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異世界。その始まり①

 二人しか居ない教室は蒸し暑く、外から聞こえる部活の声と蝉の声がうるさくて仕方ない。


 気が重い俺の向かいに座った現代社会を教える担任が口を開く。


「空前絶後のぉぉぉぉ!

 超絶怒涛の大不況!!

 デフレを愛し、デフレに愛された時代!!

 リーマンショック、バブル崩壊、オイルショック、全ての不況を越えた時代!!

 人呼んで、日本経済過去最大の難局!!!

 全てを失策の行き着くこの先はぁぁぁぁぁぁ!!!

 サンシャイィィィィィィィン!!!!!

 日・本!!!!

 ボゴォ!!!!

 沈・没!!!!!!


 あ、サンシャインじゃねーや。


 まあ、いい。

 そういう状況な訳だよ。

 うすうす気づいてると思うけど。


 坂本龍馬は言った。

 『日本の夜明けぜよ』と。

 まあ、実際は坂本君の言葉では無いわけだけど。


 お前、坂本君。坂本龍馬知ってるか?

 知ってるか。

 その坂本君が言ったんだよ。

 『日本の夜明けぜよ』と。


 じゃ、俺はこう言おう。

 『日本の日暮れぜよ』と。


 底が見えない大不況だとか言ってるだろ?

 俺に言わせるとそれが違うんだよ。

 底。

 そこが違う。

 底なんかない。

 もうね、落ちる一方なんだよ。

 下に。

 下。

 下に何があるが知ってるか?

 ブラジルだよ。

 ブラジルの人、聞こえますか?


 まあ、下がる物があれば上がる物もある。

 わかるか?

 失業率だよ。

 これが、世の中的にはぐんぐんうなぎのぼり。

 俺は幸いお前たちのお陰で飯が食えるわけだけども。

 ありがとうございます。


 そんな訳で、一昨年まではこの学校にも何件か求人が来てたんだが去年はゼロだ。

 ゼロ。

 わかるか?

 ゼロ。

 お前にゼロシステムが使いこなせるか?


 だから全員に大学進学を勧めてる。

 他に選択肢が無いからな。

 絶望を更に四年先延ばしにしろ。

 その頃、俺はもうこの国に居ないけどな。

 もうね、売りポジだけで簡単に金が稼げる。

 逆にお金が稼げるチャンスかも。そうとしか思えない。

 ありがとう。不況。

 ノット・シチュエーション。


 でだ、現実に話を戻そう。

 お前の成績だと、指定校推薦は無理だ。

 校内の倍率が高すぎる。

 だから心を入れ替えて勉強しろ。

 それで入れる大学はある。

 入るだけなら。

 その後どうなるかは、お前次第です。

 俺はエジプトに移住する。

 いいぞ。

 エジプト。

 湿気が無い。乾燥してる。歴史がある。

 あとは、あー、AO入試な。

 一応そう言う手段もある事は伝えておくが、俺はあのAO入試と言う奴が嫌いだ。

 それに掛けるのは構わないが、自分で調べろ。


 まあ、色々言ったがまだ高校一年の夏だ。


 あと二年の間に奇跡が起きて超絶好景気になるかもしれない。

 金の卵は引く手数多。

 そんな未来が来るかもしれない。


 なんて、考えてると本当にどうしようも無くなるからな」


 そうやって、一方的に喋る担任に曖昧に頷きを返すだけの個人面談は終わった。

 二人しか居ない教室は、思いの外涼しくて、外から聞こえる部活の声はやけに楽しそうだった。



 どうしようも無いのはなんとなくわかってる。

 最初の中間考査が、後ろから二番目。

 マジかよと少し焦りを見せて挑んだ期末は、それでも二百人中百五十に届かなかった。

 赤点こそ無かったが。


 まあ、本気を出せばこんなもんでは無いはずなんだけど。

 本気を出せば。




 ……いや、今は目の前の夏休みの事を考えよう。


 忘れたい現実を忘れ頭を切り替える。

 今日は予定があるのだ。


 一度家で着替え、待ち合わせの場所へ。

 駅近くのファミレスに、目当ての人は既に居た。



 この真夏の糞暑い盛りに黒のニット帽を目深に被っている。

 黒のシャツに黒のパンツ。

 そして、ロングブーツ。


 ……流石。

 整っている。

 Tシャツにサンダルの自分が恥ずかしい。


 顔の前で両手を組み合わせ、テーブルに両肘を突き微動だにしない。


 静かにそのテーブルへと近寄った俺に視線を動かさずに声をかける。


「ラ」


「ムー」


 視線を合わせないようにして、椅子に座りながら答える。


 我々の合言葉。


「準備は整ったか?」


 呼び出しボタンを押して店員にドリンクバーを頼み、そしてコーラを運んで座り直した俺に声をかけるミカエル。

 決して顔をこちらに向けない。

 視線は合わせない。


「問題無い」


 俺は、コーラを手に窓の外を見ながら答える。


「確認する」


 窓の外を眺めながら頷きを返す。


「異世界への扉。

 今日が聖戦の幕開けだ」


 偶然にもクラスメイトが窓の外を通る。

 俺は体を後ろに傾け見つからない様に。

 店に入ってくるなよ。

 そう、祈りながら。


「全てはあの国の陰謀。

 それを白日の元に晒し、そして、失われた秩序を取り戻す」


 背後から、入り口のドアにつけられた鈴の音。


「この国の目覚めは近い。

 それは新たなる福音」


 次いで入って来た聞き覚えがある嬌声。

 そっと、後ろをチラ見する。

 クラスメイトだ。


「その為に我々の力を今日、解放する」


 店員が俺達と少し離れた一角へとそいつらを案内する。


「今こそアダムの……」

「出ましょう」


 尚も何かを言いかける鈴木さんを遮り立ち上がる。

 見つかる前に逃げたかった。


 ◆


 時価総額世界一のIT企業であるG社がアミューズメント施設を展開する。

 世界展開に先駆け日本各地でサービス開始。

 そんなニュースが流れたのはこの春先。


 しかし、その具体的な内容は一切が公にされなかった。

 恐らくは体験型、今までと一線を画すVRゲームなのでは無いか。

 そんな噂と憶測が流れる中、一つの怪文書がリークされた。


 それは、人を異世界へと飛ばす装置だと。


 バカバカしい。

 どうしてそんな技術を使って、わざわざ極東の島国でアミューズメント施設を作るのだ、と誰も取り合わなかった。

 ただ、なんとかと言う国会議員がG社への質問状と共にこの事を国会で取り上げた。


 そこには、怪文書の内容を肯定する様な返答は無かった。同時に否定も。


 G社のサービス開始を中止させ、更なる情報を引き出すべきだと主張した国会議員は、直後、児童買春で逮捕される。

 次々とその国会議員の痴態が明るみに出て、連日ネットニュースを賑わせた。


 その騒ぎが下火になった頃、G社のサービス開始日が発表され事前招待が始まった。


 アメリカぐるみの陰謀だ。

 いや、全てがG社の演出だ。

 サンドバッグ内閣はまた打たれっぱなし。

 いや、今中止させるととんでもない額の損害賠償を請求される。仕方ないのだ。

 そんな、様々な憶測がネット上では流れている。


 移動する電車の中で吊革につかまり、スマホの画面に映し出されたそんな情報を流し読み。

 頭の中では担任の最後の言葉が木霊していた。


 前に座ったミカエルとは店を出てから一言も話をして居ない。

 彼が俺のSNSの裏アカウントへコンタクトを取ってきたのは三年ほど前。

 なんやかんやで年に一度ほど顔を合わせている。

 そして、彼の誘いに乗ってG社のアミューズメントへと行くことにした。

 そう言えば、今年高三の筈だけど進路はどうするのだろう。

 そもそも、城東に住んでるはずの彼はどうしてわざわざ町田くんだりまで来たのだろう。

 G社の施設は都内だけでも二十箇所以上あるはずで……。

 まあ良い。

 ミカエルにそんな現実を尋ねるのは失礼だ。


 ただ、彼はミカエルでなく鈴木さんで、俺は邪鬼眼使いでなく只の高校生。

 そう。

 只の高校生、御楯みたて頼知よりちかなのだ。


 ……進路、どうすっかな……。



 『G Play』と言う、シンプルな看板の掛けられた建物。

 小田急線、鶴川駅のほど近く、鶴川街道沿いのその建物は、元は潰れたパチンコ店。

 俺達が着いた時、その周りに既に行列が出来ていた。


 オープンが十五時の予定。

 まだ、二時間近くあるのに。


「百人くらいか」


 鈴木さんがざっと見ただけでおおよその数を言う。


「……よくわかりましたね」


 目で順に数えていくと言った通り百人程度。


「行列は慣れてる」


 そうなのか。

 行列の出来る店巡りが趣味だったりするのかな。


 二人最後尾に並ぶ。

 建物の影になっては居るが熱気が全身を包む。

 鈴木さんのニット帽が暑苦しい。


 行列を見渡すと、比較的若い十代後半から二十代前半であろう人が多い。

 そういった人たちは何人かの集団で来ている方が多かった。

 それより上、三十代、或いは四十代、それ以上に見える人達は一人で来ている方が多そうだ。

 ほぼ男性だが、中には、恋人同士で来ているのか女性の姿もちらほら。


 俺と鈴木さんはスマホを見て時間を潰す。

 大した会話は無かった。その後も人は増え続け最終的に列は倍ほどになっていた。


 十四時三十分を回った頃、列が動き出す。


「いいか。ステータスオープン。異世界ではまず、そう言うんだ」


 まるで自分に言い聞かせるように呟いた鈴木さんの言葉に、この人は本当に異世界などと信じているのだろうかとそう疑問に思ったが何も言わないことにした。

 俺は、ネット上で大半を占める考えと同意見だったから。

 ただのVRゲームだ、と。

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