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堅気の人

「マキちゃん。

 夏実のお父さんってさ、どんな人?」


 客の少ない店内で暇を持て余す風巻さんに親しげにそう問いかける。

 風巻さんは少し目を見開き、俺の向かいへと腰を下ろす。


「……ヨッチ、本気?」

「え?」

「卍?」


 上半身を机の上に預け、俺の顔を覗き込む様に尋ねる風巻さん。

 何か地雷踏んだか?

 そして、卍の使い方、そうなの?


「娘さんを僕に下さい的なヤツでしょ?」

「んなわけ無いだろう……」

「じゃーどうしてそんな事気になるのさー」


 当然の返答に口を尖らせる風巻さん。

 仕草がいちいちあざとい。

 でも可愛い。


「深い意味は無いけど」

「……はい」


 スマホの画面を俺に向ける風巻さん。

 そこに写っているのはスキンヘッドの強面の親父。

 笑顔が逆に怖い。そんな人。


「……ヤクザ?」


 そういや娘は元金髪ギャルだ。


「ブッブー。

 警備関係って言ってたよ」

「うっそ!?」

「柔道何段だったかな? 娘さんを僕にください……なんて言ったら、言い終わる前に殺されちゃうね。きっと。

 頑張れ! ヨッチ」


 そんな予定は無いので殺される心配はしなくて大丈夫そうなのだが、それにしても一体どうしてこの親父さんが俺の設定を知っているのだろう。

 会って聞く……のは止めよう。

 好んで会いに行く顔では無い。

 いや、顔だけで判断するのはこの上なく失礼なのは承知しているが、どう贔屓目に見ても何人か殺してますよね? この親父さん。




 家に戻り、中二ノートを開く。

 俄にズレ始めた様な設定。

 御ヶ迎(ミカゲ)を名乗る式神。

 そんなものはノートに記されておらず。

 まさか、実姫自身がどこか別世界の人間だとでも言うのか?

 ノートに描かれた二つの眼。その左の赤い瞳、凶神禍津日(マガツヒ)を封じたその視線は何も語らず。


 ……左に描かれた眼が赤い……?


 改めて見たそのイラストに違和感を覚える。


 そう。

 ノートに描かれた両眼のイラスト。

 俺から見て左、つまり右眼が赤いのだ。

 設定の上では……右眼に凶神が封ぜられていた……?

 いや、待て。

 初めに爪刀で見たときはどうだった?

 刀に写り込んだ俺の両目。

 向かって左側が赤かった筈だ。

 ……この絵と同じに。

 だた、刀に写り込んでいるのは鏡写しと同じな訳だから……確かに左眼で間違いない。


 どう言う事だ……?


 ズレ始めたのではなく、初めから差異があった。

 今の状況だけ見ればそう言う事になる。


 ……そもそもだ。

 設定だけの妹の記憶。

 それがある事がおかしいのだ。

 それだけでない。

 それに付随する様にその他の人、事柄の記憶、感情。

 向こうに居る時ほどそれは、より鮮明に。



 ……止そう。

 考えても答えは無い。

 現実へ戻ろう。

 中間考査で躓いた分を取り戻す。

 机に向かい、そして、目を背けたくなる現実を直視する。

 それこそが俺を正常に保つ術だとそう信じ。



 そうこうしている間に世の中で一つの事件が起きる。

 『末路は猿』こと天積氏。

 処分保留のまま釈放された彼は、マスコミが詰めかけるその中で刺殺された。

 加害者は、『Lを待ちながら』に実名を記された被害者の父親だったと言う。

 『Lを待ちながら』の真実が彼の口から語られる機会は永遠に失われた。

 その直後、ネット上に一つの楽曲が発表される。

 それは、ボーカロイドが歌う失恋の歌であったが添えられたコメントが人々の興味を引いた。

 『歌姫 Maa 幻の遺作』。

 Maaとはシンガーソングライターである。

 その歌唱力はもとより本人が作詞作曲しているという感情を揺さぶられる様な歌詞と心に染み入るメロディで若い女性を中心に絶大な人気を誇った。

 ただし、本人は二年前に変死。

 世間的には自殺と言われているがそれを示す遺書の様な物があったとは公表されていない。

 そのMaaとG Playの向こうで会い、幻の遺作を教えて貰ったと匿名で楽曲を公開した誰かは言った。

 猿の件で批判的な目に晒されるG Playであったが、それを躱すかの様なタイミングで。

 『やっぱり生きていた』とか『違う世界のMaaなのだ』とか、そんな意見の中で楽曲そのものの真偽を疑う声は驚く程に少なく、発表された楽曲は死んだ筈のMaa本人が作ったものだと当然の様に信じ込まれた。

 確かにMaaの作った歌と似た雰囲気はあった。

 ボーカロイドの歌う合成音声を通してもなお感情に語りかける様な。


 ただ、あまりに出来過ぎたタイミングだけにG社の工作かとも思えたが本人の物であると言う事を否定する様な根拠も無いのである。

 熱狂的な彼女のファンがあの世界で幻の歌姫を作り上げたのかもしれない。

 あるいは、本当に別世界の歌姫か。


 真実はわからない。

 ただ、風巻さんがエンドレスリピートで時折目を潤ませながらその歌を聞いていると言う事だけはわかった。

 そして俺は、彼女と夏実のコンサートにたった一人きりの観客として招待されるのだが、それは暫く先の話。


 そうして、良くも悪くも『G Play』の話題が流れる中、後挟ごはざ総理緊急入院の一報が流れる。

 そしてその三日後、内閣総辞職。五年を超える長期政権は唐突にその幕を下ろす。

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