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マダム・ジルの屋敷

 ……苔むした洞窟。

 あいも変わらずの異世界。

 そして俺の目の前に小さな荷物。

 宛名は相変わらず、『黒イ武士君江』。名前の書かれた紙の下に白の封筒。それから二本の彫刻刀。

 ひとまず彫刻刀を荷物袋に突っ込む。


 招待状、ね。

 純白の柔らかな手触りの封筒。

 表に宛名はなく裏に『Madame Jill』と筆記体で書かれている。


 マダム・ジルかな。


 その封筒にナイフを入れる。

 中を開くと同時にふわりと香る花の様な匂い。



 一瞬で目の前の景色が切り替わる。

 気付くと、洋館のドアの前に立って居た。

 振り返ると薔薇の花が咲く植え込み。


 転移、か。

 マダム・ジルの屋敷なのだろうか。

 ショニンにちゃんと聞いておけば良かったな。


 取り敢えず、ドアをノックする。

 すると、両開きに扉が開き、同時にラッパの音が鳴り響く。


「よう~こそ、マダム・ジルのブティックへ~♪」

 「ようこそ~♪」

  「ようこそ~♪」

   「ようこそ~~♪」

    「「「「マダム・ジルの屋敷へ~♪」」」」


 まるでミュージカルの様に踊りながら家の中から俺を出迎えるぬいぐるみ達。


 目はボタンだし、口は糸の縫い目。

 でも、皆、楽しげに踊っている。


「愉快な客が来たよ~♪」

 「でもマダムのお店は、マダムが神様♪」

  「今度の客はマダムに会えるかな♪」

   「マダムの好きな人は~?」

 「楽しい人♪」

  「カワイイ人♪」

   「愉快な人♪」

    「細マッチョ♪」

     「「「「割と面食い♪♪」」」」


 どうやら歌って居るのは家の中の鉢に植えられた花らしかった。

 花に顔があり、歌に合わせ揺れている。


 そんな光景に戸惑う俺の前に黒と白、パンダ模様のウサギのぬいぐるみが現れ俺の手を引き家の中へ。


 そのウサギが、俺の前で華麗なダンスをしながら高らかに歌う。


「ここは愛と夢のデザイナー、マダム・ジルのブティック。

 さあ、お客さんあなたのお名前は?

 おおっと、簡単に答えては駄目ですよ?

 なぜなら」

「マダムが~♪」

 「あなたの~♪」

  「答えを~♪」

   「楽しみにしてるから~♪」


 ウサギが、両手を広げ部屋の花々に問いかけ、それに歌声が返る。


「マダムが気に入ればどうなるの」

「素敵な~♪」

 「ティーパーティに~♪」

  「ご招待~♪」

   「焼きたての~♪」

    「シフォンケーキ~♪」

     「ああ、いい匂い~♪」

      「たっぷりのクリーム~♪」

       「ふわふわ~♪」

        「「「「楽しいお茶会~♪」」」」


「マダムが気に入らないとどうなるの」

「身ぐるみはがされ~♪」

 「外に放り出される~♪」

  「この屋敷の事も~♪」

   「全部忘れる~♪」

    「いやん~♪」

     「こわ~い~♪」

      「「「「マダムは気まぐれ~♪」」」」」


「なるほど。

 ではお客さん。

 改めて、マダムに自己紹介をどうぞ」


 どうぞ、ウサギが手を広げるに合わせ、ピタリと音が止まる。

 そして、部屋が真っ暗に。

 パチンと、俺の上からスポットライトが俺を照らす。


 ……目を細めながら、俯き加減に。

 さりげなく、立ち位置を確認。

 ポジション・ゼロ。


 小さく息を吐いてから、静かに右手を顔の前に。

 左目を覆う様に。


「……日の本の、裏に紛れし御天が一つ。

 風日祈宮かざひのみのみやおわ志那都比古神しなつひこのかみの氏子、御楯の生まれにして、封印の器たる身。

 故あって、瀬織津比売の覡として改まりし我こそは、清流瀑布の妖刀使い、ライチ!

 ……今、闇を祓う」


 流れる様に手を右に。


 ……決まった!

 これ以上無いくらいに完璧に。

 温めて来た口上に、アドリブで若干のアレンジを加えたけれど上手く纏まった。

 その証拠がこの拍手喝采だ!


「ふははははは。

 良いじゃないの」


 屋敷を震わすような大声が響く。

 どこから?

 屋敷の窓の外に、中を覗くように目玉が一つ。

 そして、地震の様に家が揺れ、床が壁が天井が割れる。

 家が、真っ二つに裂けていくのだ。

 そして、その先の空間から現れたのは……巨人?

 長いまつ毛と紫のグロス。

 それが、顎が埋もれるほどに肉のついた首周りを持つ巨漢であってもどこかしら気品を感じるような雰囲気を漂わせている。

 おそらくは、マダム・ジルであろうその人は、俺達の居る屋敷の屋根に手をかけ真っ二つに開け広げ、そしてその家の中に居る俺を楽しそうな目で覗いていた。

 ここは……そう。まるで、おもちゃのお人形の家。


 ◆


 やっぱり、マダムがデカイのでは無く俺が小さくなっているらしい。

 二つに割れた家の中心。芝生の上に置かれたティーテーブルでぬいぐるみ達に紅茶をごちそうになりながら実姫の服が仕上がるのを待つ。

 その実姫は、マダムにつまみ上げられ連れ去られた訳だけど。

 珍しく恐怖に顔を引き攣らせた実姫なんてものを見れた。

 さながら、釈迦の掌に乗せられた豆粒。



「は~い。揚げたてアツアツのドーナツだよ~」


 色とりどりのドーナツを、山程乗せた大皿がテーブルの上に置かれる。

 運んで来たのはクマか猫か、どちらとも言い難い造形の紫のぬいぐるみ。


 作業の手を止め、湯気が立って居るドーナツを一つもらう。


「なにしてるの~?」

「目印を作ってるんだ」

「目印?」

「そう。これで、『ライチ』って読む。

 裏に書いてあるのは番号」

「ふ~ん。変なの~」


 三センチ大に切った木の札。その表面にL字に千を組み合わせた一文字、ライチ。裏にアナイチの番号を彫る。

 そして、その彫り込みに血を塗り込む。


「石連なる先

 戻ること無い道の半ば

 孤独を残すしるべと成る

 唱、伍拾捌(ごじゅうはち) 現ノ呪(うつつのまじない) 枝折(しおり)


 俺用の御識札。


「これで完成」

「変なの~。

 カワイクな~い。

 ちょーだーい」

「は? 可愛くないんじゃないのか?」

「ウケる~」


 まあ、良いか。一つくらい。


「ほら」


 手にした、『ライチ 其ノ二十』の御識札をぬいぐるみに渡す。


「うわ~い。

 代わりにこれ上げる~」


 そう言って差し出されたのは飾りのない銀色の指輪。


「何だ? これ」

「マダムがくれたもの~」

「へー」


 小さなその指輪を小指に嵌める。


「…ん?」


 少し、視線が低くなった?


「あれ?」


 指輪を嵌めた手も白く、指が細く。


「うはははは~」


 ぬいぐるみが俺を指差し笑う。


「鏡よ鏡よ、鏡さ~ん」

「はいは~い」


 ぬいぐるみの呼び声に答え、半分に開いた屋敷の中から姿見が身をくねらせながら走ってくる。

 くねくねと動く木の足が付いた人の身長ほどの大きな鏡が俺の前で直立。

 そこに映し出されたものは……。


「……え?」


 思わず自分の顔に手を当てて確かめてしまう。

 鏡に映った女の子が、俺と全く同じ動作をする。


「おやおやおや。もう一着追加かい?」


 天から落ちてきた大きな声。

 仰ぎ見ると、笑みを噛み殺したようなマダムの顔。


「え……これは……一体?」


 再び視線を向けた鏡の中で、女の子が俺と同じ様に呟く。


「ロキの指輪。悪戯好きな神を真似して作ってみたのさ。

 どこかで無くしたと思っていたけど、その子が持ってたのかい」

「ちがうよ~。マダムが、僕にくれたんだよ~」

「嘘を吐く子はおやつ抜きだよ」

「ごめんなさ~い」


 ぬいぐるみが、頭を抱えてぴょんぴょんと家の方へと逃げていった。


「マダム、これってまさか」


 自分の胸に手を当ててみる。


「ああ、そうだよ。

 女装の道具だ」


 真っ平ら。


「……女装?」


 そっと、股間に手を。


「見た目の体つきがちょーっと変わるけど、それだけの道具だね」


 しっかりと、付いている。

 ……いや、大分小ぶりになっている気がする。


「気に入ったかい?」

「いや……」


 女体化……それは、男の夢。

 そう、男の娘では俺の願望は満たされないのだ……。


「それじゃ、ボインちゃんの次はアンタの服を拵えようかね」

「うぇぇ?」


 マダムに背中を摘まれる。まるで猫のように。


 ◆


「楽しかったのう!」

「そうだな」


 箱根のGAIAで手に入れた肌着の予備と引き換えにはなったが、実姫の鎧が手に入った。

 胸だけを守る面積の狭いものではあるけれど、これでサラシから中身がこぼれるような事はないだろう。

 その後、さんざんぬいぐるみ達と遊び回り、食事までごちそうになっていたらすっかり遅くなった。


「よし、じゃ、急いで駆け抜けよう」


 苔むした洞窟の出発地点から再スタート。


「ところで、主、いつまでその格好でおるのだ?」

「ん?」


 あ、女装のままだった。

 ヘソ丸出しのショートパンツ姿。


「どうだ? 悔しいか?」

「……何がじゃ?」


 ドヤ顔で俺の可愛さを見せつけてみたのだが、式神には通じず。

 まあ良いや。

 指輪を外し、男の姿へと戻る。


 口上、考えないとな。

 ……流麗乙女・妖刀使い、ライム! とか?

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