部長と新入部員③
新入部員が増えようが活動内容が変化する訳でなく。
その新入部員すらジムで汗を流すことを優先している始末。
なので特に何か変化があるわけでなく。
リア充の錯覚は初日のみで終わった。
他方で部長から連絡先の提出を求められ、LINEのIDを教えるも連絡は一向に来ず。
そんなこんなで週末。
土曜に溜池山王へ行って、溜まったレポートを全て片付ける。
別世界のGAIAの事、それから後挟元総理の事。
どう書こうか頭を悩ませながら、書いては消して書いては消して結局簡単な記述に落ち着いた。
そして、改めて異世界へ。
ゴブリンとスライムの巣窟。
夏実に聞かされた事は役にたった。
俺自身、スライムの液体を浴びるような誰得な事はもちろんしないが、迂闊に実姫を呼び出すような事をして無用なトラブルを抱えずに済んだ。
現実に戻ったのは夜。
溜めると面倒になる。
サクッとレポートをしたため提出。
そして、エレベーターでビルの1階へ下りた所でスマホが震えた。
「はい」
『地下。送るわ』
はいはい。
レポートが遅れたことに対する小言でもあるのだろうか。
出たばかりのエレベーターへと引き返す。
そして、地下駐車場、フェアレディの運転席で待つハナ。
無言でその助手席へ。
走り出した車はそのまま首都高へ。
向かうは渋谷方面。
素直に東名に乗るのか?
「レオナルドが消えた」
ハナは静かにそう告げた。
レオナルド……レオナルド・クーパー。
G社の研究員。多分、それなりに偉い。
「消えた?」
なんとも曖昧な表現だな。
「そう。消えた。
自分の意志か、何者かに拉致されたか。
こちらにいるか、それとも、向こうか
生死すらも不明」
「は?」
「彼の痕跡、全てが一晩にして綺麗さっぱり消滅した。
Social Security number(社会保障番号)すらも」
それは、余程の事なのだろう。
「どうしてそれを俺に?」
「向こうで遭遇する可能性がある」
「……連れ帰れ、と?」
「その判断は任せる。
ただ、もし見かけたら最優先で報告を上げること」
「わかりました」
窓の外を見ながら答える。
週末の夜。
車は多い。
「おかげでオペレーション・ハルファスは頓挫。
良かったわね」
阿佐川の言ってた奴か。
「何が良かったんですか?」
「複数人による同時転移が可能になる。
そうするとどうなると思う?」
「安全になりますね」
「それは、即ち、日本でG Playを行う必要が無くなると言うことよ」
ハッとしてハナを見る。
そこにはハンドルを握り静かに前を見つめる横顔。
全く予想していなかった、しかし言われてみれば当然の結論。
そもそも、安全性が確保できないから他国で実験を。
そういう話だ。
それが、クリアになればここで実験を続ける必要はない。
むしろ、その情報を独占したいアメリカにとって実験の継続には一切の利益が無い。
異世界で成り上がる可能性を夢に描いた阿佐川は、自分の手でその可能性を摘みかけていたのか……。
いや、彼の誘いに乗っていたら俺も。
「悪趣味ですね」
そして、それ以上に薄気味悪い想像が脳裏をよぎる。
レオナルドを消したのは……GAIAではないのか?
彼が言ったように、自身の生存戦略として。
「これからこの事を三人に説明しないといけないのよね。
怒るかしら?」
「知りませんよ。
大体、その三人って誰なんですか?」
「アサガワとオオサトとアンよ」
俺は眉間を抑える。
夏実も協力してたのか。
SF研に入ったのはその所為か?
「あら? 知らなかった?」
からかうようなハナの口ぶりに無言で窓の外を眺める。
別に夏実が何をしようが俺には関係ない。
なのだけれど、少し悔しいような悲しいようなこれは何なのだろう。
◆
家に着き、部屋でベッドに横になる。
スマホが震えた。
夏実……ではなかった。
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古川静>明日、会える?
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……あ、部長だ。
まさか休日に呼び出されるとは。
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御楯頼知>大丈夫です
古川静>13時に原宿
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は?
原宿?
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古川静>小奇麗な格好で来ること
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うぇ?
何だ。その要求は。
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古川静>タブレットも持って来て
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……なんでそれを。
あの人、イヤホンで音楽聞いてるふりして会話盗み聞きしてるのか?
いや、盗むの表現おかしいか。
まあいい。
その辺全て明日明らかにしてもらおう。
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御楯頼知>了解です
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しかし、原宿か。
そんなところに呼び出して一体何があるのだろう。




