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静寂の芦ノ湖⑧

「名前は、ライチで良かったかしら?」

「はい」


 篁氏は俺一人を連れ、施設の中を歩いていく。


「理解しているかどうかわからないけれど、この後強大な敵が現れる。

 貴方も手に武器を取って戦いなさい。

 何でも良いわ」


 篁氏がドアの前で立ち止まる。

 彼が、少し顎を上げると同時に電子音がして扉が開く。

 中は、武器庫だった。

 壁一面に、重火器や刃物、鈍器が並んでいる。

 そのほとんど全てが、見たことのないような形をしていた。


「ヴェロス自慢の対ファボス兵器。

 どれでも好きなものを使っていいわ」


 俺は部屋に並ぶご自慢だと言う兵器を見回し、そしてその中の一つを手に取る。

 黒鞘に納められた本物の日本刀。


「これは……」

「銘は村正」


 妖刀……村正。


「振ってみても良いですか?」

「ええ」


 腕組みしながら頷く篁氏。

 俺はその刀を静かに鞘から引き抜く。

 刃が冷たく光を放つ。


 大きく息を吐き、刀を構える。

 そして上段から一気に振り下ろす。


 その感触を確かめ、鞘に納める。


 刀を静かに元の場所へ。


「気に入らないのかしら?」

「いえ。

 この刀を持つには……俺はまだ未熟です」


 振り下ろした剣筋が僅かにぶれた。

 この名刀を持つ腕ではない。


「それを用意させた男も全く同じことを言ったわ」


 そんな風に俺を鼻で笑う篁氏。


「その横にあるのはどう?

 装備部の変態自慢の試作品よ」

「これ……?」


 それは、鞘に納められていない黒い刀。

 SFチックな造り込みが施されているが、刃に鋭さは無く鈍らに見える。


「村正の波長をベースにして、霧を発生させる妖刀・村雨、怪しく光る妖刀・手火丸。

 その二つの特性を取り込んだ意欲作。

 だそうよ」

「意欲作? どうやって使うんですか?」

「マナを流すのよ」


 そう言った篁氏の顔は至って真面目だった。

 マナ、か。

 俺の知っている物と同じなのだろうか。


 刀を構え、精神を集中させる。

 そして、力を意識して流し込む。


 ……刀から冷気を感じた。

 横一文字に振るう。

 その太刀筋に薄っすらと霧。


 ……良いじゃん。

 絵になる。

 これでちゃんと切れるならば。


「曰く、使い手の能力次第で切れない物は無いらしいわよ。

 気に入った?」

「ええ」

「他には?」


 言われ、視線を巡らせる。

 並ぶ武器の中から護拳の付いた剣を手に取る。

 陶磁器の様な白い刀身は驚くほどに薄く、軽い。

 呆気なく折れてしまうのでは無いかと思う程に儚く頼りない。


「ヴェロスの正式採用品。

 超硬セラミックスブレード」

「ふむ」


 振り心地は悪く無い。

 ひとまずこれも。


「銃は要らないのかしら?」

「ええ」


 銃器は使い慣れていない。


「じゃ、お手並みを見せてもらおうかしら」


 ん?

 アンコさんと模擬戦でもするのか?


 ◆


『準備は良いかしら?』


 武器庫から更に奥に入った部屋。

 壁も床も天井も一面真っ白。

 顔にはアンコさんと同じグラスを装着。

 そのグラスから篁氏の声。


「大丈夫です」


 手にしたさっきの武器、SD-MMWC-002を二、三度振ってから答える。


『では舞台は市街地跡。

 遮蔽物は無し。出現数十。

 健闘を祈る』


 一瞬にして、目の前の景色が切り替わる。

 赤茶色の地面に、青い空。

 土台しか原型を留めていない建物の跡。

 ここはVR技術を利用したトレーニングルーム。

 現実と瓜二つの状況を再現し、戦闘員のトレーニングや兵器のシミュレーションを行うらしい。

 俺の戦闘力のテスト。

 いまいち状況が把握出来ぬままこんな事をやらされるのは癪だが、馬鹿だ鋏だと人をこき下ろした事はキッチリと後悔させてやろう。

 肉体の戦闘能力は失われて居ないのだから。


『左前、地上型、二』


 突然耳に飛び込んで来る女性の声。


「は?」


 そして、視界の中を動く蛍光色。

 左前、標的を示す円とその中心にここに来た日に見たものと同じ黒い悪魔。


『ギシャァァ!』


 叫び声を上げながらこちらへと向かって来る。

 その悪魔の横に幾つもの数字がちらつく。


 手にした武器で敵を両断すると同時に次の指示。

 ……やりづらい。


 ◆


『……まあまあ、ね』


 十体を倒しての篁氏の感想。


「あの、音声やら視覚効果やら全部がやりづらいす。

 切ってくれませんか?」


 音声は物音をかき消すし、視覚効果は集中を削ぐ。


『……良いわよ。ではお望みの条件で追試ね』



 気を取り直し、追試の十体を倒す。

 今度は自分の目と耳だけで。


『……まあまあ、ね。言った様にさっきのよりはマシの様だけれど』

「実戦ならもっとやれます」


 目と耳で敵を捉える事は出来る。

 だが、相手は所詮偶像。

 気配、殺気が無い。

 その所為で反応が遅れる。


『そう言う根拠の無い自信、嫌いじゃ無いわ。

 次はどうかしら?』


 ◆


 そうやって、実験台なのかインスタントの育成のつもりなのか。

 幾度となく十体倒すシミュレーションを繰り返す。


 耳を殺された静寂の中。

 光を遮られた深淵の闇の中。

 剣を握る手の感触すら伝わらぬ無感覚の世界。


 結局、篁氏の中の評価は馬鹿な鋏のままなのだろうか。

 上手くやれたと思うのだけれど、気配を感じ取れないのはこんなにもやりづらいのかと改めて気付かされた。


 ◆


「お疲れ様。

 実力はわかったわ」


 トレーニングルームから出た俺に篁氏がモニターを見ながら言う。


「こんな遊びじゃ、実力なんてわからないでしょう」


 いくら訓練で優等生でも殺気に当てられ逃げ出すかもしれない。

 逆に言えば、どれだけ無様でも勝てば良いのだ。生き残れば。

 それは、多分数値には出ない。

 ただ、今の俺にはそう言う嫌味を返すのが精一杯だった。


「まあ、参考にはなる物よ。

 上に露天風呂があるわ。

 汗を流してらっしゃい」

「はあ」

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