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祓戸大神

「出ました!」


 風果の声と共に目を開ける。

 俺の前に浮かぶ、黒い半透明の影。

 そこから荒ぶる神の威圧感は微塵も感じられない。


 それを挟んで俺の正面立つ実姫が両手を合わせ唱える。


天津神あまつかみ國津神くにつかみ大八島国おおやしまのくに八百萬やおよろずのかみ

 葦原中国あしはらのなかつくにに降りし荒振神あらぶるかみをばとはたまはらたま

 はらたまきよたま

 はらたまきよたま

 はらたまきよたまへ……」


 厳かな声に俺も静かに手を合わせる。

 次第に薄く小さくなって行く影。


 やがて、影が小さな玉へと変わりそれが強い光となり弾ける。

 音も無く大きな水柱が上がり、俺達の上から海水が降り注いで来る。

 いや、海水では無い。

 清らかな水だ。


 その水柱の中から現れた光を纏う……神。


「おお、瀬織津比売せおりつひめの御成りじゃ。

 八十禍津日神やそまがつひのかみの荒御魂より転じ瀬織津比売に成られた」


 実姫が嬉しそうな声を上げる。

 宙に浮かぶ、切れ長の目の女性。煌びやかな十二単を纏われた女神。

 ゆっくりと、俺達を見回し口を開く。


「御楯頼知。神楽風果。そして、御ヵ迎の実。

 八十禍津日を祓った事、見事でした。

 御楯頼知」

「はい」


 女神が俺を見ながら名を呼ぶ。


「私のかんなぎとなりなさい」

「……はい?」


 覡とは、神に仕えその身に神を降ろす者の事だが……。


「どうしてですか?」

「長年、神と共にあったその体、そのままにしておけば直ぐにまつろわぬ神に目をつけられ依り代とされるでしょう。

 例えば天津甕星アマツミカボシの様な」


 あの悪神が未だにこの体を狙っている……?

 そんなのにモテても全く嬉しくないのだけれど。

 

「そうさせぬ為に、しばし私が中に入り力を分け与えましょう」

「しかし、それは……」


 禍津日を封じて居たときと変わらないのでは無いか?


「用が無ければ何もしません。

 ただただ、体の中で静かにしていましょう」


 俺の憂いを払拭するように瀬織津比売がおっしゃる。

 俺の体に引き篭もる気……か。

 何でこんなに人気の物件なんだろ。


「……はたらきたく無いんですね?」


 今は穏やかな女神とは言え、元は八十禍津日神。

 考える事は一緒だな?


「無礼では無いですか?」


 少しムッとした様な顔をする瀬織津比売。

 まあ、本当に天津甕星アマツミカボシが来るならばそれを祓う力はあった方が良い。


「わかりました。仰る通りに」

「よろしい。

 では、その様に」

「邪魔になったら出て行って貰いますからね?」


 俺の言葉に瀬織津比売は目も合わせず何も答えず。

 ……え、無視した?

 神様ともあろう者が、無視?


「次いで神楽風果」

「はい」

「今しばらく、御楯頼知をたすける、をなり神となりなさい」

「お兄様を? それは、良いのですがどうしてですか?」


 横で小さく首を傾げる風果。

 をなり神とは確か、兄または夫を守護する守り神の様な物。


「その理由は、いずれ分かるでしょう」

「……かしこまりました」


 恭しく一礼する風果。


「そして、実」

「はい」

速佐須良比売はやさすらひめの所へ送りましょう。さすればその罪もマガも全て散る事でしょう」

「有難き……幸せにございます」

「私の斎女いつきめとして今しばらくかんなぎと共にいることも出来ましょう」

「なんと……」


 実姫が目を丸くし、瀬織津比売を仰ぎ見る。

 彼女にだけ、選択が与えられた。

 このまま死を受け入れ黄泉へ行くか、それとも瀬織津比売の巫女として俺と居るか。

 後者の場合、今まで通り俺の中に住み続けるんだよな?

 俺の体は賃貸マンションじゃ無いんだけど。

 大家を差し置いて勝手にルームシェアの話を進めるなよ。


 実姫が視線を俺の方へ転じ、上目がちにねだるような表情を見せる。


「……好きにしろ。

 チョコはまだ余裕がある」

「本当か!?」


 実姫が、頬を紅潮させながら笑う。

 横で風果も穏やかに笑う。


「では実は暫し斎女いつきめとしましょう。

 各々、一層励みなさい」


 最後は偉そうに言い残し、瀬織津比売は消えて行った。

 直後、左眼の奥が一瞬冷たくなる様な感覚を覚える。

 軽いアイスクリーム頭痛の様な。



 ◆


 海から上がり、すっかり冷え切った体を焚き火とスープで温める。

 干し肉の微妙なスープではなく、粉末をお湯で溶かす物。

 もちろん箱根土産で在庫に限りはあるが、結局居着くことになった実姫が大喜びしているのでまあ良いか。

 いや、あんまり舌を肥えさせてはマズい……今更か。


「実姫。改めて礼を言う。

 ありがとう」


 この式神のお蔭で俺は凶神の封印から開放された。

 そして、妹も。


「構わん。儂も無念を晴らせたのじゃ。

 じゃが、和御魂にきみたまとは言え、神が再び主の中に残ろうとはのう」

「ああ」


 残りたくて残ったというよりは、帰りたくないから残ったんじゃないかな。


「それですが、お体のほうは大丈夫ですか?」


 風果が心配そうに俺を見つめる。


「特段、変わった様子はない。

 いや、少し体が軽いかな」


 座ったまま姿勢のまま、二度三度と体を捻りながら答える。

 今まで、禍津日が封をされ閉じ込められていた所に別の神が居て、その神気が垂れ流しになっているのだろう。

 それはそのまま俺の力へと還元されるはずだ。

 つまり、期せずして安全な神の力を手に入れたという事。

 つれーわー。強くなりすぎてつれーわー。


「考えがダダ漏れですわよ?」

「え?」

「鼻の穴、広がってますわ」


 風果はジト目で睨みながら、両手の人差し指を自分の小鼻に添える。


「うそ?」


 自分の鼻を隠しながら尋ねる。

 俺、そんな癖あるの?


「万が一にも荒御魂に転じようものならば、封は無いのですからね?

 ゆめゆめお忘れなきよう」

「まあ、人一人が泣きわめこうが神が動ずることもあるまいて。

 そのへんは心配ないであろう」


 そう実姫は言うが、どうだろう。

 はたらきたくないとのたまったり、意外と俗っぽいぞ。神とやらは。


「さて、そろそろ行くぞ」


 海に向かって叫んで幽霊船退治をして、神が降臨され。

 色々あったけれど、まだゲートを見つけて無いのだ。


「そうですね」

「今日はここまでにしろ。

 次はゆっくり遊ばせてやるから」


 そう実姫に声を掛ける。

 聞けば俺が内で禍津日と戦っているその間、三時間近くずっと祝詞のりとを唱えていたらしい。


「……うむ」


 口を尖らせ、頬を膨らませながら頷く実姫。


「またね」


 風果が立ち上がり、実姫の頭を撫でる。


「じゃな。還」


 紙片に戻り、ふわりと舞ったその紙を捕まえた風果から受け取り懐へ仕舞う。


「では、参りましょう。お兄様。

 生まれ変わったお力、見せてくださいな」

「ああ。刮目しろ」


 挑発するような風果の視線に口の端を上げて返す。

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サモナーJK 黄金を目指し飛ぶ!
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