供物
「……なんでしょう。このシックリくる感じ」
敵を全て葬り、そして風果は手にした鞭を見つめながら呟く。
「お前、高笑いあげてたぞ?」
鞭を振り回しながら。
「……そんな訳、あるわけないじゃないですか」
そう、俺にジト目を向ける。
いやいや。
恍惚の表情ってさっきまでのお前の顔を言うんだよ。絶対。
しかし、すごいな。あの鞭。
海上の船の横っ腹に穴を開けてたし。
まあ、俺は使う気にならないから良いか。
他にいくつか貰って来た武器も渡す相手考えないとな。
「さて、運動も終わった所で実姫を呼び出すか」
「ええ」
「雨乞いは涙となり果たされた
灯火
消えてなお、消えぬ
唱、漆拾参 現ノ呪 神寄
喚、実姫」
「ヴモォォォォ!」
今日は牛か。
「そっちで無くて良いぞ」
「唵」
ガキンチョの姿に変わりながら俺を睨みつける式神。
「……お主、もう少し儂を丁重に扱おうとか思わんか?」
どう言う事だよ。
「呼び出すならば、それなりに力を使う場面をだな」
「これやる」
「なんぞ? ……もしや!?」
俺の差し出した物の正体に気付いた実姫。
うん。
甘い物で黙らすのは駄目な育児らしいが、別にこいつの親ではないのでそんな事どうでも良い。
と言うか、式神のご機嫌を伺う意味がわからない。
「ふむ。良い心がけじゃ!」
鼻の穴を膨らませながらチョコバーの包みを開けるガキンチョ。
まだあるぞ。
まあ、甘い物で子供のご機嫌を取るのは親として宜しくないらしいので小出しにするが。
いや、待て。
親じゃ無い。
風果の横に座り幸せそうな顔でチョコバーを齧る実姫を見ながら何かをどこかで間違えた、そんな不安を抱く。
「さて、実姫。
色々と聞きたい事があるんだが、まずお前は何者だ?」
「何者とは、随分な言い方よの。
主の式神であろう?」
「そうで無く。
生前は何だったのかを聞きたいのだが」
「それを聞いたら後戻りは許されんが、良いか?」
チョコがベッタリと付いた口でニヤリと笑う実姫。
「……そうか。なら良い。聞かないことにする」
「なっ!?」
「お兄様?」
そう答えた俺に露骨に悲しそうな顔をする式神。
「何故じゃ!?」
「そんな風に言われたら、聞きたくなくなるだろ」
人身御供のお姫様、と心の中で続ける。
彼女を式神にする時に朧気に浮かんだ情景。
悲しい事だとは思うが、それに縋り付かず死を受け入れるべきだ。
何なら、俺が送っても良い。この手で。
いや、俺がやるべきだろう。
必要以上に情が移る前に。
「儂を、愚弄するなぁ……」
頬を膨らましながら呟く実姫。
その顔は……あ、やべぇ。
泣く……。
「お兄様……」
ポロポロと涙を零す実姫の頭を撫でながら咎めるような目つきの風果。
「……悪かった。
ちゃんと聞くから話せ」
「……嫌じゃ。その態度が気に入らん」
「聞くって言ってるだろ。話せよ」
「言わん。絶っ対! 言わん」
このガキ!
「クスっ」
そんな俺達のやり取りを見て、風果が吹き出す。
俺達は同時に風果の方を見る。
どこに、笑うような所があったのか。
「二人共、そっくりですわね」
「「似てない」」
俺と実姫が同時に抗議の声を上げる。
……何で真似すんだよ。
実姫を一瞥。向こうも俺を横目で睨む。
そして、再度風果へ抗議。
「「取り消せ」」
再びハモる二人の声。
「「真似するな!」」
……お前、ワザとか?
そうだろ?
こちらを睨みつける式神を睨み返す。
その様子に、風果が腹を抱え声を上げ笑う。
……アイツ、あんなに明るく笑うようになったのか。
◆
風果が再びお湯を沸かし紅茶を淹れ、俺は荷物の中からマシュマロを取り出す。
「一体、どこで見つけたのですか?」
「箱根」
「今度、私に日本茶と羊羹をお土産に下さいな」
「覚えとく」
「……餅、か?」
「そんな様なもんだ。口開けろ」
別に目を閉じなくても良いんだが。
目一杯開かれたその口にマシュマロを一つ放り込む。
口を閉じると同時にカッと目を見開く実姫。
そして、その顔が一瞬で蕩ける。
「……何じゃ、これは……」
面倒なので袋ごと渡す。
「食ったら話を聞かせろな」
「そこまで必死に請われては、致し方ないのう」
ガサガサとマシュマロのビニール袋に手を突っ込んでマシュマロを口いっぱいに放り込む実姫。
リスかよ。
頭に角生やしてるくせに。
結局話はマシュマロを一袋空にしてからになる。
「さて、儂の話じゃったな。
生まれは御ヶ迎。
本来であれば御天宗家へ輿入れする筈だったのじゃぞ」
「まあ、宗家に」
風果がさも、驚いたと言う風に合いの手を入れるが実姫の為の演技だろう。
御天の宗家に良い感情なんてないだろうから。
「じゃが、それは叶わず人柱となった」
「なぜお前が?」
「幾度となく柱が建てられたが、荒御魂と成られた神の怒りは収まらぬ。
故に、御ヶ迎の者自らが、柱となる事となったのだ。
その御役目に、儂が選ばれた」
「何と惨い……」
そう呟いた風果を実姫が不思議そうに見上げる。
「何を言っておるのだ?
柱となれるならば、誉れであろう?」
実姫の中ではそうなのかもしれない。
だが、俺達にとってそれは他人の勝手を押し付けられただけとしか思えない。
実姫は続ける。
「……じゃが……儂は最期までその役目を務め上げる事が出来んかった」
下を向く実姫。
その肩を風果がそっと抱く。
「儂は、最期に母上に会いたいとそう思ってしまったのだ。
祈りを乱してしまったのだ……。
それが、最期じゃ」
「……わかった。
なら、もう母に会いに行け」
そんな事を無念に思う必要は無い。
「俺が幽冥主宰大神の元へ送ってやる」
「どの様な顔をして行けば良いというのか。
役目を果たせなかった痴れ者が……」
「そのままの顔で行けば良い」
そして、その勝手な親を鉈でぶん殴ってやれば良い。
「それにの、頼知。
儂にはまだ、やらねばならぬ事がある」
「……何だ?」
そう言った実姫は静かに笑みを浮かべていた。
何時もの獰猛な獣を連想させる笑みではなく、菩薩の様な。
「主の中に御座す荒御魂、八十禍津日神こそ、儂が鎮めん事が出来なんだ神なのじゃ」
「……こいつが?」
そっと左眼を抑える。
「そうじゃ。
その八十禍津日神を……鎮める。
今再び鎮め給うのが儂の役目じゃろう」
突然の実姫の申し出。
「これ……を?」
この凶神を俺から引き剥がすつもりか?
右目が、実姫の横で驚きを浮かべる風果を捉える。
器として、死ぬまで生かされる。そう思っていた。
それが……終わるのか……?




