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奈落の底

 ……既読が付かない。


 月曜の朝。

 風巻さんと待ち合わせの午前十時。

 その十分ほど前。

 駅前で佇み、スマホの画面を見つめる。


 日曜起きると何故か夏実が退出したとのログが。

 操作ミスだろうかと再び彼女へLINEを送る。


 ────────────────


 御楯頼知>おはよう(既読)

 御楯頼知>昨日はありがとう

 御楯頼知>色々と

 御楯頼知>明日、楽しみだね

 御楯頼知>それと、月末なんだけど

 御楯頼知>月末っていうかクリスマス

 御楯頼知>空いてますか?


 ────────────────


 渾身の、一大決心の後のLINE。

 その全てが既読に成らず。


 いっそ電話するか。

 でもその決心まではつかず。


 向こう行ってるのかな。

 そう思っていたのだが、その日の夜。


 ────────────────


 やきりんご>起きたー!!

 なつみかん>おはよう&おかえりっ!

 やきりんご>お土産買ってきたゼイ!

 やきりんご>明日渡すゼイ!

 なつみかん>なに?なに?

 やきりんご>いろいろ

 なつみかん>食べれる?

 やきりんご>それももちろんある

 なつみかん>サイコー!

 やきりんご>食い気だけかよ!

 やきりんご>色気もあるぞ

 なつみかん>色気もほしいぞ

 やきりんご>ぷぷぷ。その色気は誰に向けるんだい?

 なつみかん>誰にしよう

 やきりんご>ぷぷぷ

 なつみかん>なんだ?コラ

 やきりんご>べっつにー

 やきりんご>あした10時でよい?

 なつみかん>よい

 やきりんご>ヨッチは?

 御楯頼知>よい

 やきりんご>じゃそれで

 なつみかん>あれ?

 やきりんご>ん?

 なつみかん>いいや

 なつみかん>明日で

 やきりんご>なんぞ?


 ────────────────


 とまあ、こっちに居て、スマホは見ているらしい。

 つまり、俺の送ったLINEだけスルーな訳だ。

 ちょっと、突っ走りすぎただろうか。


 そうだよなぁ。

 別に付き合ってるわけでもないし、ただプレゼント貰っただけなのにいきなり抱きついてキスまで。

 やりすぎたんだろうな。


「やー!」


 風巻さんの声に顔を上げる。

 その手に大きな紙袋。


「おいっす」

「おいっすう。

 元気だった?」

「うん。楽しかった?」

「超楽しかった!」

「アンコは?」

「まだ」

「そっかそっか」


 待ち合わせの時間まであと五分ほど。

 風巻さんと並んで夏実を待つ。


「あ、あれ? あ、来た」


 一度、風巻さんが怪訝そうな声を上げてこちらに向かい来る女性に目を向ける。


「お待たせ」


 こちらに気付き、ちょっと小走りで俺達の所へ来た夏実。

 エラい気合入ってるな。

 夏の頃みたいに白い顔に真っ赤なリップ。バッチリ厚塗りメイク。

 パムに感化されたのだろうか。まあ、あちらは天然なのだけれど。

 そして、頭も金髪に。

 懐かしの金髪夏実。


「染めたの?」

「そうそう。良いでしょ?」

「うん、まあ。私は、嫌いじゃないけど」


 そう言って風巻さんが俺の方を見る。

 釣られ、夏実も俺を見る。


「いや、似合うと思うよ」


 俺の好みとかそういう事とは関係なく、女性の髪に対してダメ出しするのは失礼だろう?

 だが、当の夏実は僅かに眉間に皺を寄せる。


「えっと、夏実杏です。

 はじめまして、だよね?」

「え?」

「ちょ、アンコ、何言ってるの?」

「彼氏? 紹介してもらったっけ?」

「ヨッチだよ?

 え? ボケ?

 全然面白く無いんだけど」

「ボケてないけど?」

「なんなの? 喧嘩でもしてんの?」

「……風巻さん、とりあえずお店行こうか」

「あ、う、うん」


 前にみんなで行ったカラオケ店へ。

 この状況に混乱しているのは俺も同じだった。

 今の夏実の言動。

 考えられるのは二つ。

 俺の逸った行動に怒り心頭で他人のフリをしている。

 或いは、本当に俺の事がわからない。つまり、忘れた。

 なんで?

 まさか……?



 カラオケ屋の個室で風巻さんが紙袋の中身をテーブルの上に広げる。

 パイナップルケーキや、フェイスマスク、化粧品などなど。

 食い気と色気。

 楽しそうな二人の声。

 その様子を見つめる俺は、少し、いや、かなり大きな不安を抱えていた。


 一段落ついた所で、二人のライブが始まる。

 急逝したMaaと言う女性シンガーソングライターの追悼ライブ。

 そう銘打たれた。


 代わる代わるマイクを手に熱唱する二人。

 俺は手拍子を入れながら、その様子を眺める。


 何曲目だっただろうか。

 画面に『口づけをして、それから、見つめ合って』と歌詞が出る。

 幸せいっぱいの恋人達の歌。

 そして、前に夏実が歌わずに消した歌。


 今度は躊躇いも見せず、平然と熱唱する夏実。

 トイレ。

 そう、口パクで風巻さんに伝え一度部屋から出る。


 耐えられなかった。



 洗面所で顔を洗い、鏡を見る。

 少し、目が赤い。

 まあ、近寄らなければわからないか。


「何か、あったの?」


 トイレの前で風巻さんが待っていた。

 そして、真面目な顔を俺に向ける。


「多分」

「ケンカ?」

「そう言うのとは、ちょっと違うかな」


 咎める様な風巻さんの視線から逃れるように俺は部屋へと戻る。

 ちゃんと、説明しないと。

 そう思いながら。


 部屋では夏実が一人、リモコンを見つめながら曲を選んでいた。


「夏実」

「何ですか?」


 リモコンから顔を上げ、こちらを見る夏実。


「これ、覚えてる?」


 一昨日、彼女から貰ったマフラー。

 椅子の上に置いてあったそれを広げて彼女に見せる。


「マフラー? あれ? 大里と買いに行ったやつ? ん? あのマフラーどうしたっけ?」

「一昨日ってさ、何してた?」

「何でそんな事教えないといけないのよ」

「G Playに行ってた。

 そうだよな?」

「……」

「そこでさ、誰に会った?

 お姫様みたいなゴスロリの吸血鬼パムと半裸のルフ。

 それから、長髪で甘いマスクの勇者、ナゼル。

 洞窟を抜けて、そこに屋敷があって、そこでパムが涙を流して下さいって言って。

 でも、ナゼルだけが泣けなくて」


 夏実の顔に戸惑いが浮かぶ。

 なぜそれを知っているのか。

 そう思っているのだろう。

 そして、彼女はゆっくりと口を開く。


「……ひょっとして……」


 思い出した!


「ナゼルって君?」

「違うよ!」

「……怒鳴んないでよ」

「何でわかんないんだよ!

 もう一人居ただろ!?」

「……知らない。て言うか、どうして知ってるの?

 ハナさんの知り合い?」

「そうだよ!

 そもそもハナと夏実が知り合うきっかけを作ったのは俺なんだよ!」

「そうなの? レアーの人?」

「違うよ!」

「……いや、ごめん。何が言いたいのか全然わかんない」


 俺は、大きく息を吐いて後ろによりかかる。

 駄目だ。

 何も覚えていない。


「あのさ、君が何者なのか知らないけど、いきなり夏実って呼び捨てにするのはどうかと思う。別にそんなに親しくないのに」

「……ごめんなさい」


 もう、何も言えなかった。

 空気が重い。


「あれ? どうしたの?」


 戻ってきた風巻さんが、不安げに言う。


「別に」


 夏実がリモコンを操作しながら返す。


「もう。二人ともいい加減にしてよ。

 何? ヨッチが浮気でもして、それで喧嘩してるの?」

「違うんだ。風巻さん。

 俺と、夏実さんは何も関係無いんだ」

「うん? 関係無いってどういう事?」

「私、こんな人知らないし」

「アンコ!? 何いってんの?」

「風巻さん、落ち着いて」

「知らない人な訳ないじゃん! 自分のスマホ見てみなよ!!」

「何が?」


 夏実は自分のスマホを手に取る。


「写真見てよ。自分の!」


 画面を操作し、そして眉間に深い皺を刻む夏実。


「なに、これ」


 画面から顔を上げ、俺の方を見る。

 そして、再び画面へと目を戻し、一言呟く。


「……気持ち悪い」


 俺は、部屋から飛び出した。


 荷物を何も持たずに飛び出した事に直ぐに気付く。

 コートもマフラーも。


 少し時間を置いて戻ろうか。

 廊下で途方にくれる俺を追いかけ風巻さんがやってくる。


「ヨッチ、大丈夫?」


 問われ首を横に振る。


「ホントどうしちゃったのよ?」

「……記憶喪失」

「はえ?」

「夏実は、俺の事を忘れたんだ。全部」

「え? そんな事あるの?」


 うん。

 小さく頷く。


「え、だって、そんな……アンコはヨッチを……え、何で!?」

「風巻さん?」

「そんなの、そんなの駄目だよ……悲しすぎるよ」


 突然大粒の涙を零す風巻さん。


「大丈夫。大丈夫だから。

 きっと、いつか思い出す。

 それに、別に……夏実も俺も居なくなった訳じゃ無いんだから」


 オロオロしながら風巻さんに声をかける。


「部屋に戻ろう」


 顔を抑えながら頷く風巻さん。


「……俺、今日は帰るから。

 夏実は、多分混乱してるから、助けてあげて。

 今度、アンキラでちゃんと話そう」


 俯きながらゆっくり歩く風巻さんの肩を支えながらそう声をかける。


 そして、夏実の待つ部屋へ。


「リンコ! どうしたの!?」


 風巻さんの姿を見た夏実が声を荒げる。


「な゛ん゛でぼな゛い」


 鼻声で答える風巻さん。

 彼女を椅子に座らせ、コートとマフラーを取る。


「じゃ、また連絡するから」

「う゛ん゛」

「ごめん。先、帰ります」


 夏実から返事は無い。

 ただ、突き刺す様な視線。


 奥歯を噛み締め部屋を出る。


「ちょっと待って」


 廊下で後ろから俺を呼び止める夏実の声。

 まさか。

 少し期待して振り返る。


 いきなり彼女の右拳が飛んできて俺の鼻先でピタリと止まる。


「次またリンコの事泣かしたら、本当に殴るから」


 そう言って彼女は去って行く。

 揺れる金髪を眺めながら、いっそ殴られた方が楽だったのにと訳の分からない事を思う。



第五章完


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