ミクとユキ②
階段を登った先も同じようなフロア。
光る壁に囲まれた迷路の様に複雑に分かれる通路。
不規則に表れる小部屋。
角を曲がる度に見えないその先に敵が居ないかを警戒する。
それは、少しづつ神経をすり減らし、集中力を欠いていくのが分かる。
いっそ、走り出してしまいたい。
そんな気持ちをぐっと堪え、俺は歩みを進めて行く。
体感で三時間ほど。
右肩の布が消え、痛みは引き、軽く動かしてみて支障が無い事を確認。
再び上へと歩みを進める。
そうやって、二つ程、階を上がった時だった。
……物音……?
微かに、音がした。
気の所為……では無い。
それは断続的に……衣擦れの音。
近寄ってくる。
敵、か。
左手に術を込め、右手で爪を持つ。
おそらく曲がり角の向こうに居る。そこから少し下がり出会い頭を強襲。
そう作戦を立て、身構え、その時を待つ。
通路の角を曲がり、姿を現したそれに向け左手を翳す。
咄嗟にその手を真上に逸らす。
相手が、こちらに向け駆け出す、その一歩を踏み込んだ所で静止した。
眉間に皺を寄せ、こちらを警戒するように睨みつける……男。
上半身は裸だが、無駄のない肉体に見える。
そう。
人だった。
しかし、その顔にマスターの様な余裕や、友交的な色は見受けられない。
「誰だ? テメェは?」
両手を上げファイティングポーズを取りながら、その男は日本語で言った。
「……ライチ。そっちは?」
「ライチ? 外人か? 俺は等々力鉄男だ」
「……日本人」
一歩後ろに下がりながら答える。
男は両手を下げ、ズカズカとこちらに近寄って来る。
どうする?
戦うべきか?
逡巡する間に等々力は俺のすぐ目の前まで迫る。
そして……。
「よっしゃ! 仲間だな! 宜しく!」
歯を見せ笑いながら右手を差し出した。
「あ……宜しく」
俺は右手を服で一度拭いてからその手を握り返す。
手汗でビショビショだった。
握手をして、再び等々力は笑ってから振り返る。
「おおーい! 大丈夫だ! こっち来い!」
そう通路の先へ、声を掛ける。
その声に呼ばれ、おそらくは等々力の仲間であろう人物たちが姿を現す。
貫頭衣のような衣装を着たロングヘアの美人と、その横で言っては悪いが、地味な顔つきのショートヘアの女性。
こちらはマントのような物を羽織っている。
「ミクとユキ。ここで一緒になった」
等々力が二人を紹介する。
「もう、三日も一緒に居る」
「……三日も!?」
何気なく言ったその等々力の言葉に俺は驚きの声を上げた。
丁度二人が合流して、俺の反応に苦笑いを浮かべるミクと、うんざりしたような嫌そうな表情をするユキ。
しかし、向こうから来たということは……。
「お前、下から上がってきたのか?」
等々力の言葉に頷きを返す。
「俺達は上からだ」
「……門は?」
「テッペンまで見たけど、無かったなぁ。
どっから上ってきた?」
では、下か。
最初の選択を間違えたのだろうか。
「二階ほど下から」
「俺らは、二十階ぐらいは下ってきたか?」
振り返りながら仲間に問う等々力に、笑顔で頷くミク。
「……頂上からここで十八階下りた所」
正確な情報を補足するユキ。
「だそうだ」
小さく眉間に皺を寄せながら等々力は俺に向き直って言った。
「ねえ、名前は?」
「……ライチです。はじめまして」
ミクに問われ頭を下げながら自己紹介をする。
「ミクです。よろしくね」
差し出された右手を握り返すとそれを包み込むように左手を添えて、そして、ニコリと笑うミク。
「……よろしくお願いします」
手が、柔らかい。
……手が、柔らかい!
最後にこうやって女子に触れたのは何時だろう。
三ヶ月くらい前の……コンビニのあの子かな。お釣りをもらう時の。
「ユキ。よろしく」
思い出にひたる俺にもう一人が睨みつけるような視線で見ながら名乗る。
「よろしくお願いします」
愛想の良い美人のミク。
無愛想な中の中、ユキ。
なんか、対照的だな。
「お前、どうする? 一緒に行くか?」
下に向かうのならば望む望まないに関わらず、行き先は同じとなる訳だ。
「はい、お願いします」
「おう! とっとと石碑を見つけて帰ろうぜ!」
等々力が右手で豪快にガッツポーズを取りながら言った。
それに、女子二人が少しうんざりしたような、そんな顔をする。
等々力からは見えていないだろうけれど。
何か、面倒なことになりそうだなと、そう感じた。
その等々力を先頭に建物の中を進んでいく。
「そこ左」
来た道順は覚えているのでそこまでは指示が出来る。
俺の案内に従い、等々力はズカズカと進んで行く。
俺が来た時とまるっきり違う。
警戒などいっさいしない。
まあ、俺が倒して居る筈だとそう言うつもりもあるのだろうけれど。
「お前、名前は?」
進みながら等々力が問うて来る。
「ライチ」
一回、教えた筈だけど。
「そっちじゃねーよ。本名だよ」
「いや……」
改めて問われ、俺は言葉に詰まる。
名を教える事は躊躇われた。
数日前に現実で起きた事件。
ここは現実と切り離された世界。
一線を引くべきだ。
「ほら。言ったじゃない。向こうの事は皆言わないって」
助け舟はミクから。
「そんなんじゃ友情は育たねーんだよ」
「そんな事ないわよ。ねえ?」
俺は曖昧に頷く。
友情はどうか分からないし、等々力と友人になろうとは思わないが……悪戯っぽい笑みでウインクをしたミクとはお近づきになりたいなと、そう思った。