蟻地獄③
ビスケットの様な物が数枚。
そんな朝食を食べ、そしてその日の行動をモモが発表する。
俺はモモと前線基地へ。
その他のカグヤを中心に女子三人が三つある橋の一つを偵察。
シバとクラインが後衛組の食料捜索の護衛。
そういう事を伝えられた。
モモと二人、前線基地へと向かう道すがら。
「後方支援の人たちは戦わないのですか?」
「戦えない。もう少し余裕があれば、或いは俺が強ければ戦うことを教えることも出来るだろうが、そこまで余裕が無いのが実情。
なにせ、君が一撃で首を刎ねた蟻。
アイツの一撃で大抵が即死するんだから。
結局、俺達が守るしかないんだ」
モモは煙草の煙を吐き出しながら言った。
だが、それは戦えぬ者をそのままにしておくことに他ならない。
ただ、どれだけかかるかわからぬ労を払うよりは、強者が道を拓き帰る。
そう言う選択をモモ達はしたのだろう。
結局、どちらが正しいのかはわからない。
いや、成功した方法が正しいといえるのかも知れない。
そんな俺達の行く先に、突然空に黄色の煙が花を咲かせる。
「信号弾だ!」
モモの声に一気に緊張が走る。
「急ごう」
煙草を投げ捨て走るモモに続く。
信号弾で連絡を取り合うと言うのは本当だったか。
俺も出掛けに渡された。
青が集合、黄色が敵襲、赤が、負傷者有り。
そういう風に使えと。
◆
「大丈夫か!?」
息を切らせながら駆けつけ、声をかけたモモに女性が涼しい顔で振り返る。
「ああ、追っ払ったよ」
腰に手を当て、日焼けした顔で笑みを見せた短い金髪の女性。
「本当は信号も要らなかったけど、結構数が多かったからね。
お、新顔か」
「ああ。エルだ。
昨日仲間になった」
「アタイはキンコ、よろしく。
そんであっちはクマだ」
「エルです」
差し出された右手を握り返しながら、キンコさんが左手で指した方を見る。
そこに文字通り熊が居た。
二十メートル程先で、こちらに気づき手を上げる熊。
真っ黒の体毛に覆われ軍服のような服を着ている。
「ペット?」
「いや。中身は人なんじゃないかな」
中身?
キグルミなのか?
「キンコとクマ。
二人で前線基地を守ってもらっている」
モモがそう説明した。
歩み寄ってきたクマとも握手。
二メートル近い巨体、当然俺よりもデカイ手。
ウチの牛といい勝負。
本当はキンコの式神とかでないのか?
「明日、脱出作成を決行しようと思う」
「ついにか!」
「ああ。二人は西の橋から中央を目指してくれ」
「今度は黒い信号が上がらないと良いな」
拳を合わせ指を鳴らしながらキンコさんが言う。
黒い信号弾は作戦中止の合図らしい。
小さなプレハブの様な前線基地の脇でキンコさんの淹れたお茶をもらう。
モモとキンコさんの二人が作戦の詳細を詰める中、俺はクマとコミュニケーションを図る。
とりあえず、背中にチャックが無いことは確かめた。人に変身したりするのだろうか。
「名前はクマなの?」
「ガウ」
答えながら頷く熊。
「変身したりするの?」
「ガウウ」
首を横に振る熊。
「人間、だよね?」
「ガウ?」
首を傾げる熊。
「まあ良いや。よろしく」
「ガウ」
胡乱なコミュニケーションが面倒くさくなった。
◆
瓦礫の残る荒野を散策しながらベースキャンプへと戻る。
今日は二月十日。明日、帰る。
それならばまあ良い。
だが、あまり遅くなると今までの一ヶ月の努力が水泡に帰してしまうのだ。
アンキラのスタンプカードと言う。
簡単に手伝うとか言うんじゃなかったな。
少し後悔しながら、屋上で荒野を眺める。
一人ならそれこそ、余裕で走り抜けられそうなのに。
眼下に視線を転じる。
建物の直ぐ側の小さな一角に生えた緑。
小さな、小さな畑。
そこに人影が見えた。
「トマト?」
「キャァ!!」
後ろから掛けた声に盛大に肩を跳ね上げ悲鳴を上げる女の子。
確か名前はシエ。
捥いだばかりの赤い果実が地面に落ちる。
「ど、どこから現れたんですかぁ!?」
「あそこ」
建物の屋上を指差す。
高さはあるが、天翔で一足だもの。
「はい」
まだ根元の青いトマトを拾い上げ彼女に渡す。
「君が育てたの?」
「そう!」
「すごい」
見渡す限りの荒野で、作物を育てるなんて。
でも、それだけ長い間ここに居ると言う事なのかもしれない。
「……こんな事しか出来ないから」
彼女は両手にトマトを抱え、足を引きずりながら歩き出す。
「でも、せっかく実ったけどもうお別れ。
聞いた?
明日、帰るって」
「ああ」
シエの横に並び歩く。
ゆっくりと。
彼女は嬉しそうに顔を上げ、再び視線を地に落とす。
「……私が走れればきっと、みんなもっと早く帰れた筈なのに」
「……治そうか?」
「大丈夫! マシラが診てくれてるから!」
「そうか」
禍津日が居なくなった事で、使えなかった癒しの術も使える様になった。
幸いにもそんな機会には恵まれず、俺自身に対しては卑弥垂だけで間に合って居たのだが。
まあ、本人が良いと言うなら良いか。
自信も無いし。
だが、マシラも相当なヤブ医者じゃないか?
信頼してるみたいだから言わないけども。
◆
その日の夕方、モモが翌日の作戦を発表。
昨日と打って変わり明るい雰囲気の中の食事となる。
そして、翌日。
空に青い信号弾が上がる。
キンコさん達の作戦開始の合図。
「じゃ、行くよ」
「ああ。十分気をつけて」
「あんまりモタモタしないでよね」
カグラさんが二人の女性を引き連れ先行。
この二組が、東西の橋から渡り中央へ進行。
そして、中央の橋を渡る集団を前方から助けに行く。
道中はそう言う作戦だ。
力の弱い、或いは怪我をして居る後方支援組の先頭はシバ、そしてモモ。
その後に女子の集団。
脇にダンゴとマシラが位置する。
フェザントは後から単独で合流するらしい。
俺は周囲を警戒しながら最後方を歩く。
ゆっくりと歩みを進める一団。
少しずつ遅れて行くシエ。
「おぶろうか?」
彼女の横に並び、そう声をかける。
「平気、平気!
……ごめんね、遅くて」
しんどそうな顔で、笑顔を作り答えるシエ。
「幻の王
響く声、笑う声
未だ夢から醒めず
全て暗闇の中に
唱、伍 命ノ祝 卑弥垂
……これで、ちょっとは楽になるかな」
「え、あ、うん」
少し歩みを早め、だが少し歩きのぎこちないシエを見ながら赤根点を使えない事を悔やむ。
「本当に一人ぐらいなら運べるけど?」
「平気平気! でもありがと!」
遅れを取り戻そうとやや早足になった彼女の横を歩く。
それ以上、遅れが開く事なく進む。
前を行く一団を後ろから眺めながら、行軍に少しの違和感を覚える。
シエが遅れそうなことは分かっていたはずだ。
なら、なぜ何かしらの対処をしないのだ?
いや、シエに限らず、怪我人の足に合わせれば当然歩みは遅くなる。
安全を求めるならば、行軍の足は早いほうが良い。
怪我人を切り捨てるということでは無く、誰かが運ぶなどの対処は出来そうなものだ。
そもそも、キンコさん達、カグヤ達、そしてこの集団。
三つに分けた意味は何だ?
いや、俺よりここが長いモモ達の立てた作戦だ。
何か意味があるのだろう。
俺のまだ見ぬ強敵が居る、とか。
「大丈夫。成功する」
自分に言い聞かせるように、そう呟く。
「うん! そうだね!」
横で、シエが笑顔で同意した。
だが、その希望はあえなく砕かれる事となる。
空に上る、赤い信号弾。
負傷者の知らせ。
カグヤ達の方向。
「えっ!?」
シエを抱きかかえ地を蹴る。
直ぐに前の集団に追いつき、腕の中で丸くなった彼女を集団に預ける。
「助けに行ってくる」
先頭のモモにそう断りを一つ。
「待て、僕も行く。
皆はここで待機。マシラ、君も来い」
「ああ」
先頭を走り出したモモの速度は、俺の全速と変わらず。
やや、マシラが遅れだすがモモはそれを気にする素振りを見せずに信号弾の下へとひた走る。




