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奈落の底で⑨

 ――すまない。恨んでくれて構わない。


 そう言い残し、ナゼルは部屋から静かに出て行った。

 流れる涙に戸惑う俺の向かいで、彼は苦悶の表情を浮かべながら拳が真っ白になるくらいに握りしめ……それでも、彼の目から涙が溢れる事は無かった。


 それから少し置いて、パムがゆっくりと顔を上げる。

 涙でぐしゃぐしゃだったけれど、その顔に微かな笑みを浮かべ。


「お二人ともありがとうございます。

 私達の為に。

 ナゼルは苦しませてしまいました。

 もし、彼に会う事があったら恨みなんて微塵も無いと、そうお伝えください」

「パム……」

「大丈夫です。

 他にも手段はあります。

 私は、私達は必ずそれを見つけますから」


 そう言って、深く一礼し健気な吸血鬼は去って行った。

 死の女神の所で待つ、人狼の元へと。



「帰ろう」


 それから少しして、俺は夏実に声をかける。

 夏実は、小さく頷く。


 館の外は相変わらず冷たい風で、でも、繋いだ手だけは暖かかった。


 ◆


 ────────────────


 御楯頼知>戻った

 なつみかん>私も

 御楯頼知>一緒に帰ろう

 なつみかん>レポート出すから待って

 御楯頼知>了解


 ────────────────


 レポートか。

 俺も出さないといけないのだけれど、すっかりそんな気分では無い。

 時間は19時過ぎ。

 金曜夜に行って丸一日。

 明日は家でゴロゴロしようと決める。

 月曜は創立記念日で、風巻さんと三人でカラオケの約束。そう言えば風巻さんはもう帰国している時間だな。


 そして、向こうで会った三人を思う。

 出来ればもう一度会いたいものだ。

 パムに笑いかけるルフ。

 その仲睦まじい二人にナゼルと声を合わせ「爆発しろ」と、そう罵る。

 そんな日が来るだろうか。


 リクライニングチェアに寄りかかりぼんやりとそんな事を考えながら、夏実を待つ。

 それから三十分程かけてレポートを仕上げた彼女から連絡。


 二人一緒にエレベーターに乗って、そして地下鉄へ。


 車内は比較的空いていて、二人横並びで座り窓に映る二人の姿をぼんやりと眺めて居た。


「悲しいね」


 そう夏実がポツリと呟く。


「パムはきっと見つけるよ」


 根拠なんて無い。

 でも、そうであって欲しい。


「御楯は……誰の事で泣いたの?」


 問われ素直に答える。


「わかんない」

「そっか……」


 ガラスに映った夏実と目が合う。


「夏実さんは?」


 その彼女へと問いかける。


「私も、わかんない」

「そっか」


 窓に映った夏実が、顔を伏せる。


「御楯さあ」


 暫しの沈默の後、窓の向こうから夏実が俺を見る。


「どうして、こっちだと『さん』付けなの?」

「え?」


 どうしてって……全く予期して居なかった質問の答えを探す。


「よそよそしく無い?」

「う、うん。まあ」

「あっちだと呼び捨てなのに」

「う、うん」

「どうしてですか? 御楯さん?」


 ガラスの向こうで首を傾げる夏実さん。

 理由と言い訳を考えるが出てこない。


「……夏実」

「何?」


 問いかけにガラス越しに夏実が答える。


「夏実」

「はい?」


 横で笑顔を見せる夏実。


「夏実!」

「何よお?」


 ただ、名前を呼ぶだけなのにどうしてこんなに楽しいのだろう。



 あまり騒ぐと周りから白い目を向けられる。

 それくらいわきまえている。


 でも、何も話さなくても手を繋ぐだけでこんなにも幸せな気分になるのかと思う。


「御楯」

「何?」

「この後、ちょっと時間ある?」


 この後……え。

 もう、夜だよ?

 そう言う……展開?

 持って無いんですけど……?


「ウチの駅まで来て」

「大丈夫だけど……何で?」

「ちょっと、渡したい物があるんだ」

「渡したい物?」


 渡したい物……何だろう。


 私のは・じ・め・て♡


 ……どうなってんだ。

 俺の脳内。

 暴走し過ぎだ。


「行く」


 動揺を悟られない様に素っ気なく答える。


 ◆


 鶴川駅の横の小さな公園。

 そこのベンチに座り夏実を待つ。

 スタバの明かりが見える。

 外に置かれたテーブルに幸せなそうなカップル。

 二人に幸あれ。


「お待たせ!」


 自転車のブレーキ音と共に夏実が戻って来た。

 息を切らせながら。


「はい」


 自転車の籠に入れてあった紙袋を俺に差し出す。


「え?」


 それは、原宿で大事そうに抱えて居た紙袋。


「少し早いけど、クリスマスプレゼント」


 ……俺に?


「渡すの忘れちゃうと困るから……えっ、ちょっ!」


 気付くと彼女を抱き締めて居た。

 夏実が俺の背に手を回す。


 どれくらいそうして居ただろうか。


 ベンチに座り、断ってから紙袋を開ける。

 中に入って居たのは黒のマフラー。

 大里とスマホで見たやつ。


 ……ああ、そうか。

 これを二人で、多分、溜池山王からの帰りに買いに行って……部長のいい友達って、そう言う事か……。


 勝手に勘違いして居た訳だ。


「ありがと。超嬉しい」

「良かった」


 夏実がマフラーを俺の手から取り上げ、俺の首に巻く。


「うん。似合うよ」

「そう?」

「宝物にしろ! 毎日巻け!」

「うん」


 それから夏実は俺に体を密着させ、俺のマフラーを自分の首にも巻き付ける。

 まるで恋人の様なその光景は、夏実と俺のスマホに自撮りとして収まる。


 そして、そのまま……キスを。



 ◆






 キスした。






 キスした。キスした。キスした。


 家に帰っても、もう頭の中はそればかり。

 封印とか戦いとか、そんな言い訳が全く無く、正真正銘のキス。

 壁に掛けたマフラーを見て、スマホに収めた自撮りのツーショットを見て、ずっとニヤニヤしてる。


 あ、そうだ。

 LINEを送っておこう。


 ────────────────


 御楯頼知>マフラーありがとう!

 御楯頼知>おやすみなさい

 なつみかん>おやすみ!


 ────────────────


 夏実の返信を何度も見てニヤニヤして、もう一言何か返そうかどうしようか三十分程悩み、結局その日はそのまま布団に入る。

 なかなか寝付けなかったけれど。


 ────────────────


 なつみかんが退室しました


 ────────────────

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