内なる戦い
暗闇の中で大きな、重い扉が音も立てずにゆっくりと開いて行く。
その中に黒と赤の瘴気を纏う人影、いや、神が一柱。
「そろそろ出て行って貰おうか。
家賃はまけといてやる」
その神に向かい云い捨てる。
これぐらい虚勢を張らねば折れそうな程の威圧感を感じる。
纏わりつく寒気と熱気。
冥府より更に極寒の中で溶岩を浴びせかけられている様な感覚。恐怖。
畏れるな。
気を鎮めながらその神と向き合う。
「阿呆が」
そう声を発した瞬間、俺は大きく後ろに弾かれそして、見えざる手で下に押さえ付けられる。
「頭が高い」
上から全身を押しつぶす圧力。
完全に地にうつ伏せに。
「まあ良い。この体、貰い受けるとしよう」
「……待て」
顔だけ動かし、勝手を言う神を睨みつける。
その神は扉の奥から完全に姿を現す。
暗闇の中、より一層黒い姿と赤く光る双眸。
「何故、この体を欲しがる?」
「現世に留まるため。
知らぬか。
なら、教えてやろう。
我等、神が現世に留まり続けるためには神籬が必要なのだ」
神籬、つまりは依代。
それがなければ長く現世にとどまれないという神の言葉。
だが、どうにも納得が行かない。
「なぜ、人の世にとどまろうとする?
御座所に帰ればいいだろう。
本来の神の住まう所に」
「ありえぬ」
「なぜ」
「向こうに戻れば、はたらかねばならぬ!」
……あん?
「人を神籬と成せば、現世に好きなだけ居れる」
…………あん?
「そういう事だ!!」
「どういうことだよ!!!」
ふざけんな!
働きたくない!?
そんなの、ウチの親父だって毎日うわ言の様に言ってるよ!
その度に母親が頭を撫でて慰めてんだよ。いい年してイチャイチャしやがって。
「第一、そんな理由なら石や木に住めばいいだろうが!」
「なぜ動かぬものに降りねばならん。つまらん」
よし。
ぶっ飛ばす!!
怒りが俺を立ち上がらせる!
押さえつける力を跳ね返し。
フツフツと湧き上がる俺の怒りに呼応してか、向かい合う禍津日神の体が二回りほど大きく。
そして、立ち上がったところで怒りだけで強くなれるわけはなく。
ニート気質満載でもそこは神。
再び、あっさりと吹き飛ばされる。
そして再び起き上がったところへ、黒い手がまるで蛇のように伸びてきて俺の首を掴みそのまま吊るし上げられる。
亟禱 鳳仙華
放たれた術が禍津日の腕を吹き飛ばし、拘束から逃れる。
亟禱 鳳仙華
今度は本体へ向け、術を放つ。
しかし、その術は小さく一瞬光を放ち消滅。
かき消されたか。
次の手を。
だが、それを考える暇を与えず禍津日の攻撃が襲い来る。
俺を焼き尽くさんと迫る炎の壁。
後ろに跳ぶが、瞬く間に飲み込まれる。
全身をくまなく焼けるような熱さと、刺すような冷たさが襲う。
かつて無い苦しみの中で手足を動かすことさえ出来ず。
直ぐに、手足の感覚が無くなる。
既に焼失したのかもしれない。
……所詮は人。神には抗えない。
業火の中、圧倒的なまでの力に諦め意識すら消えかけ目を閉じた瞬間、柔らかい暖かさに包まれる。
押し寄せる炎を押し返す、水の盾。
朧兎。
……そうか。
俺、一人じゃないんだ。
そう気付き、少し安心する。それと同時に僅かに炎が弱まった気がした。
「ありがとう。朧兎」
俺の言葉に盾は答える様に波打つ。
盾に守られながら立ち上がり、両目を閉じる。
力を、今、自分が持てる力と外に在る力とを感じ取る。
「来い。蒼三日月」
共に神の首を落としに行こう。
「来い。金色猫」
この身を雷と化して。
右手に蒼三日月、左手に金色猫。
二本の刀を強く握り込む。
「さあ、行こう」
背中に感じる風果の手に押され。
実姫の呼ぶ声に引かれ。
朧兎と共に、禍津日の元へと駆ける。
向かい来る炎をかいくぐり、まるで蛇の様に伸び来る無数の手足を切り落とし禍津日へと迫る。
体は思う様に動く。
刀は思う様に切れる。
「ハアっ!」
素早く背後へと周り、その首を蒼三日月で一閃。
振り抜き、確かに刃は首を断ち切った。
だが、二つに分かれた首と体は再び一つに繋がる。
そして、赤く光る双眸が俺を睨みつける。
刹那、目の前が真っ赤に。
辛うじて朧兎が俺を守る様に動くがもろともその大爆発に飲まれ吹き飛ばされる。
「っらぁぁ!!」
転がる体をすぐさま立て直し、再び禍津日に向かい刀を向け走る。
こちらに向け鞭の様に向かい来る腕を切り落としながら。
「俺の中から出て行けぇ!」
怒気を黒い神に向け叫ぶ。
金色猫がその腹を薙ぐ。
だが、禍津日は全く意に介さず俺をその両腕で掴み、持ち上げ地に叩きつける。
◆
終わらない。
幾度刀で切ろうと相手は怯まず。
このままでは、いずれこちらが先に力尽きる。
どうする?
追い出す事を諦め扉の向こうへと押し返し再び封ずるか?
倒され、体を乗っ取られる前に。
到底敵わないであろう神を睨みつけながら、思考を巡らす。
この体、俺の体にずっと閉じ込めていれば良いのだ。その為の器。
禍津日を追い出したところで何かが変わる訳では無い。
器として育てられた。
これからもそれは変わらない。それだけだ。
禍津日が中に居ようが居まいが何も変わらないではないか。
封が開かぬ様気をつければ良い。
それだけだ。
封を開けなければ良い。
それだけなのだ。
封を…………開ける…………。
…………こいつを追い出せば、キスし放題…………!!
そうか!
そうだ!!
追い出すという事は、そう言う事だ!!!!
自然、思い出すのは夏実の唇の感触。
「……お前、やっぱり出て行けぇ!!」
そう叫んだ俺の気迫に圧されてか、わずかに禍津日に怯んだ様な気配。
成る程!
荒御魂に怒りを持って立ち向かっても勝てる訳は無い。
二刀を禍津日へ振り下ろす。
それを禍津日が黒い刀を現し受け止める。
結局、最後に勝つのは愛なのだよ!
鍔迫り合い。
勢いは僅かに俺が勝る。禍津日が力を失いかけている。
そう! 愛だ!
…………気持ち悪いとか言われたけど。
禍津日が押し返して来る。
……気を落とすな。
幸せな事を思い出そう。
夏実の唇の感触。
抱きしめたその見た目より細かった体。
それから……。




