ミクとユキ④
こっそりと戻って再び眠りに付いた二人。
そして、翌日も同じ様に下へ下へと歩みを進める。
ミクの太腿が気になって仕方ない。
それと共にあの声が頭を過る。
まともに顔を見るのも恥ずかしい。
その日も門は見つからなかった。
小部屋で休む三人。
俺はまた一人部屋から抜け出す。
さっさと帰りたい。
それが本音だった。
しかし、門は発見できず。
代わりに水があった。
これでお湯でも沸かすか。
そう思って、マスターが作った土器に汲んで戻る。
部屋に二人の姿は無かった。
どこからか、ミクの声は聞こえているけれど。
「起きてる?」
横になったユキにそう声を掛ける。
「何?」
こちらに背を向け壁を向いたままユキが答える。
「あれだけ治癒魔法使って、なんで力が枯渇しないの?」
俺は鞄から木材を取り出し、組み上げながら尋ねる。
「あれは、彼自身の力で治癒しているの。私の力は殆ど使ってないのよ」
「なるほど」
つまり等々力自身のマナを使っているのか。
だから燃費が悪いのだな。
組み上げた木材に、マスターから貰った、マナを流すと発火する石を使い火をくべる。
その上に水の入ったポットみたいな土器を置く。
更に苔のお茶の葉。
鞄から、以前墓地で拾った銀製のカップを二つ取り出す。
棺の中に入っていたもので一緒に埋葬されていたのだろう。
「お茶、飲む?」
ユキの背中に声を掛ける。
「お茶?」
彼女が振り返り、ポットと俺を交互に見る。
「すげぇ、不味いけど」
そう言いながら、器の一つにお茶を淹れ彼女へ差し出す。
もう一つは自分に。
「毒では無いよ」
そう言いながら、一口啜る。
不味い。
「……ありがとう」
そう言ってカップを受け取ったユキは少し、微笑みを浮かべていて。
不意に可愛いななどと思ってしまった。
「不味っ!」
その微笑みが一瞬で鬼の形相に変わる。
「何なの? これ!?」
「不味い、お茶」
「……何のお茶?」
「苔」
正直に答えた俺に、彼女は絶望的な表情を浮かべ、でも再びカップに口を付ける。
「聞いたら余計不味くなった」
「不味い肉もあるけど、食べる?」
「……下さい」
彼女は素直に頭を下げた。
「口で、するので」
そして、そう付け加える。
口で……?
どう言う……。
「いやいやいや、そういうつもりじゃない!」
鞄からマスターからいただいた干し肉を取り出し突き出す。
目を合わせるのも恥ずかしい。
「良いの?」
「良いよ」
「ありがとう」
俺は不味いお茶を啜る。
これは、チャンスだったのか?
いや、流石に相手の弱みにつけ込むような真似は……。ねえ。
「何の……肉?」
顔を顰め咀嚼しながらユキが問う。
「ドラゴン、らしいよ」
「嘘でしょ?」
「真実は闇の中。
あのさ、等々力より、君のほうがこっちに詳しいと、俺はそう思うのだけど違う?」
暫く見ていて思っていた疑問を口にする。
「……私は一週間ぐらいかな。ここに来て。
でも駄目。ここの敵と私の力が絶望的に相性が悪い。
勝てないのよ。
そうやって困っている所に等々力が来た。
正直、力の使い方もままなってないけれど、敵には勝てる。
その後ね、ミクが来て、貴方が来て」
なるほど。
ユキは等々力を利用していた訳か。
力の相性、か。
確かにそれはあるだろうな。
俺の術も決して万能とは言い難い。
おそらく等々力の様な力任せに襲ってくる敵には苦戦する。
それは単純な戦闘技術と力の違いなのだろうけれど。
まあ、等々力には勝てるかな。
「何してんだ? お前ら?」
考えにふけっている間に等々力が戻ってきた様だ。
後ろにミクも居る。
「お茶。飲む?」
二人に問いながら鞄に手を入れる。
カップはまだ入っている。
「良いなそれ」
ポットから茶を注ぐ俺を見下ろす等々力。
「くれよ」
「どうぞ。不味いけど」
カップを差し出す。
「それじゃねーよ。その鞄」
「鞄?」
「くれよ。何か、いっぱい入ってそうじゃねーか」
何を言い出すのだ?
突然。
不躾な申し出に眉間に皺が寄る。
「ちょっと、止めなよ。
お茶もらうね」
間にミクが割り込み、俺の手からお茶を奪い取る。
……少し、不思議な匂いがした。
「……そんな事で怪我をしても治さないからね」
「あん?」
等々力がユキを睨みつける。
それをユキはまっすぐに見返す。
一瞬、不穏な空気が流れる。
「なにこれ、まっずーい!」
それを打ち消したのは、おどけたミクの声だった。
結局、等々力はそのまま壁際まで下がり眠りにつく。
俺はミクに問われるままに、持っていた道具やお茶の説明をした。
そうして、時間が過ぎ再び出発となる。
「お前、サボってないで先頭行けよ」
「良いけど」
明らかに不機嫌な等々力に命令される。
それは苦ではない。
俺は、今まで通り慎重に足を進める。
ただ、それが等々力には気に入らないのだろう。
時折、背後から舌打ちやさっさと行けよと言う呟きが聞こえる。
それに一々取り合っていても仕方ないので気にせず進む。
いつの間にか、後ろに女子二人が等々力から離れついてくるようになっていた。
俺は術を使うことを控え、爪の小刀で敵を倒していく。
極力引き付け、二人にマナが行き渡るように。
そして、俺自身もマナで肉体の反応を強化させていく。
そうやって、進んで半日ほど。
「もう休憩の時間だろ?」
等々力が、そう怒りを滲ませた声を上げる。
正直、まだまだ進みたいのだが……。
「まだ進めるよ」
普段は真っ先に休憩を口にするミクが異論を唱える。
やはり、摂取マナの関係だろう。
「無理だっつてんだよ!」
「じゃ、今日はここまでにしよう」
いつもの様に適当な小部屋を見繕い、そこへ腰を下ろす。
「食べる?」
明らかにへばっている等々力に、不味い干し肉を差し出す。
「何だよそれ?」
「俺もよく知らない。貰い物」
「イラネ」
あっそう。
仕方なく、自分で齧りながら俺は部屋から出て下の探索を進めることにする。
「ちょっと周りを見回ってくる」
そう、声をかけ。
通路を進んで居ると、背後から物音。
咄嗟に小刀を抜き、振り返りながら後ろに飛び退る。
「ひっ!」
そこには両手を上げたミク。
「びっくりした」
いや、こっちの台詞。
しかし、物を食べながら歩いては駄目だな。
詠唱が間に合わない。
小刀を収め、咥えた肉を手に持ち替えながら問う。
「どうしたの?」
「なんか、今日はまだ元気だから」
「ふーん」
「それ、なんの肉?」
「ドラゴン」
「美味しい?」
「食べ応えはあるよ」
「へー。頂戴」
「あ、良いけど」
俺は鞄を下ろそうとする。
そろそろこの謎肉も在庫切れだ。
次は自分で作るしか無いな。
「ありがと!」
ミクは、俺が持って居た齧りかけの肉片を自分の口へと運ぶ。
両手で俺の手を包み込む様に持ちながら。
……間接キス!
「んー……微妙?」
しばらく咀嚼した後、上目遣いでそう言った。
僅かに微笑みながら。
それは、多分童貞を殺す仕草。
命の危機が間近にあるこの世界でなく、現実で同じ事をされたら俺は呆気なく殺されて居ただろう。
「あれ?」
俺を見つめるミクが首を傾げる。
「何?」
「不思議な目。カラコン?」
「……秘密」
肉を彼女へ渡し、俺はゆっくり歩き出す。
そろそろ現実へ戻らないと本気で不味い。
何故ならば、四日後に始業式がある。
すなわち、それまでに帰還せねば母親に殺されるのだから。