収穫祭の翌日②
御識札の供与。
この後、G社の研究者が、おそらくは周囲の反対を押し切ってレオナルド・クーパーが現れるのだろう。
それを待つ。
未だ身柄を拘束されたままの天積は『Lを待ちながら』をネット上に公開した事実は認めたものの、その中身に関してはAIによる自動生成に僅かに手直しを入れただけの物であり創作であると証言していると言う。
結局、法整備が追いつかないままになっているG Playに対して、せめて転送先が制御できるのならば一定の安全性は確保できるのでないか。
それが、G Play極東研究所の言い分である。
その研究の為に御識札を研究所へ渡すと言う建前の元に取引が行われることを俺は了承した。
「実姫。人が現れる。大丈夫な人物だが、念の為警戒を」
「相わかった。不審な動きがあれば即座に取り押さえよう」
そう言ってニヤリと笑う実姫。
ホラー映画の様に見えるのはおかっぱ頭の所為か?
一抹の不安を抱きつつ御識札を注視する。
微かに光り、そして人が現れる。
「よっ」
そう言って右手を上げたのは夏実。
「おお! ひさしぶりじゃの!」
実姫が歓喜の声を上げる横で顔を引き攣らせながら右手を上げ返す。
「……何で?」
「実験だからって。
御楯……じゃない、ライチが無茶しないように見張れって言われたよ?」
「ハナに?」
「うん」
無茶ってどう言う事だ?
ただレオナルドに会って物を渡すだけなのに。
「……何か、ハロウィンみたいな所ね。映画の舞台みたい」
周りを見回しながら歩み寄ってきた夏実の感想。
「あながち間違いでもない」
ジャック・オー・ランタンやら蝙蝠やら。
「それで、何が始まるの?」
「これから現れるG社の研究員にこれを渡すんだよ」
出来たばかりの『六』の御識札を夏実へ見せる。
「ふーん。あ、風果ちゃんにもらった奴か。
これ、何なの?」
「目印」
「へー。この字、ミタテって読むんだよね?」
「え!?」
「あれ? 違う?」
「いや、そうだけど、何で知ってるの?」
「え? 何でって……パパに教わったけど?」
パ……パ?
何で?
「あと、糸偏に天で『ミツナ』とか」
……何で?
止める偏に天で『ミタテ』。
糸偏に天で『ミツナ』。
舟偏に天で『ミフネ』。
天に刂で『ミツルギ』。
玉偏に天で『ミタマ』。
天を二つ並べ『ミカガミ』。
天を三つ重ね『ミテン』。
俺の設定が生み出した一文字。
何で、それを夏実が、いや夏実のパパが知っている?
「あ、来たよ」
困惑する俺に夏実が木片を返しながら声をかける。
地に置いた三の御識札。
そこに現れる人影。
「Hello!」
満面の笑みで両手を広げる金髪碧眼の男。
オールバックで白衣のような服を着て居る。
レオナルド・クーパー。
会ったのはオペレーション・バティンの時以来。
「ライチ、お久しぶり。
リコ、はじめましてー!」
あれ。
こんな陽気な人だっけ?
「どうも。
早速ですけどこれがマーカーです」
「オウ!」
俺から受け取った御識札をまじまじと観察するレオナルド。
右手でメガネを直す仕草をするが、その手はメガネをして居ない顔の前で空を切る。
「センキュー!」
白い歯を見せながら笑うレオナルド。
「これで、ポイントをセット出来るように解析します!」
「よろしくお願いします。
門はあっちですが、その前にいくつか質問して良いですか?」
「オフコース!」
折角の機会だし。
盗聴の恐れもないここなら意外な事が聞けるかもしれない。
「レオナルドさんの目的は何ですか?」
「私の?
カンパニーでも、ユナイテッドステイツでもなく?」
「そう。レオナルドさんの目的です」
アメリカの思惑や、G社の戦略。
そう言った話を聞いても良いが多分大き過ぎて俺の手には負えない。そう言うのは未来の大統領、村上あたりに任せよう。
それより、このレオナルドを信用出来るのか。
或いは、考えに共感、もしくは理解が出来るのか。
それを聞いておきたいのだ。
彼の行動原理を。
「私は、私に勝ちたい」
彼は、虚空を睨みながらそう言い切った。
「……自分に?」
「ノー! 私に!」
訳のわからぬ精神論かと思ったがレオナルドは更に続ける。
「私は……ここでは無い世界で、私に会ったのです」
自分に?
「興奮した私はこう尋ねました。『この世界は何なのだ?』と。
そうしたら私は、なんと言ったと思いますか?」
「別次元の世界?」
適当に答える。
「ノン!
アイツは私を見下しこう言ったのです!
『そんな事も分かって無いのか』と!
信じられない!
私が私を馬鹿にしたんだ!
だから私はアイツを見返すのです!
この世界が何かを解き明かし!」
レオナルドは心底悔しそうに顔を歪め、右手を振り下ろした。
「その為には、優秀な調査員が必要です。
出来るだけ多く」
なるほど。
レオナルドは自分のプライドの為に他人を利用している訳か。
そして、夏実が居るのはそういう一面を見せられ俺がレオナルドと対立し、最悪殺すのではないかとハナが危惧したから。
そう言う事なのだろう。
「俺も会ってみたいですね。その、物知りな方のレオナルドさんに」
俺の精一杯の嫌味に僅かにレオナルドの顔が引き攣る。
まあ、そのレオナルドがこの世界が何なのかと言う問いに答えを教えてくれるとは到底思えないけれど。




