黒歴史ノートによると②
次々と現れる霊体を喜々として狩って行く。
ふと、石棺の下に何が眠っているのだろうかと言う疑問が湧く。
周囲から霊体が居なくなったことを確認して石棺の中を検める事に。
押すと、石棺の蓋は簡単に外れた。
中に入っていたのは、骨だった。
動き出す、骨。
動く骸骨。
あー……罠だ……。
そう思いながら距離を取り、初めて見る敵を観察する。
マスターにもらった鞘から爪のナイフを取り出し構える。
側頭部に巨大な角を持った頭蓋骨。
人では無い、何か。
振り下ろされた腕を避け、爪で応戦する。
切ってもその傷が直ぐに塞がってしまう。
明らかに有効打が与えられていない。
そう戦いの中で感づいた。
<鳳仙華>の小さな爆破もあまりダメージを負わせているように感じない。
そうか。
相手は、実態があるとはいえアンデット。
ならば。
戦いながら、間合いを取り新たな力へと手を伸ばす。
派手に術で蹴散らしても良いが、その分マナの消費が大きくなる。
力を武器と成す術。
「風止まる静寂
溢れる鬼灯
涙は涸れ、怨嗟は廻る
唱、捌 現ノ呪 首凪姫」
物音一つ立てず静かに首を刈ったと言われる刀の現し身。
それを召喚する。
言魂に呼応するように、右手に力が集まるのを感じる。
そして、左手の入れ墨が青く光を帯びる。
……何だ?
右手で、力を握り込む。
掴んだ力が青く延びる光となり、そして、刀身へと変わる。
直刃の日本刀。
本来は、僅かに透けて見える半霊半物質の刀を作り出すはずなのだが……。
左手の入れ墨、蒼三日月の紋が消えていた。
蒼三日月を依代として、霊刀となり具象化したのか!
改めて、角の生えた動く骸骨へと刀を向ける。
そして、そのまま静かに振り下ろす。
振ったと言うより、刀に振らされた、そんな感覚がして、そして、骸骨の前腕から先をあっさりと切り落としていた。
あまりの切れ味に内心驚愕しながらも、そのまま胸骨を一突きに。
力の中心を破壊され、マナを放出しながら糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる骸骨。
……行ける。
霊体、亡者。
そう言った存在を祓うのが退魔師の本領。
ここは、俺にとってのボーナスステージだ!
手当たり次第、石棺の蓋を開け骸骨を仕留めていく。
◆
蒼三日月のお陰で、結構なマナを取り込んだかと思ったがそうでは無かった。
その理由は明白で、青三日月自体がマナを消費しているからに他ならなかった。
半日程、暴れまわり、そういう結論へと至る。
いつの間にか左手の火傷は完治していた。
ついでに埋葬品と思われる物が幾つか手に入る。
◆
アンケートに答え、クーポンを貰い帰路につく。
今日の戦いで少し、軌道修正をする必要を感じた。
あちらで負った傷は、こちらにも引き継がれる。
しかし、向こうでは傷の回復が早い。
おそらくこれはマナが関係しているのだろう。
取得出来ず試せないのだが、俺の設定の中には傷を癒やすような術もある。
ネット上にそれらしい書き込みも。
これを飛躍させると、こちらで回復不能な傷を負った人物も向こうで術を施せば回復出来るとそういう事か?
しかし、それには本人がその力を手にするか、あるいは偶然向こうでそういう力を持つ人間と会わなければならない。
果たして、それはどの程度の確率なのだろう。
ネット上に気になる書き込みがあった。
>友達と二人同時にタブレットの開始ボタンにタップ。
>同時に転移した先に友達の姿はなく失敗か別の所に飛ばされたか。
>石碑を見つけ戻った所で『G play』の職員に捕まり、出入り禁止を言い渡された。
>友達はまだ帰還していない。
真偽は定かでない。
ひとまず試そうとは思わない。
試そうにも……そんな知り合いも居ないし。
まずは自分の事を考えよう。
幾ら回復する可能性が有るとは言え、傷を負えばその分生存確率は下がる。
攻撃の術取得を中心に使って行こうと思っていたマナの利用方針を変えねばならなそうだ。
少し、ゲームチックな考え方をしてみる。
マナは、スタミナであり、MPであり、強化に必要な要素である。
それは敵を倒して取得する。上限は今のところ不明。
マナの残量がゼロになると行動不能になる。
それが即、死亡につながるかは分からないがバッドステータスであることには変わりはない。
そうすると、行動に必要な量と戦闘に必要な量を常に意識して残さねばならない。
幸い、行動に必要な量は少量で消費はそれ程多くない。
戦闘に必要な分も、余程無駄打ちをしなければ敵を倒せば回収できそうだ。
そうすると一番多く消費することになるのが強化。
俺の中に眠る力を起こす事。
しかし、俺の力は術だけでは無い。
この体そのものも力なのだ。
それを底上げしよう。
ゲームで言うところの強化。
優先すべきは命を守ること。
回復手段の無い俺は、損傷を最小限にすることが求められる。
マスターが慎重に行動していたのも、きっとこういった理由からだろう。
攻撃は最大の防御、とは言うが、その最大の攻撃をするための助走。
基礎能力の底上げは、その助走に他ならない。
そして、不慮の事態に備えるために体内のマナは十分な余力を心がける。
決して使い切らない様に留意しよう。
◆
それから一週間程。
俺は、『G play』へと足繁く通い、自分の身を持って、生き抜くことの大変さを実感する。
当面の方針とした身体の強化は進んでいる。
そして、体内を循環するマナ。
これが体の頑強さやしなやかさ、反応速度、回復力、そう言った物に影響を与えているらしい事が感覚的に掴めた。
つまり、マナの循環を良くすることが身体の強化につながっている。同時に燃費も良くなる。
ただ、こちらの世界にマナがないので、戻ってきた時に僅かに体に違和感を覚える様にもなったが。
それから、多対一の戦いは極力避ける様になった。
一対一では圧倒できるゴブリンも、二方向から同時に仕掛けて来られるだけで危険度が一気に上る。
単純に俺が弱いと言うこともあるのだろうが、それを避けるために自分の姿を隠し気配を遮断する術を手に入れる。
『鼓ノ禊 弐拾弐 狐隠』。
更に、歩走の力を向上させる『鼓ノ禊 弐 羽矢駆』。
跳躍力を上げる『鼓ノ禊 漆 兎跳』。
マナに馴染んでいく体。
それを更に強化していく術。
戦闘力は着実に向上している。
それから、極力あちらの世界で生の食べ物を口にしないことを決めた。
洞窟の隅に生えていた、苺の様な果物。
匂いにつられ、つい口にして大変な目にあった。
暫くの後に襲い来る激痛。
……歩くのもやっと。
幸い、本当に幸い石碑が近くにあり現実の『G play』のトイレに辿り着くことが出来た。
一時間ほどそこから動けずに居たが。
そんな中、世の中では一つの事件が起きる。
男が、バールの様な物で殴り掛かり被害者は全治二週間の怪我。
加害者は直ぐに取り押さえられた。
取り立てて珍しくも無さそうなこの事件が世間で話題になったのは、その動機が『G play』つまり、あちらの世界でのトラブルが原因らしいからだ。
向こうで悪さをするつもりは無いが、身元が特定されるような事は言わないほうが良いだろうと思った。
まあ、マスター以降誰とも会ってはいないが。
そのマスターは、俺のことを恨んでいるだろうか。
それを受けて、と言う訳では無いだろうが内閣が進めているらしい『G play』に対する特別法案の骨子が公表された。
その中には、18歳未満は、親権者の同意書が必要とあった。
俺は、意を決して母親に『G play』の事を打ち明ける。
反対されるかと思ったが、すんなりと許しが出て拍子抜けする。
逆に心配じゃないのかと尋ねると「そんな所でくたばる様なやわな子を産んだ覚えはない」などと言われる。
意味がわからない。
しかし、これで法案が可決されても心配は無い。
ただ、「それが原因で学校を休む様なことがあれば、お前、死ぬよ?」と釘を刺される。
あの目は、何人か殺している。そんな目だ……。いや、只の主婦だけど。
『G play』で生死ギリギリのスリルを味わうこと、帰還への門、石碑を見つけた時の全身を包む安堵感、思うままに術を繰り出す時の万能感。
そう言った物が、俺を虜にしていた。
そんな感じで俺の楽しい夏休みは……残り一週間程となる。




