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奈落の底で②

「……寒く無いの?」


 身を寄せ合い歩く二人を横目に振り返りながら質問。

 鼻が痛い。

 息をするのも辛い。


「寒いですよ」


 パムが真っ白な息を吐きながら答える。


「ルフは?」


 変わらず無表情の半裸の男。


「この人は特別なのです」


 そう言ってニコリと笑うパム。

 取り敢えず、ラブラブそうなのはわかった。

 死ねば良いのに。


「ひと暴れしたら休憩にしよう」


 前から敵の気配。

 そして、後ろからも。

 挟まれたな。


「では、私達は後ろを」

「任せる」


 動けば少しは暖かくなる。

 そんな次元の寒さでは無いんだよな。

 試作品を構え、一気にギアを入れ直す。

 灼熱を帯びる刃の熱気が嬉しい。

 見えない衝撃波が体を叩く。

 構わず突っ込み影を蹴散らして行く。


 俺を取り囲む黒い影。

 試作品の刃で一体ずつ消し去って行く。


 ――ピシッ


 小さな音がした。

 反射的にそちらに目を向ける。

 しかし、音のした方には何もなく。

 そこへ生まれた隙。


 続け様に衝撃波が俺に撃ち込まれ、体勢を崩しかける。


 何だ?

 今のは。


 ……気のせいか?

 或いは、冷えた空気が音を発した?

 ……そんな現象があるのか?


 いや、思考より優先すべきは敵の処理。


「七つの昼夜を七重

 槌の音は裁きの声

 開門の鬨

 その先で悔やまん

 唱、肆拾玖(しじゅうく) 鎮ノ祓(しずめのはらい) 朱門泉下(しもんせんか)


 現世へと残った死者の霊を強制的に黄泉へと送る術。


 言霊に呼ばれ、洞窟の中へ二メートル以上ある朱い門が現れる。

 その門が静かに開き、中から光が漏れる。

 門に掛けられた注連縄。

 そこから垂れ下がる紙垂(しで)が静かに揺れる。


 影達が動きを止め……そのまま門は閉まり消えて行った。

 影、即ち死者の霊をその場へと残したまま。


 ……失敗した。


 何故だ?


来たれ(ダッファールディン)白銀に輝く爆発ジルヴァラン・エクスプロージー!」


 背後からパムの魔法。

 影が次々と、白い光に弾かれ消滅して行く。


 その奥より更に現れる敵。

 今度は黒い骸骨。


 もう一度。


 先程よりも意識を集中。

 口内が痛くなる程に冷えた空気を深く吸い込む。


「七つの昼夜を七重

 槌の音は裁きの声

 開門の鬨

 その先で悔やまん

 唱、肆拾玖(しじゅうく) 鎮ノ祓(しずめのはらい) 朱門泉下(しもんせんか)


 両の手を胸の前でしっかりと合わせ、正立し詠唱。


 向かい来る骸骨達を遮る様に現れる朱の門。


 扉を開け放ち、そののちに消滅。


 その向こうから変わらずに迫り来る骸骨達。


 ……術は発動した。

 なのに、何故効かない?


 呆然とする俺の横を走り抜けるルフ。


 そのまま素手で骸骨達へと襲い掛かって行く。


 全身を躍動させ、壁を蹴り、歯を剥き出しにして。

 まるで獣の様な戦い方だ。


「さっきのは何の術ですか?」

「……浄霊」


 ルフの戦いを見つめる俺の横にパムが並ぶ。


「まるで効果がない様に見えましたけれど」

「……力不足か、他に原因があるのか」

「貴方は、エクソシストだったのですか」

「まあ、洋風に言えばそれに近い」

「なら、私達の敵ですね」


 楽しそうに言ったパムを横目で見る。


「どうして?」

「私は、吸血鬼ヴァンパイア


 彼女の真っ赤な唇が美しく釣り上がる。


「じゃ、彼は?」

「ルフは人狼ワーウルフ


 鋭い爪で骸骨を切り裂くルフ。

 いつの間にかその上半身は狼のそれに。

 二本足で躍動する人狼。

 その姿は、野生的で荒々しく、でも、どこか美しく。


「すごいな」

「ベッドの上ではもっとすごいんですよ」


 再び視線をルフからパムに。

 ……何でこのタイミングでそんな話をぶち込んで来たんだ?

 この吸血鬼は。


「……恋人?」

「ええ。

 貴方が私に少しでも変な素振りを見せたら、彼の牙がその喉を食いちぎります」

「俺の方が強かったら?」

「その時は、私はこの舌を噛み切って死にます。

 私はルフの物。

 そしてルフは私の物。

 他に何も要らないのです」


 彼女の瞳は真っ直ぐに人狼を見つめる。


「私達はどこであろうと二人一緒なのです」


 はいはい。

 ご馳走様。

 二人一緒、ね。

 それは、どう言う事だろうか。

 後でゆっくり聞かせてもらおう。


 骸骨を蹴散らし、ルフが戻って来る。

 人の姿へ戻り、相変わらずの無表情で。


「少し、休憩にしよう。

 温かいお茶を淹れる」

「まあ。それは素晴らしいです」


 ◆


 氷柱を折って、火を起こし湯を沸かす。

 それで、紅茶を。

 三つのカップに注いだそれを二つ、パムに渡す。

 受け取ったカップの一つをパムはルフに渡し、そしてルフの上に腰掛ける様に座る。

 そして、ルフの腕をまるで上着の様に自分に掛け彼に寄り添う吸血鬼。


 爆発しろ。


 仲睦まじい二人から目を背け、お茶を啜る。

 温かい。

 生き返る。


 視界の端で吸血鬼が人狼の首筋へ口付け。


 爆発しろ。


 ああ……虚しい。

 そして、寒い。

 一体何度なんだ?

 この世界は。


「温まったら行こう。

 少しずつ、休みを入れつつ」


 笑みを浮かべ、ルフの腕の中で静かに頷く吸血鬼。


 爆発しろ!


 ◆


 再び歩き出した俺達を襲う冷気。

 そして黒い影と黒い骸骨。

 効かない浄霊の術を諦め、蒼三日月を手に戦う。


 だが、骸骨が明らかに強い。

 時に武器を手に現れるそれは、かなりの手練れ。

 俺を上回る動きで繰り出される攻撃は、龍鱗の防具と箱根で貰った何とかと言う素材製の防刃シャツが無ければ致命傷を負って居たかも知れない。

 或いは、吸血鬼と人狼の助けが無ければ。


 冷気の中、三十分歩みを進め、十分休む。

 そうやって少しずつ進んで行く。



 歩みを止め、試作品を構える。

 霊体では無い。

 違う気配。

 恐らくは人。


 後ろ手でパムとルフに少し離れる様に合図を送る。


 向かう先は三つの通路が交わる三叉路。

 俺達の進む先で左右に分かれ、右が上り。左が下り。


 その右から人の気配。


 警戒しながらその人物が現れるのを待つ。

 一人ならば気配を殺し、やり過ごすか、少し遠目に観察するのだけれど、得体の知れぬ二人が一緒の今、そうも言っては居られない。


 行けるだろうか。

 亟禱きとう封尖柱(ほうせんちゅう)を繰り出せる様に意識の中で内なる扉を探す。


 やがて静かな足取りで、人が姿を現わす。

 腰まで伸びた長い銀色の長髪。

 黒のロングコートに細身の剣。

 こちらに気付き、髪をかき上げながら爽やかに白い歯を見せる。


「や、やあ、こ、こんにちは。

 僕は、ナ、ナゼル」


 芝居掛かったその仕草と甘いマスクは、相手によっては絶大な効果を発揮して居たかも知れない。

 だが、寒さの所為で笑顔は引き攣って居たし顎はガタガタと震えている。

 何より、吸血鬼と人狼のイチャイチャにうんざりしきって居た俺にはその出会いに愛想を返す余裕なんてなかった。


 また、面倒そうなのが来たな。

 それが、第一印象。


「ライチです。

 ……少し、休憩しよう」


 半身になって仲間がいる事をナゼルに見える様に示しながらそう提案した。

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サモナーJK 黄金を目指し飛ぶ!
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