ホテル・サキュバス①
町田から溜池山王まで電車で移動。
そして、異世界へ。
室内……目の前に伸びるカーペット敷きの廊下。
壁には等間隔にドアが並ぶ。
そのドア一つ一つに部屋番号が刻印された金属プレートが付いて居る。
薄暗い電気が不気味な雰囲気を醸し出す。
それ以上に奇妙なのは廊下の果てが確認出来ないこと。
後ろも同じ。
「広いホテルだな」
声がある事を確認する為に一人呟く。
長さ以外は現実的な光景にもう一つのGAIAを連想したからだ。だが、そうでは無さそうか。
一番近くの部屋番号を確認。『1300064』。
その斜め向かいが『1300063』。
どうやら左右に一つずつ部屋番号が小さくなって居る様だ。
と言う事は13階なのか。
それは、縁起悪いんじゃなかたっただろうか。
なら130階かな。1300階と言う事はあるまい。……無いよなぁ?
まあ良いや。
取り敢えず、部屋番号1を目指そう。
端っこまで行けば階段がある筈。
扉を開けると言う選択肢もあるが……あからさまに罠っぽいので最後の手段にしようと思う。
中から何か飛び出して来るに決まってるもの。
「分かつ者
断絶の境界
三位の現身はやがて微笑む
唱、拾参 現ノ呪 水鏡」
しなやかなる水の盾、朧兎は、瀬織津比売の力の影響を受けその姿を変えた。
俺の周りを浮遊する水の鞠へと。
小さな水玉が繋がり、大きく成長し、やがて何かの弾みで、分裂し再び小さな水玉へ。
そうやって耐えず変化し続ける様はまるで車のフロントガラスに張り付いた雨粒の様に思えた。
しかし、一度敵の攻撃を感知すれば、それは俺を守る盾へと変わる。
まあ、過信できる程に強固な訳では無いのだけれど。
気配の感じない建物の中を歩き出す。
……何も居ないなぁ。
薄暗い不気味な雰囲気から幽霊ホテルとか、そんな感じだと思ったんだけど。
ずっと同じ景色が続く。
廊下の端は見えない。
ただ、部屋番号を示すプレートだけが変わっていく。
もうすぐ1だ。
だが、廊下は変わらず。
『1300002』『1300001』『1300000』……『1300N99』……。
え?
0の次が99になった。
それより百の桁だ。
……N?
まさか、今まで0だと思ってたのは……Oだったのか?
……ドアとドアの距離はおよそ二メートル程。
ドアが50センチとして、片側に約50。
だから……Nのゼロまで125m。
Nが……十四番目。
えっと……1.75キロ!?
Aから始まってるとしたらそこまであるのか?
計算が導き出したその答えがにわかに信じられず、廊下を足早に走り出す。
……『13OON01』『13OON00』。
やっぱり。
景色は一切変わらない。
ドアが並ぶだけ。
端は見えない。
端……あるのかな。
いや、ここまで来たらあと、1.5キロちょい。
行ってみようか。そこへ。
『13OOM01』『13OOL99』……『13OOL01』『13OOK99』……『13OOM01』『13OOL99』……『13OOM01』『13OOL99』……『13OOA50』……。
Aの終わりが見えて来た。
だが、廊下の終わりは見えない。
そして。
Aの終わり。
『13OOA00』……『13ONZ99』。
オー! ニュージーランド!!
その瞬間俺はorzとなって居た訳だが。
まじかよ……。
つまり、残りどれくらいなのだ?
もう、計算したくも無い……。
暫く床に座り込んだ所で別に出口が見つかる訳でも無く。
「じゃ、もう開けて行くしか無いよな……」
自分に言い聞かせながら口に出し立ち上がる。
そして、試作品を抜く。
二度、三度と素振りをしてから逆手に持って身を守る様に構えながら左手を『13ONZ99』のドアノブへとかける。
レバー型のハンドルをゆっくりと下げてドアを押す。鍵はかかってない。
ゆっくりと、中の様子を伺いながらドアを開ける。
ドアクローザのついて居ない軽い扉。
その奥はシェードランプが一つ灯る小さな部屋。
白いシーツが掛けられたシングルベッドと椅子と机が一つずつ。
机の上には何も無い。
入り口の側には扉が一つ。
恐る恐るそこを開くとシャワールームで、猫足のバスタブが置かれて居た。それと便器。壁に白くくすんだ鏡。
部屋の突き当りにはカーテンが掛かり、そっとそれを捲るとはめ殺しの窓と何も見えない真っ暗闇の世界。
ひょっとしたら、窓自体が黒い塗料で塗りつぶされているのかもしれない。
古いホテルの一室。
シングルサイズのその部屋をざっと確認するが、特に何があるわけでもなく。
ただ、整えられた真っ白いベッドだけが不釣り合いに映えて居る。
では、隣はどうだろう。
『13OOA00』の部屋を確認。
同じ様な間取りの同じ様な部屋。
その後もNZの方を順に20部屋程確認するが、どこも似たような部屋。
変化があったのは『13ONZ97』。
他と同じシングルサイズの室内に置かれたベッドに乱れた痕跡があり、そのシーツが僅かに盛り上がっている。
慎重にめくると、その下から白骨死体が顔を覗かせる。
……そっと手を合わせ再びシーツを戻し部屋を後にする。
その後、百近く部屋の扉を開けたが全て徒労に終わった。
……これは、厳しいな。
どこまで続いてるのか定かでない廊下にズラリと並ぶ扉。
ここから脱出するのにどれだけかかるだろうか。
こんな時に、大里が居れば。
しかし、それを言ってもどうにもならない。
猫の手でも借りよう。
「雨乞いは涙となり果たされた
灯火
消えてなお、消えぬ
唱、漆拾参 現ノ呪 神寄
喚、実姫」
「うむ。
……何じゃ? ここは」
言霊に呼ばれドヤ顔で現れた乙女は見慣れぬ近代建築の室内に目をしばたかせる。
「どうやら宿の様だ。
でだ、このどれだけあるかわからない部屋を確認して、石碑か別の道を見つけないとならない」
「ほう?」
偉そうに腰に手を当てながらドアの前で首を傾げる実姫。
そしてドアノブに手をかけ、思いっきりドアを横に。
ガッと鈍い音。
「……開かぬぞ?」
「下げて押すんだ」
実姫の横から手を差し入れドアノブをひねり、そのまま押し開ける。
「ほほう」
キョロキョロしながら部屋の中へと入っていく実姫に続き、部屋に入る。
念の為バスルームを確認。
「これは何じゃ?」
楽しそうな声を上げる実姫。
バスルームに何もない事を確かめ声の方へ。
頬を紅潮させながらベッドを指差していた。
「ベッド……布団だよ。寝るとこ」
「ほうほう」
真っ白なシーツがピンと張られたベッドに実姫が恐る恐る腰を下ろす。
ベッドのマットレスは軽く沈み、そしてふわんと彼女の体を押し返す。
それに、目を丸くする実姫。
「主、こんなので寝ておるのか?」
「ん、まあな」
「フワフワではないか!」
実姫がベッドの上に登り、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「おおぉ、何だこれは? ハハハハハハハハ」
ビヨンビヨンとトランポリンの様にベッドで遊ぶ実姫。
その度に、サラシに守られた胸が揺れる……。
「床が抜ける。
やるなら子供の姿でやれ」
破壊力抜群の光景から目をそらしながらそう告げる。
「おう、唵」
素直に子供の格好へと変わる実姫。
しかし、トランポリン遊びは終わらず。
「ハハハハハハハハ、ヒャハハハハハハハハ」
尻から落ちてみたり、横になって腹から落ちてみたり。
「他の部屋も見るぞ」
跳ね回ってベッドを満喫したであろう所で声を掛ける。
「おう!」
弾かれた様に駆け出し、部屋から出て行く実姫を追いかける。
向かいの部屋のドアを開け飛び込んで行く後ろ姿。
「キャハハハハ」
またベッドで飛び跳ねてやがる。
だが文句を言う前に飛び降りて、俺の脇をすり抜け別の部屋へ。
「見た部屋の扉は開けておけ。
なんかあったら大声で呼べ」
「おーう!!」
もう良い。
勝手にやらせよう。
あちこち好き勝手にドアを開け、中で飛び跳ねる実姫の嬌声を聞き流しながら出口を探しまわる。
集中が削がれ、咄嗟に敵に襲われたら対応できないかもしれないが、無音の中で一人黙々とドアを開けて回るよりは騒がしい物音と笑い声が木霊している方が気が紛れて良い。




