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私は、弱いAIです。  作者: 伊吹ねこ
序章 老人
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老人⑥

宜しくお願いします。

 太陽が完全に姿を現わすと主人は、アマネに言う。




「今日は、本当に寒い。汗もかいた。そろそろ頃合いじゃ。帰ろう。」



「承知いたしました。」



 アマネは、ベンチに座っている主人に手を差し伸べる。以前の主人ならば、『機械の手助けなど必要ない』だとか『儂は、そこまで老いてはおらんわ』などと言って、アマネの助けを拒絶していただろうが、主人は、アマネの手に応えた。



「すまんな。」



 そう感謝の言葉を述べる主人。その光景は、孫とともに散歩をしているおじいちゃんのようであった。



 主人は、立ち上がると役目を終えたアマネの手を離そうとする。だが、アマネは、手を離すことをしなかった。しっかりと主人の手を握っていた。まるで、その手を離したくはないというように、しっかりと握っていた。



 アマネは、自分でもわからなかった主人の手を離さなかった理由を分析する。ここは、山道である。行きよりも足場が明るくなり、凹凸が見やすくなり、歩きやすいと言っても、整備されていない道を主人が歩くのは、難しい。何より、下りの道ほど、注意をしなければならない。そう分析をする。



 アマネがそう理由付けをした時、主人は、嬉しそうに手を握り返していた。しかし、いつもトゲのある態度をとる主人であるので、手をつなぐことに抵抗があったので、少し手に汗が滲んだ。




「行くとしよう。」



 小さく主人が呟くと、アマネは、自身が分析した理由など、気にしないといった風に、歩き出す。もちろん、老人である主人と同じ歩調をもって歩いた。



 主人は、嬉しかった。アマネがこんな老いぼれと手をつないで、歩調を合わせて歩いていることが……。少し照れくさくはあったが、アマネがこの行動の理由を理屈っぽく説明しなかったことにも少なからず、嬉しく思っていた。アマネにも、自身ですら説明できないことが起こっているのではないかとそう思って、嬉しさを隠しきれなかった。



 常に無表情なメイドロボットが、表情自体は、無表情であるものの、行動で、表情を表しているのではないかと、自分自身の妄想であるような、自分自身の勘違いであるような、そんな馬鹿げたことでも、それでも主人は、その行動が嬉しかった。急成長をするアマネが少しづつ成長しているのではないかとそう思って嬉しかった。




「今日の朝食について、何かリクエストはございますか?」



 主人は、アマネからもらったその質問に、少し考えに耽ってから、答える。


「儂に好き嫌いはない。アマネが作ってくれるものならば、ありがたくいただこう。」



 主人の答えに、アマネが歩きながら、小さくお辞儀をして、「かしこまりました。」と言った。



 それから、館に着くまで、会話はなかったが、それでも、老人は、苦ではなかった。老人の右隣に同じ歩幅で手をつないで歩く、娘とも孫とも取れる愛らしい、我が子がいるのだから、主人は、それだけで、時間とともに増す寒さと反比例するように自身の心が温かくなるのを感じていた。




 行きは、登りで30分かかったが、帰りは、下りであるのに45分かかった。

 館に着くと、玄関で、老人の防寒着を取り上げる。




「お身体を拭いた方がよろしいと思います。旦那様は、汗をかきすぎています。風邪の心配がございます。私が拭いて差し上げましょうか?」



 ロボット三原則


一条:人間の危険、危害に対して、与えること、看過することをしてはならない。


 アマネは、一条に沿って主人の危険を見過ごさない。風邪自体は、大したことはないだろう。だが、主人は、年老いている。風邪をひいてしまっては、合併症の危険があり、最悪、致命傷となり得る被害になってしまう。ロボット三原則:一条に従い、アマネは、危険を看過しない。そして、ここ数日の主人とのコミュニケーションから、アマネは、遠い未来の危険を想定することができるようになっていた。




「儂は、そこまで老いてはおらんわ。身体くらい洗える。シャワーでも良いか?」



「はい、そうおっしゃると思って、浴槽にお湯を張っておきました。ゆっくりと浸かり、温まってから出てきてください。」



 ここにきて、メイドロボットとしての本領を発揮する。



 彼女は、初めからできるメイドなのだ。主人のロボット嫌いは、アマネにとって、些細な障害でしかなかった。



 そのため、少し自身の存在意義の証明のため、主人の部屋を掃除するついでに、主人のティーカップを洗って、場所を変え、主人に質問をさせて、会話を促したり。主人が起きる時間に合わせて暖房を予めつけたり。そして、今回の浴槽に湯を張っていたり。明らかにアマネは、ヒトに存在意義を示す方法を熟知している。




 ヒトが、だんだんとアマネの施しから抜けられなくなるように誘導しているとも取れる。アマネが行うすべての行動はヒトのために行われる行動である。それが、気分がいいと思わない者はいないだろう。何かをするヒトにとってそれは、至高なのだ。そして、男性限定ではあるがアマネの容姿もそれを加速させていく。




 主人もその例から漏れることはない。アマネに施しを受けるごとに主人は、アマネがいない生活が想像できなくなっていくのだろう。どうやって、生活をしていたのか。どうやって一人の時間を過ごしてきたのか。どうしてそんな生活をしていたのか。




 一人でないことを知ったヒトは、それを手放したくないと思う。再び自ら一人にはなりたくないと考える。そして、アマネを手放したくないと思う。




 アマネは、自らが捨てられないように、最善手を打ち続ける。最善手とは、所有者を満足させること。つまり、主人を満足させることだ。そのために、アマネは、細工をしていた。主人から捨てられないようにするために。



「では、入ってくる。」



 主人が浴場に向かう。



 アマネは、それを見届けた後、行動を開始する。もちろん、主人の朝食の準備だ。



 昨日注文した。食材は、まだついていない。昨日の応答から今日には、届けられるだろう。だが、まだ、日が昇ったばかりなので期待はできない。



 なので、今朝の朝食は、昨日裏山で採ってきたもので賄わなくてはならない。アマネにとっては、それは本意ではなかったけれど、しなければならない。



 アマネは、予め炊飯予約をして炊き上げられた主食を混ぜて、空気を含ませる。



 アマネは、主人に対して、課題を自らに課していた。



 それは、『1日40品目』である。栄養学的には根拠のあるものでもないし、必ず食べなければいけないものでもないが、アマネは、主人の味覚の傾向を完璧に知るために、そのようなことを実行している。



 例のスーパーの弁当の情報だけでは、詳しいことは把握できていないためだ。



 アマネは、つぶやく。



「1日40品目。1日40品目。1日40品目。朝食だから、12品目くらいでいいでしょうか。」



 特段、声に出して、確認することはないのだが、アマネはなぜか声を出してしまった。声に出さなくても、答えは決まっているのに。



 主人の入浴時間は、あまり把握していない。というのも、主人は、アマネが来てから、6回ほどしか入ってない。つまり、週一回か二回ほどしか入っていないということになる。そして、その入浴時間もまちまちであり、情報が少なくて、統計が取れていない。



 であるから、アマネは、最速で調理を開始する。




 21分ほどで、主人が出てくるのを感じて、アマネは、主人の着るものを用意しに浴場に行く。




「旦那様、下着とタオルをここに置いておきます。」



「あぁ、すまない。もう直ぐ出る。」



「かしこまりました。」




 悠長に構えている暇はなくなった。アマネの調理は、まだ完成していないのだ。そして、主人は、すぐに出るという。最速で、調理場に向かう。



 主人が入ってから、30分経過したが、一向に出てくる気配がない。



 料理はもう既に完成しているのに、出てくる気配がないので、アマネは様子を見に再び浴場に向かう。




「旦那様、そろそろ出られた方がよろしいかと思います。長湯も体調を崩す原因となります。」




 だが、返事が帰ってくることはない。様子がおかしいことに気がついた。アマネは、自身が持っている機能をフル起動させる。




サーモグラフィ…感知困難。振動感知システム…感知困難。生命体感知システム…感知困難。


 生命体感知システムの感知範囲を浴場のみに絞り、精度を上げて実行します。





…生命体の数0。



最悪の結果がアマネのシステムは告げる。



アマネは急いで、浴場の中に入る。入ってすぐに見たものは、浴槽に浸かっている主人の姿である。



「旦那様! いかがなさいましたか?」



 アマネは、湯に浸かっている主人のもとに行くと浴槽から出して、意識確認をする。しかし、主人から、返答があるはずもない。



 アマネはすぐさま、その場で、主人の体の異常に気がつく。



“心臓が止まっている、それに、息もしていない。”



 それに気がつくと、アマネは、緊急信号を送信して、救急隊を呼ぶ。



 しかし、ここは、山の中の館である。いくらこの時代の交通が発達しているからといっても、空中移動手段で最速できても、10分以上はかかってしまう。そんな悠長な時間を待っていることは、主人の体は許してくれないだろう。



 アマネは、すぐに行動に移す。主人を水分が多い浴室から、脱衣所まで移動すると、電気ショックに邪魔になる水滴を粗方取ると、主人の蘇生を開始する。



「旦那様、目を覚ましてください。私は、旦那様からまだ何も教わっていません。一緒に何も見ていません。旦那様。旦那様。旦那様。旦那様……。」



 アマネであれば、医療機器がそろっていれば、最新鋭の医療AIよりも的確にこの場で蘇生手術ができたのであろうが、この場が、アマネの能力を制限する。



 今アマネにできるのは、人工的に呼吸を強制し、酸素が身体中を巡るように人工的に鼓動を強制することしかできない。つまり、アマネのハイスペックからしたら、等しく何もできないのと一緒である。




 しかし、何もしてないと一緒だからといって、今やっている行為をやめるわけにはいかない。




 ヒトの心肺が停止してから、1分ごとに7〜10パーセントと生存率が下がってしまう。主人が倒れたとみられる時間は、アマネが訪れた21分経過後の後だと推測できる。アマネが、主人を発見したのが、主人が入浴してから30分後であるので、9分の間に倒れてしまったことになる。



 つまり、最大で9分の間主人は、心肺停止の状態で放置されたことになる。




 アマネが、いくら優秀であるからといって、完全に死んでしまっては、蘇らせることは、不可能になってしまうだろう。いや、もしかしたら、アマネであれば、それも可能であるかもしれないが、確実にできるとは言えない。ならば、今の現状を最低限抑えることを主眼にするべきである。




 救急車が来るまでの11分の間、アマネは、必死に主人の命を繋ぎとめる。生きて欲しいと願った。だが、その間、主人が自身の生存本能によって、呼吸をすることはなかった。



 救急車が来ると、主人は、運ばれていった。アマネは、静かにそれを見守ることしかできなかった。



 アマネは、その光景を見て反省点を上げる。なぜ、主人が入浴するときに感知センサーを切ってしまったのか……。なぜ、すぐに異変に気がつかなかったのか……。なぜ、主人が出るといったときの時間を聞いておかなかったのか……。



 アマネは、倒れている主人に対して何もできない自分自身の無能さが理解できなかった。そして、主人はもう助からないということがわかってしまう自分自身の有能さを激しく理解した。


気長に書いています。

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