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私は、弱いAIです。  作者: 伊吹ねこ
第一章 娘
16/23

娘⑦

 宜しくお願いします。お楽しみください。

 アマネとコバッチーとのやりとりは、すぐに終わってしまった。意外にも、マサルの部屋にすぐ着いてしまったためだ。


 この事態に一番落胆しているのは、コバッチーなのは確かである。それは、アマネの顔をいつでも思い出せるように、瞳に焼き付ける行為に専念しているところからもわかる。だが、アマネのことを思えば、これ以上の関わりはすべきではないということも百戦錬磨のコバッチーには、わかっていたためアマネに言葉をかける。



「アマネ様、今日はお会いできてとても嬉しゅうございました。また、お会いできることを願っております。」


「はい、コバッチーさんここまでありがとうございます。また、お会いできますよ。同じお屋敷にいるんですもの。」



 アマネは、そう言ってコバッチーに笑顔を向けた。その笑顔をも独り占めしたコバッチーは満足げに笑みを漏らして、アマネに一つお辞儀をし、去っていく。



「さて、では参るとしましょう。」


 アマネは、独り言をポソリと呟くとマサルの部屋のドアをノックした。アマネがドアをノックすると、古い館なら、キーッと恐怖を煽るような音と速さだったことだろうがそうゆうこともなくスーッと音もなくわずかにドアが開いた。



 ドアの隙間からまるで冷気でも漏れているかのような冷たさが感覚的に足元に流れていた。普通の人ならば、悪寒でも走ってしまいそうになる雰囲気が漏れ出していたと言ってもいい。



 その開いた扉から出てきたのは、黒髪おかっぱボブの日本人形のような顔をした幸薄そうな一人の美女であった。この屋敷においては珍しい、この女性はあまりにも若い見た目をしていた。齢20代後半のような見た目のこの女は、そっと扉から顔を出して



「主人に何かご用でしょうか?」



 扉の前に立っているアマネにそう言った。初見の人間ならば、目を閉じて現実逃避してしまうし、初見でなくとも、後ずさりでもしてしまいそうな怖さを女はその美しい顔に孕んでいた。だが、アマネは怖気付くことなく用件を言う。


「サクラさまのことでマサルさまにお話をしたいことがあります。お取り次ぎをお願いできますか?」



「お待ちください。」



 アマネの言葉を聞き女がそう言うと、女は音もなく扉を閉めた。アマネは扉を閉めるまでの動作を終始見ていたはずだが、いつ閉めたのかわからないとまで考えるほどであった。そこまで女の動作は、音がなく、残像が見えるほどの錯覚を覚えた。



 しばらく経つと再び冷気が立ち込めるような雰囲気とともに扉が開いた。



「お待たせいたしました。主人はご多忙極まるため、あまり時間が取れないですが、それでもよろしいですか?」


「はい、それで結構です。」



 アマネが返事をすると、顔が見える程度しか開いていなかった扉は人が通れるほどに開く。



 扉が開くと、女が奥に消えるのでアマネもそれを追うように扉の奥に歩いていった。扉の奥には、正面の机に座っているマサルがこちらを見ていた。



「やあ、ようこそアマネくん。何かご用かな?」


 マサルがそう言うと、アマネは、少し躊躇う素振りをして先ほどの女をちらっと見た。その様子をマサルは、正しく理解した。



「サルトビくん。少し二人だけにしてくれるかい?」


 マサルがそう言うと、女−−−−サルトビというメイドは、音もなくその場から消えていった。アマネには、その様子が明確に見えていたが、それでも消えたというこという表現が適切であった。



「サルトビくんは、本当にすごいな。ずっと見ていたのに、いなくなるまでわからなかった。」



 マサルはサルトビがいた場所からアマネに目をやると、ニコッと笑みを向ける。


「それで、何の話かな?」


「はい。もちろんサクラさまのことです。サクラさまの現状についてお話しください。」



「質問が広いな。具体的にはどんなことだい?サクラと友達になれるというのなら私は、何でも話すつもりだが。」



 マサルがそう言うと、アマネは再び思考する。この内容は、本当に聞いてもいいものかと自問し、自答する。それは、時計という存在では測れないほどの限りない“時”。


 そして、アマネは、言葉を発する。



「サクラさまのお身体のことです。マサルさまが意図的にこのことをお話しにならなかったのは、推察できます。ですが、私が来たわずかな時間ですら、違和感となり、大きな問題となっているのです。それは、おそらく私の演算を覆すほどの大きな問題です。」



 アマネの言葉を聞き、マサルは眉をひそめる。


「……、隠していたわけではない。聞かれたのなら、答えていた。だが、私は、これは友達になるために必要なことではないと思っていたのだ。」



 マサルは、一度視線を下に向けてから再びアマネを見て



「けれども、君は友達になるために、このことが必要であると感じているのだな?」



 この質問にアマネは、思考する。実際に、サクラの友達になるためには必要なことではない。このことを聞かなくても、間違いなく友達にはなれる。そう、友達になれてしまう。



 アマネはAIとして情報の不足を何よりも忌避とするのだ。できることなら、全て知っておきたいし、できる限り知っておきたい。アマネはすべての情報を得て、最善の手段を講じたいと常に考えている。それは、サクラのすべてを知り、すべてを予測するためだ。“覆ることのない”答えを導く出すために、貪欲に情報を得る。間違えることのないAIがアマネなのだから。



 だが、アマネのその裏にあるものをヒトは言葉こそ違えども“恐れ”と表現する。アマネは自身ではわからないほどに、恐れていたのだ。自身の答えが覆ってしまう瞬間を……。自分の存在意義がなくなってしまうかもしれない瞬間を……。すべてが何もなかったように消え去ってゆく瞬間を……。



 アマネは再び思考する。それは、時計という存在が測れる限りある“時”。


「はい……。」



 アマネは小さくそう言った。友達になるという命令を遂行するためにアマネは、サクラについての一切を聞こうとした。使命を果たすために。より優位に計画が進めるようにするために。



「わかった。教えよう。サクラについて……。」



 マサルは、少し過去を思い出すかのように天井を仰いだ。そして、アマネを見ると


「サクラは、死ぬ。」



 マサルは、アマネから一瞬たりとも目を離さなかった。そのただならぬ言葉の重みと迫力にアマネは、マサルの言葉を繰り返す。



「死ぬ……。」



 その言葉にマサルが反応するように、言葉を続ける。



「そうだ、サクラは死ぬ。先の話ではない。医療技術がいくら発達しようとも生きているものなら死ぬことは当然に起こりうることだ。誰しも“死”からは逃れられない。」



 マサルは、そう言うと椅子から立ち上がる。



「このことは屋敷のものは誰も知らない。サクラに“言わないで”と口止めされていることでもある。だから、私はあの時君にも言わなかった。サクラのことを思っているのなら、例えロボットであったとしても、このことを言うのは優しさではないと思っていたのだ。」



「では、なぜ今私に話したのですか?」



 この話を聞いてアマネは思っていたことを口にした。




「それは……私は、君のことを知っている。おそらく、君の開発者を除いたら、この世で私が一番君のことを知っているだろう。君は、世界で二つしかない完成されたAIだ。その存在は奇跡。私よりも優れているし、この世界に存在するすべてのものより優れている。そのAIが友達になることには、サクラのことを知っておきたいと言っているんだ。私がいくら話したくはないと思っていても、サクラがいくら知ってほしくないと願っていても、私は話すことを選ぶ。サクラには時間がないんだ。」



 マサルの言葉が先ほどの強いものから優しいものへと移り変わる。



「私の可愛い娘には、幸せになって欲しいと思っている。だが、人にとって幸せが千種万様であることもわかっている。これは私の知っている幸せだ。そして、私がサクラに無理やり与えることのできない繋がりの一つでもある。サクラにも“友”という存在を……友達といることが幸せだと感じて欲しいのだ。サクラには、“ただ生きるのではなく、善く生きて欲しい。”」




 アマネは、いつも正しいと思う行動をとっている。そして、それは実際に正しい。しかし、アマネの行動は友達になるという“結果”を遂行するために、逆算しての行動であるが、感情がないアマネは、相手の感情を無視する。答えを導くために相手を蔑ろになってしまう。それは、ロボットであるならば、知らずにしてしまうことだ。



 だが、人間社会という社会に存在していく中でそれは善い行動ではなかった。




「時間がない。とおっしゃいますが、実際はどれほどなんでしょうか?」


「二十歳までは、生きてはいける。だが、それから先はどうなってもおかしくない状態が続くことになるだろう。というよりも、これは確定だ。立って歩けないし、話すこともできないだろう。」



 マサルは、ため息を吐いた。


「そうですか……。」


「君には、できるだけ早く友達になって欲しいのだ。アマネにはそれができるだろう?」



 マサルの問いかけにアマネは言葉として応えることができなかった。期待を込めて見つめるマサルの視線にかろうじて小さく頷く程度の反応しかできなかった。



 その後、アマネはマサルの言葉をただ聞くだけして、マサルの部屋を後にした。



 アマネがマサルの部屋を出た後、どこからともなく現れたサルトビはマサルにアマネについて話していた。



「彼女には、無理だと思います。追い出された方がよろしいのではないでしょうか?」


「そうかもしれないし、そうではないかもしれない。ただ、私にとっては、彼女を追い出す理由はないし、これからも追い出すことはない。」



 サルトビは、マサルの言葉を聞き、頭をさげる。



「出すぎたことを言いました。お許しください。」


「大丈夫だ。私たちでは、彼女の進化は予想できないし、真価はもっとわからない。」



 マサルは、そういうとアマネが来るまでにしていた仕事を黙々とこなし始めるのだった。



拝啓

 サクラさまのことをマサルさまから聞きました。そのことを聞いて私には、お友達になるためにはどうしていいのかわからなくなりました。もちろん誰にも言うつもりはありません。




 でも、一つだけ確かなことは、サクラさまと友達になりたいという結果は変わらないことです。

敬具


「旦那さま……。私は、どうしたら良いのですか……。」



◆◇◆◇

 マサルの部屋から自室に帰ってきたアマネは、これからのことを考えるために窓の近くにある外の景色が見渡せる椅子に座った。それから、うたた寝をするかのようにアマネはスリープモードに入る。




 今アマネは、考え事をする。この時アマネは、なんだか関係のない光景が思い起こされていた。それは、前の主人と最後に登った山の出来事である。自分の答えはひとつであり、迷うことはないと考えていた。だから、あの時主人の言葉の意味がわからなかった。深く考えようとしていなかった。



「あの時、旦那さまはなんと言っていたのでしょうか……。」



 アマネは、そう呟いて主人との記録を探る。


 主人は言っていた。迷った時は、“自身にとって優しい選択肢”それに従って進めと……。アマネは、その言葉を思い出していた。

 複雑に入り組んだ人間社会は、自然現象のように……、自然現象よりも法則性がなかった。アマネは、理解していなかった。いや、ヒトについてアマネは、理解していた。だが、ヒトが多く集まる社会において、法則性を発見することを得意とするアマネにはその空間が理解できなかった。そこには正解なんてなかった。アマネが思考していたように、迷わない自身なんて存在していなかった。



 簡単に言ってしまえば、“見積もりが甘い。”“浅慮だ。”と断じることはできる。だが、そうではない。アマネはマサルが言っていたようにこの世界にて、二つしかない奇跡の頭脳を持つ完成されたAIなのだ。そのアマネですら、予想できない事象……。そう考えるほかない。



「自身にとって優しい選択肢……。どういう意味なのでしょうか……。」



 アマネはその言葉について考えを始める。


 優しさとは……、姿、様子が優美である。性質が素直でしとやかである。……etc.



 アマネは、自身の頭の中に入っている。優しさという言葉について検索をかける。


 いくら検索を掛けようと言葉は言葉である。言葉とは、概念の一部を曖昧に説明するためにはとても便利なツールであるが、概念全てを説明することはできない。そして、主人が言っていた“優しさ”とは、短いからこそ主人の持つ概念の全てが込められていると思ったほうがいい。言葉単体の一般的意味を調べたところでその中に答えなどないことにアマネは気がついて、その行為をやめた。



 アマネは、試みる。マサルから話を聞いたことは、これからのことを進めるにあたり、必ず役に立つ。それは確実であった。聞いて損なんてない理由であった。だが、なんだか主人の言葉が違和感となり、完全な正解だと言い切れずにいた。



「わからない。わからない。わからない……。」



 完全な頭脳を持つものでもわからない。それは、確実にある。


 アマネは、自身の正当性を説明できないでいた。つまり、アマネが見ていたこたえに霧がかかり始めた。それはアマネの行動から大胆さ、斬新さ、自信……etc.。それらありとあらゆる一切がなくなったことを意味する……。

ここ数ヶ月は、更新が遅いかもしれません。止めることはないですので、ご安心ください。

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