部長と新入部員⑤
二時間はかからなかった。
一時間半はかかったけれど。
ようやく客の九割が女性の店内へ通され、窓際の席へと案内される。
下には先程よりも少し長くなった列が見える。
ダッフルコートを脱ぎ、ニット帽を外して嬉しそうにメニューを開く部長。
「やっぱ、ベリーホイップかな。
君は?」
「このチョコのやつすかね」
部長が選んだのはパンケーキの上に山のようなホイップクリームと数種類のベリーが載ったもの。
俺が選んだのはパンケーキの上にマシュマロとチョコレートソースがかかったもの。
「そっちも美味しそう。
一口交換しよう」
「いいですよ」
店に入り一気にテンションが上った部長。
暖かい店内も相まってか、途端に饒舌である。
まるで鼻歌が聞こえてきそうな程に楽しげだ。
黒の前掛け姿の店員さんが上品に注文を取って去っていく。
とても混雑していて大変そうなのに、そんな事を微塵も表に出さず。
「じゃ、タブレット見せて」
「あんまり見せたくないんですよね」
「散々私の秘密を聞いたんだからもう断れません。
貸して」
そう言って手を突き出してくる部長。
「君の考えもわかる。
予断がと言う話。
でもね、私はあらん限りの情報を集めてそこから判断するのが好きなの。
それに振り回されること無く」
そこまで断言されてはもう断る理由はない。
アプリを立ち上げタブレットを部長に渡す。
画面を二三度スワイプさせてから顔を上げ一言。
「よく観察してる」
「ええ。まあ」
「人は書いてないの?」
「敵じゃないんで」
「そ」
部長は再びタブレットに目を落とし、次々と画面をスワイプさせて行く。
「参考になりませんでしたか?」
その様子に、少し気になりそう尋ねる。
「そんな事無い。
でも、見たことがあった」
「え?」
「報告書の中で」
ああ。
そうか。
レアーにも提出してるからな。
「作者は君だったのね。
次は人物のレポートも欲しい」
「いや、書きませんよ」
「何故?
人間こそ面白いじゃない。
人間こそ、色々と気づきを与えてくれる」
そう言って窓の外へと目を向ける部長。
そこには行列を成す人々がたくさんいるはずだ。
その部長の視線が一瞬止まり、わずかに眉が上がる。
何だ?
つられて俺も振り返りながら窓の外へ目を向ける。
細い路地の上に続く行列。
その先で立ち止まって何か会話をしているようなカップル。
それは、夏実と大里だった。
列に並ぼうか相談していたのだろうか。
再び歩き出した二人はこの店の向かいにあるスタバに入ることにしたようだ。
外に置かれたテーブルに夏美が腰を下ろし、大里が店内へと入って行く。
夏実は手にしていた紙袋を大事そうに両手で抱える。
まるで、抱きしめるように。嬉しそうに。
「何も見てない。
そういう風に振る舞ったほうが良い」
そう、部長は笑みを浮かべながら言った。
大里が、スタバの店内からカップを二つ、両手に持って出てくる。
「いい友達を持ったわね」
部長の嫌味が突き刺さる。
その後、すぐに運ばれてきたパンケーキ。
部長が楽しそうに何枚もスマホのカメラに収めるその向かいで俺は、寒空の下で楽しそうに談笑する二人を見下ろしていた。
パンケーキの味なんて全くわからなかった。
◆
原宿でパンケーキを満喫した部長と別れたところまでは記憶にある。
そして、どうやって帰ったのか気付くとベッドの上。
そうか。
大里と夏実は付き合ってんのか。
だから、だから作戦も一緒に。
いや、逆かな。
一緒に作戦をやったからそこで特別な感情が芽生え……。
そうか、それで部活も。
ていうか、どうして俺はそんな事を気にしているのだろう。
別にクラスの中の知り合いと知り合いが付き合おうがどうでも良くて、「あっそ、おめでと」と一言いえば良いだけであって。
たったそれだけの事であって、ベッドの上でジタバタする理由など無いのだ。
教室ではほとんど会話は無い。
昼は部室で食べる。
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なつみかん>あっれ?今日部活は?
御楯頼知>用事があったので帰った
なつみかん>そうなんだ
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夏実から来たLINEに電車の中で嘘を返す。
用事なんて無いのだけれど、部室に足は向かなかったから。
翌日。
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やきりんご>行ってきまっす!
なつみかん>気をつけてね―!
やきりんご>お土産買ってくるから!
なつみかん>楽しみにしてる!
やきりんご>その後に追悼ライブ!
なつみかん>楽しみにしてる!!
やきりんご>ヨッチも
御楯頼知>うん。気をつけて。
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三泊四日で台湾へ修学旅行に旅立つマキちゃんへLINEを送る。
帰って来て週が開けた月曜日は彼女は振替休日、俺と夏実は創立記念日。
共に平日の休日なので昼からカラオケに行こうと予てからの計画があった。
Maaの追悼ライブだと。
いっそ、大里も誘うかな。
LINEのやり取りを眺めながらぼんやりと思う。
四人で入ったカラオケルームの様子を想像して俺は、ベッドにスマホを投げつける。
◆
夏実と大里をなんとなく避けるように過ごす一週間。
迎えた金曜の夜。
俺は電車へと飛び乗る。
一人、異世界へ向かうために。




