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蟻地獄⑤

「こんちわー」


 前線基地の外から声をかける。

 インターホンなんて洒落た物は無いし、かと言っていきなりドアを開けて良いかもわからない。


 ゆっくりとドアが開き中から熊が顔を出す。


「今日からこっちにお邪魔する事になったんだけど……聞いてない?」

「ガウ?」


 首を傾げる熊。

 あれ?

 人を寄越して欲しいって、そう言う話だとモモに聞かされたけれど。


「キンコさんは?」

「ガウ」


 首を横に振る熊。


「一人?」

「ガウ」


 頷く熊。


「じゃ、外で待つかな。

 これ、お土産」

「ガウ?」

「シエが育てたトマト。

 まだ少し青臭いけど」


 トマトを受け取り、中へ入る様に仕草で促す熊に首を横に振って断りを入れる。

 狭い室内で襲われたら困る。

 念の為、式札の用意をしつつ外でキンコを待つ。

 そんな俺の様子を少し離れた所で伺う熊。

 ひょっとして本当に熊なのか?

 米軍が実験と称し送り込んだ……あり得そうな話だけれど。


 熊か、人か。

 獣か、人か。

 その線引はどこにあるのだろう。

 いや、その線引に意味はあるのだろうか。

 この世界で欲望を曝け出す連中はそれこそ獣なのではないか。

『末路は猿』の所業は人のそれと言えるのか? いや、あれこそ人らしいのではないか?


 と言うどうでも良い事を熊を眺めながら考える。


「モフって良い?」

「ガウゥ!!」


 歯を剥き出しにして威嚇された。

 やっぱり人語は理解しているのか。


「おや?」


 コミュニケーションを図りかねているうちにキンコさんが戻って来る。

 両脇に荷物を抱え。


「どうしたんだい?」

「こっちの手助けをしてくれと言われて……。

 どうするの? それ」


 どさりと地に下ろされた子犬大バッタの死骸。

 その使い途を尋ねる。


「どうって、食料だけど?」

「……え?」

「美味いぞ。食うか?」

「……無理っす」


 後ずさりながら首を横に振る。


 ◆


 火で炙り真っ赤に焼けたバッタを美味そうに食すキンコ。

 何か、夢に出そう。キツイ。いろいろとキツイ。絵面も音も……。


 ◆


「別に、何も言ってないんだけどねぇ」


 おぞましい食事が終わってからの俺の事情説明。

 食後のデザートと言わんばかりにトマトを齧りながらのキンコの答え。


 こちらで特に人を寄越せと言ってはいない。

 という事は、何かの勘違いか厄介払いされたか。

 ……食糧事情が厳しい故の人減らしかな?


「まあ良いや。そういう事なんで。

 で、ちょっくらゲートを見てこようと思うんだけど」


 いきなりの単独行動を願い出る。


「帰るのかい?」

「いいえ。他の人も連れて帰ろうと思うんで」

「口で言うのは簡単だけどね。

 まあ、それが出来るかどうか見てみたら良い」


 口を手で拭ってキンコが立ち上がる。


 ◆


「橋からこっち。蟻が這い出してくる巣穴がアチコチに空いている」


 先頭を歩きながら状況を説明してくれるキンコ。

 俺の横に並び二足歩行する熊。

 二人と一匹が荒野を進む。


「中には多分、女王蟻が居ると思うんだよ。

 今彷徨いているのは全員、ソイツの子供」


 遠くに現れた一匹をキンコが指さしながら言う。

 俺が剣に手を伸ばす。

 だが、それを抜くより前にキンコが俺を手で制する。


「近づく前に片付けよう」


 蟻との距離はおよそ300メートル強。

 一体どうするつもりなのか。

 訝しむ俺を余所に、キンコは地面から拳大の石を拾い上げる。


「何を?」

「まあ見てな」


 そう言って、キンコは左手に石を持って直立。

 しっかりと蟻を見据え、そして右足を上げそのまま流れようなフォームで石を投げ放つ。

 それとほぼ同時に、はるか先の蟻の頭部が吹き飛んだ。


「…………え?」

「ストライク!」


 いやいや。デッドボールだろ。

 むしろ、何だっけ? 危険球? 一発退場のやつじゃね?


「すげぇ……」


 内心の突っ込みとは裏腹に口からはそんな言葉しか出ない。

 レベルを上げて物理で殴る。

 その強さの一端を垣間見た。


「まあ、毎回投げれる手頃な石を探さなきゃなんないんだけどね」

「それは、持って歩けば解決するのでは?」

「嫌だよ。そんなの。嵩張るだろ」


 ……そっすか。

 しかし、あれ、俺に向かって投げつけられたら避けられるだろうか……?

 この人、敵に回さない方が良さそうだ……。


「今、消える魔球と燃える魔球を特訓中なんだ」

「そ、そっすか」


 今ですら若干目で追うのが無理な速度なのだけれど。

 そのどちらの魔球も完成させてしまいそうで怖い。

 いや、間違いなく完成する。

 ……物理って怖い。


「女王蟻居るって言うのは、見たの?」

「いや。ただ、まあ居るだろ?」

「そいつを潰せば蟻の数は減らせる訳か。

 いや、でも一匹とは限らないか?」

「いや、アタシが思うにおそらく一匹だねぇ」

「何で? 縄張りとか?」

「こいつら、皆んな同じ味がするんだよ」


 ……そっすか。

 思わず顔を顰める。


「信じて無いね?

 食ってみりゃわかるさ」

「いや、結構。信じるよ」

「まあ、根拠はあるさ。

 雨が降ると羽の生えた連中が飛び出して来て、一気に数が増える。

 その後に縄張り争いが始まるんだが、ここ最近は雨が降って無い。

 縄張り争いを勝ち残った女王蟻が唯一今残ってるとアタシは思ってる」

「と言う事は、雨が降る前にその女王蟻を潰せば良いのか」

「そう言う事だけど、その為には蟻の巣穴へ入って行かないとならないねぇ。

 アンタ、暗闇の中で戦えるかい?」

「問題無い」

「アタシはからっきしだ。

 それに、穴の中は蟻がうじゃうじゃ居るだろうしね」


 そう言って大袈裟に肩をすくめるキンコ。

 どうしてそれだけの情報があるのにモモ達はそれを生かした作戦を立てないのだろうか。


 ◆


「あれが門……何だけど、厄介な所に巣を作られちまったね」


 俺達の見下ろす先にゲートとなる石碑がある。

 問題なのはその場所。

 すり鉢状に落ち窪んだ砂地の中程。

 巣と言ったキンコの言葉を鵜呑みにするならば、その最深部にこの巣の主が居ることになる。


「蟻地獄?」

「そう。はまったら抜け出せないね。

 こりゃアイツが成虫になるまで待つしか無いかね」

「それはどれくらいかかる?」

「さあね。今日明日ってことは無いと思うけどね」


 いやいや、明後日には帰りたいんだよ。

 やっぱ野外は鬼門。

 一人ならばまあ天駆で飛んでいくことも出来そうだけど……。

 全員置いてはいさようならってのも、少し後味が悪い。

 トマトをもらった恩を返したいしな……。


「今日一日はここで観察する事にする」


 対処法を考えよう。

 何かあるだろ。

 蟻地獄を倒す手立てが。


「んじゃ、先に戻って晩飯用意しておくさ。

 バッタと蟻、どっちが良い?」

「どっちも要らない!」

「好き嫌いはするもんじゃないよ」


 無理だよ!

 虫食は!

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サモナーJK 黄金を目指し飛ぶ!
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