逆さまの机
文学フリマ短編小説賞応募作品です。1日1話更新予定です。
いじめ、そして他人との感性の違いがこの小説の主題となっております。
つらい描写もあるかもしれませんが、最後までお読みいただければ幸いです。
チャイムの鳴る直前に登校してクラスに入ったとき、僕の机は天井に張り付いていた。
……はッ?
目を疑うような光景に呆然としてドアのあたりで立ち尽くしてしまう。僕が着席するはずの空間だけ重力が反転しているような錯覚に陥った。天井が床で、床が天井のようで、僕の机は4つ脚でしっかり天井から立ち上がっているようだ。
よく見ると机は脚の部分がワイヤーで縛られがっちりと固定されている。脚と脚との間に溶接されたスチールパイプに、スチールのワイヤーを絡め、天井に取り付けられたフック――昨日まで見たことがなかったので恐らく昨日のうちに取り付けたものだろう。しかもご丁寧に4つもある――に伸びていた。よほど巻き付ける回数をおおくして巻き付けるのに力を込めたのか、ぶら下がるように空中で揺れているわけではなく、大樹が大地に根を下ろすように机は小揺るぎもしなかった。
少しの間は、動けなかったが我に帰る。すぐに僕はクラスの前方のほうにいる男子のグループをにらみつけた。僕がそちらを見るまで3人はニタニタと笑みを浮かべながらこちらを観察していたが、こちらが視線を送っていることに気付くとすぐさま視線をそらした。つとめて顔を無表情にするように我慢しているようだったが、残忍な気持ちを隠し切れないのか口の端がうっすらと上がっているのが確かにみえた。
……奴らだ。
ミステリードラマであるような確たる証拠はない。それでも僕はこの机逆さ吊りの仕業は奴らだと直感した。けれども僕は何も言わずに黙って自分の席があるはずの場所に仁王立ちし、先生が来るのを待っていた。視線を隣の席に移して“彼女”には何も危害を加えていないことが分かったからだ。それならまだいい、クラスに僕以外の被害者がいなければ、特に“彼女”に手を出していなければたとえ自分の机が天井につるされていようと我慢できた。
この場で問い詰めても犯人たちは答えをはぐらかすばかりで、僕が慌てふためくのを想像して楽しもうとしている気持ちがひしひしと感じられたからというのもある。1時間目の授業をしに来た竹中先生に事情を話す。あくまで“いつのまにか”机が逆さづりになっていたから下ろしてほしいだけと強調して。先生は
「応援を呼んでくるから教室でしずかにしているように」と言い残し、職員室にとんで帰っていった。
「え?」
しんと静まり返っていたクラスだったが、その中で呆気にとられたという風に声を発した人物がいた。にわかにクラス中の視線がその“彼女”に集まって、場違いにも見惚れるような間の後、すぐに僕へと移ってきた。そしてその人物からも視線を感じた。
アヤだ。
視界に入らなくても彼女がどのような表情をしているかわかる。僕の机の惨状に驚いて、誰がやったかすぐに検討がついて犯人をにらみつける、けれども僕に話しかけて冷やかされて余計に僕の立場が悪くなってしまうのではないかと困っている顔だろう。その気持ちだけでもありがたかった。どんな状況でも僕の見方でいてくれる人間なんて彼女以外に出会ったことがない。
複数の先生が血相を変えて飛んできて慌てて机を下ろしにかかった。授業が20分ほど遅れ、授業の後に事情聴取があったが、ことを荒立てたくなかった僕は男子グループのかかわりを一切ほのめかさずに事情を話していた。
そう、これが僕の日常。生来の平和主義による事なかれ主義と、それに付け込んだ遊び半分のいじめが上手く利害を一致させこの状況を生んでいたのだった。