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年明け

 学校は冬休みになり、そして、世の中はクリスマスに浮かれる。

 サンタからのプレゼントは、メイドコスをした金髪の臨時バイトの写真一枚。

 似合ってないんだよ。

 部屋でスマホを眺めながらそう悪態を吐く。


 そして、大晦日。

 今年の笑ってはいけないローカル路線バスの旅はイマイチだったな。

 そう思いながら除夜の鐘を聞き、全ての煩悩を洗い流す。


 ◆


 年が明けて一月二日。

 スマホが震える。

 ハナだ。

 年始の挨拶かな? 律儀な人だな。


「はい」

『お前、何してんだ?』


 電話越しでもはっきりとわかる殺気の篭った声。


「えっと、餅食ってました」

『そう言う事じゃない。

 先月のノルマ、未達だが?』


 あ、やべ。

 稼働時間か。


「すいま『今月は三倍ね』


 三倍? 180時? 嘘だろ? 無理だろ。


「いや『返事は?』

「い、イエス……サー」


 そこで電話が切れる。


 ……冬休みで良かった。

 何とかこなせそうなペナルティだ。

 そんな風に考えながら電車に飛び乗る。


 ◆


「おあつらえ向きかよ……」


 飛んだ異世界。

 俺の前に広がる海。

 岩に荒波がぶつかり白い波飛沫が上がる。

 東映の文字があれば完璧だな。

 そう思いながら三角座り。


 幸い周りには何者の気配も無い。


 このままここで180時間ぼーっとしてようかな。


 夕陽が海に沈む。

 真っ赤な夕陽。

 と言う事は向こうが西なのかな。

 そして、あっと言う間に空には満天の星空。

 大の字になって眺める。

 ……肌寒い。

 そっと、首筋に手を当てる。

 そう言えば、マフラー上げてしまったな。夏実に。

 チョーカーも持って行かれたし。

 ……何で夏実はチョーカーを外せたのだろう。

 仕様書によれば鍵はアンコさんの指紋。

 でも、アンコさんは夏実では無いし。

 そう言えば俺の指紋もバグってたらしいから、何かおかしいんだろうな。


 立ち上がり、波打ち際で流木を集める。

 そしてそれに火をつけじっと眺める。

 潮風に静かに揺れる炎。




 ——炎を纏う刀。そして金色に光る瞳。

 ——その者、天津甕星アマツミカボシ。まつろわざる神。

 ——突如として現れたその神は、俺の体を欲した。

 ——依代として。

 ——神の放った炎の刃が御紘みつな杏夏あんなの体を貫く。


 ——彼女の頬に手を当てる。

 ——血でヌルリと滑る。


 ——荒く、小さな息。


 ——禍津日マガツヒ。この体、くれてやる。

 ——その代わり、全てを壊せ。

 ——あの神もこの世界も全て。



 ——杏夏(あんな)の居ないそんな世界に意味は無い……。




 ……夢、か。

 いつの間にか焚き火は消え、世が明けていた。

 眠ったつもりは無いのだけれど。

 今のは……ノートにある俺の最期、かな。

 やけに鮮明でぶっ飛んでたけれど、まあ夢ってそんなもんか。


 海が、朝日を反射して白く輝いていた。

 それをじっと見つめる。



 立ち上がり、海へと向かう。

 誰の目も無い。

 現実むこうでは出来ない事をしよう。


 ——でも次は私が助けに行く番かな


 多摩川で言われた言葉。

 俺は確かに断った筈。

 あいつが助けに来なければ、こんな辛い思いをしなくてすんだんだ。

 そうだろ!?


「だぁかあらぁ!!

 来るなって言ったじゃねーかよおぉぉぉぉ!!!」


 海へと向かい腹の底から絶叫。


「それは、随分なお言葉ですわね」


 ……突然背後から掛けられた声に凍り付く。


 まじか。

 いつから居たんだよ。


 恐る恐る振り返る。


 冷笑を浮かべ睨みつける妹、風果。


「……何で?」

「お年賀のご挨拶に参ったのです。

 それなのに来るなと言われるとは。

 とんだ失礼をいたしました」

「いや、違……」

「何が違うのですか?

 ……泣きたいのはこちらの方なのですが……」

「泣いてないから」


 そう、鼻をすすりながら返す。


 ◆


「それで、何を泣いてらしたのですか?」

「泣いてないから」


 風果が淹れたお茶を受け取りながら答える。

 これは、ハーブティーか何かだろう。


「強がりは良いです。

 夏実さんに彼氏でも出来ました?」

「……忘れた」


 俺の端的な答えに風果は首を傾げ小さく眉根を寄せる。


「あいつは、飛渡足(ひわたり)を使って、それで俺を忘れた」

「……はい?」


 風果が先程より更に首を傾げる。


「何を言ってるのですか?

 夏実さんが飛渡足(ひわたり)を使うなんて、そんな事ある筈ないではないですか」

「……だよなぁ。

 言霊ことだまを知っているわけ無いし」


 やはり彼女自身の魔法か。


「……知ってます……わね」

「は?」

「私が、お教えしました」

「は?」

「百鬼の巣窟で」

「はあ?」

「だって! 直毘ナオビでも無い彼女が使えるとは思わないでは無いですか」

「……それは、まあそうだ」


 直毘ナオビ、つまり稜威乃眼イズノメを持つ御天八門の者だからこそ言霊を操り術を扱う事が出来るのだ。

 まあ、御天八門の者全てに等しく稜威乃眼イズノメが発現する訳では無いのだけれど。


「だけど扱えた……」

「……彼女は何者なのです?」

「何者って、普通の女子高生だろ。少し、腕っぷしの強い」

「……まるであの人の様。

 え、でも、それでお兄様を……忘れた?

 ……やはり、何かの勘違いでは無いですか?」


 風果の眉間の皺がより一層深く。


「何が?」

「だって、その場合、夏実さんはお兄様を好いていたと言う事ですよ?

 ……そんな事、あります?」

「あります!」


 非道い言われようだ。


「なら、泣いている暇なんて無いのではないですか?」


 風果が、お茶の入ったカップに目を落としながら言う。

 ……そうは言うけどさ。


「……俺の良いところってどこなんだろうな」


 溜息一つ吐いて妹に疑問をぶつける。


「知りませんよ。そんなの」

「……何かあるだろ」


 即答すんな。

 何年かは同じ屋根の下で過ごしたんだから。


「私は、死んだ目で世界全てに怨み言を言うお兄様しか知りませんもの」


 ……確かに。

 そもそも、風果とこんなにちゃんと向き合って話した事など無かったか。


「ああ、有りました。良いところ」

「何だ!?」

「殺しても死なない所」

「いや、死ぬだろ……」

「そうですか?」


 阿佐川もそうだけど俺を一体何だと思ってる?

 ……夏実だけじゃん。

 俺を心配して助けに来るの。

 まあ、それが結果としては最悪な訳だけど。


 大きく溜息を一つ。


 もう良いや。

 この話は。


「お前さ、ミカゲってわかる?」

「ミカゲ?

 何の話です?」

「実姫がそう名乗った。

 自分も直毘ナオビだと」

「……あの子が?」


 風果が手を口に当て考える。


「ミカゲ……御ヶ迎。

 直毘、御天に連なる失われた一族。

 荒ぶる神を鎮めるための儀式を取り仕切っていたとされる一族。

 その儀式は、人身御供をも含んでいた。

 御影石みかげいしは、御ヶ迎氏(みかげし)から転じたのだと、そう言う伝承が存在する……」


 風果が、まるで記憶の奥底から引っ張りだして来る様に言う。

 実姫がその一族の者……?

 ……だが、解説は……俺の記憶の中にまるでジグソーパズルのピースの様にカチリとはまる。


 では、直毘ナオビだと言うのは本当か。


「本当ですか?」

「そうらしい」

「ちょっと、呼んでくれません?

 ……まさか、あの子とも何かあったり……」


 風果がジト目で睨む。


「そんな訳ないだろ」


 幸い、餌は山程ある。

 取り敢えず荷物袋の中からチョコレートを……。


「お前さ、これ使う?」


 たかむらから貰ったヴェロスの試作品だと言う武器の一つ。

 鞭。

 篁の言う事を信じるならば、それは魔力と使用者の意思に反応し最長50メートルまで伸びるらしい。

 音速に迫るその先端は岩をも容易く砕く、らしい。

 荷物袋に突っ込んであったそれを取り出し風果に渡す。


「鞭、ですか?」

「ああ。似合いそうじゃね?」

「お兄様……一体私をどんな目で見ているのですか?」


 そう言いながら受け取った鞭をまじまじと確認するドエス。


「よもや、この鞭で打ち据えて快楽を与えて欲しいなどと言いませんよね?」

「アホか!」

「なら良いですけれど」


 お前こそ、俺をどんな目で見ているのだ。


「では、試して来ましょうか」


 そう言って風果はカップを置き立ち上がる。


 その視線の先。

 海からのっぺりとした黒い影が姿を現わす。


 あれは、海坊主か?

 更にその向こうに船影が見える。

 今にも沈没しそうなボロボロの船。

 その船体が放つ瘴気が、この世の船で無いと伝える。


 俺もカップを置き立ち上がる。

 ちっとは、兄の良い所を見せないとな。

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サモナーJK 黄金を目指し飛ぶ!
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