ご主人
お嬢様がバカ皇子に婚約破棄された。
バカだバカだと思っていたけど、庶民の俺から見てもしちゃいけないことをしてるよなぁ。
護衛として過ごした2年半に、あっ、これこいつが継いだら国がヤバイな、とは薄々感じていたけどまさかなぁ。
エリザベートお嬢様は聡明な方だ。努力を怠らず、凛としていて微笑んだ姿はまさに女神のようでゴディス公爵家の秘宝と言われていたほどだ。
公爵様も本来は秘宝たるお嬢様を嫁に出すつもりもなく、公爵家に起こった25年前の悲劇以来それはもう大事に大事に、育ててきた。
「あのバカ皇子・・・」
ルブルの50年物だわと言う酒を味わってるか謎なくらい公爵様は飲み干しながら皇子を罵詈雑言で貶している。
全く同感だ。
「そもそもバカ皇子に目をつけられたのが運のつきであった・・」
「すごいですよね。まさか皇子から持ちかけたお話が皇子のなかではエリザベートお嬢様が皇子にベタ惚れで申し込んだことになってるなんて。頭のなかはどうなってるんでしょう」
「頭の中に蜜飴しかつまっとらんのだ、あのバカは」
あ、皇子とも呼ばなくなった。
不敬なんだろうが今はまったく同感である。
「エリザベートはな、それはもうかわいくてかわいくて、25年前に聡明に育つに違いない!と思った息子が拐われるという悲劇が起こってから大事に大事にそれこそ国王様に見せにいくのも戸惑ったほど大事に育ててな」
赤ら顔で若い頃はさぞモテたであろ紳士的な公爵様は、滑らかになった舌を滑らせながらまたぐいっと飲み干す。
「今はな、エリザベートのためなら何でもしてやりたいのだ。爵位なぞいらん。忠臣たるものいかなるときも命懸けであろうと正さなくてはならぬ。爵位も命も惜しむな、とそれが父の遺言であった」
思い出したのか、自分に言い聞かせているのか尚も言葉を紡ぐ。
「エリザベートは愛しい娘だ。25年探していた息子も立派になり、見つかった。かわいい子供たちのために今は爵位がとても重いのだ・・」
「父上・・」
俺はずっと親無しで生きてきた、冒険者で死にかけた時も、ドラゴンを倒したときも、にゃあもに出会うまではメルシア以外信用もできなかった。
親はいないものだし、悲しくもなかった。
周りにバカにされてもいないものは仕方ないとさえ思っていた。
デューイ・・・バカ皇子の護衛としてたまたま控えていたときに公爵様が見かけた時でも、肩に残る痣が、拐われたときに世話係が命懸けで服に忍び込ませた指輪も、公爵家しか持ち得ない紫の目も
公爵家に連なるものだ、とわが息子だ、と言われたときも
にゃあもに出会う前の俺だったら特に感慨深くもなくそうなのか。と思うだけだったろうが
今は痛いほど子を思う気持ちが分かる気がする。
「私は、明日国王様に苦言を申し立てる」
しっかりと見据えたその目からは深い深い愛がみてとれた。
「本当はお前に継いでもらい、老いぼれの命を懸けて進言させていただきたいが・・・」
「何をおっしゃいます、父上。私は継がずエリザベートを見守ると、エリザベートのお子に継がせると仰っていたでしょう」
「しかし、エリザベートにも話してやらんと・・」
「エリザベートお嬢様は優しいお方です。身を引くでしょう。こうなったら余計に。このままが一番です」
「お前には苦労をかけた。」
すっかりと年を取ったようになった公爵様はそれでもまた明日、と見送ってくれた。
明日がどうなるのか分からない。
エリザベートお嬢様が妹だ、と言われても。
にゃあもと出会った時のような満月が照らしてくれていても
月の女神に何事もうまくいくようにと願をかけた。