蟻地獄④
「カグヤァ!」
橋を渡り、その先。
蟻が群がり黒山を作るその手前でモモが叫ぶ。
「どけぇ!!」
横でモモが剣を一閃。
そこから発された剣撃が衝撃波となり一太刀で蟻山をまとめて薙ぎ払う。
それをきっかけにか、蜘蛛の子を散らす様に散開していく蟻達。
その中心に、捨てられる様に残ったものは食いちぎられ最早カグヤとはわからない遺体が一つ、いや、二つ。
「クソ……」
よろよろと歩み寄り、その遺体を見下ろしながらモモが呟く。
遅れて追いついてきたマシラが直ぐに黒の信号弾を上げる。
作戦、中止。
◆
カグヤと行動を共にしていたもう一人の女性は物陰に身を潜め無事であった。
俺は、モモとマシラに断りを入れてからカグヤ達の死体を術で燃やす。
金色の炎が骨まで残らずに燃やし尽くすのを見届け、落ちて居た薙刀を拾い基地へと戻る。
◆
シエがトマトに水をあげるのを手伝う。
「……スズメさん、大丈夫かな……」
スズメと言うのはカグヤ達の中で唯一生き残った女性。
怪我は然程でも無いが、精神的にショックを受けているらしい。
「……エルも居るし今回は上手くいくと思ったんだけどな」
地面に腰を下ろしたクラインが呟く。
その横にチュン。
そもそも、隊を分けたから犠牲が出たんだ。
だが、その批判は今更言ったところで何もならない。
「シエ。明日さトマト幾つかくれよ」
「えー。抜け駆けは駄目だよ。
そんなにいっぱいは出来て無いんだから」
「明日から、前線に行く事になった」
「え!?」
クラインの報告にチュンが大声を上げる。
前線と言うことは、キンコ達の基地か。
夜通しで、蟻を見張って居ると言う。
「だから、キンコさんとクマに持って行って上げるんだよ」
「駄目! 危険だよ!」
クラインの言葉にチュンは一層、悲壮な叫びを上げる。
「決まったんだ。
誰かがやらないと。
そうしないと、チュンも安心して眠れないだろ?」
「ヤダ……クライン……死んじゃうよ」
「死なない。俺は絶対死なない。
チュンを、みんなを守るんだから」
胸に顔を埋め泣き声を出すチュンの頭を撫でるクライン。
二人の世界へと入り込んで行く男女を横目に俺とシエは基地の中へと引っ込む事にする。
◆
その日の夕食、食堂には初日の半数ほどしか顔を出さなかった。
その半数も、会話など無く。
日が沈む。
俺は屋上へ。
チュンがクラインの寝床へ現れるような事態になるなら部屋に居たら邪魔だろうし。
気配を殺し、少し状況を整理する。
俺を含め十八人。
その全員が生きて帰る。
それは、少し無理をすれば叶えられない事は無いように思えた。
いや、その為には情報が足らないか。
行軍を三つに分けた理由もわからない。
だが、このままではいたずらに時間と命を消費する。
時間をかければ皆が力をつけると言うならばともかく、戦いの訓練をしているような様子は見られない。
明日からは少し一人で動こう。
せめて門までにどんな障害があるのか。
それを確かめて来よう。そう決める。
暫くして、屋上に人の気配。
そして、ライターの音。
モモが煙草を吸いに来たのか。
何時もは一本吸って直ぐに去るのに、今日は戻る気配が無い。
仲間を失い彼も傷心しているのだろうか。
俺の位置から対角線の反対で、空を眺めるモモ。構わずに瞑想を続ける。
内なる術の扉。その一つ。今まで手に入らなかった癒しの力。
それを静かに開ける。
もう一人、人が来た。
強化された俺の耳が二人の会話を捉える。
「一本くれよ」
「ほら」
シバだな。
モモに煙草をねだったか。
「どうだった?」
「悪く無かったな。
強姦、和姦の丁度中間て感じだな」
「相変わらず悪趣味だな」
「お前の狙い通りなんじゃ無いのか?」
「まあね」
二人が押し殺した笑い声を上げる。
一体何の話をして居るのだ?
「で、どうすんだ?」
「まあ、約束は守るよ」
「小僧が怪しまないか?」
「代わりは居る。
さて、僕ももう一回戦行こうかな」
「壊すなよ?」
「大丈夫だよ」
モモが立ち去り、暫くしてシバも去って行く。
一体何の話をして居たのだ?
ただ、二人の雰囲気は仲間を失い傷心している者のそれで無かった事だけは確かだ。
◆
翌日、モモから前線基地の手助けに行ってくれと頼まれた。
昨日、クラインが言っていたヤツだ。
「じゃな」
「気をつけろよ」
悲壮な顔をしたクライン。
数日のルームメイトに別れを告げる。
「二人は問題無く暮らしてるだろ?
平気だよ」
それに、向こうの方が一人で動きやすそうだし。
まあ、熊とのコミュニケーションに少し不安はあるけど。
建物の外に出て、小さな畑を見に行く。
「おはよう」
「キャァ!!」
驚かすつもりはさらさら無かったのだけれど、俺の掛け声に肩を跳ね上げるシエ。
「び、びっくりした」
地面に転がったトマトを拾い上げる。
「これ、貰って良い?」
「ダ、ダメ! 晩御飯まで我慢して」
「前線基地に行くことになった。だから二人にお土産」
「え!? そ、そうなの?」
「そうなの」
「じゃ、お別れだね」
「トマトの様子を見に来るよ」
そう言った俺にシエは首を横に振る。
どう言う事だ?
「も、戻らないで、帰っちゃいなよ。
その方が良いよ。
何人も、そうしてる」
そうなのか。
「死んじゃった人も居るけど……。
エルなら大丈夫だよ。
帰りたいんでしょ?」
「そりゃ、まあ……」
今日は十二日。
明後日には帰らないとスタンプカードが……。
「シエも帰りたいだろ?」
「うん」
弱々しく頷く彼女。
「なら、俺が門まで連れて行くよ。約束」
そう小指を立てる。
でも、彼女は微笑むだけで指切りは成立しなかった。
「じゃ、これ。持って行って」
抱えていたトマトを二つ渡される。
「クラインは?」
「ここに残る筈」
「じゃ、チュンにも教えてあげないと。
あの子、今朝ずっとベッドから出て来ないから」
起きてもまた二人の世界へと入り込んで行くのではなかろうか。




