表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私は、弱いAIです。  作者: 伊吹ねこ
序章 老人
3/23

老人②

よろしくお願いします。

 あの日以来、この館の主人は、メイドロボットに頻繁に話しかけるようになった。内容は、探し物はどこかにあるかだ。



 そうそう、あの日以来老人は、彼女が毎日行う掃除を黙認してくれている。どうやら部屋が綺麗になることには、ご機嫌であった。掃除をした後に綺麗になるリビングや書斎の様子を見て笑みをこぼしているのを彼女は頻繁に記録している。


 だが、掃除以外のことになると主人は途端に彼女に命令する。”何もするな”と、だから今の彼女の存在意義は、お掃除ロボということになる。




 部屋を掃除しても、主人の体調が良くなることはない。なぜなら、主人の食事が原因である。主人は三日に一度出かける。それは、近くのお店に三日分、つまり、9食プラス間食用におやつを買いに行っているのだが、このお屋敷は近くのお店といっても、車で20分ほどのところにスーパーがあるくらいだ。主人の足では、往復2時間くらい歩くことになる。散歩の傍らに買っているということなのだろうが、食べるものがあまりにも質が悪い。それが、主人の体調が戻らない原因の一つである。



 しかし、彼女もこのままでは存在意義が希薄になってしまう。お掃除ロボなど、この世界にはたくさんあるし、この屋敷内においても埃をかぶっているが多くある。彼女は、この世界で唯一無二の完成されたAIを積んだ自律思考型駆動人形である。存在意義を示すために再度思考する。そして、主人のためになる行動をする。



 彼女は、考えがまとまると行動に移す。成功率などの計算はしない。彼女からしたら、それは無意味なことである。99パーセント成功するように行動に移すので、失敗などありえない。失敗しそうになると行動の指針を成功にと変えるためだ。


 彼女は、命じられるままに立っていた場所から移動をする。向かう場所は、お屋敷の最寄りであるスーパーである。



 主人が普段食しているものを分析するためだ。残飯などから、主人の嗜好は把握できているが、念のために完成されたものを見て分析をする。



 お屋敷から走り出した彼女は、15分もかからず、スーパーにつく。スーパーから一直線に常時毎時120キロほどで走り抜けたが、現行の道交法では、例え毎時120キロで走っていたとしても、扱いは歩行者になっているので、それほど厳しい制限を受けない。なので、法に違反しているわけではない。もちろん、信号が赤ならば止まっていただろうし、それくらいはしていた。だが、ここは山々に囲まれたあまり人がいない場所だ。道路を走っているわけでもない。なので、スピードを出したい放題だ。



 補足をするならば、この近辺の信号は容易に赤から青にすることができる。もちろん彼女が例外というわけである。人間に迷惑にならないと判断できた場合に合理的に信号機に青になるようにシグナルを送るのだ。

 先に言っておく、心配はいらない。ここで、常識ある人たちは、不正アクセスになるのではないかと言われるだろうが、断言しよう。彼女がそんなことをしたと判断できない。それほどまでに巧妙に細工することができる。結論は、証拠がない状況で彼女に行き着くことなど不可能に近いということになる。




 15分かからず、スーパーにつくことができた彼女は、スーパーにあるものすべてをデータに記録する。そして、同時に食材をスキャンして食材のデータを集める。




 そして、彼女が思考した通り、このスーパーは粗悪な食材で調理をして、お弁当として売買していたようだ。



 賞味期限が切れている品を調理。というのはまだ良心的だ。ここの品は、人が食べると体に害があるとまでは言わないが、それに近しい物を調理して味を誤魔化して販売している。



 つまり、真相は、廃棄物から合成して、再び食材としていた。廃棄物から合成して再び、食べられるようにするとは、エコであり、なんとも聞こえがいいが、ここは人があまり住んでいない廃れたところであり、衛生観念がしっかりしていないので、食物ではない物が混入した状態で合成している。なので、人体に影響を及ぼすことがある。小さい影響であるが、主人のように毎食このようなものを食している場合には、多大に影響を及ぼす。



 だが、これは、違法と呼べるようなものではない。しかし、限りなく違法よりだ。法律の穴とも言えるだろう。




 現状を把握した私は、あらかじめ調べておいた場所にすぐさま連絡をする。



「はい、お電話ありがとうございます。こちら、安心。安全。安泰がモットーの食材配達サービスです。どのようなご用ですか?」



「はい、契約をしたくてお電話いたしました。必要な書類は、転送するので、転送した住所に一両日中に配達をお願い致します。そして、不躾で申し訳ありません。少し御相談なのですが、契約をする場合、支払い場所を指定することは、承知しております。ですが、ただいま、旦那様の了承を頂いておりません。しかし、旦那様の体調のことを考えると、一刻を争う状況にあるのです。指定日までには、入金をいたしますので、配達をしていただけませんか?」



「事情は承知いたしました。上の者に確認をとりますので、お時間を少々頂戴いたします。」




 保留音が流れる。そして、10分ほどして再びつながる。



「お待たせいたしました。上の者に確認をいたしました。指定日までにご入金をいただけるのであれば、指定されたご住所に配達いたします。一両日中とのことでしたので、明日にでも、配達できると思います。お時間は、朝の10時ほどになりますが、よろしいですか?」




「はい、ありがとうございます。そちらでよろしいです。お願い致します。」



「かしこまりました。それでは、今後ともご贔屓に宜しくお願いします。なにかご不明な点がございましたら、気兼ねなくお電話ください。では、失礼します。」


「ありがとうございます。失礼します。ぷつん。」




 契約完了である。この流れは少しおかしい。だが、これには事情がある。もちろん、こんな電話をしても通常はこのような返事は得られないだろう。だが、あらかじめ住所と契約者を記したものを送った。契約者の名前は、主人。そして、住所はお屋敷である。主人は裕福な人間である。お金は持っている。住所も主人の住んでいるものであるため、それが、この結果につながった。



 つまり、この契約は、主人の社会的信用で行われたものだ。メイド一台で契約したならば、このようなことにはならなかっただろう。彼女の信用は皆無だ。AIとして、数々の業績を残したが、そんなことは人間社会では、通用しない。

 人間社会は、全くもって不思議だ。裕福であると、つまり、裕福になるほどに地位があれば、このような理不尽な契約も罷り通ってしまうのだ。信用とは、そこまで重要なものであるといういい例だ。



 契約が行われたことは、良かった。だが、配達されるのは、明日だ。ということは、主人は、今日あの粗悪なお弁当を食してしまう。それは、阻止しなくてはならない。



 彼女は、データ分析が済んだところで、すぐにスーパーを出て行く。




 彼女は帰りがてらにいろいろと必要なものを入手する。




 帰りは道草を食ってしまったので、45分くらいかかってしまった。だが、それでも、往復一時間しか経っていないので、主人に迷惑はかかっていないという判断を下す。



 お屋敷に着くと案の定、主人は書斎に篭っていたようだ。




 そして、主人の命令なしに、夕食の支度を行う。



彼女の行動理念は、基本的に主人である旦那様の健康を考えて行動する。



 掃除しかり、そして、今回の料理しかり。全ては、彼女の主人である不健康な老人のために行動する。



 だが、彼女は、何か利益を求めて行動しているわけではない。これをすれば、褒められるだろう。その裏にある、褒められれば、私が嬉しい。という感情を有しない。だから、彼女は、純粋に主人の体のことを考えて、より楽に暮らしていけるように思考したのだ。




 彼女は、粛粛と無駄のない動きで調理を始める。彼女自身作られてこのかた、料理なんてしていない。だが、彼女のメインブレインは、経験にないことでも、熟練した行動がとれる。




 トントンと包丁とまな板の音が館に響く。コトコトと鍋の蓋が揺れる音が館に響く。彼女が原因で発する全ての音が、館の中を駆け巡る。この広い館では、彼女の主人以外ヒトは存在しない。その主人も一人静かに書斎に籠っている。今、この時、誰も音を立てるものはいないのだ。ならば、今はこの館の中心は、この最高の人工知能を有するメイドロボットと言える。




 以前のゴミ屋敷であるならば、ゴミに、音が吸収されて、この音は、響かなかった。これも彼女の功績である。現在、音を発する、匂いを発する彼女が館の中心である。その中心に惹かれるのは当然かもしれない。




 虫が街灯に向かって飛ぶように、ヒトも道を指し示してくれる光の元に集まる。自分のことを考えてくれる者に好意を抱く。そのきもちを目印にしているのだ。




 彼女は、好意という感情は有しない。嬉しい、怒り、哀しい、楽しい。そんな喜怒哀楽も有しない。生まれたばかりの彼女は、感情全てが欠落している。だから、ヒトが彼女の行動を見て、好意がある。と思うのは間違いである。だが、彼女は、そんな感情は持っていないが、『あなたのために何か良いことはできないはないだろうか。』とは常に考えている。



 それは、決して好意ではない。感情を伴わない思考である。




 しかしながら、その行為をされた側が好意と考えたなら、それも好意と呼んで良いのではないか。感情を有しない彼女の行動であるが、ヒトを思考して、ヒトのために行う行動にも、ヒトは、好意を感じる。そこにはれっきとした感情が存在しているのだ。



 無の彼女の中のプログラムにも、他者からの感情が押し付けられる。




 響きあい、行き交う音たちが、館に立ち籠める時、彼女の主人であるこの不健康な老人は、気がついた。



 

 彼自身、歳の割には、体の健康具合には自身があった。耳もきちんと聞こえるし、一人暮らしのため、なんでも一人でこなしてきたから、頭もしっかりしている。もちろん、一人で歩けるし、歯だって全て揃っている。



 そんな不健康な老人は、読書の集中の糸の切れ目に、以前なら聞こえることのなかった音、以前なら、感じることのなかった匂いを感じ取り、興味が湧くのは、子供も老人も同じだろう。大小の大きさの問題はあるが…。



「あの気ままなロボットは、また儂の命令を無視して行動しておるな。そろそろ、厳しく言って置くか。しかし、ロボットに厳しく言っても効果があるのかどうか謎じゃな。」




 主人は、書斎を出て階段を降りる。そしてキッチンと繋がっている、ダイニングの扉を開ける。



 その目に飛び込んできたのは、昔なら、当たり前のことだった。昔なら、この光景を見ながら、コーヒーや紅茶を啜っていた。この光景を横目に読書をしていた。



 一つ一つ料理が完成するたびにダイニングの机の上に料理を並べる。主人は、その光景が好きだった。夕食の時間が近づくにつれて、机に置く場所なんてないくらい机の上に料理が並べられた、あの光景を思い出していた。



「あー、そろそろ、マサルとケンジも帰ってくる頃だろうか。怪我などしていないといいが…。アキコを呼びに行かないとな。」



 あの頃を思い出して、ポツリと呟いていた。



 あの懐かしい光景が目の前の光景と重なり、瞳から涙が落ちた。




「旦那様、間も無く、夕食の準備が完了いたします。こちらのお席でお待ちになっていてください。」



 と湯気が立つ皿を机に置くと、彼女が言った。



「ああ、わかった」



 彼女に促されるまま、当初の目的も忘れて、席に着いた。そして、彼女が、出来上がった料理の皿を次々にテーブルに並べる。その光景に、思いがけず頬が熱を帯びる。




 忘れたくなかった記憶。それでも、日が経つにつれて、薄れてしまう。思い出せなくなってしまう。キッチンに立っていた妻の顔。子供達が部屋に入ってくる時の笑顔。その全てが薄れてしまっていた。日に日に思い出せなくなっていた。



 この老人の幸せな記憶。優しさの源である記憶。薄れていたからこそ、厳しさだけが先行してしまっていた。




「旦那様。お食事の支度が整いました。お待たせして申し訳ありません。」




 彼女の無表情なはずのその顔もなぜだか、主人には、落ち込んでいるように見えていた。



「いや、大丈夫だ。それでは、頂くとしようか。君も食べるといい。あぁ、すまない。君がロボットであることを忘れていた。」




 主人は、本当に残念そうに彼女にいう。



「この料理を一人で食べなければ、ならないのか…。それは、寂しいな。」




 お弁当でなら、我慢できたはずの感情。あの頃の光景を思い出してしまった。主人には、この食卓に隙間なく、並べられた料理を一人で食べることに寂しさを覚えてしまった。



「旦那様がお許し頂けるのであれば、私も共にお食事ができます。」



「おお、そうか!!でも、グラスにオイルを入れて、飲むとかならば、別にいいぞ?」



「いいえ、大丈夫です。私の動力源は、多数存在しますが、その一つに有機物を分解して、エネルギーとすることができます。今回は、そちらを使います。」



「よくわからんが、つまり、人間と同じようなことができるということでいいのか?」




「はい、そのように考えていただいて構いません。違う点といえば、有機物を99.9999%エネルギーとして変換ができるということくらいでしょうか。」



「そんなことは、いいんじゃ。一緒に食べよう。一人で食べても、ちっとも美味しくないんじゃ。」


お疲れ様でした。また次回の投稿をお楽しみいただければ、幸いでございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ