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私は、弱いAIです。  作者: 伊吹ねこ
第一章 娘
21/23

娘Ⅺ

宜しくお願いします

 それから、一年。アマネが来てから2年が過ぎた。


 今日は、サクラの18歳の誕生日。つまり、成人の日だった。


 この日に限っては、すべての門が開かれる。そして、使用人以外の者が多く来訪する日だ。

 マサル夫婦は、この日のためにきっちりと準備をしてきた。愛する我が子の晴れ姿である。


「サクラ、とてもきれいよ。やっぱりサクラ色の晴れ着がよく似合っているじゃない」


「それは、ありがとうございます。でも、少し帯がきついんじゃないかと思うんですけど?」


「いいのよ。着物は、きついくらいがビシッと決まって見えるものよ。それに今のあなたは、綺麗だわ。女の私でもうっとりよ。化粧直しまで我慢してちょうだい」


 それは言葉だけのものではなく、サクラの母チヨは頬を染めて、恍惚としていた。本当にこの親は子煩悩なのだ。



「ええ、奥様。私もサクラ様の晴れ姿にうっとりです」

「あら、アマネちゃんもわかるのね。本当に綺麗だわ。若い頃の私にそっくりよ」



 などとは言っているが、チヨは今も十分若い容姿をしている。容姿年齢は、24歳となるようにしていた。なので、隣に並ぶと姉妹のようにも見える。そして、アマネも並ぶとなおのこと美しい。




 その様子に使用人達は、驚くほどに騒がしい。超一流の使用人達も今日という日に浮かれていた。



「今日は、サクラのお誕生日会よ! 人がたくさんいらっしゃるから、楽しみましょう!」



 チヨの期待度は大きい。自慢の一人娘を大勢の来客の前にお披露目できるからだ。どの時代も、主役よりも楽しくなるのは次点に位置しているものと相場は決まっている。



 そうして、少し張り切りすぎの母を放っておき、サクラはアマネの元に来た。


「はあ、お母様が張り切っちゃったら、私には止められないわ。—それはそうと、アマネはそのメイド服でパーティーに出るの?」


「いえ、以前マサル様に頂いた赤いドレスがあるので、それを着ていこうと思います」



 そうとサクラは言うと、アマネは修復されて綺麗になったサクラの部屋から追い出された。


「主役は、これからお化粧をして綺麗になるの! 私がどうなるかパーティーまでお楽しみよ」



 サクラにそう言われては、アマネも従わざるを得ない。扉から少し顔を出して、またねと手を振るサクラは、すぐに部屋の中に消えていった。そして、後ほど、ぎゃーっという声が聞こえてきたが、アマネはそれを努めて無視することにした。



 アマネは部屋に戻り、そこから中庭を覗く。屋敷に招かれた多くの招待客の車が入れ違い立ち替りで役割を果たしていく。

 それをちらっと見て、アマネもサクラの誕生パーティーの準備をする。



 アマネは、この屋敷に来る前の車の中で、マサルに冗談のように着せ替え人形にさせられた時に与えられたセクシーとも言えるドレスを手に取った。その時のマサルは、今よりもアマネのことを“人”のように考えておらず、人形のような物だと考えてしまっている節があった。



「まさか、これを着ることになるとは、さすがの私の演算でも導き出せなかったですね」


 などとアマネは、自身で言った冗談をクスッと笑った。


 アマネは真っ赤なドレスを体に当てて、姿見で確認しながら、少しため息を吐く。


「私の正装はメイド服なのですから、メイド服での出席は……、ダメなのですよね。それでは、使用人という扱いになってしまう」



 アマネは、ドレスを着た。特別な容姿を与えられたアマネは、体のプロポーション全てが完璧であった。そのアマネが着れば、どんな衣服だとて、似合わないはずがない。たとえ、ランジェリーでパーティーに出席しようとも、それは最先端の衣装となり得るかもしれない。誰もがそれを真似し出すかもしれない。



 しかし、だがランジェリーで出席しようものなら、すべての男の視線を一点に集めてしまうことを通り越して、襲われてしまうことがあるかもしれないのだが……。



 アマネがドレスに袖を通し、化粧をする。真っ赤なドレスに似合うように真っ赤な口紅をし、髪はいつものポニーテールとは違い、太めの編み込みをサイドに流してアップにしていた。きちりとはしていないが、どこかきつめのドレスを和やかにしてくれる髪型をした。


 基本的にアマネは老化することはない。今のアマネは、サクラと同じような年齢にあるが、それが最小の年齢というわけではない。アマネは、幼女から老婆まで主人の意向のままに歳をとることができる。

 そして、毛穴というものも違和感がない程度にはないので、世の女性からしてみたら、羨ましい限りであり、あまり化粧をする意味というものがアマネにはないが、派手なドレスを着るときには、やはり、それなりの化粧をする必要があった。



 そのアマネも化粧をすれば、素晴らしく映える。街でも歩いたならば、どんな人間をも一度は振り返ってしまうだろう。そして、身の程知らずの男は、ナンパをしてしまい、ぞんざいな扱いを蹴る結末となろう。


 それほどまでに美しい。どこまでも美しい。


 ノックの音が響き渡る。


「アマネ様、お迎えにあがりました」


 その声は、リーだった。


「はい。只今お待ち下さい」


 アマネは、支度の最終確認をして


「よし、これでサクラに恥ずかしい思いをさせないでしょう」


 そう確認をして扉に向かう。

 扉に向かうと、やはり、リーがいた。と思ったが、そこにはサルトビがいた。


 アマネは、その人物をマサルのそばでしか見たことがなかったし、アマネですらリーだと思っていたのに、違う人物だいうことで驚いた。

 高性能感知センサーですら、その声はリーその人だった。



「驚きました。リーさんだと思っておりましたので、まさかサルトビさんだったとは……」


「はい、サルトビでございます。私、声帯模写が得意技でして、宴会でも人気者です。そして、アマネ様の驚く顔というものを見れて、今日は満足でございます」


 

 サルトビの目には、コンタクトレンズ型カメラが填められており、その目の横でピースをしていた。そのカメラでアマネの驚いた顔を撮ったということだった。


「サルトビさんもおふざけになるんですね。ふふ」


 アマネが笑うとサルトビは、


「アマネ様も随分と表情豊かになりました……」


 アマネの無邪気な笑顔とは対照的に不敵な笑みを漏らした。


「はて? なんのことか存じ上げません。----さあ、サルトビさん。会場まで案内していただけませんか?」


「かしこまりました」



 サルトビは綺麗なお辞儀をして、アマネを先導する。


「今日のパーティー会場は、屋敷内にある最も大きな会場の富士の間でございます」



 今回の会場の富士の間は、アマネは行ったことはないし、アマネが来てから使われたことのない広間である。そこは、一般的な学校にある体育館10つ分の大きさとなかなか広大な広間になっている。収容人数は、1万2000人と途方もなく大きかった。


 場所は、鷹の間と茄子の間のある3棟の屋敷から少し離れて、アマネの住む屋敷の真北に1キロほど離れた場所に作られている。



なので----、


「移動は、お召し物も汚れますので、お車での移動になります」


 アマネは、車に乗せられた。運転をしながら、怒濤のままにサルトビがアマネの誕生日会の出席についてを話す。


「今日は、サクラさまの成人祝いでありますが、その裏には、マサルさまの力の誇示が存在いたします。ですので、アマネさまには、主賓の方を中心にアマネさまという存在を見せつけていただきます。それがマサルさまの力の誇示に直結いたしますので。そして、違和感を感じれば、そのことを覚えておいてください」



 この屋敷においても、アマネの真実を知るものは少ない。だが、サルトビはアマネという存在を知るものだった。


「はい、わかりました。やり方は私に任せるということでよろしいのでしょうか?」


「左様でございます。それでは、頑張ってください」



 サルトビによって車の扉が開けられる。

 会場に向かう人は多い。そして、会場の前には、入る前に挨拶をしている裕福そうな脂肪を蓄えた人々が上機嫌に社交辞令を交わしていた。



 客と客の間をアマネは、無言のままに通り過ぎることで、妖艶な色気とともに笑顔の種を蒔いていった。

 アマネの通り過ぎた後に吹き抜ける風に匂いはないが、鼻をヒクヒクさせて男どもの目線がアマネに集中する。


「あの女性は、どこのお方かな?」

「おや、あなたもあの女性が気になりますか?」

「そりゃもう! あれほどの美女は、そうはいまい」



 アマネの色香が賛辞の言葉を誘因する。アマネはその言葉が聞こえないかのように会場へと入っていく。


 受付のコバヤシの前にアマネが移動して、招待状を提示する。


「これは、アマネ様。今日は殊更にお美しい。サクラ様も喜ばれます」


 コバヤシがアマネの名前を言うと、会場の男たちは皆、アマネの名前を繰り返す。


「アマネさんというのか」

「はて? アマネさんというのは聞いたことがないな」

「どこのお嬢さんなのか。しかし、ここに呼ばれていることを考えれば、それなりの家のお人だと思うのだが」


 アマネという名に聞き覚えのないものが大半であるが、それでも、あのオークションに出席したものがこの会場にもいた。


「アマネという名に聞き覚えはないのだが、あのお嬢さんは、“最高のAI”じゃないか?」


 その言葉に動揺が広がるが、すぐに収まった。


 なぜならば、口々に


「それはないだろう、あの表情は、もはや、人ではないか。私もあの場にいたが、あんな表情はしていなかった」

「あの妖艶な顔。もはや、ロボットの領域を超えている。それが事実なら、神は我々以外に奇跡を生み出したことになる」

「ならば、そのAIのモチーフになった方ではないか? あれほどの美女だ。そちらの方が信憑性が高い」

「そうか、ならば、あの企業の関係者という線が濃厚か」


 と言った言葉が並べられる。



 そう、今のアマネは、以前のアマネではなかった。一年間、演技に終始したアマネは、その分野が異常に発達していた。それはアマネが日々そういった情報を集め、そういった研究をし、実践をした成果でもあった。


 今のアマネが人に紛れてしまえば、もうそれがロボット、ヒューマノイドだとわかるものは誰もいなかった。それほどまでにアマネは進化してしまっていた。


 アマネは人への階段を駆け上がる。

 たとえそれが、進化への逆行であろうとも、アマネは止まることはない。


 アマネの父の願いが、人として生きることであるのと同様に、アマネの願いも人になることであるからだ。


 この会場でアマネに近づく影は多くある、その多くが男ではなく、女であることは意外なことでもなんでもなく。その女性の多くがこの会場でのコネクション作りが目的であるので、最も目をひくアマネの元に集めってきたことは、理解できた。


「今日は、一緒に過ごしませんか?」

「サクラさんとは、お知り合いで?」

「私の家は、とっても大きいのよ」


 そこで数々の人がアマネの周りに集まったが、アナウンスが流れた。


「ピーン・ポーン・パーン・ポン。ご来場のお客様、サクラ様生誕18年のお祝いにようこそおいでくださいました。招待状とご交換で配布いたしました封筒をお開けになり、中に入っているブローチをお付けになり、お席の番号にご着席ください。なお、お通しの順番は、数の小さい方から優先いたします」



 そして、また同じアナウンスが流れた。そのアナウンスが流れ終わると、来客は一斉に自分の配られた封筒を丁寧に破り、中に入っている紙を手に取り、一喜一憂をする。



 一般的に、この紙に書かれている番号は、親密指数と客たちは解釈していた。世界の大企業とどれほどまでに親密な関係でいられているのか。そう考えていた。


 だから、比較的数字が小さいと喜び、数字が大きいと憂う。しかし、この会場に呼ばれた時点で、一定数の親密があると判断されている。



 そして、アマネの番号は……、



「一番です」


 アマネは、取り囲まれている場所から移動して、一番に会場入りをする。

 その様子は羨望の対象なのは、言うまでもない。誰もがここで一番に入りたがっていた。それは売名行為にもなり、勇名になっていく。

 胸で光り輝く、サファイヤのブローチがアマネを輝かせていた。


 ただ、アマネが一番であるのは、一番サクラと仲がいいというただそれだけの理由でしかなかったが、何も知らない他のものが勘違いするのには十分だった。

 効果は絶大。その美貌にすべての目を引き、最初に会場入りしたことで、さらにその目に引いた。その瞳に宿る感情は、羨望、嫉妬と様々にあり、アマネに向けられていた。



 アマネが入場してから、1時間以上が経っていた。アマネは、同じテーブルについている番号の早いもの同士で談笑をしているのを眺めていた。さすがに長いとその者は冗談交じりに話していたが、その言葉ですら、鼻高々だったのは順番が早いという驕りだったのだろう。


 そして、すべての者が入場を終えると、すべての扉が閉まり、会場は暗くなる。


「お待たせしました。本日の主役の登場でございます」


 一番大きな扉にスポットライトが当たり、その扉が開く。誕生日にしては、仰々しいと感じる演出であるが、この会場の者は誰も驚きはしない。ほとんど毎年のことだったからだ。


 扉が開き、しばらくすると、着物姿のサクラがゆるりゆるりと登場する。一斉に拍手が起こる。その音は、渦を巻いているようにサクラに集中しているとアマネは感じていた。



 サクラは、アマネの近くを通る時に、少し手を振った。それに合わせて、アマネも手を振る。

 たったそれだけで、二人の関係性はその場の全員に知れ渡る。それだけで、この場の全員がアマネを警戒した目で見る。


 マサルの愛娘と仲がいいというだけで、企業間における影響は少なくない。それは協力関係だけではなく、対立関係にも影響を及ぼす。それは等しく、敵に回すことはできないことを意味していた。


 サクラが新婦のように壇上の席に座る。サクラを中心にマサルとチヨの2名が並び、まさに結婚式のような様態になっていた。


「皆様、晴天にも恵まれて、桜が会場を染めております。このような日に多くの方に祝われることを永遠の喜びと感じます。本当にありがとうございます。本日はどうぞお楽しみください」


 サクラが挨拶をすると、会場中から割れんばかりの拍手が巻き起こる。その様子のサクラはとても美しい。皆の前で話をしたためか、頬は染めてサクラ色に色づいており、なおのことそれが似合う。

 そこまで似合う女も珍しい。


 アマネの同じテーブルに座っている隣の女が話しかけてきた。


「あなたは、サクラさんとどのような関係でいらっしゃるの?」


 その質問にアマネは、少し誇らしげに、答えるのだった。


「私とサクラは、お友達なんです」


 アマネの言葉に女は細い目で舐めるように見た。



 女は、若い。上から下へ見ると、少し地黒であるらしく肌は浅黒いが、今着ている黒のドレスと合わせることで、逆に煌びやかな雰囲気を纏っていた。自分の長所をよく理解している者の着こなしに違いない。

 髪はラフに緩く一つにまとめており、狐目の瞳とは違い、きつい印象を与えない。また、髪型でハリのある豊満な胸がより強調されている。

 総じて言うなれば、艶かしい大人の女であった。

 



 見た目の年齢は実年齢を判断するためにさほど重要ではない。この女の年齢を見た目からでは判断できないのだ。


「そうなんですか。それはまた……」



 好みの男に狙いを定めるように、女はアマネに狙いを定めた。


「ところで、あなたのお名前はなんていうのですか? 私とお友達になりませんか?」


「名前は、アマネと言います。お友達ですか……、そうですね。ここで会えたのも何かのご縁です。お友達になりましょう。----私もお名前を教えていただけますか?」



 アマネは、人を掌握する術を備えている。標準装備だ。

 例えるならば、末っ子が誰彼構わず、可愛がられてしまうと言うものの究極形である。それは、もともと主人に気に入られるようにするためのものだった。だが、これまでのアマネはあまりその能力を使ってこれないでいた。

 と言うのも、アマネがこれまでに仕えていた主人は、極度なロボット嫌いであったり、極度の人嫌いであったりとその誰もがその存在に負の感情を抱いていたので、その技術を使える条件を満たしてはいなかった。



 しかし、今回、この女はアマネとの間に正の感情を有していた。その感情の中に何かしらの黒い部分が含まれていて、アマネを利用しようとすることが主たる目的だったとしても、アマネからしたら、関係のないことである。

では、また投稿します。

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