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奈落の底で⑧

 細やかな装飾が施され二つの尖塔を持つ建物。

 館と言うよりは小さな城のようなその建物は、俺達が門の前に立つと5メートル以上あるその扉が勝手に開く。

 まるで招かれているように。


 パムが先頭に立ち、館の中へと足を踏み入れる。


 入ってすぐに、黒い絨毯が敷かれた巨大な階段。


 その踊場に架かる巨大な裸婦画。

 この世のものと思えない美人画なのだが、どこか恐ろしさを感じるのは何故だろう。

 階段は踊り場で左右二手に分かれ後ろへと上る。

 そこでまた一つに合流。


 通路が左右に伸びる。

 その左の奥の扉が静かに開いた。


 パムは、躊躇いもせずに進んでいく。



 奥の部屋。

 そこに、この館の主が居た。

 王座に座る美しい女性。

 長く伸びた髪は顔の左半分を完全に覆い隠し、その髪は左右で赤と青の二色に分かれている。


「生者が何の用があり参ったのだ?」


 王座の上から、俺たちを見下ろしながら問う。


 パムが片膝を曲げ、頭を下げてからそれに応える。


「女神ヘルとお見受けします」

「いかにも」

わたくしはパムと申します。

 死を司る女神ヘルにお願いがあって参りました」


 パムは顔を上げ、ヘルに真っ直ぐに目を向ける。

 その斜め後ろに立つルフ。


 その二人をヘルは順に見やる。


 ◆


 パムが願い事をする間、俺達は別室で待つことになった。


 暖炉がある広い客間。

 そこで三人、パム達を待つ。


 夏実は部屋の隅でいつか言ったように俺から渡されたトンファーの使い心地を確かめている。

 椅子に腰掛けた俺の斜め向かいにナゼル。

 巨人が使ってたというルーン文字が彫り込まれた剣を水平にかざし刃こぼれを確かめているのだろう。


 俺は膝の上に乗った白雪を撫でながら、その今のご主人様である夏美を眺める。

 ああ……イチャイチャしたい。

 気を抜くと表に出そうなその感情を必死に内に止め、能面を貼り付ける。


「思い出した。

 ライチって、黒武士ライチ?

 ランクAの」


 剣を鞘に収めナゼルが俺に問う。


「そう。

 ナゼルは?」

「B。まあ、ランクは公表してないけど。

 彼女は?」


 問われ、俺は夏実のランクを知らないことに気付く。


「リコ」

「何?」

「ランクいくつ? D?」

「C」

「へー。公表しないの?」

「しないよ。

 だって変な名前つけられたらヤダもん」


 ……ヴァ……。


 何かに感づいた夏実が俺をジト目で睨む。

 そして、こちらに。


「これ、本当にもらっていいの?」

「良いよ。俺、使わないし」

「あざー」


 むしろすんなり使いこなせそうなリコが怖い。


 俺の隣に腰を下ろす夏美。

 白雪がそちらに。


「それにしても、お願い事ってなんだろうね」


 部屋に入った時には、既にテーブルの上に置かれていた三人分のお茶。

 それに口をつけながら夏実が言う。


 俺とナゼルは夏実の疑問に答えない。

 ヘルに願うことなんて、一つしか無いだろうと思う。

 果たして、そんな事が聞き入れられるのか。


 しばらく室内に静かな時間が流れる。


 あー……イチャイチャしたい。

 夏実の横で、必死に欲望と格闘をする。

 いや……そもそも、夏実と大里との関係。

 根本的な疑問が解決してないのだよ。

 そんな事、この場で聞くことでもないしなぁ……。

 夏実に目を向ける。

 目が合い、ん?と小首を傾げる仕草。

 かわいい……。

 向かいでナゼルが『バ・ク・ハ・ツ・シ・ロ』と口パクで俺に言う。


 暖炉の中で火が揺れ、暖かな空気に包まれた部屋の中でのんびりとパム達を待つ。


 やがて、静かに扉を開けパムが一人部屋に入ってくる。


「お待たせしました」


 パムが俺たちが囲んだテーブルの横に真顔で立つ。


「ルフは?」


 夏実が問う。


「その事で、皆さんにお願いがあります」


 彼女は、静かに語り始めた。


「私とルフは、この世界で初めて出会いました。

 こことは違う世界。

 複雑に入り組んだ古城の様な所。行けども行けども通路。扉を幾度開けても出口は無い。

 そんな世界でした。

 ただ、明り取りに空いた小さな窓から見える大きな満月。星のない空に浮かぶ月が怖いくらいに美しい。

 そんな世界でした。

 そこで出会った私達は、数時間もしないうちに互いに恋に落ちました。

 いいえ、愛し合ったのです。

 入り組む世界は険しく、敵も多い。

 でも、二人ならどんな事があっても生きて帰れる。

 そう思いました。

 帰って向こうで会おうとそう誓いながら歩みを進めました。

 ですが、その誓いは、果たせませんでした。

 道半ばで、私はルフを守ることができなかったのです。

 冷たくなったルフの亡骸の前で私は一晩泣き続けました。

 そのまま、彼をその場に置いて立ち去るなど出来なかったのです。

 いっそ、私もここで命を絶とう。

 幾度となく思いました。

 ですが、その前に私は一つの魔術を試すことにしました。

 死霊蘇生術(ネクロマンシー)

 成功すれば、ルフは蘇る。

 また、笑いかけてくれる。

 でも、その黒魔術は私の力不足だったのでしょう。

 成就することはありませんでした」


 彼女はそこで一度言葉を区切り、俯きながら首を小さく横に振る。


「命を取り戻し、再び動いた様に思えたルフですが、その心臓は動いていません。

 まるで私の魔力で動く人形……。

 でも、私は諦めずに探しました。

 彼を、生き返らせる手段を。

 必ずどこかにあるのだと信じ。

 そして、ここで死の女神ヘルを見つけました。

 彼女は私の願いを聞き入れる代わりに一つの条件を出しました」


 パムは静かに床に正座して、三つ指をつく。


「その条件とは、お三方が涙を流す事。

 勝手なお願いだと重々承知しています。

 ですが、どうか皆様、私達の為に、たった一粒で結構です。

 涙をいただけないでしょうか」


 言って彼女は額が床に付きそうなほど深く頭を下げる。


 その唐突な申し出に、俺は困惑した。

 それはナゼルも夏実も一緒だろう。

 戸惑いを浮かべながら、パムの後頭部を見つめている。


 急に泣けと言われても、そんな芸当が出来る筈もない。


 パムとルフは共に戦った仲間ではある。

 と言っても……時間にすれば一日に満たない。

 いきなり二人の過去を聞かされても……。


 確かに悲しい話ではある。

 でも、所詮は……他人事なのだ。パムには申し訳ないけれど。

 更に言えば、パムが来る前の俺は横の夏実を見てニヤニヤを押し殺していた訳で。

 そんな時に急に気持ちの切り替えなど無理なのだ。


 帰って向こうで会おうと言う果たせなかった約束。

 それは、よくある話の様にも思え……。


「……御楯……」

「え?」


 夏美が小さく俺を呼ぶ。


 ……泣いていた。

 俺が。


「え? あれ? なんだ、これ……」


 俺の意思に反し、体が勝手に涙を……。

 そうとしか言い様がなかった。

 夏実の魔法か?


 目の端を拭えど止まらぬ涙。

 それに釣られてか、夏美も目頭に涙を湛えている。

 そして、それが一筋落ちる。


「……ごめんね」


 そう言って彼女は俯き、震える右手を俺の左手の上に重ねる。

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サモナーJK 黄金を目指し飛ぶ!
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