奈落の底で①
……寒い。
ほんのりと青く光る氷の洞窟。
天井から氷柱が何本も垂れ下がり、地面も霜が降りた様に白くなっている。
何だろうね。
暖かいリゾート地とかに送ってくれれば良いものを。
手に息を吐きかけ、マフラーを締め直す。
さて、行きますか。
全てを忘れ……全てを……全て……。
危うく叫び声を上げたくなる様な衝動に駆られる。
可笑しいな?
別に夏実に彼氏が出来ようが、全く関係ないのに。
いや、そもそも付き合ってるかどうかも知らねーし。
違うよ。
付き合ってよーがどうでも良いんだ。
明後日は風巻さんと約束がある。
それまでには帰ろう。
両手で軽く顔を叩く。
集中、集中。
瘴気が濃い。
気の所為では無い。
早速のお出ましだ。
ゆらりと現れた黒い影。
黒一色の朧気な人型を形作るそれは、僅かにその向こうが透けて見える。
霊体だろう。
突然そいつが上げた奇声が衝撃波となりぶつかって来る。
見えない攻撃……。
「風止まる静寂
溢れる鬼灯
涙は涸れ、怨嗟は廻る
唱、捌 現ノ呪 首凪姫」
敵意と共に徐々にその姿を顕在化させていく黒い影。
「その死を知らぬ幼子
舞い飛び散らせ
落ちる涙は甘い白雪
唱、拾壱 壊ノ祓 浮き蛍」
小さな火球が戯れる様に飛びゆく。
一拍おいて俺もそれに続く。
右手に刀を携え。
放たれた奇声の中で、蛍が吹き飛ばされ消滅する。
その隙に伸ばした刀が影を斬る。
手応えは無い。
だが、その一撃で影は霧散した。
洞窟の先に次々と現れる影。
駆け抜けよう。
挟み込まれる前に。
俺は足早にその影へと向かいゆく。
刀を構え。
◆
吐く息が白い。
次々に現れる黒い影。
青く光る幻想的な氷の風景とは裏腹に、霊体で溢れた世界。
霜が張った地面は、時折透明な氷へと変わり、透き通った分厚い氷の下を川が流れているのが見える。
落ちたら寒いだろうな。
そうならないことを祈ろう。
それより優先すべきは……洞窟内に木霊する戦いの音。
慎重に洞窟内を進んでいく。
共闘できる相手なら良いが。
そして、その相手を視界に捉える。
壁を背に、両腕を顔の前で揃えガードをしている上半身裸の男。
その周りをワラワラと取り囲む霊体の黒い影。
手を出せずに防戦一方。
傍目にはそう見える。
マズそうだな。
加勢に。
影たちを狩りに一息に地を蹴る。
俺の刀が影を捉えるその前に、地面に光が走り円形の紋様を描く。
あれは……魔法陣?
「来たれ。白銀に輝く爆発!」
洞窟内に木霊する凛とした少女の声が。
それと同時に、紋様が一層強い光を放つ。
膨れ上がる力の気配。
不味い!
即座に足を止め、身を翻しながら地に伏せる。
直後、顔を伏せていても感じ取れるほどの強烈な光が弾けた。
敵の気配は完全に消滅。
恐る恐る顔を上げる。
こちらに無表情な顔を向ける男とその背後から顔を覗かせる少女。
「こんにちわ。
怪我はありませんか?」
少女は口元に笑みを浮かべながら問う。
その表情は、戦いの場とは思えないほどに無邪気に見えた。
そして、その格好も。
立ち上がり、慎重に彼らに近づく。
蒼三日月を左手に持ち替え、右手を試作品に添え。
「私はパム。
こちらはルフ」
パムと名乗った少女が、優雅に自己紹介。
透き通る程に白い肌。
プラチナブロンドのロングヘアー。
紫色に揺れる瞳に、真っ赤な唇。
おおよそ日本人離れした容姿から発せられた淀みない喋りから日本人である事が伺える。
現実離れしているのは容姿だけで無い。
滑らかな黒い毛皮のコートと、フリルの付いた黒のドレス。
ゴスロリ。
いや、ここまで完成度が高いともうお姫様だな。
ティアラをしていないだけで。
その横に立つ、ルフと紹介された男も白い肌を露わにしていた。
尤もパムと違い、その肌色を美しいとは思わなかったが。
細く締まった体。
細マッチョと言うには少し線が細いか。
そして、少しこけた頬。
上半身は裸で下は粗末なズボン。
更に、裸足。
お姫様と対照的にみすぼらしい姿。
ここで知り合ったのだろうか。
微笑むパムと無表情のルフ。
だが、敵意は無さそうか。
「ライチです。
よろしく」
ルフに向かい右手を差し出す。
だが彼は無表情のままピクリともしない。
……まあ、そう言う習慣がない人なのだろう。
「……寒くないの?」
「彼は無口なんです」
ルフに向けた問いはパムから答えが返る。
「そう」
まあ、本人が平気なら良いけど。
しかし、武器も持ってないのか。
ひよっこと言う訳でも無さそうだけれど。
「私達は二人で進みますけれど、折角なのでご一緒に参りますか?」
「そうね。
折角だから」
と言うか、今のところ一本道の洞窟なので進行方向は一緒なのだよ。
ルフの右腕に体を寄せ左腕を絡める様にして歩き出すパム。
え。
君達、そんな感じなの?
仲睦まじい二人の後ろをついて行く……。
「ごめん、俺が先頭を歩く」
「あら、歩みが遅かったですか?」
「いや。性に合わない。
後ろの警戒をお願い」
何でイチャイチャする二人を観察しながら歩かねばならないのか。
「パムは魔法使い?」
前に出て、振り返らずに質問。
「そうです」
「どんな魔法が使えるか知らないけれど、巻き添えにする様な大技はやめてね。
あと、洞窟が崩れるような物も」
「大丈夫。わきまえてます」
なら良いけど。




