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フットボーイズ

作者: 窪良太郎

登場人物~

大和龍次(やまと・りゅうじ)〈18〉主役

 のサッカー部員

翼麻凛(つばさ・まりん)〈18〉主役女子

 サッカー部員

浅香里悠(あさか・りゆう)〈29〉女子監督

小西勉(こにし・つとむ)〈45〉男子監督

松田昴(まつだ・すばる)〈18〉主将部員

榎木誠(えのき・まこと)〈18〉部員

辻臥来(つじ・がらい)〈18〉部員

石丸大我(いしまる・たいが)〈18〉部員

矢尻丈也(やじり・じょうや)〈18〉部員

五代トメル(ごだい・トメル)〈18〉部員

山本奪取(やまもと・だっしゅ)〈18〉部員

廣澤克明(ひろさわ・かつあき)〈18〉部員

半田和旗(はんだ・かずき)〈18〉双子部員

半田寿旗(はんだ・としき)〈18〉双子部員

右松咲徒(みぎまつ・さきと)〈17〉部員

東海林晃(しょうじ・あきら)〈17〉部員

工藤栄二(くどう・えいじ)〈16〉部員

T「新出島高校の入学式・春」

○新出島高校・表門(朝)

   今年新築された、新しく出来た学校の   鐘が鳴っている。

鐘『キーン コーン カーン コーン』

   校舎は新築で汚れがなく、とてもキレ   イです。

   今日はおしとやかに、校内に植えられ   た桜並木の木から、桜の花びらが舞っ   ている。

   新しい学生服に身を包んで、たくさん   の希望を胸に秘めた新入生と、その保   護者たちが、所狭しとごった返してい   る。

○新出島高校の体育館

   新出島高校の体育館では、新入生の入   学式が行われている。

   人々の声が、体育館内で反響している。

   入学式で隣に座っている同級生の名前   も知らず、みんなどことなくぎこちな   い。

   初日から周囲にナメられるまいと、ツ   ッパっている男子高校生もいれば、カ   ッコイイ男子学生を、品定めしている   女子学生もいる。


○学園内 

   新入生たちは、新しい学舎を、物珍し   そうに探索して、自分たちの居場所と   して色をつけている。

   校舎から、眺めが良い場所や、隠れ場   所を探してる入学生。

   学生たちは、ピカピカの廊下を、同級   生と遊びながら走っている。

   自分の真新しい机を確認して、教科書   や、筆記道具を収納している。

大和(N)「僕らは、新しいカバンと、部活 道具などを入れたリュックと、入学証書を 持って、大人への受験という生存競争のレ ースの波に乗った。期待と緊張が交差しな がら僕らは、どんな三年間を過ごすの   か?」

   新出島高校の街が紹介されている。

大和(N)「新出島高校は、長崎県の中央に 位置する、大村湾に面する大村(おおむ  ら)市にある高校だ。大村市の人口は10 万人を超えていて、まだ緑が残っている風 光明媚な都市だ。長崎県の空港街で、歴史 が感じられる街並が残る。空港と、新幹線 と、高速道路と、港がある、長崎県の玄関 口である。外に開かれているということで、 鎖国時代に、唯一外国に開かれていた出島 をなぞらえて、新出島と呼ばれている。そ のことから、『新出島』という名前を、高 校の名前につけた。新出島高校は、今年創 立した、まだ一年生だけの、男女共学の新 設校である」


○一年A組・教室

   教室では、新しい仲間たちが雑談をし   ています。

   中には緊張している子や、人見知りで   孤立している子もいます。

   そこに、担任の女教師が入ってきます。   担任の教師は、朝の挨拶をさせる。

首席生徒(麻凛)「起立、気を付け、礼。お はようございます! 着席」

   早速新入生たちは、同級生に自己紹介   をしている。

   みんな自己紹介している子に、注目し   ている。

   高校生にしては凛々しい顔をした、大   和龍次やまと・りゅうじ)が自己紹   介をします。

大和龍次〈16〉「はい。おいの名前は大和 龍次やまと・りゅうじ)。好きな女性の タイプは、やさしくて、大人しい女性です。 将来の夢は、イタリア・セリエAのクラブ に所属して、10番を背負うことです」

   今時の髪型をした大和の自己紹介が終   わると、ほかのクラスメイトも自己紹   介をする。

   次は学年一可愛い顔をした、主席の美   少女が立ちます。

翼麻凛〈16〉「はい。私の名前は、翼麻凛 (つばさ・まりん)です。好きな食べ物は、 クリームシチューです。嫌いな食べ物は、 こんにゃくです。将来の夢は、なでしこジ ャパンに入って、オリンピックに出場する ことです」

   クラスメイトは、自分の想いを紹介し   ています。

   次に椅子から立ったのは、高校生とし   ては背が高い、太い眉毛をした大和の   親友です。

   その男子校生が、元気よく自分の夢を   語ります。

松田昴〈16〉「はい。僕の名前は松田昴  (まつだ・すばる)です。好きな動物は、 犬です。将来の夢は、長崎・インターナシ ョナル・フットボール・アカデミーという、 NIFA(ニィファ)の、総合サッカーク ラブの、専門学校に進学することです。そ こで教員の資格を取得して、サッカーの指 導者の道に進むことが私の目標です」

   一通り新入生の自己紹介が終わると、   男子勢が見とれている、一年A組の担   任の、長い髪が印象的な、若い美人女   教師が、自己紹介をします。

浅香里悠〈27〉「私がみなさんの初めて担 任になった、浅香里悠(あさか・りゆう) です。みなさんも初めてかもしれませんが、 私も一年目の教師です。正直、初めてクラ スを受け持つのは不安ですが、熱心に取り 組まさせて頂きますので、初めて同士、お 互い支え合いながら、学生生活を歩んでま いりましょう。それではみなさん、よろし くお願いします!」

クラス一同「よろしくお願いします!」


○教室

   自己紹介あとの教室は、みんなリラッ   クスしている。

   大和は、中学校から親友の松田と話し   込んでいる。

松田「なぁ龍次。中学も同じで、部活も同じ で、高校も同じクラスになったけん。よろ しくやろうぜ」

大和「あぁ、おいが、サッカーの県選抜に選 ばれとった時を除いては、ほとんど昴とつ るんでたけんな」

   そんな二人の、ヒソヒソ話は続く。

松田「なぁ、龍次。あの主席の翼麻凛って娘。 めちゃくちゃ可愛いかよな?」

   大和は、松田の意見に同意する。

大和「あぁ、この学年で一番可愛いかかも  な」

   大和と松田は、彼女の自己紹介を思い   出す。

松田「たしか、好きな食べ物がクリームシチ ューで、嫌いな食べ物がこんにゃくって言 ってたっけ?」

大和「そして将来の夢が、なでしこジャパン。 おいたちと気が合うかもな。声をかけてみ ようで」

   大和と松田は二人して、麻凛が座って   いる机に行って、ナンパする。

大和「ねぇねぇ麻凛ちゃん。隣の席に座って も良い?」

   麻凛は、大和と松田を、上目遣いで確   認します。

麻凛「あら、どうぞ」

   麻凛は素直に受け入れました。

松田「ねぇねぇ、君の名前って、有名なサッ カー漫画の主人公と同じ名前たいね。だけ んサッカーをやっているの?」

   麻凛は、松田の質問に答えます。

麻凛「きっかけはそうよ。でも純粋にサッカ ーが好きなの」

   大和は、改めて麻凛に自己紹介します。大和「おいの名前は、大和龍次。こっちが松 田昴。はじめまして、よろしくね」

   麻凛は、大和の顔をしっかりと見つめ   ます。

   そして麻凛は言います。

麻凛「あなたのことは知っているわ。だって あなたは、長崎県のサッカー界では有名だ もの。だからはじめましてではないわ」

   麻凛は、大和のことは知っていました。   それに驚く松田。   

   それくらいサッカーが好きだというこ   とが、感じられます。

   大和は照れながら、

大和「あはは有名人は困るなぁ」


○校庭・練習場(夕)

   桜並木が見える校庭では、野球部員や、   陸上部員などが、練習メニューをこな   している。

   大和と松田は、順当に男子サッカー部   に入部して、サッカーのユニフォーム   を着て、グラウンドで練習しています。

   そこにひとりポツンと、一人の女子生   徒がいて、浅香先生になにかを訴えて   います。

   それを松田が見つけました。

松田「あれって、もしかして、麻凛ちゃんた い? 何ば言いよっとやろうか?」

   二人は、もめている麻凛のところまで   行きます。

   そこでは麻凛が、担任の浅香先生に、   猛烈に抗議しています。

麻凛「なんで男子のサッカー部はあるのに、 女子のサッカー部はないのですか!? そ れって男女不平等じゃないですか! 時代 遅れもいいところですよ!」

   麻凛の強烈で悲痛な訴えに、戸惑う浅   香先生。

浅香「そ、そうねぇ。でも、女子のサッ カーの専門の先生がいないのよ」

   麻凛の猛烈さは止まりません。

麻凛「私だって、サッカーがやりたいですよ。 ほかにもサッカーをやりたいっていう女の 子だっているのですよ。全身を一生懸命使 って、何かに打ち込みたいのですよ。そう いう機会を奪っているじゃないですか!」

   麻凛の剣幕に、根負けする浅香先生。

浅香「わかりました。私が何とかしてみます。 だ、だから翼さん、少し時間をください」


大和(N)「この時は麻凛の熱意が伝わった からか、新出島高校にも、女子サッカー部 が創部された。監督には浅香先生が就任す ることになった。こうやって一つのグラウ ンドで、同じ夢を持った者として、ボクと 麻凛は、一緒に汗をかくことになった」


○練習場(夕)

   丘の上にある、整備された練習場で、   運動部員たちが汗を流している。

大和(N)「結局春には、創部された男子に は、22人。女子には、14人のサッカー 部員が集まった。女子はギリギリで、大会 に参加することが出来る人数が揃った。男 子のサッカー部の監督には、理科の先生の 小西勉(こにし・つとむ)〈43〉監督が 就任している」

   小西監督は熱血教師で、部員たちを指   導します。

小西「おい! もっと走れ。走り抜かないと、 見国高校(みくにこうこう)のスピードに はついていけないぞ!」

   新出島高校のサッカー部員は、女子の   監督が初心者の浅香先生ということで、   男子も女子も、小西監督が作った練習   メニューをこなしています。

   同じグラウンドで、女子も男子に混ざ   って練習します。

   次第に中が深まっていいく男女。

   大和と、麻凛も、例外ではありません   でした。

○練習場(夕)

   部活を終えた生徒たちが、帰り仕度を   しています。

   部員たちは、部室で身支度をして、バ   ッグを肩に背負いながら出てくる。

   そこで大和は、麻凛に声をかけます。

大和「ねぇ麻凛ちゃん。帰り道は途中まで一 緒たい。そいでいつも徒歩たいね。自宅は 近くなん?」

麻凛「うん。近いの」

大和「おいの自宅は少し遠いけん、バスで帰 っとっとやけど、バス停までの道は一緒や けん、そこまで一緒に帰らん?」

麻凛「うん。良いわよ」

   二人は仲良く、部活が終わったら一緒   に帰ることを決めて、今日から一緒に   帰っています。


○学校生活

   新入生として、季節の花びらとともに、   学生生活を謳歌している大和たち。


○二人の帰り道(夕)

   あまり車が通らない路地裏の通学路を、   大和と麻凛は、恋人のように寄り添い   ながら話をしています。

大和「ねぇ、麻凛ちゃん。なんで新出島を選 んだん?」

麻凛「親が一番近い高校にしろって、言うか ら。龍次くんは?」

   麻凛の質問に、大和は答えます。

大和「サッカー部の監督の、小西先生の指導 方針に惹かれたけん。一応、見国高校にも 誘われたっちゃけど、髪をバッサリ切らさ れるんが嫌で、行かんかった」

   麻凛は、ただ大和の顔を見つめます。

   しばし沈黙する二人。

   そして大和は意を決して、告白します。大和「な、ぁ麻凛ちゃん。お、いたち付き合 わん?」

   麻凛はただうなづいて、快諾します。

麻凛「うん。良いよ。それに私のことは、麻 凛で良いから」

   二人は恋人同士、手をつなぎながら帰   ります。


T「大和が新出島高校に入学してから数ヵ月 後」

○学園内

   紅葉のもみじが、冷たくひえてきた風   に浮かんで散ります。

   元気いっぱいの学生たちが、通路を走   っている。

○サッカー部・部室

   部室にはボールやれ、スパイクなどの   道具が、無造作に転がっている。

   そこにサッカー部員が集まっています。   その部員たちに、監督の小西先生が、   熱い思いを伝えます。

小西「君たち一年生が入部してから、練習を 重ねて、もう秋になった。いよいよサッカ ー少年や、少女たちの憧れの舞台である、 全国高校サッカー選手権の、県予選の季節 になった。目標はもちろん、県予選を突破 して、全国大会に出場することだ」

   小西先生は、ニヤリとした顔をして言   います。

小西「そのための練習メニューを作ってきた。 強豪チームと、平凡なチームとの差は、練 習の内容で差が出る。だから君たち、みっ ちりしごいてやるからな、二ヒヒヒヒ」

   たじろぐサッカー部員。


○試合会場(立冬)

T「高校サッカー選手権の県予選大会初戦・ 大和1年生」

   季節は冬。外の風が冷たく、みんな長   袖のユニホームを着ている。

   この会場に集まってくるのは、大の高   校サッカー選手権のファンたちだ。

   その人たちの熱気が、冬の凍えるよう   なスタジアムを温めている。

○ロッカールーム

   監督と、男子サッカー部員が集まって   いる。

   みんな小西監督の目を、食い入るよう   に注目する。

小西「よし、ついに君たちの力を発揮する本 番の時がやってきた。今年新設された我が 校にとっては、歴史を作る第一歩の舞台だ。 我々の目標はあくまでも県大会に優勝して、 全国大会に出場することだ。そのためにみ っちり練習してきたはずだ。その成果を全 力で出すのだ!」

小西「よし、先発メンバーを発表する。シス テムは、4ー4ー2。ゴールキーパーは、 チーム最長身の、ノッポの榎木誠(えの  き・まこと)〈16〉」

小西「右サイドバックは、真面目顔のスピー ドスターの辻臥来つじ・がらい)〈1  6〉」

小西「センターバックは二人。キャプテンで、 チーム全体のことを考えてくれて、芯が強 い松田昴まつだ・すばる)〈16〉。そし てもう一人は、鋼の肉体を持っている鉄人 の石丸大我いしまる・たいが)〈16〉」

小西「左サイドバックには、母子家庭で、母 親思いで、兄弟思いの、優しい矢尻丈也  (やじり・じょうや)〈16〉」

小西「右サイドハーフは、闘争心あふれる大 和龍次(やまと・りゅうじ)〈16〉」

小西「そしてボランチは二人。相手を止める 動きが得意な、ヤクザ顔の、五代トメル  (ごだい・とめる)〈16〉と、相手から ボールを奪うのが得意で、素直で髪型を立 てている、山本奪取やまもと・だっしゅ) 〈16〉」

小西「左サイドハーフには、チーム一、パス のセンスが光る、丸顔の廣澤克明ひろさ わ・かつあき)〈16〉」

小西「そして2トップは、元気で明るい、丸 刈りの点取り屋。コンビネーションが抜群 の双子の兄弟、兄の左利きの半田和旗は んだ・かずき)〈16〉と、弟の右利きの 半田寿旗はんだ・としき)〈16〉だ」

小西「我々はみんな一年生だ。全試合チャレ ンジャーの気持ちで、当たって砕けろだ! 失うものは何もない。みんないくぞー!」

一同「オォォォォォオオ!」


○試合会場

   観戦する人数は少ないが、サッカー小   僧たちの一つ一つのプレーに、熱狂す   る観衆。

   その前に、出島イレブンが登場した。

   監督や、マネージャーや、ベンチの選   手たちも見守る。

   出島イレブンは、必死に目の前の試合   を戦っている。

大和(N)「新出島高校は、一回戦から小西 監督が作った粘り強いサッカーで戦った。 みんな一丸になって、一試合一試合、決勝 戦のような気持ちで戦うことを教わった。 その教えのかいがあったからなのか、新出 島は粘り強く、そして大胆に、一回戦から 何とか勝ち上がっていった。気づいたら、 県予選の準決勝にまで勝ち上がっていたの だ」

   新出島高校の、鉢巻と、学ランを着た   応援団の声が弾む。

応援団「ミラクル出島! ミラクル出島!」

   この新出島高校の快進撃に、地元は色   めき立つ。

   街では噂話や、井戸端会議で語られて   いる。


○ロッカールーム

   会場のロッカールームは、質素な作り   だが、綺麗に整頓されている。

   小西監督と、キャプテンの松田は、記   者のインタビューを受けています。

小西「いやー、新設された一年生だけの初年 度の高校が、準決勝にまで進むなんて奇跡 ですよ。それもこれも私が考えた、練習メ ニューのおかげですな、ハッハッハッハ」

   キャプテンの松田も、インタビューに   応える。

松田「今まで僕たちを、支えてくださったみ なさんのおかげです。今はどこと対戦して も、負ける気がしないけんね」


○県大会・準決勝会場

   準決勝の試合会場は、中規模の施設で、   フェンスで囲まれた、剥がれた芝が目   立つスタジアムだ。

   会場には学校関係者や、保護者や、観   客たちが詰めかけている。

   初戦から勝ち上がるたびに、観客の数   が増えている。

   今日の試合は、テレビ局のメガネをか   けたアナウンサーが、実況をすること   になる。

アナウンサー「この試合は、今大会で旋風を 巻き起こしている、新出島高校と、198 4年大会で、全国選手権でも優勝経験があ る、全国を席巻していた古豪の、島原中央 商業(しまばらちゅうおうしょうぎょう) 高校との対戦です」

   試合会場の雰囲気も、県内ネットで中   継される。

応援団「ミラクル出島! ミラクル出島!」


   両チームのイレブンは、ピッチ上で準   備万端だ。

   今日の野外の天候ような、嵐の試合の   始まりは、審判の笛の合図からだった。審判「それでは始めます」

笛『ピーーー!』

   両校の選手たちは、力の限りを尽くし   て戦います。

アナウンサー「序盤はミラクル出島の勢いで、 新出島が優位に試合を進めます。しかし  徐々にチーム力の差が表れ始めて、島原中 央が盛り返すといった展開です。それに応 じて新出島がピンチの連続を迎えます。し かしその時間帯で、新出島は粘りのサッカ ーでゴールを許しませんでした。その流れ のまま試合時間がなくなります。今大会の ルールで、同点のまま試合時間が経過した ら、延長戦を行わずに、PK戦を行うこと になっています」

   新出島高校の生徒たちも駆けつけて、   腹の底から応援の声を出します。

応援団「ミラクル出島! ミラクル出島!」

   両校の声援が飛び交う。

   選手たちは疲れきった表情で、PKを   蹴る選手を見守ります。一人目から、   PK戦が行われています。

   そして両校の5人目の選手が、PKの   準備をします。

アナウンサー「PK戦は、先行が島原中央で、 後攻が新出島になります。PK戦は、両校 とも四人が成功させた五人目です。島原中 央の五人目がPKを成功させます。そして 新出島の五人目は、ストライカーの半田和 旗です。このPKを外したら、島原中央の 勝利です。今日はFWで出場した双子の兄 の半田和旗が蹴ったー! あー、外した  ー!」

   新出島の五人目のキッカーの、半田和   旗がPKを外す。

   和旗は、手で頭を抱える。

   歓喜に沸く島原中央イレブン。

   一方、新出島イレブンは、地面に手を   ついて愕然としている。

アナウンサー「これが長崎県の県予選の結果 です。新出島高校対、島原中央商業高校は、 島原中央がPK戦で勝利して、決勝で見国 高校と対戦することが決まりました。それ では皆さん、このへんでさようなら」

   肩を落とす出島イレブン。

   うなだれる選手たちを、仲間たちが抱   えながら移動する。

   これで大和の1年生の選手権が終わる。

○控え室

   顔を覆って泣いている選手もいる中で、   記者にインタビューをされる小西監督   と、キャプテンの松田。

小西「いやー、ここまで勝ち進んでいたのに、 PK戦の練習をしていなかったことが敗因 ですね。これは私のミスです」

   松田は、丁寧にインタビューに応じる。松田「今日は確かにPK戦で負けてしまいま したが、小西監督についていけば、必ず結 果がついてくることがわかったので、これ からもっと練習すれば、次の選手権は優勝 することが出来るということを、確信しま した」


○二人の帰り道(夕)

   準決勝で惜しくも敗れて、トボトボと   歩く傷心の大和に、ついていく麻凛。

   そこで大和は、口からぽろっとこぼす。大和「あー、あいつがちゃんとPKを決めて いればなぁ~」

   その発言に、麻凛は尻拭いをする。

麻凛「もー、それは言わないの。PKなんて、 勇気を持って挑戦した人が外すのだからね。 ほらイタリア人の、ロベルト・バッジオだ って外したじゃん」

大和「あと一勝で、県大会の決勝か。決勝は テレビ中継されるのだよな。テレビに出た かったな。それに有名な解説者も来るし」

麻凛「会いたかったね。ゼルシオ越後屋(え ちごや)

   しばし二人は笑顔になる。

大和「来年こそは、決勝に行くぞーって、 そういえば、女子も同じ日程で、大会があ ったよね。女子はどうだったの?」

麻凛「優勝したよ」

大和「へぇえ!?」


T「翌朝」

○学校(朝)

   賞状や、トロフィーが飾られるような   ところで、教師や、生徒たちに囲まれ   ている浅香先生。

   浅香先生は、軽やかに弾む声で報告し   ます。

浅香「みなさん応援で、県大会で優勝するこ とが出来ました。そしてこれから全国大会 に出場します。引き続き応援よろしくお願 いしまーす」

   女子生徒たちが、黄色い声で浅香先生   を囲む。

生徒「キャーキャー」

   その場にいた校長先生も弾む。

新出島高校・校長先生〈57〉「君はえら  い! 全員一年生で、たった14人で、一 年目の監督として優勝に導くことが出来た。 リーダーとしての才能がある。我が校の誇 りだ! 名誉だ! 伝説だー!」

○学園内

   大和と、麻凛も、二人で歩きながら、   浅香先生のことを噂話している。

大和「浅香先生って、やっぱりすごいよね。 監督になったばかりで、サッカーブームに 惹かれて入ってきた新人の女の子を使って、 優勝するなんてすごいよ!」

麻凛「私はエースストライカーとして、得点 王にもなったのよ」

   大和は驚いた表情で、

大和「君もすごい。なでしこになれるかも」


○サッカー部・部室前

   女子と、男子の活躍で、サッカー部に   入部を希望する生徒が殺到する。

   その騒ぎに驚く部員。

入部希望者「わーー!」

   その生徒たちに対応した小西先生は、   たじろぐ。

小西「うれしい悲鳴」


○新出島高校・表門(朝)

   新学期に移ったことを伝える、新出島   高校の鐘が鳴り響く。

鐘『キーン コーン カーン コーン』

T「大和・2年生の春・入学式」

   また桜が咲く季節になります。

   大和たちは二年生のバッジをつけて、   一年生も混ざった校内を駆け抜ける。

   まだキレイな校舎に、新しい制服を着   た新入生を迎え入れます。

○体育館・入学式

   大和たちがしてきたように、新入生も   入学式を行います。

   声が反響する空間に、はしゃいでいる   二年生と、おしとやかな一年生がいる。

   校長先生が、壇上にあがります。

校長先生「校長の挨拶です。えー、去年は我 が校のサッカー部が、男子は県予選のベス ト4。女子は全国でベスト8。つまり準々 決勝まで進みました。サッカー少年、少女 たちは、輝かしい成績を収めることができ ました。あなたたち新入生たちも、何か一 つのことに集中して、立派な成績を収めら れるよう、切に願っております。これで校 長の新入生に贈る言葉を終わります」


○サッカー部・部室

   新人も含めた部員たちが、練習着を着   て、身を引き締めて話を聞いている。

   男子サッカー部の小西監督が、新入生   を含めたサッカー部員に吠えます。

小西「良いか、昨年の男女全国高校サッカー 選手権の活躍で、我が校には熱意あふれる 有望な選手が集まった。今年の目標も、も ちろん県大会で優勝することだ。{女子の 目標は既に全国制覇だが} そうだ女子に 負けてられない! そこで今年の夏には、 夏合宿を計画している。みんなはそのつも りで覚悟せぇよ、二ヒヒヒヒ」

   小西監督のえみに、たじろぐ部員たち。


○二人の帰り道(夕)

   夜の桜並木の帰り道で、大和の帰りを、   麻凛が、花びらが舞う桜の木の下で待   っている。

大和「ごめんごめん、待っとった?」

麻凛「ううん、でも待ったせいで、こんなに 綺麗な桜を見られて幸せだった。私ね、桜 の花が一番好きなの」

大和「へ~」

麻凛「また来年になったら、桜の花が見れる かな?」

大和「桜の花ってそんなん、いつでも見れる やろが」

麻凛「でもね龍次くん、病気の人たちって、 いつでも見られるっていう保証はないんだ よ!」

大和「なんで、怒っとっとや…、」

麻凛「あ、ごめん、でも、死ぬんだったら、 桜の花を見ながら、死にたいと思わな   い?」

   大和は桜並木を見ながら、麻凛と話し   て、トボトボと歩く。 

大和「そうねぇ~、でも麻凛ちゃん、新しか 女子の部員の中に、良いセンスを持った子 が入ってこんかった?」

麻凛「う~ん。私と比べると、あまりパッと しないなー。男子は?」

大和「うん。右松咲徒みぎまつ・さきと) 〈16〉ちゅう右サイドの選手と、ゴール キーパーの、東海林晃しょうじ・あきら) 〈16〉ちゅう選手は良かね」

麻凛「ふ~ん。あっ、私ね、ついに携帯電話 を買ってもらったの。これでいつでも、龍 次くんと連絡が取れるわね」

大和「麻凛ちゃんは、あげん携帯電話ば欲し がっとったけんね」

   突然に、麻凛の携帯電話から、ロック   調のハヤリの音楽が流れてくる。

   麻凛を見つめる大和。

麻凛「うん。携帯電話で、この曲を聴いてい るの。この3969(サンキューロック) が作った『グロリアム』っていう曲、良い よね? 私はこの曲が、マイ人生の中で一 番の曲だわ。私の音楽観が変わっちゃっ  た」

   大和は、麻凛の好きな音楽の一面を受   け入れようとする。

大和「へー」


○学校生活

T「大和2年生の夏」

   入学式の季節から、ジンジンと日差し   が肌に伝わる季節になりました。

   生徒の服が、半袖に変わっています。

  汗ばんだ学生が、蚊と戦っている。


○夏合宿地・島原

   住んで馴染んでいる土地ではないとこ   ろに、旅人のように楽しもうとしてい   る、男女のサッカー部員が集まった。

   一部の生徒を除いて、サッカー部員が、   合宿地に勢ぞろいしている。

   監督の小西先生が、その場を仕切る。

小西「えー、今日からこの長崎の避暑地であ る島原で、男女合同特訓夏合宿を行う!  みんな準備は良いか? 合宿の最終日には、 昨年男子が負けた、島原中央との練習試合 も予定されている。この島原半島には、島 原中央もあるが、隣町にはあの見国高校も あるのだ。実は長崎はな、九州のサッカー 王国なんだ。いっぱい練習して、いっぱい 汗をかいて、そして最後には温泉に浸かろ う。ところで浅香先生、私と一緒に混浴ぶ ろにでも入らないですか?」

浅香「生徒の前で何を言っているのですか!  はい。夏合宿は男女合同なので、お互い コミュニケーションをとるように。普段か ら女子は、男子と一緒に練習をしているこ とで、強くなって結果が出たのだから、今 度は女子が、男子に、繊細さとか、忍耐力 を教えてあげましょう」

   小西先生の説明が続く。

小西「初日はまず軽く汗を流してから、川遊 びに行きます。そしてスイカ割りを行なっ て、それからバーベキューだ。女子のみん な、ビキニ水着は用意したかなー?」

   その小西先生の発言に、色めき立つ生   徒たち。

女子「えぇ~!」 

男子「ひゅーひゅー」

   最後に小西監督は言います。

小西「さぁ、みんな。夏合宿を楽しもう!」


○合宿地

   みんな島原の夏合宿を楽しんでいる。

   川遊びでは、浅香先生がセクシーな水   着姿を披露して、男子の目を釘付けに   する。

   旅館の温泉に浸かって、夕食は宿泊地   の野外でバーベキューだ。

○宿泊所・外(夜)

   夏の夜の生暖かく、明るい野外に、気   づけば大和と、麻凛が二人でいます。   二人は真っ直ぐ夜空の星を見ながら、   次に何を話そうかと悩んでいる。

   そこで大和が、沈黙を打ち破った。

大和「あ、あんさ、3969が作った曲って 良かよね」

麻凛「うん。私は好きなんだ。特に『グロリ アム』」

   大和は、話を変える。

大和「ところでさ、今年も女子は全国に出れ るとかな?」

   この質問に、麻凛はなぜか悲しそうに   断言する。

麻凛「うん。それは大丈夫。浅香先生が、私 に頼らなくても勝てるようなチームを作っ ているから」

   大和は、感心する。

大和「でも、やっぱ、いきなり全国ベスト8 というのは、すごかけんね」

   麻凛は、声のトーンが上がって答える。麻凛「うん。ただ準々決勝で、優勝した高校 に当たったのだよね。うち選手層が薄かっ たし。あ、でも、女子はまだ競争が激しく ないから、結果が出たのだと思うよ。男子 もうまくやればできるさ。ガンバって」

   大和は、本題に入る。

大和「う、うん。ところでさ、麻凛ちゃん、 キスせん?」

   この大和の突然の提案に、麻凛は少し   動じる。

麻凛「えっ、な、に、いきなり。あ、でも、 今日は私もそんな気分。しましょ」

   大和と、麻凛が唇を寄せ合おうとした   時です。

   いきなり松田昴が入ってきました。

松田「ういっ、いよっ、お二人さん。こんな ところで何をしているのかなぁ、ういっ」

   松田は酔っ払っています。

   そこで大和は、松田に対応する。

大和「あ~、昴。未成年とに何で、お酒なん か飲んどっとや!?」

   松田が、酔っ払いながら答える。

松田「あ、高校生がお酒を飲んではいけませ んか?」

   大和は、常識的な発言をする。

大和「当たり前だろ」

   松田は、さっきまでの出来事を語り始   める。

松田「ういっ、いや~、アイツがさ。サッカ ーを辞めたいって言いやがったからさ。酒 でも飲んで、ポジティブに考えろって、言 ってやったのだよ!」

   そこに、麻凛も入ってきます。

麻凛「アイツって、誰?」

   松田は、顔を赤らめながら口をこぼす。

松田「うぃ、和旗だよ、和旗。PKを外した、 双子の兄の、半田和旗」


○宿泊所(夜)

   みんなが寝支度をしている頃、大和と、   麻凛は、すぐに半田和旗のところに行   きました。

○宿泊所・部屋(夜)

   大和は、押し入るようにして部屋に入   り、半田和旗に対して、説得します。

大和「なぁ、和旗。PKを外したくらいで、 サッカーを辞めるなんて言うなよ。俺たち 仲間だろ? チームの中の誰かが困ってい たら、周りの仲間がサポートすんだよ!」

   寿旗は、冷静に応じる。

半田寿旗「いえ、ぼくは弟の、寿旗です。兄 は別の部屋にいます」

   大和は、やっちゃった表情で、

大和「あ、間違えた」


○宿泊所・部屋(夜)

   大和は、今度は本当の和旗のところに   行きます。

   和旗はイラついた表情をしながら、下   だけを向いている。

   そして同じサッカーを志した部員とし   て、熱い心に訴えます。

大和「なぁ、和旗。サッカーを辞めるなんて こつ言うなさ」

   和旗は、デリケートな箇所を直球で責   められて、半ギレする。

半田和旗「おいはもう、決めとっとさじゃ、 わいは、PKを外した人の気持ば、わかっ とや!?」

   この和旗の態度に、大和もつい真剣に   アツくなる。

大和「わからんさ! PKを外したことなか けん、わからんさ! でもおいも、いずれ PKを外すかもしれん。でもおいは、そん 時に、今の和旗のように、めそめそなんか せん。おいやったらサッカーを続けて、も っと上手くなって、今度は確実に成功させ るように気張るさ! だけん、大好きなサ ッカーから逃げんなさ!」

   この揉め事に、ほかのサッカー部員も   集まってきました。

半田和旗「ふん。どうせおいたちは、高校を 卒業しても、プロのJリーガーにはなれん。 長崎県でサッカーをやってて、見国に入れ んかった者は、プロにはなれん」

   この和旗の発言に、大和はキレます。

大和「てめぇ、もういっかい言ってみろ?  もういっぺん言ってみろ!」

   大和と、和旗は、すごい剣幕でにらみ   合っています。

   そこに駆けつけた大西先生と、浅香先   生と、酔っ払った松田と、麻凛が止め   に入りました。

   なんとかその場は収まりました。


T「翌日」

○合宿地(朝)

   宿屋の畳の一室で、小西先生と浅香先   生が、正座で座っている台の前に、呼   ばれた大和。

浅香「大和くん。昨日は何があったの?」

   大和は下を向きながら、反省したよう   に事情を説明する。

大和「すみませんでした。和旗くんが、サッ カーを辞めたいと言い出しまして、それに 僕が、カッとなってしまいました」

   浅香先生は、大人の対応で諭す。

浅香「まぁ、良いわ。でもね、大和くん。人 の将来は自分で決めるのよ。自分で選んだ 道だから、言い訳をしないで責任感が芽生 えるの。この夏合宿は、左サイドバックの 矢尻丈也くんは参加していない。矢尻くん のクロスの精度は、相当高いものがあるわ。 でも矢尻くんは、家庭の事情で夏休みも働 かなくてはいけないから、夏合宿には参加 することができなかったの。母子家庭で、 妹や、弟を、養わなくてはいけないの。そ れで出席日数が足らなくて、本当は二年生 なのに、留年してまだ一年生だわ。それで もサッカーが好きだから、サッカー部は辞 めていない」

浅香「人にはそれぞれ事情があるわ。だから 大和くんも、PKを外した和旗くんの気持 ちになって、わかってあげなさい。自分の 中の常識が、すべての世界の常識ではない のよ」


T「夏合宿最終日・島原中央商業高校戦」

○控え室

   雑な椅子や、汚れた物入れが置いてい   る狭い部屋に、新出島のサッカー部員   たちが集合している。

   島原中央との試合で、出島イレブンに   声をかける小西監督。

小西「さぁ、この島原中央との試合が、今年 の夏合宿の締めだ。再び大事な試合で対戦 する時に、相手が嫌になるくらいのインパ クトを残すぞ。そのために全力で戦え!」

   小西監督は、スタメンを発表します。

小西「それでは先発メンバーを発表する。シ ステムは4‐4‐2。ゴールキーパーは、 反射神経が抜群で身長が169cmの、小 さな巨人、東海林晃しょうじ・あきら) 〈16〉。一年生」

小西「右サイドバックは、不動のサイドバッ クの、辻臥来つじ・がらい)。二年生」

小西「センターバックは二人。キャプテンで 精神的支柱の、松田昴まつだ・すばる)。 二年生。そして鉄人の、石丸大我いしま る・たいが)。二年生」

小西「左サイドバックは、レギュラーの矢尻 丈也がいないので、その代わりに、左のサ イドハーフをしていた二年生の、廣澤克明 (ひろさわ・かつあき)が、ハーフから一 列下がってもらって、左サイドバックをし てもらう」

小西「右サイドハーフは、センス抜群で男前 の右松咲徒みぎまつ・さきと)〈16〉。 一年生」

小西「ボランチは二人。ヤクザ顔の五代トメ ル(ごだい・とめる)二年生と、直毛の山 本奪取やまもと・だっしゅ)二年生」

小西「左サイドハーフには、右からコンバー トして、二年生の大和龍次にやってもら  う」

小西「2トップは、抜群のハーモニー。双子 の兄弟の、半田和旗はんだ・かずき)と、 半田寿旗はんだ・としき)にやってもら う。二人とも二年生」

   スタメン発表をした小西監督は、最後   に気合を注入します。

小西「以上が今日の先発メンバーだ。みんな、 絶対勝つぞー!」


○試合グラウンド

   数人の人が観戦しているくらいだが、   高校生たちの熱いプレーを見守ってい   る。

   両校イレブンが、勢ぞろいしている。

審判「それでは試合開始です」

   審判は笛を口にくわえます。

笛『ピーーー!』

   新出島高校対、島原中央商業高校の練   習試合が始まった。

   大和は、慣れていない左サイドの、ハ   ーフ(中盤)に入る。


応援団「ミラクル出島! ミラクル出島!」

   両校の選手たちが、同じピッチを駆け   巡る。

   前半は相手の出方を伺う展開で、どち   らにもゴールは生まれない。

   後半が始まる。

   後半の新出島は、小西監督の指示で、   前半に貯めた力を出すように積極的に   攻める。その勢いで、新出島が試合を   優位に進める。

   そして後半終了間際に、新人の右松が   右足を振り抜く。

   ボールが島原中央のゴールに突き刺さ   る。

   ゴールを決めた右松は、はしゃいで喜   びを体いっぱい使って表現する。

右松「よっしゃぁぁぁぁあ!」

   その男らしい姿に、他校の女子からも   黄色い声援が飛ぶ。

応援団「キャー右松様ー! ヤッタ! ヤッ タ!」

   新出島は、後半終了間際の右松の先制   点を守って、なんとか試合を終わらせ   る。

笛『ピーーー! ピーー ピーー』

   アウェイの新出島の関係者が喜ぶ。

審判「1対0で、新出島高校の勝利です」

   応援団も、大喜びではしゃぐ。

応援団「よし! やぁりぃぃぃい!」

   練習試合は、新出島が勝ちました。    しかし思うような動きをすることがで   きなかった大和は、浮かない表情。

大和(M)「やはり左は勝手が違っていて、 全然ダメだったな」

   その試合を、腕を組んで、高いところ   から見守っている浅香先生。

浅香「よくやったぞ男子。この勢いで冬の選 手権も頼むぞ」


○夏合宿の帰り道(夕)

   夏の夕暮れに、疲労感が漂う大和と、   麻凛が二人で帰っている。

麻凛「ねぇ、龍次くん。結構右松くんが活躍 していたわね?」

   大和は右松のプレーを思い出しながら、

大和「う、ん。そうたいね。あいつ良かセン ス持っとっけんね」

   麻凛は、テンションが上がって夢中に   なりながら、

麻凛「右松くんって、まるで時間を止めるよ うな、特別なゾーンを持ってるよね。龍次 くんも、そんな必殺技を考えたらどう?」

   大和は、自分のことに話を変えて、

大和「そう。夏合宿でおいの必殺技ば、掴み かけたけんね。まずボールを浮かせて、一 旦そのボールを追い越してから、かかとで 前方に打ち上げる。そのあいだに相手を抜 きながら、ボールは自分の前に落ちてくる。 どうこい、名づけて『ヤマトスペシャル』」

   麻凛は明るく、気分転換させます。

麻凛「うん。良いんじゃない! だから島原 中央戦は、気にすることないよ」

   大和は気づく。

大和「えぇ!?(見透かされていたのだ)」

   そして急に話を変えて、麻凛は真剣な   ことを聞き始める。

麻凛「ねぇ、もし私がいなくなったらどうす る?」

   大和は、何を言おうかと少し戸惑うが、   はっきりと自分の気持ちを伝える。

大和「なん、だよ急に。うん、でも、もしい ななったら、見つけるまで探し出して、二 度とそがん思いをせんように、一生支える たい」

   それを聞いた麻凛は、印象的な表情を   します。

   そしてまた急に、いつもの調子に戻っ   て言います。

麻凛「って、なんかストーカーみたい! ところで右松くんって、顔がイケメンなの に、学校の成績も良いらしいよ?」

   その右松寄りの発言に気づき、大和は   うろたえます。

大和「何だよそれ!? う、浮気すんなよ  ぉ」


○学校生活(立冬)

   あんなにぬるかった水道水が、肌を突   き刺すような冷たさに変わっている季   節です。

   綺麗に咲き誇っていた草花たちも、再   び咲戻るために、枯れ始めています。

   生徒の制服も、長袖になっている。

   もうじきすると、全国高校サッカー選   手権が始まります。

○サッカー部・部室

   練習の準備をしている部員の前で、小   西先生が、慌ててサッカー部室に入っ   てきました。

小西「大変なことになった! 選手権の長崎 県予選の組み合わせが発表された。うちは 初戦で、あの見国高校と対戦する。これは 大変なことになった!」

   部員は一同驚く。

サッカー部員「えぇぇ!?」

   深刻なな表情で話す小西監督。

小西「みんなも知っての通り、見国高校は、 全国選手権に連続で出場している長崎県の 絶対王者だ。全国で優勝する高校が、長崎 県には存在している。見国高校は、県予選 では平気で7対0くらいのスコアで勝って くる。これからはうちの選手には、メンタ ル面を重視して鍛えていかなければいけな い」

   張り詰めた空気の中で、祈りを込める   麻凛。

   そして大和は、自分を信じる。

大和「(俺はやれる! 俺はやれる!)」


○選手権の試合会場

T「大和2年生の、選手権県予選初戦の見国 高校戦」

   試合会場は、有刺鉄線で仕切られてい   る小規模のスタジアムで、土のグラウ   ンドだ。

   試合会場には、注目の組み合わせなが   ら、平日ということもあって観客は少   ない。

   応援団には、女子も県予選の試合があ   るために、男子だけが参加している。

   新出島高校の一般生徒は、試合の時間   は授業を受けている。

   しかし新出島高校の、校長先生は駆け   つけて、応援席に姿がある。

   校長先生は、期待しながら試合開始を   待っている。

   新出島の選ばれた戦士だけが、この試   合に参加している。

   試合会場には、見国高校の、伝統的な   応援団が陣取っている。

滝山応援団「黄色と青のストライプ~ 我ら が西の雄~見国!」

   応援の数では、圧倒的に見国高校が優   勢です。

   集まっている観客も、ほとんどが見国   高校を応援しにきた客だ。


○新出島高校ロッカールーム

   照明が薄暗い、密封されたコンクリー   トの部屋で、小西先生が、緊張しなが   ら部員たちに語ります。

小西「み、みんな良いか? 全国に出るには、 絶対に避けて通れない相手だ。相手が見国 だからって緊張するな。相手だって同じ人 間だ。同じ高校生だ。同じ数の11人だ。 相手だってミスはする。絶対勝てるといっ た気持ちで戦え! それでは先発メンバー を発表する。」

   小西監督の、スタメン発表が始まる。

小西「システムは4‐4‐2。ゴールキーパ ーは、小さな守護神の東海林晃。一年生」

小西「右サイドバックは、スタミナ抜群の辻 臥来。二年生」

小西「センターバックは、キャプテンで統率 する松田昴。二年生と、鉄壁の石丸大我。 二年生」

小西「左サイドバックは、アルバイトで体を 鍛えた矢尻丈也。留年一年生」

小西「右サイドハーフは、定位置確保の右松 咲徒。一年生」

小西「ボランチは二人。相手を止める、五代 トメル。二年生と、相手からボールを奪う、 山本奪取。二年生」

小西「左サイドハーフは、結果を出せる廣澤 克明。二年生」

小西「FWは2トップ。半田和旗と、半田寿 旗の双子の兄弟だ。以上」

   先発メンバーに、自分の名前がなかっ   たことに唖然とする大和。

小和「(えぇえ!?)」

   しかし小西監督は、もう試合に向かっ   ている。

小西「先発メンバーはユニホームに着替えて、 体をあっためておけ。それじゃみんな行く ぞー!」

   みんな気合を入れます。

一同「おぉぉぉぉおお!」

   大和だけが呆然としている。


○ピッチ

   さっきまであんなに晴れていたのに、   急に雨が降り出す。

   その天気が、土のグラウンドの状態を   悪くしている。

   応援団は降り出した冷たい雨によって、   凍えている。

   観客席はピッチから遠いが、観客も防   寒着を着て、選手と共に戦っている。

   両チームの戦士たちが集った。

審判「では、試合開始です」

   審判が笛をくわえる。

笛『ピーーー!』

   新出島高校対、見国高校の試合が始ま   ります。

出島イレブン「見国を倒したら、オレらが県 の代表だぞ!」

   試合は序盤から、圧倒的に見国高校の   ペース。

   勢いに優れている見国が、試合を優位   に進める。

   新出島は、後手後手の展開。

   それでもなんとか、新出島は粘りのサ   ッカーで持ちこたえる。

応援団「ガンバレー! 出島ー!」

   両雄が激しい主導権争いを演じる。

   絶対王者の見国高校は、ぬかるんだピ   ッチに手こずりながら、試合は見国高   校のペースで、0対0のまま前半が終   了する。


○新出島ロッカールーム

   ハーフタイムのロッカールームには、   疲れきった表情をした出島イレブンが、   椅子にバタンと座っている姿がある。

   薄暗い中、空気も暗い。

   大和は、複雑な表情で、イレブンを見   守る。  

   ここで一年生の右松が、口火を切る。

右松「こんなんじゃ勝てない! ディフェン ス陣が見国の選手に抜かれることを恐れて、 プレッシャーに行けていない。監督、ディ フェンス陣を総入れ替えしてください!」

石丸「なんだと右松! 俺たちのどこが見国 を恐れているのだよ!」

松田「まぁまぁ。3つしか交代枠ないから」

矢尻「僕たちディフェンス陣よりも、前線か らプレスに行けていないことが問題だ。F W陣が走れていないのじゃないか!」

半田寿旗「」

山本「ここで、責任のなすり合いはやめまし ょうよ!」

辻「俺たち右サイドは問題なくやれているの だ。問題は相手の右の選手を、うちの左が 止めきれていないのが問題だ!」

廣澤「なに! じゃお前が後半から、左に入 ってアイツを止めてみろよ!」

五代「とりあえず後半は、見国は後方から前 線に、正確なロングボールを放り込んでく っけん、中盤に選手を置く意味がなかけん、 うちらボランチは下がって対応する。そん ためにFWは、相手のパスコースば限定さ せてくれるような動きをしてくれさ!」

   個々の選手たちの主張にが生まれ、   チームに亀裂が入る。

半田和旗「やっぱ俺やめるわ! 試合に負け たら、俺らのせいにさせられるからなぁ」

   この様子に、監督が声を張る。

小西「みんな、やめぇぇぇえい!」

   このイレブンの不協和音に、小西先生   は一喝しました。

   みんなが、大きく目を見開いた小西先   生に注目します。

小西「サッカーはチームスポーツなのだよ。 そしてメンタル面が勝敗を左右する割合が 非常に高い。たった一人が欠けても、チー ムに影響を及ぼす。だからその苦しんでい る一人がいたならば、周りのチームメイト が助け合って、一緒に勝利という答えに導 かなければならない。人生と同じように、 サッカーは一人では勝てない。しかし残念 ながら、勝負の世界は競争なのだ。相反し ているのだよ。人生は競争だ。この国のシ ステムも、競争原理の上に成り立っている。 しかしこの世代の君たちには、自己犠牲を してでも、困っている仲間を支えながら、 勝利に向かって欲しい。奇跡的にも、スコ アは同点のままだ。もう一度その気持ちを 持って、後半戦に臨もうではないか!」


○ピッチ

   新出島の選手たちは、トボトボとピッ   チに戻る。

   見国高校の選手たちも、後半のピッチ   に駆け戻る。

   両校の選手たちが揃って、後半戦が始   まります。

   天候は前半よりも激しい雨が、選手に   矢のように突き刺さる。

   鉄線のフェンス越しに観客が応援する   中、運命の後半戦が始まった。

   後半も、圧倒的な見国のペースは変わ   らない。

   しだいに新出島は、押し込まれる。

   そしてついに失点。

   また失点。

   またまた失点。

   精彩を欠く半田和旗。

   しかし何も手を打たない小西監督。

   そのまま雨の中の試合の終了を、ホイ   ッスルが告げる。

笛『ピーーー! ピーー ピーー』


審判「はい。5対0で見国高校の勝利です。 試合終了です。お疲れ様でした」

   スコアボードには、0対5のボードが   掲げられている。

   結局、新出島は、0対5で大敗して、   空中分解したイレブンと、サッカー部   員のみんなは、うなだれている。

   体力を消耗して、全員が肩を落とす。

   誰もが仲間に肩を貸さないまま、意気   消沈している。

   試合終了後に、見国の一人の選手が、   新出島のベンチに来て言います。

見国選手「今日は5点しか獲れんかったばっ てん、今のそんメンバーじゃ、次に対戦す るときは、7点は獲れるな。見国じゃない 奴は、フットボーラーじゃあらずだな」

   大和はこの発言を聞いて、怒りを押し   殺します。

大和「(くそ! 俺を使っていればこんな結果 には)」


○二人の帰り道(夕)

T「その日の帰り道」

   冬風が枯れ葉を流している中、いつも   のように二人は歩きながら、大和は、   麻凛に愚痴をこぼしている。

大和「今でもムカつく。あの見国の選手!」

   麻凛は、大和を慰める。

麻凛「う、うん。残念だったね」

大和「おい、先発落ちしちゃったよ。おいの 何がいけんかったんやろか」

   麻凛は対応に困る。

麻凛「り、龍次くんらしくないよ。そんなく よくよしてても」

大和「あ~、なんで小西監督は、選手交代で おいば使ってくれんかったんや~」

   麻凛は、いつものように気分転換させ   ようとする。

麻凛「あ、私たち女子は、今回も優勝したか ら、きっと男子も頑張れば、優勝すること が出来るって」

   これを聞いた大和は、一層、ナヨナヨ   する。

大和「ゆ、優勝!? うっ、良いなぁ。良い なぁ~、女子はうぃ~な」

   麻凛は、帰り道で大和をずっと励まし   ています。


T「大和2年の冬」

〇冬の枯れ果てた光景

   枯れた木の、葉っぱが冷風に吹かれる。

   大和は、寒がりながら、冬の学校の外   で、誰かを待っている。

   大和の下に、麻凛がゆっくりと現れる。

   その様子に、大和は気づく。

大和「どうしたん麻凛ちゃん、今日は元気無 かそうやけど…、」

麻凛「…うん、ちょっと、」

   そう言い残して、桜の木の下で、麻凛   は倒れこむ。 

大和「わっ、麻凛ちゃん、大丈夫ね!?」

   大和は、倒れて横になっている麻凛の   体を、下から支えて看病する。

   麻凛は目をつぶりながら、声を遺す。

麻凛「私、もう、来年の桜を、見れないかも しれない……」

   この発言に、大和は動揺する。

大和「何言いよっとや!? 季節が来たら、 またいつでん見れるやろが!」

麻凛「私、龍次くんに出会えて良かったよ」

大和「なに、遺言みたいなこと言いよっと  や!? 今からすぐに、救急車呼んでくっ けん、ここで待っとって……、」

   すると麻凛は、大和の腕を掴んで、

麻凛「ダメ、行かないで!!」

   大和は、しっかりと、麻凛を抱く。

麻凛「死ぬ前に、もう一度、あの桜が見たか ったわ…」

   すると、空から雪が降ってくる。

   その一片の雪が、麻凛の頬をつたる。

麻凛「…あ、桜だ、今年の桜も、風に満開し てる…」

大和「麻凛! しっかりしろさ!!」

   この麻凛の様子を見た学生が、救急車   を呼んでいて、サイレントともに、救   急隊員がやって来る。

   大和は必死に心配して、麻凛が救急車   に乗るまで、しっかりと支える。

   麻凛が、隊員によって車に運ばれたあ   と、大和はそのだんだんと小さくなる   救急車を、心配そうに、行方を見守る。

   救急車のサイレンだけが、虚しく響く。


T「翌日」

〇学校の教室

   大和が、出勤して、荷物を置いている。

   そこに一人の女子が、元気よく声をか   ける。

麻凛「おっはー、龍次くん、昨日、心配し  た?」

   これに大和は驚く。

大和「あっ、麻凛! あったりめぇやろ!  あの後、どがんしたとや昨日は?」

麻凛「あれ、実は、龍次くんを驚かすドッキ リ!! 救急車を呼ばれたことは想定外だ ったけど、ねぇ、驚いた?」

   大和は、真剣な涙目になって答える。

大和「おい、てっきりあのまま、麻凛ちゃん が死ぬかもしれんて思うて、携帯も通じら んかったけん……」

   麻凛は、意味深な笑顔になって、

麻凛「私が死ぬ訳無いじゃん!? わーい、 引っ掛かった、引っ掛かった」

   この麻凛の表情に、大和の顔が真っ赤   になって、騙されたことにキレる。

大和「もう、ドッキリとか止めろさ!!」

   このまま、この場は収まる。


○学校生活・校庭・練習場

   学生たちは、楽しく高校生活を過ごし   ている。

   年が明けて冬が過ぎて、大和たちは三   年生になります。


T「大和3年生」

○体育館・入学式(朝)

   新出島高校は、また新しい新入生を迎   え入れます。

   春風薫る季節に、上級生たちは、所属   している部活道の案内をしている。

   希望を胸一杯溜め込んで、新出島高校   の制服を着て、登校してくる生徒。

   それを大和は、三年生が入る校舎の三   階で眺めている。

○校舎三階

大和「良いな~、一年生は何も悩み事がなさ そうで、良いなぁ~。おいは完全に右松く んにポジションば奪われて、左サイドは難 しいし、才能がある一年生も入ってきたけ ん。うぃ~なぁ」

   そこに、また大和の担任になった浅香   先生がやってきて、尋ねます。

浅香「大和君、そんな変な声を出して、どう したの?」

   大和は浅香先生に、泣きすがるように   して言います。

大和「浅香先~生」


○教室

   浅香先生は、落ち込んでいる大和と机   を向き合って、悩み事を聞きました。

   そして浅香先生は、大和に、ためらい   もなくハッキリとものを言います。

浅香「~それで悩んでいたんだ。でもサッカ ー部の監督として公平に見ても、右サイド ハーフでは右松くんには敵わないし、他の ポジションにも良い一年生が入ってきたか ら、難しいのじゃないの」

   それを聞いた大和は、裏切られた表情   をする。

大和「えぇ!? 浅香先生まで」

   浅香先生は、諭すように自分の意見を   伝える。

浅香「小西監督が見国戦であなたを使わなか ったのは、半田和旗くんの自信を回復させ たかったんだと思うわ。そして選手交代を しなかったのは、先発のメンバーで、もう 一度チームを修正させて、一からチームを 作り直させたかったのじゃないの? とこ ろで、彼女の翼さんとはうまくいってい  る?」

   話を変えた浅香先生の質問に、大和は   正直に答える。

大和「そうなのですよ。麻凛はなんか最近冷 たくて、おいに連絡もせんで、ときどき学 校を休むとですよ。もうおいたち倦怠期な んかな?」

   浅香先生は、なぜか少し動揺する。

浅香「そ、うなの。でもあなた、もう三年生 よ。高校を卒業したあとの進路を、ちゃん と考えている?」

   大和は、ポカーンとした表情で、

大和「進路?」

   これに浅香は、目を丸くして、

浅香「やだ!? 何も考えていないの?」


○二人の帰り道(夕)

   大和と、麻凛は、新芽が出始めた道路   沿いで、二人で歩いている。

大和「なあ、麻凛ちゃん。自分の進路ば、考 えとる?」

   麻凛は、サラッと告白する。

麻凛「うん。考えているわよ。だから私、告 白しなきゃいけないことがあるの。それは、 選手を辞めて、マネージャーに転向する  の」

   大和は、動揺します。

大和「えぇ!? な、んで? だってなでし こを目指しとったたい? 昨年だって全国 選手権でベスト4に入って、次は決勝ば目 指すって言っとったばっかやったたい!」

   麻凛は、急いで答える。

麻凛「あ、れ、嘘なの。だって今ようやく、 男子のサッカーは盛り上がってきたけれど、 女子のサッカーの人気なんて、低すぎるじ ゃない? こんな時代になでしこになった って、サッカーと仕事の両立なんて無理だ もの。サッカーを続けてたって、生計が立 てられなくて割に合わないわ。私の一番の 夢は、素敵なお嫁さんなの。そうなの」

   その麻凛の本音に、大和は慌てて聞き   ます。

大和「…、そがん。なんで急に? もったい なかばい。だってまだもっと活躍すること だってできる年齢だし、なでしこになれる 可能性だってあるし、将来性だってあると に」

   麻凛は、将来性というフレーズに敏感   になる。

麻凛「将来性とか言わないで! 私に何が向 いているかは、私にだってわかるのよ!」

   麻凛の急な怒りのリアクションに、大   和は驚いて、一拍引く。

大和「そげん怒らんて良かやろが」

   麻凛は一旦考えてから、言います。

麻凛「ごめん、ごめん。とにかく、私はマネ ージャーに転向して、龍次くんをサポート するの」

   麻凛の意思に、根負けした大和は、受   け入れます。

大和「麻凛ちゃんがそいで良かっなら、そい で良かばってん…」

   麻凛は、優しい表情になって言う。

麻凛「そう。私はそれで良いの」


○練習場

   快晴の下、数人しか活動していない練   習場で、麻凛がビデオカメラで、大和   を撮っています。

大和「やめろよ。そんなアップで撮るの」

   麻凛は、ビデオカメラのファインダー   越しにコメントを入れる。

麻凛「この映像は、長崎の総合サッカークラ ブのNIFAニィファ)のプロサッカー クラブ部門の、インテル長崎に送るのだか らね。だからカッコ良い必殺技を見せてく ださい?」

   麻凛のカメラに向かって、自己紹介す   る大和。

大和「新出島高校の大和龍次です。おいは見 国高校を倒して、見国を最も脅かした男に なるったい。それでは、ボクの『ヤマトス ペシャル』を見てください」

   大和はそう言うと、ボールを浮かして、   かかとで前方にボールを浮かして、落   とす技をやります。

麻凛「(カッコイイ)あ~、やっぱりテープを 送るのや~めた」

   それに気づいた大和は、

大和「ちょ、ちょっと、今のちゃんと撮って なかっしょ!? ちゃんと撮ってよ」

   麻凛は、カメラを下に持ちながら言う。麻凛「やっぱりやめたの」

   大和は、少し怒る。

大和「なんで最近、気持ちがコロコロと変わ ると!? どういうこと?」

   麻凛は、大和を邪険に扱う。

麻凛「そんなに怒ることないじゃん」

   大和は、麻凛の言動に困惑します。

大和「別に怒っとらんけどさ」


○校庭(夕)

   大和と、麻凛は、校庭の茂みに陣取っ   ている。

   校舎の脇は、草木が茂っていて、植え   られた植物が頼もしい。

大和(N)「麻凛が選手を辞めてから、しば らく経った頃でした。ある日突然に、麻凛 が、タイムカプセルを抱えながら、箱に思 い出を入れて埋めようと言い出しました」

麻凛「ねぇ龍次くん。タイム・スペース・ト ラベラーズ・ボックスという名前の、タイ ムカプセルをもらったの。この中に二人の 思い出の品を入れて、この箱を校庭に埋め ようよ?」

   麻凛は細い腕で、60センチの四角い   箱を抱えて、大和に持ちかける。

   その提案に、大和は素直に応じる。

大和「えっ、うん。良いよ。でも何年後に開 くっと?」

   麻凛は即答する。

麻凛「10年後。それで良い?」

   大和は、了承してうなづく。

大和「わかった。10年後ね」

   麻凛は一瞬、幸せそうな表情をします。麻凛「10年後に、一緒にこの箱を開けた時 に、私たちが結婚していたら良いね?」

   二人とも、ニコリとする。

大和「そうたい」

   大和はタイムカプセルに、二人の写真   と、サッカー雑誌と、ボロボロの使い   古したソックスを入れます。

   麻凛は、10年後の大和に対して書い   た手紙と、ビデオテープと、自分で編   んだミサンガを入れます。

   そして麻凛は、大切なことを伝えます。麻凛「この手紙は、10年後の龍次くんに宛 てて書いたの。そしてビデオテープは、イ ンテル兵庫に送るはずだった龍次くんを撮 ったテープ。ミサンガは私が徹夜で編んだ の。この箱を開ける、五〇音順キーの、キ ーワードは、『宮市(ミヤイチ)』だから ね。忘れないようにその紙にちゃんと書い ているから」

   麻凛はその紙を、大和に渡します。

大和「うん。『ミヤイチ』ね」

   二人は校庭の脇の茂みに、タイムカプ   セルを埋めます。


○練習場

   強い風が、木々や体を押し流す中、冬   の選手権に向けて練習をしているサッ   カー部員。

   その中に、半田和旗の姿はない。

   それを心配するキャプテンの松田と、   マネージャーの麻凛。

松田「何やってんだ? 和旗のやろう。なぁ 龍次?」

   大和は、邪険に応えます。

大和「ほっといてやれよ」

   それに対して、松田は真剣に言う。

松田「ほっとけるかよ。俺たち仲間だろ。チ ームの団結力がなかったら、絶対に見国に は勝てん」

   大和は、少しイラつきながら言う。

大和「だからほっといてやれさ。昴にはレギ ュラーを約束されとらん上級生の気持ちば、 分かっとっとや?」

   些細なことで、喧嘩に発展する二人。

松田「何、先発から落とされたくらいで、はぶてとっとさ」

   松田は、大和のデリケートな箇所を突   いてきます。

   これに大和は、完全にキレる。  

大和「だけん昴に、おいの気持ちが分かっと や? ディフェンスは競争率が低かけん良 かたいね!」

   昴は、また復活して来いというメッセ   ージを、送り続けるように言います。

松田「龍次らしくなか! また龍次の気持ち ば見せろや。龍次の魂ばボールに込めてく れさ。奪われたポジションは、奪い返して くれさ!」

   大和と、松田は、つかみ合って吠えて   います。

   そこに麻凛が入って、喧嘩をやめさせ   ます。

麻凛「二人共やめて!」

   そこに双子の半田兄弟の、弟の寿旗も   止めに入ります。

半田寿旗「兄は! 兄は、怪我を抱えていた とです! 怪我ばしとったとさ。選手生命 を脅かすほどの可能性がある、怪我ば抱え ながらプレーしとったとです! 全力で動 きたかった。ばってん全力で動けば、大好 きなサッカーばできんごとなるかもしれん。 そいけん、そがん矛盾ば抱えながら、プレ ーをしとったとさ。ばってん兄は、そん言 い訳はつかんかった。こいだけは、わかっ てくれんね!」

   喧嘩が収まり、その場は静まります。


○その日の二人の帰り道(夕)

   暁色に染められる帰り道を、大和と、   麻凛は、隣同士で一緒に歩いています。

   静まり返った空気の中で、大和が沈黙   の闇を切り開きます。

大和「やっぱおいも、サッカー辞めるわ」

   その発言に、麻凛は驚きます。

麻凛「えぇえ!? 怪我もしてないのに!」

   大和は、弱音をほのめかす。

大和「やっぱ悔しかけんど、右松には敵わん わ。ほかにも優秀な一年生も入ってきとっ し、ホント最近の子は技術がしっかりしと うわ。どうせインテル長崎にテープば送っ ても、スカウトの目には止まらんやろうし、 プロになんかなれんと思う」

   大和の弱音に、麻凛が活を入れる。

麻凛「そんなことないよ。龍次くんは良いも のを持っているし、龍次くんはサッカーを やっている時が、一番輝いているのだよ。 誰よりも輝いているのだよ。もったいない よ! だからライバルなんかに、負けない でよ」

   大和は、あきらめた表情で、

大和「そがん気休めを言うなよ。自分の実力 は、自分でもわかっとっと」

   これに麻凛はキレる。

麻凛「わかっていないよ!」

   しかし大和は、表情を変えず、

大和「悔しかけど、長崎で見国に入れんやっ た者は、負け組たい」

   この言葉を聞いて、麻凛は立ち止まる。麻凛「そんなことを言うのなら、タイムカプ セルのキーワードを変えてやる!」

   麻凛は走って、一目散に学校に戻って   いきます。

大和「ま、麻凛ちゃん!?」

○校庭(夜)

   麻凛は外灯の明かりを頼りに、タイム   カプセルを埋めてある校庭の土を掘り   返します。

   風が草葉を飛ばす中、周りも怪しむ。


T「その数日後」

○二人しかいない教室(夕)

   教室には、大和が一人で待っています。大和(N)「俺までサッカーを辞めると言い 出してから、しばらく経った頃でした。麻 凛が話をしたいと言ってきたので、指定さ れた日に、指定された場所で、指定された 時間に、会いに行きました」

   うす暗い教室に、太陽の夕日の光が差   込んでいる。

   教室には、生徒が学んでいる跡が感じ   られる教材が、無残に置かれている。

   その大和しかいない教室に、暗闇の中   から麻凛が現れる。

   麻凛は冷たい表情で、打ち明けます。

麻凛「私が隠していたことを告白するね。両 親の都合で、私たち家族は、この街から引 っ越すの。サッカーを辞めたのも、この学 校から転校するからなの。私たちは、佐世 させぼに引っ越すの。だからあなた とは、別れなくてはいけない」

   大和は、驚きを隠せずに、しどろもど   ろになります。

大和「えぇぇぇえ!? そ、そがんないきな りすぎるばい。でも大村と、佐世保って、 意外と近かけん、遠距離恋愛も続くかもし れん?」

   そんな様子の大和に、麻凛はきっぱり   と言う。

麻凛「いいえ別れるの。そのほうが二人のた めなの。私たちは、二度と連絡を取り合わ ないようにしましょ」

   大和は、焦りながら聞きます。

大和「だけん携帯電話が通じななったんか? 電話番号ば変えたとや?」

   麻凛は冷静に答える。

麻凛「いいえ、携帯電話は解約したの」

   麻凛の冷酷な告白に、大和は慌てる。

大和「か、解約って、あがん携帯電話ば欲し がっとったとに、そ、いにしても急すぎへ ん? 別れ方もあるやろが? 別れる理由 に納得ができんよ! ばってん、麻凛ちゃ んがそう決めたんやったら、仕方なかこと かもしれんけど」


   それを聞いた麻凛は、一瞬意志を持っ   た表情をして、印象的な笑顔を見せる。   そして、しばらく大和を見つめます。

   しかし麻凛は顔をそむけて、背中をみ   せて言います。

麻凛「それじゃ元気でね。サヨナラ」

   麻凛は、終始感情を持たないように受   け応えて、そのまま去っていきます。

   大和は、終始困惑したまま対応する。

大和「ちょっ、ちょと待てや!? おいがサ ッカー辞めるって言い出したけんや!?」

   大和の声が虚しく響く教室。

   そのまま翼一家は、佐世保に引っ越し   て行った。

   その日時さえも、大和に伝えないまま。

   その後大和は、サッカーに集中するこ   とができないということで、サッカー   部の部活には参加しなくなる。

   同じ時期に、半田兄弟の兄の和旗も、   部活には参加しなくなる。


○職員室

   大和は、正式にサッカー部を辞めるた   めに、退部届けを持って、監督の小西   先生のもとに移動しています。

   職員室の扉をノックする大和。

大和「しつれいします」

   先生たちは、自分の机にて、次の授業   の準備をしている。

   大和は、堂々と職員室に入っていく。

   職員室には教師と、ほかの部活の先生   などがいます。

   生徒にとっては常に緊迫した雰囲気が   ある職員室で、大和は退部届けを持っ   て、厳格な面持ちの小西先生の前に行   きます。

   その様子を見ている浅香先生。

   そして大和は告白します。

大和「小西先生、僕はサッカーを辞めます」

   それを聞いた小西監督は、少し間を置   いてから話しました。

小西「そうか。君は我が校の重要な選手なの にもかかわらずか? 私が見国戦で君を先 発から外したのは、右には右松がいたから だ。それに左では前の試合では機能しなか ったからだ。FWにはコンビネーション抜 群の半田兄弟がいる。和旗には自信を取り 戻して欲しかった。君は後半から使おうと 思っていたが、ハーフタイムにチームの和 が乱れたので、先発のメンバーでチームを 立て直すために、選手交代を使わなかった。 空中分解したチームに、一体感を取り戻す ためにしたことだ。しかし見国相手に、メ ンタル面の向上だけでは、限界があったの は事実だ」

   このやりとりを聞いていた浅香先生も、   入ってきました。

浅香「大和くん、ちょっと良い?」

   大和と、浅香は、相談室に向かいます。


○相談室

   一脚の机と、パイプ椅子しかない狭い   相談室に、浅香と、大和は入ります。

浅香「あなたサッカーを辞めるって、本気な の? 何があったの?」

   大和は、本音を告白します。

大和「おいは本気です。もうおいのカッコ良 か姿を見せたいと思う女性もおらんし」

   それに浅香は、思い当たる。

浅香「あ~、翼さんのことね。あの子は本当 に、あなたの将来性も考えて、サッカーを 辞めて欲しくはないと言っていたわ。それ でもあなたは辞めるの?」

   大和は、例を挙げて聞く。

大和「将来性? じゃなんで麻凛は、NIF Aのプロサッカー部門の、インテル長崎の スカウトに、おいのプレーを収録したテー プば送らんかったとですか?」

   その発言に、浅香はピ~ンときます。

浅香「あ、それ、それは私同じ女だからわか るな~。多分翼さんは、大和くんをほかの 女性に盗られたくなかったからだと思うわ ~。スカウトの目にとまって、プロテスト に合格して、女の子に『キャーキャー』言 われてしまうと、翼さんからしたら、私の 大和くんを、別の女に盗られてしまうと、 考えたのだろうな~」

   大和は、見せたことがない表情になる。大和「えぇぇぇええ!? そがんなもんなん ですか? で、でも麻凛が別れを切り出し たんですよ?」

   この例にも、浅香は気づく。

浅香「あ~それね。それでも私のことを一番 に想ってくれて、求めてきてくれて、強引 にでも連れ戻して欲しかったのじゃない  の?」

   大和は、どうしようもなかったという   ような顔をして、訴える。

大和「そ、れじゃ、僕が、麻凛一家に引っ越 すことばやめてくれと、言っとったら良か ったとですか!? 携帯電話だって解約し たんですよ?」

   大和の勢いに、浅香先生は真実をこぼ   します。

浅香「それはね、お金がなかったのよ」

   これに大和は、ハッとする。

大和「えぇぇえ!? お金って、翼家は、お 金に困ってたんですか?」

   浅香は、舌を噛むようなリアクション   をする。

浅香「あっ、つい、(言っちゃった)」

   大和は、麻凛への冷めない想いを、浅   香先生にぶつける。

大和「お金がないのなら、おいも働きます  よ!」

   浅香先生は、すこし困惑しながら、本   当のことを話し始めます。

浅香「もっ、もうここまで言っちゃったんだ から、大和くんがかわいそうだし、本当の ことを教えてあげましょうか。実は翼 さんに、大和くんにだけは絶対に言わない でくださいと、口止めされていたのよ」

   大和は、浅香先生を凝視しながら聞く。大和「ど、どういうことですか!? 教えて ください?」

   のめり込みながら、真剣に話を聞く大   和。

浅香「翼さんは、病気だったの」

   大和は、真実を真っ向から受け止めて、   呆然としている。

大和「えっ!?」

   浅香は続ける。

浅香「白血病という病名の、血液の病にかか っていたの。その病気が発覚したのは、確 か二年生の夏合宿の頃だったわね。その病 気の療養に、一家で佐世保の病院に行った の。でもそのことは彼女は何も言わなかっ たわ。とても芯が強い子よ」

   大和は、桜の花びらと、雪を間違えて、   悶えた時の、麻凛を思い出す。

   大和は、麻凛の病状を、必死に聞く。

大和「そいで、麻凛は、助かるんですか?」

   浅香先生は、知っていることを打ち明   ける。

浅香「私も詳しくは知らないけれど、かなり 厳しいと聞いているわ。適合する骨髄が見 つからない限り、あと10年生きていられ れば、奇跡という確率でね。だから彼女は、 選手を続けることを、医師からドクタース トップをかけられたの。それでなでしこを 諦めて、マネージャーに転向したの。それ でも彼女は、マネージャーとして、あなた の夢をサポートして、一緒に夢を叶えよう としたの。だから翼さんの分まで、もう一 度サッカーで頑張ってみない?」

   大和は、麻凛の重い病気のことに戻っ   て、感じ取ろうとする。

大和「そっそがんなのって、理不尽ですよ!  彼女が何をしたっていうとですか!?」

   浅香先生は、少し目をそらして語りま   す。

浅香「意外と世の中って、理不尽なことばか りよ。世の中の全てが平等に出来ていると 思ったら、大間違いよ。生きるということ は、どんなに苦しいことがあっても、また 前を向いて歩くしかない、ということに気 づくことなの。この社会は矛盾だらけよ。 翼さんはあなたのことを愛していたからこ そ、あなたの人生の妨げにはなりたくなか ったのじゃないの? だから何も言わずに、 あなたのもとから去っていった。それはあ なたを愛していた裏返しよ」

   これを聞いた大和は、愕然としていま   す。

大和「おいは、まだ麻凛のことが諦めきれ  ん! 浅香先生は、翼麻凛さんの連絡先を 知っていますか?」 

   浅香先生は、ニコリとして教えます。

浅香「そうね。携帯電話を解約したから、も う繋がっていないのね。翼さんの連絡先は 知っているわ。でもそれは、守秘義務とし て教えられないの。でもその病院の連絡先 ぐらいは教えられる。翼家の了解が得られ れば、連絡を取り合えるのじゃないの?」


○校庭(夕)

   大和は真剣な顔をして、急いでタイム   カプセルを埋めている校庭に向う。

   風と、小粒の雨が降ってきた。

   その場所は、ちょうど薄暗い闇を照ら   す外灯の、そばの茂みにあります。

   大和はスコップで、タイムカプセルを   掘り出します。

大和「ハァハァ、確かこの辺だったよな。お いは絶対に諦めんぞ! 『ガツッ!』(大 和が握っているのスコップが、タイムカプ セルに当たる音がします)あ、あった」

   大和はタイムカプセルを取り出します。   そして箱の五〇音順キーのワードを思   い出し、ダイヤル回して箱を開けます。

大和「た、確か、キーワードは『ミヤイチ』 だったよな」

   大和は、ダイヤルを右に『ミ』の場所   まで回します。

   次に左に『ヤ』の場所まで回します。   次に右に『イ』の場所まで回します。   最後に左に『チ』の場所まで回します。   箱の鍵を開けようとする大和。

大和「んっ、あ、開かん。あっ、そういえば キーワードをかえたって言うとったな」

   大和はふと我に気づくと、箱の裏側に、   ビニール袋に入れてある紙を見つけま   す。

   大和は、ぶっきらぼうにビニール袋を   破って、急いでその紙を確認します。

   そこには、五つの漢字と、そのフリガ   ナと、そして一つのカタカナが書いて   あります。

大和「こ、これは暗号にしているな、漢 字は五つ、央余豊オヨトヨ)、亜由谷  (アユヤ)、音本オトモト)、合文間  (アモマ)、青土亞アオトア)。そして カタカナが、○ハホ。と書いてある。」

   少し考え込む大和。

大和「う~ん。こいって人の名前なん? い や、何か統一性がある!? フリガナはバ ラバラばってん、漢字とか、カタカナには 統一性があるん。ん、そうや、左右対称  だ! 央余豊も、亜由谷も、音本も、合文 間も、青土亞も、○ハホも、全部左右対称 たい」

大和「こいは、一つだけカタカナで書いてあ る、○ハホがキーワードなんや! ○ハホ の、○の部分が解れば、ちょっと待て よ。わざわざフリガナが打たれているくら いやっけん、漢字の読みを、アルファベッ トに変換するったい」

大和「OYOTOYO、AYUYA、OTO MOTO、AMOMA、AOTOA。ん  っ!? アルファベットも縦に並べると、 左右対称だ。しかも前から読んでも、後ろ から読んでも、同じ発音だ!」

大和「この法則でカタカナの、○ハホをアル ファベットに直すと、OHAHOになる。 つまり○の中に入るのは、Oだ! つまり 五〇音順ダイヤルの、キーワードは、オハ ホだ!」

   急いで大和は、箱のダイヤルを回しま   す。

   まず右に『オ』

   次に左に『ハ』

   最後に右に『ホ』


   ダイヤルを回し終えると、大和は勢い   よく箱を開けようとします。

   しかしまだ鍵がかかっていて、箱は開   きません。

大和「うぬっ、開かん。なんでやろ? キー ワードが正しくなかとや?」

   大和はもう一度、注意深く紙を見ます。

   すると紙の端に、ヒントが書かれてい   ることに気づく。

   そこには『ペレの愛称は?』と書かれ   てあります。

大和「ブラジルのペレの愛称は、サッカーの 王様たい。王様? 王。そうだ王や。 そ、そうか分かった! OHAHOは、オ ハホじゃなくて、オウアホだ!」

   大和はすぐさま、五〇音順ダイヤルを   回します。

   まず『オ』

   そして『ウ』

   次に『ア』

   最後に『ホ』

箱『カチッ!』

   箱の鍵が開きます。

   大和は、深刻な面持ちでついに箱を開   きます。

   大和は、スローモーションのようにゆ   っくりと開けている時に、頭の中で、   キーワードのことがよぎります。

大和(M)「王アホって、まるでアホの王様 みたいじゃ」

   大和は、箱の中から、二人で入れた思   い出の品を取り出します。

大和「おいが入れたのは、二人の写真と、サ ッカー雑誌と、青春の思い出に入れたボロ ボロのソックス。そして麻凛が入れたのは、 おいに宛てて書いた手紙と、俺を撮ったビ デオテープと、自分で編んだミサンガだ」

   大和は、薄暗い校庭で、外灯の照明の   光を頼りに、とりあえず手紙の封を、   ぶっきらぼうに切ります。

   封筒の中を取り出すと、6枚に分かれ   た手紙が出てきます。

   大和は、土が付いた手で、一枚目から   読みます。


手紙・麻凛(N)『おはようかな? こんに ちわかな? こんばんわかな? 私と、龍 次くんが、一緒にこのタイムカプセル埋め てから、10年が経ちましたね。その時、 今、私は、この世界から消えています。私 は重い病気にかかってしまって、お医者さ んから余命宣告を受けました。私の余命は、 あと2年です。たとえその余命を超えて生 きていても、10年は生きられないと言わ れています。生きていられたら奇跡らしい です。しかし私は、まだ自分が死ぬことに 対して、実感が湧いていないのが本音です。 私が死んだら、私はどこに行ってしまう  の?』


手紙『余命宣告を受けたことで私は、大好き な龍次くんとの思い出を永遠のものにする ために、タイムカプセルを買いました。結 構お金がかかったのだよ。だからタイムカ プセルをもらったというのは嘘です。ゴメ ンなさい。もう二つ、私は嘘をつきました。 一つは、大好きなサッカーを辞めた理由で す。なでしこに魅力を感じないとか、仕事 との両立が難しそうだというのは嘘です。 龍次くんの素敵なお嫁さんになりたいとい うのは本当だけれど、本当は、お医者さん にサッカーを続けることを止めさせられた の。お医者さんが病気を理由に、お父さん と、お母さんに圧力をかけて、親から説得 させられたの、トホホ。そしてもう一 つは、私が苦しくて倒れたあと、それはド ッキリなんだよ、といったのは嘘です。と っても苦しかったよ。なんで私だけが、こ んな辛い思いをするの? 本当は、あの時 に気づいてくれて、私を病魔から守って欲 しかったです。なんでサッカーで点を取る ことなんて簡単にできるのに、病気をやっ つけることって、こんなに難しいの? 私 はずっとサッカーがやりたいよ! 何で私 は望んでいないのに、病気は私を選んだ  の? 何で神様は、私の夢が叶うまで待っ ていてはくれないの? ねぇどうして』


手紙『龍次くんと一緒にいられた高校生活は、 とても楽しかったです。龍次くんから告白 されたときは、私も愛おしかったよ。一緒 にサッカーの練習ができて、嬉しかったよ。 一緒に夏合宿をすることができて、楽しか ったよ。その時に松田くんが酔っ払ってい て、とても面白かったね。帰り道は二人っ きりになれて、とてもドキドキしたよ。こ の学校に入れて、とても幸せだったよ』


手紙『きっと今頃、龍次くんは、インテル長 崎で活躍して、人気者になっていて、たく さんの女の子からモテモテでいるのでしょ うね? 一方私はトホホ。多分私は、 タイムカプセルを埋めたあとに、強引に龍 次くんに、別れを切り出したのですか?  私は別れようと言い出しましたか? その 時には強引にでも、私のことを引き止めて よね。私を龍次くんだけのものにしてよね。 以前に私が龍次くんに、『私がいなくなっ たら、どうする?』って聞いたじゃない。 その時龍次くんは、『見つけるまで探し出 して、二度とそがん思いをせんように、一 生支えるたい!』って言ってくれたよね。 私はすっごく嬉しかったよ。だからその気 持ちを、忘れないでね。私のことを、引き 止めてね。無理やりにでも、私をほかの街 に連れて行かせないでね』


手紙『私は、龍次くんの人生のお荷物にはな りたくありません。生きていても、あの桜 の木の下で倒れたように、病気の私と一緒 にいたって、龍次くんは幸せになれません。 好きだから別れるのです。だってそうした ほうが、龍次くんのためになりますもの。 私は矛盾していますか?』


手紙『この手紙を読んでくれたあなたへ~私 が死んでも、私のことを忘れないでね。そ して別の女性と結ばれて、幸せになってね。 今度私たちが出会うはずの、天国という場 所で逢いましょう。天国にも、桜って咲い てるのかな? だからくれぐれも、地獄に 墜とされないようにしてよね。そうしない と私が待ちくたびれちゃうわ。今世では病 気のせいで結ばれなかったけど、来世では 大好きな龍次くんと、今度は結ばれたいの。 それまで、サヨナラ~』


○校庭(夜)

   この手紙を読んだ大和の瞳からは、ポ   ロポロと涙がこぼれだします。

   手紙を持つ手は、プルプルと震えてい   ます。

   先程から降り出した雨が、次第に強く   なって、白い手紙を濡らす。

   大和は上を向きながら、かすかに出る   声を振り絞って泣いています。

   そうしないと、どんどん涙がこぼれて   しまうからです。

大和「何で麻凛は、そがん強くなれっとや! 矛盾しているよ! かわいそうだよ。おい は全然お荷物だなんて思っちゃいねぇよ! 麻凛が倒れた時に、病魔に侵されているっ てこと、なんで気づいてやれんかったとや ろか! おいは何で病気も、怪我もしてな かとに、サッカーをやめちまったとや!」


○二人の帰り道(夜)

   漆黒の空から流れ出す青い雨に濡れな   がら、大和は二人で幸せそうに写った   写真を見て、楽しかった思い出を、思   い出しながら、自宅に帰ります。

   大和はタイムカプセルを持って、ネオ   ンが輝く夜空の下を、泣きながら歩い   て自宅に帰ります。

   その日は妙に青く、しんみりとした町   並みの中で、夜風が冷たく体力を奪う。


○大和宅(夜)

   自宅に戻った大和は、濡れた髪をタオ   ルで拭いて、薄暗い部屋で、ビデオデ   ッキに、ビデオテープを入れて、再生   します。

   大和の部屋は、無造作に置かれたサッ   カー雑誌や、服や、敷きっぱなしの布   団が転がっている。

大和「このテープは、虫に食われて、風化し て、ボロボロになっとるな。おいのソック スに虫がいたんだろう」

   そのテープはボロボロで、音声は再生   されませんが、なんとか映像は流れる。

   テープを真剣に見る大和。

大和「『ヤマトスペシャル』が成功していると ころが写っている。ここで終わりか。短か か映像やったな。スカウト用だからな」

   その日から、大和は麻凛が編んだミサ   ンガを、巻くことにしている。


T「翌日」

○公衆電話(朝)

   翌朝大和は、施設内にある静かなロビ   ーの公衆電話から、浅香先生から聞い   た、麻凛が療養している病院に電話を   かけます。

大和「あ、もしもし、佐世保友愛病院です  か? あ、はい。私、大和龍次と申します。 翼麻凛さんという患者に連絡を取りたいの ですが? あっ、はい。翼さんの個室につ なげてください。(しばらくして)、 あっ、翼麻凛さんですか?」

   電話口の女性が答えます。

麻凛の母「あ、い、いえ、麻凛の母です。今 日は何の用でお電話を」

   大和は、紳士になって聞く。

大和「私は麻凛さんの彼氏だった、同級生の 大和龍次と申します。麻凛さんはそちらに いらっしゃるのでしょうか?(電話の先か らは、3969のロック調の音楽が聞こえ てくる)」

   電話口から、麻凛の母親の声が聞こえ   る。

麻凛の母「はい、はい、じゃちょっと待っ  て、あっ、そう、そう、麻凛はここにはい ないのよ。ごめんね」

   大和は、間髪を入れず聞く。

大和「失礼ですが、お子さんは何人いらっし ゃいますか?」

   電話口からは、少し困惑した声が聞こ   える。

麻凛の母「えぇ、麻凛一人ですが?」

大和「わかりました。失礼します」

   大和は最後に、紳士的な対応で電話を   切る。

   大和は、確信めいた表情になります。

大和「絶対に麻凛はそこにいた。麻凛が大好 きだった3969の曲が流れていた。まだ 余命内だ。絶対に麻凛は生きとる!」


○病院の病室(朝)

   病室は白調でまとまっており、そこに   はベッドで寝ている麻凛と、看病して   いる母親がいた。

   窓の外には、明るく見晴らしが良い景   色が見える。

   麻凛の母親は、ベッドで横になってい   る麻凛に向けて言う。

麻凛の母「麻凛の言うとおりに、龍次くんに は、麻凛はここにはいませんって言ったけ れど、彼氏だったら本当のことを隠さずに 言ったほうが良いと、お母さんは思うわ」

   麻凛は、母の忠告にただうなづく。

   麻凛は確かに病院にいる。

   抗がん剤の副作用で髪が抜けるので、   ニットの帽子をかぶっている麻凛。

   表情は以前より少しやつれている。

   麻凛はベッドの上で、本音を漏らす。

麻凛「こんな姿を、龍次くんだけには見せら れない!」


○職員室

   威厳漂う職員室で、小西先生の前に立   つ大和。

   周りの教師も、唖然としている。

   その大和の表情は、なにか決意に満ち   た顔をしています。

大和「小西先生、退部届けを撤回させてくだ さい! 一度サッカーを辞めてしまった自 分ですけれども、復帰して、もう一度ご指 導ご鞭撻の程、お願いします。俺は県大会 の決勝まで進んで、テレビに映ります!」

   小西先生は、腕を組みながら大きくう   なづく。

小西「うむ」

   その様子をほくそ笑みながら見る浅香   先生。


○学校

T「大和がサッカー部に復帰した夏休み明  け」

   普通にいても太陽の光が眩しい情景。

   蒸し暑さが残る、残暑の季節なので、   日陰に移動する光景が残っています。

○練習場

   運動部員たちが、夏の暑さに負けずに、   練習をしている。

   ちょうど夏休みが明けた頃に、大和は   サッカー部に復帰します。

   サッカー部員のみんなが待っている。松田「やっと帰ってきたな龍次。龍次の事情 は聞いたよ。絶対に決勝まで行って、見国 を倒そうな!」

   そこに、見慣れないサッカー部員がい   ます。

松田「あ、こいつ、転校してきた一年生の、 切れ長の目が特徴の、工藤栄二くどう・ えいじ)〈16〉。まさに左利きの、サッカ ーの天才だよ」

   新人の工藤は、ふてぶてしく挨拶をす   る。

工藤「ういっす」


○学校生活(立冬)

   季節は夏から秋、秋から冬に変わろう   としている頃です。

   学生たちの息も、だんだん白く凍る。

   大和には最後の、全国高校サッカー選   手権の季節です。

   いよいよ新出島高校の挑戦が始まる。


○選手権試合会場・ピッチ

T「大和3年生の選手権県予選」

   新出島高校には一回戦から、大勢の応   援団が駆けつけています。

   高校のサッカー生活が終わる三年生の   ためにも、観客からは魂がこもった応   援が繰り広げられる。

応援団「ミラクル出島! ミラクル出島!」

   誰も、新出島の勝利を疑っている者は   いません。

   大和にとっては、最後の全国高校サッ   カー選手権が始まります。


   応援団にも支えられて、みんなの気持   ちを注魂する部員。

新出島サッカー部「よっしゃぁぁぁぁあ!  行くぞぉぉぉお!」

   ピッチに立ち向かうイレブンは、どろ   んこになりながら、がむしゃらに闘う。

   新出島は勢いで、一回戦から順当に勝   ち進みます。

応援団「やったぁぁぁぁあ! 勝ったー!」

   新出島の快進撃です。

   この勢いに、応援団も活気づく。

応援団「ゴ、ゴールだぁぁぁ! また決まっ たー!」

   新出島は、すべての試合で優位な展開   を繰り広げています。

応援団「て、転校生の新人の工藤が決めた  ー! お前は天才だぁぁぁぁあ!」

   新出島は、気づけば県予選の準決勝に   進んでいます。

   準決勝の相手は、また島原中央商業高   校です。


○準決勝会場・ピッチ

   空は雲ひとつない快晴です。

   一度経験した準決勝の会場に、冷たく   乾燥した外の空気が吹き降ろします。

   新出島高校と、島原中央の応援団も、   自分の力を振り絞って声を出します。

   両校のイレブンが顔を合わせる。

   両校の応援団も、フェンスの網に指を   絡ませる勢いで、腹の底から声を出す。

   新出島対、島原中央の対戦が始まる。

   準決勝のこの試合も、新出島が勢いで、   試合を優位に進める。

   その流れのうちに、右松の得点が生ま   れる。

スタジアム実況「ゴォォォォォオオルゥ!」

   右松は、右の拳を天に突き上げるポー   ズをする。

右松「やりぃぃぃぃい! どうだ見たかぁぁ ぁあ!」

   右松のゴールに、女子が色めき立つ。

応援団「キャー、右松様ー!」

   試合は新出島が1点をリードして、終   盤を迎える。

   すると島原中央が、なんとか同点に追   いつこうと、全員が攻撃参加してくる。   後半ロスタイム。新出島は粘りのサッ   カーで1点を守りぬこうとする展開。

応援団「あっと少し、あと少し、あ~相手選 手が一人ゴール前でフリーじゃん!? し っ、まった、そこにボールが回ってしまっ たー!」

   島原中央の一人の選手が、新出島陣の   ペナルティーエリア内で、ゴールキー   パーの東海林に倒されます。

   主審は、無情にもホイッスルを勢いよ   く鳴らす。

笛「ピーーーー!」

   応援団は、凍りつく。

応援団「あっ、ピ、PK!? PKじゃん!  えっ、レッドカード!? うちのキーパ ーの東海林が、ファウルを犯して、一発退 場!? は~、出島イレブンが大ピンチだ ~」

   この判定に、執拗に猛抗議する監督の   小西勉。

   審判は、小西監督にもレッドカードを   提示して、監督も退場処分になります。   この判定に不服の表情をしながら、東   海林と、小西監督は、トボトボと退席   する。

応援団「えっ、退場ってことは、この試合に 勝っても、東海林晃と、小西監督は、決勝 戦に出場する事ができないじゃん!?」

   慌てて準備をする、第二ゴールキーパ   ーの三年生の、榎木誠。

榎木「うっす!」

   控えの長身の榎木は、待ってましたと   言わんばかりに、久々の出番に活きた   表情をする。

   榎木は水を得た魚のように、自信満々   にゴールマウスに入ります。

   一対一の真剣勝負。

   榎木が、PKキッカーを睨んでいます。   どちらのサイドに飛ぶか、腹を決めた   榎木。

   主審はホイッスルを咥えて、PKを蹴   っても良い、始まりの笛が鳴ります。

笛「ピーー!」

   島原学園の相手のPKキッカーが、ボ   ールを蹴ります。

   応援団は祈りを込める。

応援団「頼む、榎木、頼む、止めてくれ。頼 む、榎木、止めてくれぇぇぇえ! あ っ、榎木がボールを弾いたぁぁああ! 新 出島がPKを阻止したぁぁあ。止めてくれ たあぁぁぁあ!」

   島原中央のPKキッカーが蹴ったボー   ルを、榎木が弾いた。

   新出島の松田が、ボールを遠くにクリ   アする。

   相手のPKを蹴った選手は、悔しさを   にじませた表情をする。

   審判が笛を口にくわえる。

笛『ピーーー! ピーー ピーー』

   試合終了のホイッスルが鳴り響いた瞬   間に、新出島の関係者らは、飛び跳ね   て喜びます。

   榎木は、雄叫びを上げる。

榎木「おぅりゃぁぁぁぁああ!」

   新出島のサッカー部員は、勝利の部員   たちの輪に加わろうと、ピッチになだ   れ込む。

新出島サッカー部員「しゃぁぁぁぁあ! 勝 ったぞぉぉぉおお!」

   新出島高校のお祭り騒ぎが始まった。   新出島は、県予選で決勝に勝ち進む快   進撃を演じて、サッカー部員たちは意   気揚々としている。

   もちろん決勝戦の相手は、あの見国高   校に決まる。

   ライバルたちも鼻息が荒い。


○サッカー部・部室(夕)

T「決勝戦前日」

   決勝戦に向けて部室は整頓されていて、   サッカー部員がみんな揃っている。

   野心に満ちた若者たちが、決起集会を   開いているようだ。

   そこで監督の小西先生は、演説する。

   監督の言葉を、一文字一句聞き逃さま   いと、目を凝らしている。

小西「良いかみんな? 明日はいよいよ決勝 戦だ。今までやってきたことを、全力で発 揮するのだぞ。明日は私は、ベンチで指揮 することができない。だから私の代わりは、 女子の監督の浅香先生に頼んでおいた。相 手にとって不足はない。うちの堅い守りと、 粘り強いサッカーを続けていたら、絶対勝 てる! 方向性を変えずに、我慢してでも、 やるべきことを確実にやっていけば、サッ カーでは必ずチャンスが訪れる。相手が見 国高校であろうと、先制点を取ればどんな 高校にも、君たちは絶対勝てる!」

大西「決勝戦のスタジアムは、諫早市にある 総合運動公園陸上競技場だ。芝のピッチだ が、大村市の隣町なので、違和感を感じて 緊張することはない。そして同点のまま終 了してPK戦に突入しても良いように、今 度はPK戦の練習をしてきた。一年前、  我々は、相手に、強烈なインパクトを残さ れてしまった。しかし怖気づくことはない。 天候が相手に味方しただけなのだ。明日の 天気は快晴で、風も強くない。我が校は、 ここにいるサッカー部員の、誰か一人でも 欠けていたら、このステージまでたどり着 くことはできなかった。我が校として初め ての決勝戦のスタジアムには、君たちが連 れて行ってくれたのだ」


   その話が終わったあとに、一人の生徒   が泣きながらサッカー部室に訪ねてき   ます。

   部室に入ってきたのは、半田和旗だ。

   和旗は涙を流しながら、すがりつくよ   うに告白する。

半田和旗「うっ、やっぱ僕はサッカーが好き なんです。み、みんな、応援でも良いから おいも参加させてください! ずっと怪我 の治療ばしとって、コンディションも整え てきたとです。サッカーを辞めてしまった けれど、やっぱサッカーがやりたいんです。 怪我で体が思うように動かなかったけれど、 体がうずうずしている自分がいたとです。 サッカーが好きだということに対して、嘘 はつけんかったとです!」

   小西先生は、まるで約束の時間に、恋   人が来たかのような表情をして言う。

小西「待っておったぞ」

   それを聞いた和旗は、救われたような   気持ちになって、ますます涙を流して   言います。

半田和旗「うっ、ありがとうございます!」

   和旗を暖かく迎え入れる、サッカー部   のみんな。


○決勝戦会場・新出島高校ロッカールーム

T「新出島高校の控え室」

   控え室は最新の設備が備えられており、   部屋も広く、個人の綺麗なロッカーが   設置されてある。

   浅香先生と、今にも獲物を捕らえよう   とする目をした、男子サッカー部員が   集合している。

   そこで浅香先生は、口火を切った。

浅香「みんな良い? 今日は三年生の生徒に とっては、最後の試合になる。大学に進学 して、サッカーを続ける子もいれば、ここ でサッカーを辞める子もいる。だからみん な悔いが残らないように、一生懸命戦って、 腹の底から応援するのよ。人生はどんなこ とがあっても、命を全うして、前に進まな くてはいけないの。あなたたちは、みんな いろんな事情を持ってプレーしている。で もそれは、テレビを見ている人には映らな い。テレビを見ている人は、あなたたちを ただ一人のフットボーラーとしてしか見て いない。だから誰かに伝えたいことがある のなら、プレーで、内容で、そして最高の 結果で伝えましょう! さぁ、それでは、 スターティングメンバーを発表します」

   浅香監督は、独自の色を出して、シス   テム変更を発表し始めます。

浅香「システムは4‐4‐2から、4‐3‐ 3に変更します。そのほうがサイドを高い 位置に保てるからね」

   これに大和は、感心する。

大和「浅香先生は、サッカーを詳しくなりす ぎ」

   これに女性の監督は反応します。

浅香「アンタ。監督が女だからって、ワタシ のことをナメていない?」

   大和は、浅香監督の剣幕に一歩下がる。大和「い、いえ、そんなつもりでは」


   浅香は威勢良く、勝負師の眼になって   スタメンを発表します。

浅香「ゴールキーパーは、三年生の榎木誠。 チーム最長身で、PKストッパー」

浅香「右サイドバックは、三年生の辻臥来。 何度もアップダウンすることができるスタ ミナがあるわね」

浅香「センターバックは、キャプテンの三年 生の松田昴。これまでチーム全体のことを 考えてくれました」

浅香「もう一人のセンターバックは、三年生 の石丸大我。石のように固い頭が魅力で  す」

浅香「左サイドバックは、三年生の矢尻丈也。 正確なクロスと、向上したスピードが特徴 ね。最終ラインはみんな三年生ね。見国は 後方から一気に、正確なロングボールを前 線に放り込むから、最終ラインは跳ね返し てよね。頼むよ。あっ、矢尻くんだけは留 年したから、まだ登録上は二年生か、ごめ ん」

浅香「ボランチは二人。チーム一、相手のス ピードを止める動きができる、三年生の五 代トメル。そしてチーム一、相手からボー ルを奪う力がある、三年生の山本奪取。ボ ランチは、跳ね返したボールを拾うのよ」

浅香「トップ下は、三年生の廣澤克明。得意 のパスで、前線の三人にボールを供給して ちょうだいね。」

浅香「FWは三人。右に、二年生の右松咲徒。 女の子にいつでもモテるので、女で失敗せ ずに、高校では真面目に、サッカーに打ち 込んでいたわね。先生たちはちゃんと見て いましたよ」

浅香「左は、転校生で一年生の工藤栄二。我 が校に入ってきた、独特な感性を持つ左利 きの天才児」

浅香「そしてセンターは、三年生の半田寿旗。 双子の兄の分まで、緑のキャンパスという ピッチの上で、プレーを表現するのよ。前 線はまるで芸術家のように、独創的に描く の。当たり前のプレーをしていたって、相 手にとっては想定内よ。相手が見国という こともあり、守備に回る機会が多くなると は思うけれど、なんとか後ろから支えて、 繋いだボールを、あなたたちがゴールに押 し込むの。わかった? 以上が先発メンバ ーです」

   先発メンバーの名前に、大和の名前は   なかった。

   それでも大和は、落ち込んではいない。   ただチームがどうやって勝つのかだけ   を、考えている。

   最後に浅香監督は、こう言って選手た   ちを送り出す。

浅香「みんなは、誰が欠けてもここまで勝ち 進むことができなかった。サッカー部の人、 いや、学校のみんなの支えで、君たちは決 勝のピッチに立つことができる。決して一 人じゃないのよ。苦しくなったら、みんな のことを思い出しなさい。さぁ、思う存分 暴れてきなさい」


○ピッチ

   巨大な決勝のスタジアムには、この試   合を心待ちにしていたファンが詰めか   けます。

   空は、カラッと乾燥した晴天だ。

   はるばるやってきた観客や、応援団は、   待ち望んでいた高校生たちの熱気に、   外の冷えた空気も感じませんでした。

   ピッチの中央には、審判と、両校のキ   ャプテンが立って、説明を受ける。

   さすがに決勝戦は、特別な雰囲気が漂   っている。 

   両チームで22人の選手と、三人の審   判が、フィールドの上に集合している。

   そこで主審が、試合の開始を告げる。

審判「じゃ、試合開始になります。お互いに 正々堂々とやりましょう。それでは試合開 始です」

   主審が笛を咥えます。

笛『ピーーーー!』


○実況室

   実況室は、スタジアムの観客席に設置   されていて、モニターや、マイクなど   の機材が、場所を占めている。

   スタジアムの実況席には、解説者と、   実況のアナウンサーが座っている。

   その二人のトークで、番組が始まる。

   この試合は県内ネットで流されていて、   高校サッカーを待ち望みにしている視   聴者が見ている。

実況「さぁ、今、キックオフの笛が鳴らされ て、長崎県大会の決勝戦が始まりました。 この試合の解説は、サッカー評論家の、ゼ ルシオ越後屋〈50〉さんです」

   大御所サッカー評論家が登場する。

ゼルシオ「みなさんこんにちわ。ゼルシオ越 後屋です」

   実況は、決勝戦の展望を聞く。

実況「ゼルシオさん、この試合の展望をお聞 かせください」

   ゼルシオ越後屋は予想する。

ゼルシオ「そうですねぇ、やはり見国高校が 試合を優位に進めると思いますね。しかし 新出島高校も、先制点を取ればわからない と思いますね」


○ピッチ

   試合が始まって序盤、見国が持ち前の   堅守速攻で、新出島のゴールを脅かす。

   その圧力を、ひしひしと実感する出島   イレブン。

松田「うっ、こ、れが王者のサッカーか!?」

   しかし新出島は、粘りのサッカーでな   んとかゴールを割らせない。

   見国は一方的に、新出島ゴールを攻め   立てる。

   しかし、しだいに出島イレブンは、見   国の圧倒的な、猛攻の勢いに慣れてき   た。

   試合開始から、10分が経った頃です。

   監督の浅香先生は感じ始めます。

浅香「良い感じになってきたぞ、序盤に勢い で猛攻を仕掛けてくる相手に対して、守備 が安定してきた。このままいけば相手の攻 撃に慣れて、ディフェンスが安定する。失 点しないように、相手の攻撃陣を自由にさ せなければ良い」

   新出島は、見国の攻撃に慣れ始めて、   しだいに守備が安定しだす。

   するとその分、攻めに行く割合が増え   てくる。

工藤「右松、俺に渡せ! よし、このボール は、寿旗に任せたぞ!」

   新出島は、なとか後ろから運んできた   ボールを、前線の半田寿旗につなぎま   す。

浅香「いけーー寿旗! シュートを撃てぇぇ ぇぇえ!」

   寿旗は、自慢の右足を振り抜く。

半田寿旗「しゃぁぁっぁああ!」

   主審が笛を鳴らす。

笛『ピーーー!』

   寿旗が、見国の選手に倒されて、ピッ   チにうずくまっている。

応援団「や、やったぁ。シュートは撃てなか ったけれど、倒されて、相手のゴールの近 くで、FKフリーキック)を獲得したぁ ー!」

   スロー映像が流されると、寿旗はペナ   ルティーエリア外で、ファウルを受け   て、直接FKを獲得していた。

   寿旗を倒した見国の選手には、警告と   してイエローカードが提示される。

   激しく痛がり、起き上がらない寿旗。

   浅香監督は、寿旗の異変に気づく。

浅香「ん、どうした寿旗、なかなか起き上が らない。えっ、ひょっとして負傷!? 続 行不可能なの?」

   ピッチに倒れて、寿旗にタンカが用意   される。   

   それを心配そうに見守る浅香監督。

   寿旗は負傷して、タンカで運ばれて、   プレーを続けることができません。


   それを確認した浅香監督は、交代用紙   に名前を書きながら、開き直った顔で   言う。

浅香「しゃーない。和旗、出番よ! ずっと コンディションと、FWの感覚は保ってき たのでしょ? 左利きは普通の右利きと違 って、感性が違うのよ。それが相手の最終 ラインで、ギャップを生み出す。そのギャ ップが生じたポジションで、相手の守備網 が崩れ始めるの。そのチャンスを、見逃さ ないのよ。さっきまで戦っていた、同じ感 覚を持っている無念の弟の分まで、いって らっしゃい!」

   監督の浅香先生に、背中を叩かれて注   魂された兄の和旗が、弟の寿旗に代わ   って、ピッチに入ります。


○フリーキック地点

   新光ヶ丘のフリーキックのチャンス。

   FKの地点に、新出島の選手たちが集   まっています。

   観客もその様子を見守る。

   どうやらFKは、一年生の工藤が左足   で蹴ります。

工藤「うりゃぁぁあ!」

   工藤が蹴ったボールは、勢いよく見国   のゴールマウスにはじけ飛ぶ。

   そのボールを、見国のゴールキーパー   はキャッチすることが出来ない。

『カン!』

   応援団の期待が高まる。

応援団「えっ、はっ、入った!? あ~、ク ロスバーに当たった音か、惜しい!」

   ボールがバーに当たる金属音が、会場   に響きます。

   そこで審判の笛が鳴る。

笛『ピーーー!』

   ここで前半の終了です。

   電光掲示板には0対0の文字が映し出   せれて、試合は後半に向けて折り返し   ます。


○新出島高校のロッカールーム

   サポート役が、椅子に座っている出島   イレブンに、タオルや飲料水を与える。

   サッカー部員の熱気が、ムンムンとし   ています。

   そこで出島イレブンは、勢いづいてい   ます。

松田「俺たちはやれるぞ! 一年前には通用 しなかったことが、今日は通用してできて いる。先生たちが教えてくれたことをやっ ていたら、必ず結果は付いてくる。みんな やってやろうぜ!」

   出島イレブンは、自信がみなぎった目   をして、意気込んでいる。

   監督の浅香先生も、イレブンに声をか   ける。

浅香「みんな良い? 後半も当たり前のこと を、当たり前にやって、相手を自由にさせ こと。それをやっていれば、絶対にチャン スはやってくる。そのチャンスを忍耐強く、 うかがっていたら、必ず先制点は生まれる。 我慢して一途に待ちながら、繰り返し最善 の準備をしていた人が、成功するの。サッ カー部のみんな良い? 全員で声を出すよ ー。後半もいくぞー! オオォォォオ!」


○ピッチ

   前半の熱いプレーで、寒い冬に生えた   芝のピッチが荒れています。

   その状態が、高校生たちの熱戦を物語   っています。

   息が上がっていた選手たちも、呼吸を   整えて、勝負の後半に向かいます。

   両校の選手22人が、後半のピッチに   集まっています。

   その誰もが、自分たちは負けないと信   じています。

   光イレブンは、時はまだかと、後半の   開始を合図する笛の音を待っている。

   審判たちは、ピッチの中央で準備中。

審判「はい、後半の開始です」

   主審は、くわえた笛を勢いよく鳴らす   と、乾いた空に響き渡る。

笛『ピーーー!』

   主審の合図で、後半が開始されます。

   観客も、再び自分たちのチームに対し   て応援を開始する。


○ピッチ

   ハーフタイムに新出島と同様に、大嶺   (おおみね)監督から策を伝授され、   消耗した体力を回復した見国の選手た   ちの、眼の色が変わっています。

   後半開始直後に、見国の選手が一瞬の   隙をついて、強引に突破してくる。

松田「やべっ、逆サイドにフリーの選手がい るぞ! サイドの辻、止めてくれぇえ!」

   辻は、体を張って見国の選手を止める。

笛『ピーー!』

   右サイドバックの辻臥来が、ペナルテ   ィーエリアの外で、見国の選手にファ   ウルを犯します。

   その接触で、うずくまる辻臥来。

   辻の異変に、応援団も気づく。

応援団「ええっ、うちのファウル!? 辻が 倒した、ん、辻が起き上がらない、ま た怪我人!?」

   その様子を、選手と一緒に戦いながら、   歯をきばって見つめている浅香監督。

浅香「ちっ、二人目の怪我人か!? 右サイ ドバックの代わりね、よし、大和龍次、出 番よ! バックスは中盤よりも勝手が違う のかもしれないけれど、自分の気持ちをプ レーで伝えたいことがあるのでしょ? そ れを表現して、男らしいとこを見せなさ  い! あの子もきっと、見ているはずよ! さぁ、いってらっしゃい」

   大和が最後の選手権の舞台に立ちます。   辻に代わって、大和が右サイドバック   に入ります。

   ピッチに入った大和は、大声で吠える。

大和「やってやるさぁぁあ! 見てろやぁ」


○フリーキック地点

   見国のFKの場面です。

   見国の選手がボールを蹴ります。

   ボールはゴールの隅に向かって飛んで   いく。

松田「や、べぇっ」

   しかしそれを、ゴールキーパーの榎木   がパンチングで弾く。

応援団「あ~助かっ、あー、でも、こぼ れ球を見国の選手がとった!? ゴールマ ウスがガラ空きだー!」

   こぼれ球をとった滝山第二の選手が、   シュートを放ちます。

   そのボールは、綺麗にゴールに吸い込   まれていく。

観客「いやったたぁぁぁぁ!?」

   無情にも、ホイッスルが鳴る。

笛『ピーー!』

   新出島応援団も、ゴールインを確信す   る。

応援団「あ~ボールがゴールに入った。ゴー ルインだ、……でも、まて、まて、まて、 まて、この笛は、オフサイドの笛だー!?」

   審判はオフサイドのポーズをします。

   見国のゴールは取り消されます。

   見国の選手たちは、それに対して猛抗   議しています。

   残念がる見国イレブン。

   しかしこの笛からの再開を、チャンス   に考えている選手がいます。

   それは大和と、松田です。


○間接フリーキック地点

   松田は再開のポイントから、一気にロ   ングボールを前線に送ります。

松田「いけぇぇえ、龍次! 勝負だぁあ!」

   松田の気持ちがこもったボールは、前   線に飛び出していた大和に繋がります。

大和「ははっキター、ビッグチャーンス!」

   前回対戦で出場していないので、デー   タがない大和を、サイドバックの選手   と認識して、その大和の対応に回る見   国高校。

見国の選手「もっ、もうゲームは再開されて いるぞ!? なっ、んで、こんなところに サイドバックの選手がいるのだよ! 間に 合わねぇ、良いシュートを撃てないように、 体をぶつけろぉぉぉお!」

   その時です。

   大和はそこで、必殺技のヤマトスペシ   ャルを発動します。

   かかとからボールを浮かして、ボール   が芸術的な弧を描いている間、大和は   一人相手を抜いて、ペナルティーエリ   アに侵入した時に、上空のボールが、   大和の前方に落ちてきます。

   みんなの想いを乗せて、大和が相手ゴ   ールを脅かす。

   大和は、右足を振る。

浅香「ぶっちぎれー! 大和!」


   主審はペナルティマークを指して、P   Kの合図の、ホイッスルを鳴らす。

笛『ピーーー!』

   スロー映像が流されると、大和はペナ   ルティーエリア内で、見国の選手に倒   されていました。

   この判定に、応援団も色めき立つ。

応援団「えぇ、PKじゃん!? やったPK だ! まじで? そして相手にはイエロー カードが提示ま、まて、まて、まて、ま てよ、あいつ二枚目じゃん!? 二枚目の 警告で、見国の選手が一人退場だー」

   大和はニヤリとします。

   なんと大和は、この舞台で、相手選手   の退場と、PKの獲得を狙っていたの   です。

   退場処分を受けた見国の選手は、悔し   さをにじませながら、驚き、未練を感   じさせる表情をしながら、後悔して、   トボトボとピッチから去ります。

観客「ウオオオォォォォォ」

   決勝の会場が、この番狂わせの展開に   ざわつき始めて、空気が変わります。

   この異様な空気の中で、大和は近くに   あったマイクを握って、県内ネットで、   テレビを見ているであろう麻凛に向か   って伝えます。

大和「見てるか麻凛? 聞いているか麻凛?  生きているか麻凛? おいはお前が良い んだよ! 麻凛じゃなきゃダメったい。だ からもう一度だけ逢いたか。だから」

   この大和の暴挙に、音声さんが、マイ   クを強奪する。

音声さん「こら君!? マイクを離さんか  い!」

   この光景は、テレビを見ているお茶の   間にも流されている。

  

○ペナルティーマーク地点

   ペナルティーエリアに集まる、出島イ   レブン。

   そこで、PKを誰が蹴るかを話し合っ   いる。

松田「PKは、もらった龍次が蹴れよ」

大和「いや、このPKは、お前が蹴れよ、和 旗」

   大和が指名したのは、半田和旗でした。   大和が、みんなの思いが込められたボ   ールを和旗に託します。

   和旗は、そのボールを戸惑いながら受   け取ります。

   和旗は少し困惑しながら、しかし素直   にご指名に応える。

半田和旗「え、僕で良いの? (少し間が空く)それじゃ、うん、蹴ってみるよ」

   和旗は、ボールをペナルティーマーク   に置きます。

   観客も、応援団も、願いを込める。

   この場にいる人は、一心に注目する。

応援団「頼む入れてくれ、頼む入れてくれぇ ぇぇえ。たとえ外しても、きみに誰も文句 は言わないだろうさぁ」

   浅香は見ていられずに、目をつむる。


   この緊迫した盛り上がりの中で、ペナ   ルティマークに立つ和旗。

   そして自分の想いを込めて、ボールを   蹴る。

半田和旗「えりゃぁぁぁ!」

   次の瞬間、主審の笛が鳴る。

笛『ピーーー!』

   スロー映像が流されると、和旗が蹴っ   たボールは、ゴールネットに突き刺さ   っています。

応援団「は、入ったぁぁぁあ! 見国から先 制点をとったぁぁぁあ!」

   選手も、ベンチも、みんな出てきて喜   ぶ。

   その様子に気づいた浅香監督は、PK   の成功を悟り、飛び跳ねて喜ぶ。

浅香「えっ、入ったの!? やったやった!  勝てる勝てる! 見事な先制点。しかも 一人退場!」

   和旗のPKが入って、新出島高校のお   祭り騒ぎが始まります。

   そして観客も、この試合の展開に驚き   を持って、新出島高校のみんなになっ   て、歓声を上げる。

観客「ウオオオォォォォオ」

   PKを決めた和旗は、嬉しさのあまり、   ベンチのみんなのところに向かって、   応援団とともに喜びを分かち合います。大和「やったな和旗!」

   寿旗は、冷静に応える。

半田寿旗「僕は寿旗です」

   大和は、やっちゃった表情をする。

大和「あ、また間違えた」

   この異様で、独特な空気に、スタジア   ムにいた人は皆、飲み込まれる。



笛『ピーーー! ピーー ピーー』

実況「この試合終了を示す、ホイッスルが鳴 り響いた瞬間、長崎県大会の優勝校が決ま った!」

スタジアム『ワワァァァァアア』


T「~試合終了」

○実況室

   実況席には、90分間実況をして疲れ   きった表情をしているアナウンサーと、   いつものひょうひょうとした表情の、   ゼルシオ越後屋さんが座っている。

   アナウンサーは、視聴者に言葉のメッ   セージを送り始める。

実況「え~、ただ今、試合が終了しました。 試合結果は1対6で、見国高校の大逆転勝 利です! ゼルシオさん、見国は強かった ですね。解説者のゼルシオさんは、この最 終結果をどう見ますか?」

   ゼルシオ越後屋さんは、堂々として、   的確な内容を解説する。

ゼルシオ「やはり新出島のゴールキーパーが、 負傷交代したのが痛かったですね。新出島 の榎木くんが負傷して、代わりに一年生の ゴールキーパーが入ったところが、ターニ ングポイントだったと思いますね。怪我人 が三人も出て、出場経験がない、慣れてい ない一年生のゴールキーパーが入ってきて から、連携面で不備が出て、同点ゴールが 生まれました。それから試合が変わったと 思いますね。10人の見国が同点ゴールを 決めたあと、ゲームプランが崩れた新出島 は、攻撃の策を持たないから、攻めが停滞 して、守備一辺倒になった。2失点目から は、無理にでも攻め上がって点を取りに行 ったことによる、その反動で攻守のバラン スが崩れて、プレスが効かなくなった。そ してズルズルと次々に失点した。しかし負 けた新出島にも、大和龍次くんという面白 い選手がいましたね。彼は最も、見国を  脅かした男だと思いますね」

   実況も、感想を言う。

実況「新出島高校の大和くんが、10人にな った見国高校を目覚めさせて、本気にさせ たという印象でした。決勝戦は、10人の 見国高校が逆転して、全国の切符を掴んだ という試合でした。これにて長崎県の県予 選決勝をお送りしました。それでは」


○スタジアム外(夕)

   さっきまで盛り上がっていたのが嘘み   たいに、周囲は静まり返っています。

   大勢の観客は、帰路に就いている。

   真っ青に染まっていた青空が、今は夕   日に染められている。

   そこに見国高校の、退場した選手がい   ます。

   その選手に、大和は言います。

大和「確かに見国の方が上だ。ばってん、チ ームワークでは、うちの方が上たい。でも 7点は獲れなかったな」

   見国の選手は、呆れた表情で、その場   から去りながら言う。

見国の選手「ふん」


T「翌日」

○学校(朝)

   朝練で集まった部室で、サッカー部員   となだめ合う浅香先生と、小西先生。

浅香「ゴメンゴメン。私の采配ミスだわ。み んなごめん」

   それに対してサッカー部員は、

サッカー部員「いや、そんなことないですよ。 僕たちの実力不足です」

   それを聞いた浅香先生は、自信が芽生   えます。

浅香「あら、そう!? じゃまた、男子の監 督しちゃおうかしら」

   この発言に、小西監督が慌てて出てく   る。

大西「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、そうなると 強力なライバルが出来て、私の存在価値が なくなってしまう(涙)」


○校内・廊下

   ピカピカの廊下の脇には、生徒の賞状   や、写真が飾られている。

   そこをポケットに手を入れながら普通   に歩いている大和を、浅香が見つける。

浅香「あら、大和くん。そうそう、あのあと、 翼さんからなにか連絡はあったの?」

   大和は昨日までの疲れを感じさせずに、   ハキハキと答えます。

大和「いえ、まだ、でも、俺は進路を決 めました。俺は昴のように、NIFAニ ィファ)のコーチ部門の専門学校に入って、 指導者の資格を取って、浅香先生たちみた いな立派な教員になります!」

   浅香先生は、にっこりと微笑んで、

浅香「そう」



T「大和・新出島高校の卒業後」

○総合サッカークラブ・NIFA内・講壇室

   大和は高校卒業後に、NIFAのサッ   カーコーチ部門の専門学校に入ります。   小高い丘の上に建てられたNIFAに   は、専用のピッチがあって、自然もあ   り、近代的な建物がズラリと並ぶ。

   景色もよく、高砂市街が見渡せる。

   そのNIFA本部に、サッカー講師と、   初日の受講生が集まっています。

   そこで大和は、軽快に自己紹介をする。

大和「地元の大村市から来ました、新人の、 大和龍次です。新出島高校の出身です。好 きな女性のタイプは、優しくて、大人しい 女性です。自分のサッカーネームは、『見 国を最も脅かした男』です。よろしくお願 いします!」

○NIFA内・廊下

   初日の新人受講生は、講壇室から出ま   す。

   みんな、維新に溢れた人ばかりです。

   廊下には成績表や、試合の時の写真が、   額縁に入れられて並べてある。

   その廊下で、一人の講師が、大和のも   とにやってきて、ビデオテープを渡し   て言います。

講師「ねぇ君、大和龍次くんだよね? 君が 昔、我がNIFAに送ったビデオテープが あるんだ。それを引き取ってもらえないか い? 倉庫の中がいっぱいなのだよね。で も変なビデオを送ったよね。君のそのイメ ージと、今日の君の『見国を最も脅かした 男』という自己紹介が一致して、顔と名前 が一致して、思い出したんだ」

   廊下で難しい顔をしながら、テープを   受け取る大和。


○大和宅(夜)

   部屋は照明の豆電球だけが明るくて、   外はもう真っ暗闇だ。

   相変わらず部屋は散らかっている。

   大和は、ボロボロではないビデオテー   プを、ビデオデッキで再生します。

大和「何だよ変なテープって、麻凛のやつ間 違えて、Hなビデオでも送ったっちゃなか とや!? それにあいつ結局ダビングして、 NIFAに、スカウト用のテープを送っと っとやろが」

   ビデオデッキにつないだテレビからは、   大和の『ヤマトスペシャル』の映像が   映っています。

大和「ボロボロのテープとは違って、『ヤマ トスペシャル』が失敗している映像だった。 なんでこがんシーンのところば送ったとや ろかん、ちょっと待てよ、失敗した映 像ば、NIFAに送ったということは、お いがプロクラブのインテル長崎に、入団す ることができずに、女の子からキャーキャ ー言われんと、自分だけのもんになって、 私のところだけにいてほしいということか。 麻凛はおいを、ほかの女に盗られたなかっ たのか、あいつの最後のわがままだった  な」



T「10年後」

○グラウンド

   年輪を刻んだ大和が、芝のグラウンド   で子供たちにサッカーを教えている。

   サッカー場の周りには、桜の木から、   花びらが舞っている。 

   太陽の下、数面のピッチの上で、少年   少女たちがサッカーに講じている。

   大和は今でも、タイムカプセルを開け   た日から、あのミサンガを巻いている。

   子供たちは真剣に、一人のフッボーラ   ーとして戦っています。

   その子供たちに、大和は指導します。

大和「そこー。サイドば変えて、もう一度作 り直さんねー」

   そこには同じ指導者の、松田昴もいる。


○ベンチ

   大和と、松田は、サッカー小僧の子供   たちの将来を熱く語る。

大和「なぁ、昴。昴のとこにも良か選手が入 ってきたたい。ま、天才が生まれたら、そ ん子にチームプレーば教えるっちゅう、お いたち指導者への挑戦になるからな」

 

   子供たちの練習の終了後。

   車の近くで帰り支度をしている大和の   隣には、車椅子に乗った女性が元気に   います。

   それは、翼麻凛でした。

   帽子をかぶって、少し大人びた麻凛は、   花びらたちが祝福する桜並木の下で、   印象的な笑顔を魅せています。


『私たち二人が一緒にいるってことは、ここって、天国なのかな? 今でもこうやって、桜の花を見られてるし』

『いや天国ではないさ。でも地獄でもない。新薬が開発されて、移植したドナーの骨髄が適合しただけではなく、生きたいという気持ちが強かったから、俺たちはこうやって、この世界に根を張って、しっかりと生きているのだよ。』             〈了〉

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