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私は、弱いAIです。  作者: 伊吹ねこ
第一章 娘
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娘⑧−1

よろしくお願い致します

 命令の遂行のための答えは見つからない。アマネの答えは見つからない。まるで円周率のように無限に続くかのようにじっと思考していた。



 今、アマネはフリーズ寸前だった。自身の存在意義をもはや自分自身でも説明できなかった。アマネにとってそれはこの世に生み出されてから初めての経験であることは言うまでもない。生まれたばかりのアマネが奇跡のAIをもってしても自分の存在の理由を語れない……。



 ノックの音が部屋に響く。アマネは、その音に助けられるかのように、フリーズしそうだった自身を立て直した。



「ただいまお待ちを……」



 アマネは、そういうと同時にドアに向かう。そして、ドアを開ける。今のアマネにドアの向こう側にいる人物の予想ができなかった。



「アマネ様。昼食のお時間になります。これより、アマネ様のお世話係となりました。よろしくお願い致します。」


「リーさん。お迎えありがとうございます。それは、とても嬉しいです。よろしくお願い致しますね。」



 アマネがお礼を言うと、リーは静かに小さくお辞儀をして会食用の部屋に歩を進める。アマネは、少し不思議を覚えた。つい、2時間ほど前であるならば、リーは、話しかけてきたはずだ。だが、今回は、そのようなこともない……。不思議だと考えたが、アマネはそれを無視した。今、アマネの考えを占めるのは、上も下も、右も左もわからない事だ。それを考えないと先には進めない。だから、アマネは何も聞く事もなくリーの後ろをついていく。




 その間もアマネは、答えの導き出せない問題をひたすら考えていた。実際、それ以外は疎かになっていたと言ってもいい。自身の存在意義すら見出せないアマネは、メビウスの帯のごとき意義を導き出すという行動が最善であったのだ。



 だから、アマネとリーの部屋までの道のりは、無言であった。



 リーは、アマネのために会食用の部屋を開ける。扉を開けるとアマネは朝の席に着いた。席に着き思考をしていると、朝と同じような流れで二人が入ってくる。そして、朝のようにサクラとマサルが二人だけで楽しそうに団欒をする。



 その時も、アマネはその団欒に入ることはなかった。いや、アマネ自身入ろうとしていなかった。自身が陥っている閉塞状態の打開こそが何よりも優先すべきことだったからだ。



 だからだろうか。今日のアマネはスプーンやら、フォークやら、ナイフをよく落とす。アマネからしたら、ありえないことだった。いや、この空間にいるものならば、ありえないことだった。



 この部屋の床は、美しいマーブルが見えるように絨毯などを敷いていない。いや、このマーブル自体がメーンであり、絨毯などは引き立てる要素にすらならない。むしろ絨毯などの色が雑味となり、この美しく高貴なマーブルを台無しにしてしまう。そういった理由から、この部屋では絨毯を敷かず、マーブルに直接調度品を置いている。



 だからなのだ。アマネがスプーンなどを落とすたびに部屋中にその音が響き渡る。絨毯などを敷いていれば、このようなことはなかったが、高貴な者ほどそれらのものは落とさない。この響き渡る音は、つまり、恥なのだ。自身の行儀の悪さを周りに示している行為。それだけで、自身の()()さを説明している。



 そして、この空間にいる者であるならば、その行儀の悪さに憤りすら感じてしまう。その耳に直接響くかのような音で、マサルとサクラの団欒を著しく妨げているからだ。



「アマネ様。お気をつけください。」

「すみません。リーさん。」


 アマネが落とす食器をリーが新しいものに変えていく。



 アマネは、このありえない出来事について、分析を開始するが、答えは見つからなかった。アマネは、再認識した。



 何が世界で初めての完成された人工知能だ。と。何がその存在が奇跡だ。と。



「私は……、また何もできないではないですか……」



 アマネは、自身の存在が()()であると再認識させられた。



 だが、この空間でアマネの無作法を()()()でいる者が少なくとも二人いた。



 一人は、マサルだ。マサルは、知っている。アマネはこのようなことはしない。アマネの体は、奇跡のAIの命令に耐え切れるように作られた強靭にして精巧な体だ。この時代のロボット工学の全てが詰まっていると言っていい。AIが導き出したイメージを再現するために寸分の狂いが許されない体なのだ。こんな初歩的なミスをするはずがなかった。それは、1度目で確信に変わっていた。


 マサルは、信じられなかったが、()()()だ。




 そして、もう一人がミタだ。ミタも、アマネのこの無作法が誰かの故意によるものだと考えていた。それは、アマネのこれまでの心証でそう導き出せた。アマネは確かに幼い。だが、このような無作法を何度もするはずはないと考えられた。



 ミタは、違和感を感じて()()()だ。



 そして、昼食が終わり、サクラとマサルは共に部屋から出て行った。



 取り残されたアマネは、深い焦りを覚えていた。自身の門外顧問的プログラムがアマネを激しく罵ってくる。だが、アマネは、その罵詈雑言とも呼べるシグナルに対して、行動を起こせないでいた。



 自身の行動の正しさを説明できないということは、ロボット原則一条に記載されている“人間への安全性”について、加えて、同原則二条の“命令への服従”についての正当性が確保できないということを意味する。



 ロボット三原則は絶対だ。これを無視しての行動は許されない。アマネは、必死で自身の正しさについて分析していた。だが、いくら考えようともアマネには導き出せるものではない。



 数々の深い思考の中。アマネは静かに立ち上がる。そして、フラリフラリと歩き出した。そのおぼつかない足で部屋を後にした。


 何も知らない者からすれば、心ここにあらずの今のアマネの行動の理由は、マサルとサクラがいる席での再三にわたる失態と思うことだろう。ここにいる者からすれば、それはアマネという人間がサクラの友達にはふさわしくないと断定するには十分すぎるほどの理由だった……。




 そして、その小さな出来事を機に、この閉鎖的な屋敷内で驚くほど早く、そして根強く、噂となって広がっていくことになる。



『アマネ様は、躾がなっていないのでサクラ様のお友達にはふさわしくない』

『アマネ様は、低俗な出身らしい、やはり、サクラ様のお友達にはふさわしくない』

『アマネ様は、いつもふらふらと歩いている、お友達にはふさわしくない』

『アマネ様は、当初のようにサクラ様のお友達になることに熱心ではない。だから、サクラ様のお友達にはふさわしくない』

『あの方は、もはや何を考えているかわからない。不気味よ。』



 あの小さな出来事は、アマネに対する負の先入観を抱かせた。それはアマネも自身の正当性を証明できないがために、行動に僅かながら誤差を生じさせていたことで、ミスを誘発させる結果となって多くの不祥事を起こしてしまっていた。それがこの噂の根拠となって不動のものになっていった。




 もはや、取り返しがつかない状況。言い訳などまかり通らない。そして、アマネは、何回時計が同じ時間を示そうが、何回太陽が自身の頭上で輝こうが、何回サクラの部屋を掃除しようが……、自分の正しさを……一度たりとも説明できないでいた。



 ……それは出来事から一年経った今でも正しさを説明できていない。つまり、アマネは、一年間サクラと友達になっていないということになる。


 これに対して、マサルも考えなくてはならない状況に置かれていた。この一年間アマネに対して、いくら催促しようとも効果がなかった。もう、ダメなのかと思ったのと、アマネの異常が気になったためだ。良くないことが起こりそうなそんな違和感を抱えていた。


よろしくお願いしたします。

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