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私は、弱いAIです。  作者: 伊吹ねこ
第一章 娘
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娘⑥

宜しくお願いします。

 虐待、イジメ、戦争……。人は残酷だ。大きいものから小さいものまで、気持ちが大きくなるにつれて残虐度が大きくなる。

 かつごろし、ごろし、みずめ……。人は残酷だ。気持ちを持つことで人はどんなことでもできてしまう。効率よく人を排除する方法がいくらでも思いつく。人の心が決まった時、どんな存在よりも残酷になれる。



 どれだけ大きな気持ちかは定かではない。だが、確実にアマネを拒絶している。リーはどれほどのことをしてもアマネをサクラから遠ざけようとする。それは、アマネをこの屋敷から追い出すことと等しい。


 拒絶しようと思う根底にある気持ちが問題ではない。行動を起こす理由は関係ない。現にサクラのことを大切に思うが故に、リーはマサルの命令を無視して独断の行動に出ようとしている。これは、明らかに許される行為ではない。しかし、これは憎悪ではないし、嫌悪などでもない。それは、サクラへの愛がそうさせる。そうさせた。アマネを追い出す理由はただそれだけだ。ただそれだけで、人は残酷なことができてしまう。



 リーの根拠のない不信感が確信のある不信に変わった時、何もないミタはアマネに質問をしていた。



「アマネ様は、何だか作業中に次に掃除をする場所を考えているのですか?」



「え?はい。考えています。ヒトの体は、明確なイメージほど体がスムーズに動くものです。もちろん、自らの潜在能力を超えての行動は明確とは言えませんが……。あとは、どんなものを状況でも嬉しさを表に出すことでしょうか。」



 アマネは、ミタに対して笑顔を向けた。


 ミタは、なるほど。と頷いた。そうして、メモ帳にメモを取るように、手の平にアマネが言ったことと思わしきことをメモする動作をする。



「ミタさん。それは何しているんですか?」



 ミタは、集中しているが、アマネの質問を保留せずに応えた。



「執事やメイドといった者は、主人の予定を聞く時にデバイスにメモを取るということはしません。デバイスにメモを取るという行動自体が執事やメイドとしての能力の低さを意味していますし、情報の漏洩にも繋がります。ですので、私の場合は、手の平に要点だけを書くことで、忘れないようにしているのです。」



 アマネは、感嘆の声を漏らした。



「それは、すごいですね。ミタさんは手の平に書いてしまえば、忘れないのですか?」


「はい、私の場合は、一度書いてしまえば、忘れることなんてありません。これも、年の功というものですわ。お恥ずかしい癖というものです。」



 その言葉に、リーは擁護に入る。


「そんなことありません。私がミタ様のようなことをしても、全く覚えられませんもの。旦那様の予定を覚えるだけで一苦労です。何しろ、旦那様は多忙ですから。」


 リーは少しため息を吐いた。


「ふふふ。マサル様は、世界でも有数の大企業ですものね。色々大変なこともおありです。」



 少し笑みをこぼしながら、アマネはいった。



 だが、その言葉にリーはミタとは違い、笑みを返すことはなかった。


「本当ですわね、それに奥様も旦那様と同じほど忙しいので、本当に大変です。」



 とミタがアマネとの談笑を広げている間、リーは気持ち悪いと感じていた。



 リーは、アマネに感情がないと気がついた時からアマネの発する言葉が気持ち悪いと思わずにはいられなかった。アマネのことを人の皮を被った“何か”であると思わずにはいられなかった。



 アマネが言葉を発するたびに、その感情があるように話すアマネの声が自身の心の池に波紋を起こす。今まで人を心の底から気味が悪いと思ったことはなかった。得体の知れない者に心臓を鷲掴みにされているような不快感をリーは否定しきれなかった。



 笑いを見せている裏で何を考えているのかわからない恐怖感。目の前の人がもしかしたら人外の者ではないかという恐怖感。その者の狙いは自身が大切に思っているサクラであるというどうしようもない憤り。



 アマネを見ているとあらゆる感情が渦を巻き出した。アマネの行動のすべてに拒否反応が起こった。見ているだけで、吐瀉物でもこの部屋に撒き散らしそうだった。



 リーの瞳に影が落ちた。



 それからのリーは何かを探るような目をアマネに向けていた。それは、上司であるミタがリーに話しかけても心ここにあらずというような様子で、ミタの返しですらおざなりになっているほどだ。リーは、掃除の途中ずっとそんな様子だった。



「リー! リー! リー! 何をそんなにアマネ様を見ているのですか。」


 ミタの強い言葉に思わず、ハッと我に帰るリー。


「あ、いえ、少し考え事をしていまして……。」


「考え事ですか?仕事中に何を考えているのですか? 」



 リーは、ミタの質問に対する答えを探るように言葉を言う。


「それは……、そのアマネ様の……、技術を……、盗もうと思っていてよく観察していたのです。」



 戸惑いを見せながら絞り出した言葉であったが、この言葉にミタは納得した。


「そうですか。リーもアマネ様の技術の素晴らしさに見惚れていたということでしょうか。リーもよくわかっているではありませんか。よく観察しなさい。そして、この素晴らしい技術を盗むのです。本当に素晴らしいです。」



「は、はい。もちろんでございます。」



 リーは、安堵したように言った。



 その間にも、アマネは黙々と作業を続けている。だが、マサルの机の上で明らかに伏せられているとわかる写真立てに目が行き、伏せられた写真立てに入った写真を見た。



 そこに入っていた写真は、カプセルのような医療機器に入った生まれたばかりと思わしき赤ん坊だった。


 だが、単にカプセルに入って保護しているわけではなさそうだ。その子の全身には管が繋がれていた。へその緒だってまだ繋がっている状況だ。



 その写真を無言で見ていたアマネにミタは声をかけた。



「それは、サクラ様です。サクラ様は未熟児であり、自発呼吸をしておりませんでした。そのため、このようにして呼吸をするまで人工的に呼吸をさせているとマサル様より伺っております。」



 アマネは、わかっている。それだけではないはずだということ。それだけのためなら、こんなに全身に管をする必要はないということ。詳しいことはこの写真だけでは情報が少なすぎて、わからないがメイド長のミタにも、あまり知らせていないところを見ると、とても重い病を先天的に持って生まれてしまったのだろうとアマネは考えている。



 本来ならば、サクラの友達になるために、ミタからより詳しく聞きたいところなのだろうだが、それはできそうにない。



 ミタは、その写真を見て、泣いているからだ。



「旦那様は、この写真を見て、とても喜んでおいででした。長らく子供ができなかった旦那様ですから、その喜びは一入でございます。ですが、このご様子のサクラ様を見て深く懺悔しておりました。“ごめんな、サクラ。”とこの写真を見た旦那様は、いつもつぶやいております。」



 その言葉にリーは涙ぐむ。


「私たちの元に来た時には、普通と呼べるまでにご回復なさっておりましたが、やはり、毎日の診断は必須でございました。そして、今もなおその状態は継続しておられているのです。」



 サクラは体が弱いという話だけしか聞いていなかったアマネは、より詳しくマサルに聞く必要があると考えた。マサルは、サクラの友達になれという命令だけで、サクラ自身のことについてはあまり詳しく話そうとしなかった。


 その時アマネは、サクラについてのことは聞くべきでないとマサルの表情から判断して聞かなかったのと“友達になれ”という単純明快な命令であったため、詳しく聞かなかった。だが、ここで大きな欠落となってアマネにのしかかる。


 情報の欠落を何よりも忌避すべきはずのアマネにしては、珍しい失敗。



 この情報の欠落は甚だ大きい。アマネは、サクラの友達になることがここまで大きな問題であるとは、考えていなかった。



 アマネのトップダウン式のAIには、友達に関しての情報があった。だが、その情報が総じて辞書のような内容に似ていた。


 その情報では、友達とは、“気づいたら出来ている”というようなあやふやな内容であった。だから、アマネはこの情報から判断して友達になることは、基本的に簡単なことであるというところに行き着いていた。



 しかし、そうではなかったのだ。この写真を見てから、アマネは、マサルに詳しく聞くことを思い立った。この情報は、サクラの友達になるためにはとても重要なことであると判断した。


「ここに来られたことは、僥倖でありました。早く済ませてマサル様のところに行くとしましょう。」



 アマネがそうつぶやいて、行動を開始する。開始してからのアマネは、まさしく疾風。技術を盗もうとするミタにとっては、瞬きをすることを許さないほどの高速であった。



 その間、ミタは手伝わずにただじっと見つめていた。どんな技術をも見逃すまいという高尚な精神だが、メイド長としては落第であると言うほかない。ただ、ミタをフォローするのであれば、アマネに手伝いなど必要ないということもある。所詮ヒトのミタが手伝ったところで、少しの時間の短縮という程度にしかならない。下手をすれば、足手まといにすらなってしまう。



 アマネが、40畳あまりの書斎を整頓していく。紙が見る見るゴミ袋の中に入れられていく。アマネが掃除を本格的に開始してから、ミタは一度たりとも瞬きをしていない。だが、ミタには昔の漫画のように笑える速さで片付けられている部屋の様子に理解が追いつかないでいた。つまり、ミタはアマネの技術を何一つも盗めていなかった。



 ミタは、汗を流さずにはいられなかった。




「さてと、だいたいこんなものですか。」



 アマネがふうと息を吐き出した。



 その様子にリーも汗を流さずにいられなかった。この部屋の変貌ぶりに汗を流したのではない。アマネの“言動のすべて”にである。もう、リーは止まることはない。この“化け物”をこの屋敷から追い出さなくてはならない。それは、サクラのために自身が職を失うことをも厭わない。



「ミタさん。仕事の確認をしていただいてよろしいですか?」



 アマネは、先のサクラの部屋のように仕事の確認を願った。だが、ミタ自身そのような場合ではない。この状況を整理できないでいた。


「ええ。よろしいと思います。」


 頭の容量を全てこの状況の理解に使っていたミタは、反射的にそう答えていた。


「ありがとうございます。ところで、今、マサルさまはどちらにおられるのですか?」


「旦那さまは、自室におられると思います。」



 今のミタは、考えて喋っていない。ほとんど反射である。



「では、私はマサルさまとお会いする用事ができましたので、失礼します。」



 アマネがミタとリーにお辞儀をすると、マサルの書斎を後にした。リーはアマネを目で追っていた。その視線には狂気じみたものが含まれていた。



「気持ち悪い……。」


 そう呟いた。



◆◇◆◇



 今、アマネはマサルの部屋に向かっている。この屋敷に来てまだ一晩しか経っていないアマネが迷うことなく、行ったこともないマサルの部屋に迷うことなく行き着くことは、あまりいいことではない。それは、マサルの命令のサクラにロボットであるとバレないようにするという“約束事”を守るためにもいいことではないのは、明白である。




 だから、今アマネは、無鉄砲のようにマサルの部屋とは違う方向に歩いている。



 それは、そこにヒトがいるからに他ならない。アマネには、生命体を感知する装備がいくつも備え付けられている。高性能ロボットであるアマネには、標準装備だ。



 使用人を視認するとアマネは、戸惑っているという演技をする。



「あの……、すみません。少し道に迷ってしまったのですが、マサルさまの部屋はどちらにあるのですか?」



 アマネは、目的のことを目の前の執事の男に伝えた。



「これは、アマネ様。先ほどぶりであります。とは言っても、こちらの一方通行の認識です。では、改めまして、私は、この屋敷の使用人の一人のコバヤシというものです。気軽に、“コバッチー”と呼んでいただけたら、嬉しいです。お嬢様もそう呼んでおりますので、こう呼ばれることが私の喜びなのです。」



 紳士的な男だった。コバヤシ ───コバッチーと呼ばれるその男は、執事らしく口ひげを所有する比較的若い人物である。その証拠に口ひげには、白いヒゲがちらほらと見られる程度である。この屋敷において平均年齢を下げている人物である。

 目には、片眼鏡をつけており、鼻は高い。総じてイケメンであると言っていいだろう。年のおかげで若い頃の老け顔がいい様子に化けていた。



 コバッチーを少し見上げる形になってしまうアマネは応える。



「これは、挨拶もなしにすみません。私はアマネです。先ほどぶりです。それで……」



「はい。主人の部屋ですね。私がご案内して差し上げましょう。」



 そう提案するコバッチーにアマネは、頭を下げたまま


「宜しくお願いします。」



「ほっほ。執事に頭なんか下げなくてもいいです。ご両親のしつけがよろしいのですね。では、ついてきてください。」



 コバッチーは、そのままアマネを案内する。


「先ほど、ミタ様とリーとご一緒されておりましたな。」


「はい、マサル様の書斎のお掃除をさせていただいておりました。」



 コバッチーは、バッと後ろについてきているアマネに振り返る。


「主人の書斎のお掃除ですか。それはさぞ大変だったでしょう。」



 この屋敷内では、やはりマサルの片づけられないということは有名であるようだった。



「いえ、私の一つ前の旦那様を思い出して、少しほっこりしました。」



 ふふっと笑うアマネは、人だった。その笑いは、老若男女問わず全ての者を巻き込んでしまうほどの破壊力を有していた。当然、その笑みを独り占めしているこの男は、その顔に魅了される。



 男が恋に落ちるなんていうのは、至極単純だ。一瞬だけでも見せるその可愛らしい表情を見ただけでも、恋に落ちてしまう。男が女を好きになることに積み重ねなんていらない。一発、琴線に触れさえすればいいのだ。ただそれだけで、男は恋に落ちてしまう。単純すぎて、実に驚くところである。



 この男、コバッチー ───コバヤシも恋に落ちた。メイド見習いの麗かな乙女に、マサルと関わりのある友人の娘という乙女に、サクラと同い年という乙女に、恋をした。



 その衝撃は、顕著にコバッチーに現れる。どうしようもなく、アマネを見ることができなくなってしまったのだ。


 その様子を不思議に思わない者はいない。


「コバッチーさん、いかがなさいました?」



 必然的に見上げる形のアマネの上目づかいは、コバッチーの鼓動を速める。



「いえ。なんでもありません。マサル様のところに行きましょうか。」



 平然としていた。この屋敷の使用人は、一流しかいないので、心に押し寄せてくる台風級の暴風にも平然としていられた。



「ミタ様とリーは、どうでしたか?ミタ様は、非常に優れた方です。ですが、リーのことについては、あまり関わることがないので、わかりません……。」



拝啓



 本当にミタさんは、とてもお優しい方です。マサル様のお掃除でも、褒められてしまいました。そして、リーさんも私は好きです。とても、仕事熱心でおられると思います。マサル様のお掃除の時も、黙々としておられました。時折、私とも目があうので、とても親しみやすいと感じています。また、リーさんとも二人で仕事をしたいと思っているほどです。



 今日のお掃除は、とても楽しかったです。誘っていただけたことに感謝せねばなりません。



敬具

男ってすごく単純です。

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