、大丈夫」


 建物の入り口に並ぶモモとシバ、マシラ。

 そして屋上から見張るダンゴとフェザント。


 単身彼らの元へ。


「何のつもりだ?」


 武器を手に俺を睨みつけるモモ。


「何って、帰るんでしょ?

 迎えに来たのだけれど? 全員」

「生憎、こっちには怪我人が居る」


 そうマシラが言う。


「怪我人? そんなの治せば良い」


 俺は建物の側、小さな畑で成り行きを見守るシエの側へ。


「え……何、ですか?」

「トマト、もらって良い?」

「え、う、うん」


 顔を引きつらせ答えるシエ。


「言った通り、トマトの様子を見に戻ってきたよ。

 それから、シエを門まで送る約束も」


 トマトを一つ捥ぎ、シエに小指を立てる。


「……エル?」

「そう。今はライムって言うんだ。可愛い?」

「え? どっちが、本当のエルなの?」

「どっちが良い?

 ちょっと、足を触るね」


 彼女の足に触れ、術を。


「黒猫 添いて歩き

 落ちて戻る

 思いは血を越え飛び行く

 唱、伍拾伍(ごじゅうご) 命ノ祝(めいのはふり) 赤根点(あかねさし)


 目を丸くして自分の足を動かすシエ。


「走れそう?」

「う、うん」

「じゃ、帰ろう。

 スズメの所で待ってて」

「うん!」


 彼女の後ろ姿を見送りモモに声をかける。


「モモ! 帰るって言うのは口だけか?

 今すぐ準備しろ!

 私が連れて行ってやる! 全員!」


 建物の中の全員ヘ聞こえる様に、あらん限りの声を張り上げ叫ぶ。

 これで逃げ場はなくなった。

 奴等は進まねばならない筈だ。


 ◆


 全員が基地から外に出て、術で五人ほど癒す。

 それで出発の準備は整った。


「彼は?」


 相変わらず屋上から動かないフェザント。


「あいつは後から追いかけて来る」

「そうか。なら行こう。

 作戦開始。

 信号弾を上げて。

 青だっけ?」

「ああ」


 俺を一睨みしてからモモが青の信号弾を上げる。


 キンコ達にも伝わっただろう。


「じゃ行くよ」


 スズメが先頭を少し足早に走り出す。


 その後をクライン達が続き、集団の最後を俺が見張る。

 最後尾からモモ達の四人。


 途中、キンコ達も合流し一路門を目指す。

 道中、幾度か遠目に蟻を見つけるもキンコが豪速球で即座に潰す。


 そして、門へ。

 誰一人欠ける事なく辿り着く。


 そして別れ。


 我先にと門へと触れ、帰還する面々を見送る。


「チョコ貰える様に祈ってるわ」


 そう言い残し、スズメが消える。


「ガウ!!」

「またのう!!」


 ガシリと抱擁を交わす熊と実姫。


「トマト、美味しかったよ」

「ありがと。もう、帰れないと思ってた。

 ……バイバイ」


 シエが笑顔で手を振りながら消える。


「君らは?」


 それを見つめていたモモ達の一団を振り返る。


「僕達は最後で良い。

 じきに仲間が合流する筈だから」

「そう。ならお先に失礼。

 実姫帰るよ」

「うむ……」

「還」


 式神を札へ戻す。


「ガウ!」


 熊と握手を交わし、消えるのを見送る。


「アンタにも卵と幼虫をご馳走したかったさ」

「それは要らないな」


 白い歯を見せながら鳥肌が立つような事を言うキンコと握手を交わす。

 そして、門へ歩み寄る。


「虚ろを巡る鳥

 天を翔ける石の船にして

 神より産まれし神

 鳥之石楠船神とりのいわくすふねのかみ

 ここに現し給え

 唱、佰弐(ひゃくに) 天ノ禱(てんのまつり) 飛渡足(ひわたり)


 小声で言霊を紡ぎ、門に触れるふりをして、身を飛ばす。

 この世界の入り口へと。


 ◆


「剣立て重石と成す

 深く、高く

 羽音 舞うは白羽根

 唱、弐拾肆(にじゅうし) 鎮ノ祓(しずめのはらい) 封尖柱(ほうせんちゅう)


 出発地点から即座に屋上へ向け術を放つ。

 合流すると言っていたフェザントは変わらずここで待っていやがった。

 そいつを封印の中ヘと封じる。


 さて、どう言うつもりかゆっくりと待つか。




 それから一時間程。


 モモ達四人が雁首揃え戻って来る。


「フェザント、全員居なくなった。

 まあ、また集めればいいな」


 屋上でタバコに火をつけながらモモが言う。


「あーあ、あのチビ食い損ねた」


 そう言い放つのはシバ。

 それが誰をさしているかまでは定かでないが。


「飯だけもう少し何とかならねぇかね」

「やっぱり酒が欲しいよな」

「そう言うところはもう誰かが住み着いてるだろ。

 これくらいが丁度良いんだよ」

「次は何人か歩けないくらいまで弱らせておこう」


 結局こいつらはこうやってここで罠を張っていた訳だ。

 自分より弱い奴を陥れ弱った奴だけを食らう蟻地獄の様な。


「おーい、フェザント。

 たまには下りてこいよ」


 錆の浮いた給水タンクの上から呼ばれたフェザントを放り投げる。

 体と口は白縛布(はくばくふ)で拘束してあるが。

 仲間の体が屋上のコンクリートに叩きつけられ始めて自分達が罠にかかった事を悟る四人。

 まあ、罠と言う程の物でもないが。


「まあ、ムカつくよね。

 弱い奴もそれを食い物にしてる奴も」


 彼らの悪意とその犠牲を目の当たりにして、腹が立った。

 ただ、それだけだ。

 弱者を食い物にする。そう言う自分達とて弱者なのだと思い知らせてやろう。


「テメェ!!」


 モモが今までになく顔を歪める。

 その顔に張り付くのは怒り。


「零れ落ちる記憶の残滓

 遠路の先の写し身

 爪を赤く染めよ

 唱、(いち) 壊ノ祓(かいのはらい) 鳳仙華(ほうせんか)


 彼らの中心に爆破の術。

 弾き飛ばされたモモを追って大地へと。


 空中で姿勢を正し、着地するなり剣を構えるモモ。


 何だ。ちゃんと戦えるんじゃん。

 何でその剣で他人を守ろうとしなかった?


「なあ!?」


 真珠切を手にそいつに向かい距離を詰める。


「何のつもりだよ?

 キンコの奴に何か吹き込まれたか?」


 俺の剣を受け止め鍔迫り合い。

 押し返され、そして、躊躇いなく迫る二の剣を下がり避ける。


 ……俺の剣筋と違う。

 迷いがない。人を殺す事に。


 横手から、シバが下卑た笑みを浮かべながら迫る。

 その汚らしい笑い方には覚えがあった。


 そう。

 御剣のクソ野郎。あいつと同じ笑い。


 亟禱きとう 鳳仙華(ほうせんか)


 その顔目掛け咄嗟に術を放つ。

 術で顔の面を弾き飛ばされ地に倒れた男の元へマシラが駆け寄りすぐさま致命傷を癒す。


 あのヤブ医者……ちゃんと治せるんじゃないか。


「離れろ! 餌にするぞ」


 ダンゴが叫ぶ。


「チッ、生き残れよ。

 死にたくなるほど楽しませてやるからよ」


 マシラが俺に下卑た笑みを向ける。

 そいつが放った言葉をかき消す様に羽音が聞こえ、辺りを暗くする程のバッタの大群が現れる。


 虫を操るのもお手の物って訳か。


「憎悪、怠惰、即ち影、外道

 飲み込み焼き払い

 天へ還る

 別れ身はそして一つに

 唱、陸拾壱(ろくじゅういち) 壊ノ祓(かいのはらい) 狩遊緋翔(かりゅうひしょう)


 こんなのに、こんな奴らに負けてやるもんか。


「疾る。偽りの骸で

 それは人形。囚われの定め

 死する事ない戦いの御子

 唱、肆拾捌(しじゅうはち) 現ノ呪(うつつのまじない) 終姫(ついひめ)

 祓濤(ばっとう) 金色猫」


 術でバッタの群れを焼く。

 その群れを全てを食い尽くし、そして彼奴らを!


 ◆


 振り抜いた足が地に転がるモモの顎を捉える。

 ブーツ越しに不快な感触が伝わる。

 もはや、声すら上げれなくなったか。


「……もう……許して……下さい」


 シバが呻く様な声で許しを乞う。

 無言でその頭を上から踏みつける。


 そうやって、助けを乞うことすら出来ぬままカグヤは死んだのだろう。

 そうさせたのはお前らだ。


 だが、こいつらを動けなくなるまでボロボロにした所で何も変わらない。

 ただ、虚しいだけ。


 殺そうと、そう決意したけれど、それを成すだけの熱量はとうに無い。

 だからと言って許して逃すのも違う……。


 地に転がる五人を眺め……葛藤し……その後に剣を振り上げる。


「もう、やめた方が良いさ」


 淡々としたキンコの声。

 それは、別に咎めるとかそう言う感じでは無かった。


「アンタも仲間だったのか?」


 暫く前から気配は気付いて居た。

 だが、コイツ等を助けるでも無く、俺に加担するでも無く、ただ成り行きを見守っているだけだった彼女。


「そんな事は無いさ。

 この馬鹿共がどんな悪知恵を働かせて誰に殺されようが別にアタシは知ったこっちゃ無い。

 でもね、アンタがそんな事する必要無いだろ?」


 彼女がゆっくりと歩み寄って来る。


「アタイはね、一つだけ絶対にやらないと決めてる事がある。

 それはね、人間は食べない事。

 それをやってしまったらもう、人でないような気がしてさ」


 尚も近寄るキンコに剣先を向ける。


「だから、アンタも殺さない方が良いさ。

 そいつらには、そんな価値も無い」

「……どうして、コイツラを庇う?」


 そんな価値、無いんだろ?

 ならば放っておけば良い。

 そうしないと言う事は仲間なのでは無いか?


「言ったろ?

 こんな馬鹿共どうだっていい。

 アタシが助けたいのは、アンタさ」

「……俺?」


 シバの頭を踏み潰している俺?


「こんな馬鹿共に、アンタが引きずられる事は無い。一度殺したら、歯止めが効かなくなる。

 どうしても気が収まらないって言うんなら、アタイが相手をしてやるさ」


 シバの頭から、足を退けキンコに向け剣を構え直す。


「違う違う。

 相手っていうのはベッドの上での話さ」


 真珠切の切っ先のすぐ前で、キンコが両手を広げる。


「……なんでそうなる?」

「腹一杯食べたり、一晩中抱き合ったり。

 そうやって違う事で発散すれば大抵の事はどうでも良くなる。

 その激情をアタイが全身で受け止めてあげるさ」


 そう言ってキンコが白い歯を見せ笑う。

 ……据え膳?


「それ、アンタに何の得がある?」

「得? アンタが好きだからで良いんじゃないかい?

 気に入った。それ以外に何か要るかい?」


 ……嘘か本当か定かでない告白。

 だが、剣を突きつけられなおも俺に笑いかけるキンコ。


 大きく息を一つ吐いて剣を下げる。


「二度とこの世界に来るな」


 地面に寝転ぶモモ達にそう吐き捨てる。

 脱兎のごとく走り去る背に、どうせまた同じ様な事をするのだろうと思う。

 その前に、やはりここで殺すべきなのだろうか。

 いや、連中が何をしようと俺には関係ない。

 俺が奴らを断罪する理由も義務も無い。


「じゃ、行こうか」


 代わりにキンコが俺の手を掴み、建物の方へ連れて行こうとする。


「……本気?」

「何日でも付き合うさ!」

「え、いや……」


 今日、帰る……。

 かえ…………ちょっとくらいなら…………ちょっとだけ…………いや!


 建物の入り口まで引っ張られた所で我に返り足を止める。


「うん? 外のほうが良いのか?」


 外……外で……だと?

 いや、違う!


「帰る!」

「あ、そう? そりゃ……残念。

 振られたか」


 日が傾きだした世界。

 夕日に照らされたキンコが白い歯をみせ笑う。


 揺らぐ決意。

 いや、待て。


 今、私はライム!

 女の子!

 だから、帰るのよ!


「帰る」


 もう一度、キンコに断言し歩き出す。


「うーん、青いさー」


 横からキンコが俺の頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。


「止めろー」

「お姉さんに食べられてみるのもいい経験さ」

「断る」


 完全にからかわれている。

 そんな俺たちの上をバッタの群れが飛んで行く。

 振り返るとシエの畑にそれらが群がっていた。


 その光景を暫く眺め、再び門へと足を向ける。

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サモナーJK 黄金を目指し飛ぶ!
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