娘④
宜しくお願いします。
これでアマネのことはすべての使用人に知れ渡った。そして、サクラと友達になるという目的も。
アマネが使用人の前で挨拶をしている時、サクラは自室にいた。それを知っているミタは、この場にサクラがいればいいと思っていた。そうすれば、アマネのこの熱意が伝わって仲良くなれるはずだと。
しかし、ミタは、サクラにこのことを伝えない。ミタは、アマネの味方であるが、それと同時に、サクラの味方でもある。しかし、優先順位で言ったら、サクラの方が断然に高い。仲良くなれるかもしれないという何の根拠もないあやふやな自己分析をサクラに伝えることはないのだ。そして、それはこの場の全員が思っていることである。アマネがこの場で、友達になりたいということは、この場にいる者の口からサクラに伝わることはない。
サクラは、ヒトの友達を作らない。それは、この屋敷の使用人ならば、誰もが知っていることだ。
それは、7年ほど前、サクラが9歳になったばかりのころだった。この屋敷にもまだ、若い使用人がいた時の話。
今でさえ、この屋敷は、高年齢の者ばかりになってしまっているが、そのころは若い使用人を雇ったりもしていた。
それは、人工子宮の使用によって、年々右肩上がりに増える人口に雇用が完全に間に合わなくなったため、すべての大企業と一部の中小企業に対して、企業の大きさよって、必ず雇うべき“世界認定”の未就労者の人数を割り当てた。それが、エンプロイメント・コントロール。当然にマサルの会社もその対象になる。世界最大級の企業ならば、その背負うべき人数も多くなる。しかし、大きな企業といえども、その数は、背負うことが難しいほどの人数が割り当てられていた。だから、マサルは仕方なくこの屋敷で雇うことにしたのだ。
そのエンプロイメント・コントロールの施行が今から40年ほど前、アマネの前主人が会長を務める時代である。そして、マサルが、この屋敷の若い使用人として雇うことにしたのがそれから31年ほど後のことだった。
若い使用人がこの屋敷にいた時は、サクラも年齢が近いため、その使用人達によく懐いていた。サクラは、その時7歳で、若い使用人達の平均年齢は、15〜16歳ほどだった。若い者ならば、13歳だったりとこの時代は、雇用年齢に制限がない。働きたいという者ならば、何歳だって働けた。
そのためか、使用人とその雇用主という立場を超えていたと言ってもいい。だが、それが間違いだった。
使用人も、初めのうちは、念願叶って就労することができたので、ある程度の主従関係にも似た関係を形成していた。だが、2年を過ぎた頃、その関係は徐々に変質していった。
それは、年齢が若いための未熟さだったり、仕事に慣れてしまったり、この屋敷で最重要人物のサクラが物心ついたばかりの子供であったりと要因は様々であるが若い使用人たちは、サクラとの距離がだんだんと近くなっていた。それは、友人とも表現できるものになりつつあった。
「サクラさま。サクラさまは、同世代のお友だちは作ったりなさらないのですか?」
当時、サクラは、就学して少し経った頃だった。通信教育で少ない通学であったが、他の子供達には友達と呼べる関係が構築されているのに、サクラには
友人と呼べるものはいなかった。いつも一人で過ごしていた。それは、就学先に同行している使用人がよく知るところである。
「サクラに……、サクラにお友達なんていらない。だって、みんな子供なんだもん。だから、いらない。」
使用人の何気ない質問にサクラは、答えた。
「ふふ、そうなんですか? サクラさまは、お年の割に本当に大人ですものね。それに、私たちがサクラさまのお友だちですもの。焦ってすぐにお作りになるものではありませんわ。」
他愛のないやりとり。いつもなら、こんなやりとりでもサクラは楽しそうに笑う、はずだった。それなのに、今日のサクラは笑うことがなかった。なんだか暗い顔をして若い使用人のその言葉に下を向いている。
その様子に違和感を感じて使用人は、
「サクラさま? どうなされました? 具合でも悪くなられましたか?」
「サクラとあなたたちはお友達?」
サクラは、小さく呟いた。サクラにとってそれは質問とかそんなことではなく単なる独り言であったが、使用人は
「もちろんです。私たちとサクラさまは、もうお友達です。」
とてもハツラツと元気がいい声で応えたのだった。使用人は、サクラの一番近くにいる者ということ。そして、サクラのことを一番よく知っている者ということで、使用人はそういう事を言いたかったのであろう。それは、一般的な思考的にも、間違いではないし、そして、何よりも、若い使用人たちは、サクラの事を大切に思っていた。
「だから、私たちになんでも話してくださっても構いません。年齢が離れすぎていると言えないこともありますからね。」
その言葉は、話のうちの悪い内容が対象者に聞こえることがないようにサクラの耳元で優しく言った。
「サクラとあなたたちは、お友達なんかじゃない……。」
静かにそういった。その言葉は、7歳の小さな子供が言う言葉の重みではなかった。静かに冷たく、すべてを否定して否定して、否定した先に見出した絶対に覆ることのない意志がそこには含まれていた。
それを聞いた使用人は、表情が強張った。こんな言葉を聞きたかったわけではない。いつものように“ありがとう”と言って欲しかった。いつものように可愛らしいその手で引っ張って欲しかった。
サクラの言葉は、サクラとの楽しい日々を走馬灯のように駆け巡らせるのに十分すぎるほどの攻撃力が多分に含まれていた。使用人は、その絶対的に自分を否定している言葉に……、畏怖した。
「それは、一体どうゆうことでしょう、か?」
「サクラは、死神なんだよ。だから、友達なんていらない。」
使用人はどうしたらこの状況を改善できるかがわからなかった。先ほどまで楽しげな会話をしていたのに、サクラは友達という言葉に敏感な反応を示して、雰囲気が一変した。目の前にいるのは、使用人たちが大切に思って止まない可愛らしい主人ではなく、目に見えて敵意をむき出しにする一人の人間だった。
「サクラさま……?」
いつも元気で多少わがままを言ってしまう様な可愛らしいサクラはもはやそこにはいない。
「サクラは、あなたたちのことが嫌いです。もう近づかないでください。嫌いです。嫌いです。嫌いです。嫌いです。嫌いです。嫌いです。大っ嫌いです。」
サクラは、ヒトの友達を絶対に作らない。それは、16歳の時に始まったものではない。もっとずっと前からサクラは友達を作らない。それは、サクラの言葉を借りるなら、「死神」だから。その本意は、サクラ以外誰にもわからないことであったが、少なくともいい印象は与えない。
サクラの言葉以降、若い使用人たちはやめていった。あれ以来、サクラの態度が激変したためだ。あんなに懐いていたサクラが避けるように寄り付かなくなった。
この屋敷の重要人物に嫌われるということは、仕事すら満足にすることができないことを意味する。それに、サクラの家は、大富豪。サクラが明らさまに避けている使用人をわざわざ継続雇用する必要もない。そういった理由で、自ら辞めていった者や辞めさせられた者。そんなことを繰り返しているうちに、サクラの周りには、サクラよりも随分と年齢の離れたものしかいなくなった。
そういった盛衰を見ていたミタは、サクラに聞いたことがあった。
「サクラさまは、このままでよろしいんですか?」
すると、サクラは間を置かずに答えた。
「ええ、これでいいのです。私は、死神。私に、友達は必要ない。誰にも、知られることなく、誰にも覚えられることなく、誰とも関わることなく、それでいいのです。」
ミタは、サクラのこの言葉を聞いた時ほど悲しいと感じたことはなかった。そして、同時にサクラは、無理にでも孤独というものになろうとしている。とも感じた。
この屋敷の使用人のすべての者は、このことを知っている。だから、アマネがサクラの友達になる。という宣言を良い方には受け取らなかった。
16年間友達のいなかったサクラに友達ができることは、本当に素晴らしいことである。出来ることなら、友達になってくれと思っているが、思ってはいるものの同時にそんなことできるはずないと強く思っている。またあの時のようになってしまうと思っていたためだ。
だから、ミタを含めて、協力はするだろう、それは、マサルの命令でもある。だが、誰も積極的な協力は行わない。
アマネは、このことを知らない。知らされることもない。
アマネは、この宣言をすることで、サクラの友達になるということをなるべく優位に進めようと考えていたことだろう。だから、わざわざ、多くの使用人の前で、サクラの友達になるということを言った。誰もがサクラには、友達を作って欲しいと願っていると考えていたからだ。それは、初日にミタから聞いた話から推測してのことである。
だが、この推測は間違いである。いや、完全に間違いとは言わない。この屋敷の使用人は、サクラに友達ができて欲しいと切に願っている。しかし、それが不可能に近いであろうとも考えていたため、ここに、アマネと使用人たちとの考えに差異が生まれている。それは、ケアレスミス程度の軽い差異であったが、アマネが演算し、導き出した最適解には、決定的なミスになる。
アマネを助けようとする者は、この屋敷内にはいない。アマネは、常に一人で行動するしかない。ただ一人で……、たった一人で……、この誰もが不可能であると考えているミッション挑むのだ。
アマネが自己紹介を終えた時、多くの使用人から拍手がアマネに対して贈られた。その拍手に応えるように、アマネは、お辞儀をする。
ミタはそれを見届けると、アマネの紹介も済んだことで、集まっている使用人に対して、号令を発する。
「アマネ様の紹介は以上です。休暇日以外のものは、早急に仕事に戻りなさい。解散。」
ミタがそう言うと、使用人達は、それぞれの持ち場に戻って行く。アマネは、目の前にいた使用人たちがその視界から居なくなるまでそれを眺めていた。
「さて、これでサクラ様とお友達になることも時間の問題の筈です。一安心というところでしょうか。」
アマネは、誰にも聞こえない声量でつぶやいた。
すると、その言葉の終わりを待っていたかのように、ミタがアマネに話しかけた。
「アマネ様。昼食は、13時からになります。よろしければ、それまで何をなさっているかご予定をお伺いしてもよろしいですか?」
とミタが尋ねてきた。今の時刻は9時30分を少し過ぎた頃。
「特にやることが思いつかないので、一先ず自室に戻ることにします。」
「それでは、このミタに少しお時間をいただけませんか?」
アマネが何もやることがないというのを聞いて、ミタはアマネに自身のお願いをする。
「それは、構いませんが、何をなさるのかを聞いてもよろしいですか?」
その質問にミタは、ニコッと微笑んで
「いえ、簡単なことです。旦那さまのお部屋のお掃除も頼もうかと思います。それと、アマネさまの技術を見学させたく、この私とリーも連れて行こうかと思います。」
そう言うとミタは、すぐ後ろに控えていたリーと呼ばれるメイドを紹介した。
「リーは、私の直属の部下でして、私の弟子にあたるメイドです。アマネさま技術を見学させてはいただけませんか?」
ミタがそう言うのでアマネが断ることができなかった。
「はい。私でよろしいのであれば、構わないですが……。本当によろしいのですか?」
「はい。もちろんでございます。」
ミタは、アマネの目を見てニコッと微笑みを返すのであった。
お願いしまーす。




