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奈落の底で⑤

 振り返り、迫る敵の群れを確認。


 寒さで体が重い。

 息も浅い。

 体にまとわりつく瘴気が不快だ。

 黒い影は見えない衝撃波とラップ音で戦いの気を逸らす。

 黒い骸骨は時折達人級の武器の使い手が混じる。

 狼は群れを成し襲い掛かって来る。

 それに加え、大小の蛇が泉の中から這い出して来る。


 一人で足止めするのは、その大群は少し荷が重い。


 だけど、俺の背後には俺を信じて走る仲間が居る。

 そして、その先に現実へと戻る道がある。


 何としても帰る。


 今日ほどそれを強く決意した事は無かったかもしれない。


祓濤(ばっとう) 蒼三日月」


 だから出し惜しみ無し。


「憎悪、怠惰、即ち影、外道

 飲み込み焼き払い

 天へ還る

 別れ身はそして一つに

 唱、陸拾壱(ろくじゅういち) 壊ノ祓(かいのはらい) 狩遊緋翔(かりゅうひしょう)


 全力で。


 だけど、冷静に。


 骸骨が振り下ろす剣を半身で躱し、頸椎へ蒼三日月を。

 中身の入って無さそうな頭蓋骨が落下。

 それを蹴り飛ばし、牙を剥いて迫る狼を牽制。


 ――ピシッ


 亟禱きとう 鳳仙華(ほうせんか)


 音がした方向へすかさず術を放つ。

 だが、それは虚空で花を咲かせるのみ。


 ……ラップ音か。

 ウッゼェ!

 全部まとめて消し飛ばしてやる!!

 術を。

 そう構えた俺の周囲を囲む様に小さな落雷。


 ナゼルか!


 その小さな助けに少し落ち着きを取り戻す。


「その死を知らぬ幼子

 舞い飛び散らせ

 落ちる涙は甘い白雪

 唱、拾壱(じゅういち) 壊ノ祓(かいのはらい) 浮き蛍」


 浮遊する光を追って敵の中へ。

 相手をよく見ろ。

 惑わされるな。



 ◆


 黒い影は術で消し飛ばす。

 骸骨は一対一で対処する。

 狼は動きこそ俊敏だがその気配は丸わかり。


 特徴を捉え対処すれば問題ない。


 ――ピシッ


 背後からラップ音。

 もう慣れた。

 構わずに蒼三日月を眼前の骸骨へと向ける。


 直後、後頭部へ衝撃。

 予想外の一撃にたたらを踏みながらもなんとか踏ん張る。


 亟禱きとう 鳳仙華(ほうせんか)


 すぐさま、術で今まさに棍棒を振り下ろさんとした骸骨を吹き飛ばす。


「紡がれ途切れる事のない糸の先

 常に移ろいゆく色の名

 雪に溢れた墨の如く

 騒音と騒音が重なる静寂

 唱、陸拾肆(ろくじゅうし) 鎮ノ祓(しずめのはらい) 絶界(ぜっかい)


 敵を遮る結界を作り出し小休止。

 虚に実を織り交ぜてきたか。

 今の一撃で気が削がれ蒼三日月が消えた。


 結界の周りを埋め尽くす敵の更に向こうへ目を向ける。


 階段をのぼるナゼル達。

 おおよそ道半分程か。


 ……手の中で紙片を握りしめ、懐へ戻す。

 実姫は、死者だ。

 その彼女にこんな冥府の光景を見せたくはない。

 彼女が臆すとは思えないけれど、それでも。


 戦い方を変える。


「疾る。偽りの骸で

 それは人形。囚われの定め

 死する事ない戦いの御子

 唱、肆拾捌(しじゅうはち) 現ノ呪(うつつのまじない) 終姫(ついひめ)

 祓濤(ばっとう) 金色猫」


 速さを武器に、すべての敵を吹き飛ばす。


 敵の意識を上に向けさせるな。

 全て、引き付ける。


 ◆


 三人は無事に先へと進めただろうか。


 周りの敵はほぼほぼ刈り取った。

 そして、今。

 俺の前に居るのは大蛇。

 天井から垂れ下がる木の根にその体を巻きつけ、頭を垂らすその口は俺を一飲みに出来そうな程に大きい。


 試作品を引き抜く。

 霧と冷気を放つ妖刀村雨を模したと言う力。

 それを利用しよう。


 蛇は、熱で敵を感知すると言う。

 ならば、冷気でその器官を狂わせてやる。

 もちろん空想上の生物にそんな物があるかは知らないが。


 ニーズヘッグ。

 北欧神話に語られる蛇竜。


 お前を退治して、竜殺しの名誉にあずかるとしよう。


 整息。


 凍える様な寒さの中、身震い一つ。

 それは武者震いか、それとも、試作品が放つ冷気の所為か。


 小さく息を吐いて地を蹴る。

 そして、空を蹴る。


 亟禱きとう 鳳仙華。

 黒い鱗で覆われたその鼻先へ爆破の術を放つ。

 そして、上から刀で切り傷を。




 離れながら、術を放ち上から落下の勢いも借り斬りつける。

 そうやって、付いては離れ、上に、下に。


 頭だけで一メートルはありそうな蛇を動きで翻弄する。


「その死を知らぬ幼子

 舞い飛び散らせ

 落ちる涙は甘い白雪

 唱、拾壱(じゅういち) 壊ノ祓(かいのはらい) 浮き蛍」


 光の玉が次々と僅かにタイミングをずらしながら蛇の顔へと当たり、小さな炎を上げる。

 僅かにひるんだ素振りを見せたその瞬間。

 上から一気に降下。

 片目に試作品の刃を突き立て潰す。


 行ける。

 手応えを感じながら距離を取る。


「その死を知らぬ幼子

 舞い飛び散らせ

 落ちる涙は甘い白雪

 唱、拾壱(じゅういち) 壊ノ祓(かいのはらい) 浮き蛍」


 再度、撹乱。

 それに合わせ死角、今しがた潰した左目の方へと回り込むべく宙を蹴る。



 そこへ、激痛。



 一瞬、目の前が真っ白に。

 予想外の衝撃に、宙を跳ねていた俺の体は制御を失い手にしていた刀は落下する。

 次に俺の視界が捉えたものは、迫る蛇竜が開けた真っ赤な大口。

 爆破の術を……。

 亟禱きとうで鳳仙花を繰り出すより早く、その口の奥に変色した煙が溜まりゆくのが見える。


 亟禱きとう 水鏡。

 咄嗟に呼び出した水の盾。

 しかし、言霊の力のこもらないそれは、水の盾というより水の膜。

 弱々しい盾は冷気に晒され一瞬で凍り付く。

 そこへ、蛇竜の口内から紫がかった霧が浴びせられた。

 竜の紫の息は凍りついた水の盾をたやすく粉砕し俺を飲み込む。

 刺激臭と目に激痛。

 そして、紫の霧の中から蛇竜の顔が現れる。

 その鼻先が俺の鳩尾に食い込み、大きく弾かれた俺の体はそのまま岸壁へと叩きつけられた。


 激痛の中、無我夢中で左手が岩を掴み落下を免れる。

 崩れ落ちた岩肌は、遥か下で氷の川に飲み込まれすぐさま氷漬けに。


 落ちたら命はない。


 しがみついた岸壁の冷たさに俺の命を支える左手がかじかむ。


 ……一体、何が起きた?


 蛇竜は俺を食う気は無いらしい。

 その気ならば一飲みにされていただろうから。

 そういえば、ニーズヘッグは死者の血をすする毒蛇。

 つまり、俺が浴びたのは毒か。

 そして、それを吸い込んだ。

 全身を襲う痛みは叩きつけられた衝撃によるものだけでは無いのだろう。

 毒に侵された痛み。

 目が霞み、力が入らなくなってきた。

 四肢が痺れて動きそうに無い。

 それより、その前の激痛は何だ?

 見えない攻撃……?

 どこから?

 首から走った激痛……首?

 まさか、Exチョーカーか!?

 確か、発動条件は、「規定活動領域外での行動」、「倫理を著しく逸脱する行為」、「連続活動時間規定の超過」……。

 連続活動時間の上限は……500時間。

 箱根でこれをはめられたのは……何時だ!?

 そもそもどうしてその条件だけ生きてる?

 いや、原因の考察より優先すべきは外す方法。

 監視者、つまりアンコさんの指紋。

 ……そんなものは、無い!


 違う。


 チョーカーは後回し。それより蛇竜を、いや、チョーカーは断続的に発動する筈。先にどうにかしないと満足に戦えない。その前に左手一本で岸壁にぶら下がっている現状をどうにかしないと…………。


 まとまらない思考。

 薄っすらと脳裏を過ぎる死の気配。

 ガタガタと奥歯の震えが止まらないのは寒さの所為か、毒の痛みか、それとも死の恐怖か……。


 早急に打てる手……実姫を…………呼び出してどうする?

 共に落下して氷の川に飲み込まれるだけでは無いか?

 或いは、槍でこの体を貫いてもらい岸壁につなぎ留め一時いっとき、命を長らえるか?

 それに、なんの意味が?

 すぐに蛇竜に払い落とされるに決まってる。

 だが、他に打てる手は……無い。


 右手を動かし、懐に仕舞ってある紙片を……。

 だが、俺の体はそれすらも果たせなかった。

 毒に侵され、寒さにかじかんだ指先は懐から取り出した紙片をつまむことすら叶わず。

 ひらひらと、紙片が下へと落下していく。

 霞みゆく視界がその絶望的な光景を捉えた後に、左手が岸壁から離れる。

 最早、その感覚すら無かったが。


 ゆっくりと落下する体。

 ……ああ、走馬灯……そこに、夏実の顔が見えた。

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