収穫祭の翌日③
予め見つけてあった門へとレオナルドを案内し見送る。
「終わった?」
「ん、ああ」
「のわりに、浮かない顔」
「……そうかな」
仕方なかったとは言え、レオナルドに御識札を渡して良かったのか。
確かにそこに迷いはあった。
ただ、顔に出した様なつもりは無いのだけれど。
「まだ、時間あるよね?」
「ん、まあ」
「じゃ、今度は私に付き合って。
折角来たんだから少し暴れたいじゃん?」
「良いけど」
「三ヶ月ぶりだから。フォローよろしく!」
そう言いながら夏実は体を捻りストレッチ。
「白雪。おいで」
「キュ!」
実姫の頭に鎮座していた白狐が鳴き声一つ上げて伸ばした夏実の左手に飛び移る。
そのまま肩まで駆け上がる。
「マジカル・ベール キャスト・オン!」
右手をかざしながら唱える夏実の体を白銀の光が包み込む。
「モード・ブルーフォックス!」
あっと言う間に狐耳の巫女風魔法少女の出来上がり。
いや、小太刀を持つ魔法少女はそれはもう魔法少女では無いのではないか?
では何かと問われると答えに困るのだけれど。
「実ちゃん! 御楯! サポートお願いね」
「応」
「火を使って来るから気をつけろよ。
頭のかぼちゃは柔らかい」
「りょ!」
尻尾を振り上げながら夏実がジャック・オー・ランタンへ向かって行く。
それに続く実姫。
じゃ、俺は遠目から蝙蝠達を撃ち落そうか。
◆
「うん。いい運動になった」
満足そうな顔で、魔法少女の格好から戻る夏実。
「あ……」
「ん?」
思わず声を上げてしまった俺に夏実が首を傾げる。
「何?」
「いや、何でも無い」
夏実のフサフサした白い尻尾。
ちょっと触りたかったのに。
「まあ、二人のフォローもあったし。
仲間がいればそれだけ生き残る確率も上がるよね」
そう本人は謙遜するが、流石はおっさん一人に対して世界チャンピオンを目指せると夢を見させるだけの猛者。
Aこと阿佐川より強いかもしれない。
まあ、俺の足元にも及びはしないけれど。
「まあね」
「だからこうして誰かと一緒に来れる様になるなら大歓迎じゃない?」
「……それもそうか」
「大里の野望も一歩前進?」
「どうかな?」
大里と阿佐川は異世界を案内する会社を立ち上げる。
そんな計画を、企てているらしい。
何年先になるかわからないその計画は、当然俺も誘われているが今のところは返事を保留している。
「そう言う訳だから、御楯の選択は間違って無い。大丈夫!」
そう言い切って、俺に笑顔を見せる夏実。
まるで内なる葛藤を見透かすように。
「……何で?」
「何となく? さ、帰ろうか。
もうハロウィンは終わったしね
それとも、あそこ行って見る?」
そう言って指差す先に窓からオレンジの光を漏らす尖塔を備えた城。
怪しい、怪しすぎる古城。
「……やっぱやめ。
あんな怪しい建物で、魔物に襲われちゃったら困っちゃうし」
「そうだな。今日は帰ろう」
ひょっとしたらあそこにとんでもないお宝が眠っているかもしれない。
でも、それは結局向こうへ持って行く事は出来ない。
持ち帰れるのは自分の命だけ。
多少の魔物なんて夏実は苦にしないだろうけれど、戻れる時に無理せず戻る。
それが正解なのだと思う。
それにしても、魔物か。
何か感じとったのかな?
「占い?」
「うーん、勘違いだったかな」
そう言って笑う夏実。
ドラキュラ伯爵でも見えたのだろうかね。イケメンの。
「もうおしまいか」
実姫が物足りなそうに言う。
「また遊んでね」
「約束じゃぞ」
指切りをする二人。
「還」
それが終わるのを待って召喚を解除する。
そして、紙片を掴む。
「ねえ、それ、頂戴?」
「これ?」
紙片を指差す夏実。
まあ、予備はあるから良いけど。
「これだけで実姫を呼べる訳じゃ無いと思うぞ?」
「やって見ないとわかんないじゃん」
まあ、マジカルな力でミラクルが起きる可能性はあるかもしれないけど。
手にした紙片を夏実に渡す。
「あざー。
今度試してみよ」
そしたら俺の使いたい時に呼べなくなるんでは?
しかも、実姫を示す刺青は背中にあるらしい。
見えないのだ。
まあ、良いか。
「じゃ先帰るね。
向こうで待ってる」
「ああ」
門へ触れ先に現実へと戻る夏実。
それを見送り、俺は再び城の方へ目を向ける。
微かに歌声の様な物が聞こえた気がした。
ただ、それは風の音かもしれない。
俺も門へ触れる。
◆
東京メトロ千代田線、国会議事堂前から地下鉄へ。
休日の夜。
比較的空いている電車で夏実と二人並んで座る。
このまま小田急線に直通して乗り換えずに帰れる。
結構な時間、向こうにいたな。
電車が動き出す。
心地よい揺れ。
隣に座る夏実が体を寄せて来る。
そして、俺の肩に頭をもたれかけ、静かに寝息を立てる…………え?
寝てる?
俺にもたれかかって?
え。
ちょ。
すげぇ、密着してるんだけど。
何これ。
どうすれば良いの?
え。
え。
取り敢えず、肩に全神経を傾けよう。
……。
……。
「もう着くよ」
声とともに、足を軽く叩かれ目が覚める。
「あ、ごめん」
……いつの間にか……眠ってしまって居た。
夏実にもたれかかり。
電車はもうじき新百合ヶ丘の駅へ着く。
「また明日ね」
「ああ」
電車から降り、そのままホームで夏実が去るのを見送る。
外の夜風は冷たく冬が近い事を知らせる。
それは、上気した顔には心地よかった。




