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皇国哀史 第二話

少しずつアルフレッドの理性が崩壊していくといいと思います。

 追手をまく頃には、もう夜が更けていた。アルフレッドは野営の支度をするため、湖畔に腰を据えることを決めた。長い眠りから覚めたばかりで頭が働かないのか、少年は心細げに辺りを見回していたが、次第に状況が飲み込めてきたようで、支度を手伝い始めた。一通りの準備を終え、集めた薪に火を灯す。温めたパンとチーズを差し出しながら、アルフレッドは少年に尋ねた。

「お前はリュシエンヌ殿下の身代わりか? 本物の殿下はどこに?」

 少年は首を振った。

「いいえ。母上は私の身代わりになり暗殺されました」

 少年は顔を伏せた。

「それでは、殿下にご子息が?」

「ええ。しかし、皇子の私の存在はイエルダに取って邪魔だったのでしょう。イエルダの王位をついだのは側室の子です」

「これは、ご無礼をお許しください、殿下」

 アルフレッドは一歩下がり、皇子に最敬礼の姿勢を取った。

「良いのです。皇子とはいえ、私に継ぐべき国などないのだから。気軽にクラウスと呼んでください」

「しかし、殿下。それではけじめがつきませぬ」

「そうですか、それならあなたの、いや、お前の気の済むように呼んでくれて構わぬ」

 皇子は整った顔をすこし歪めて笑った。冷たく彫刻のようだった頬に赤みがさす。その笑みの美しさはアルフレッドにめまいを起こさせた。

 アルフレッドもヴァルナリスの由緒正しき騎士である。美しい女などいくらでも知っている。しかし、皇子の美しさは女のそれとは全く違った。大人の男になれば確実に失われてしまうであろう儚い色気に、アルフレッドの心は揺れた。

 皇子はアルフレッドの思いに気づかないのか、手渡されたパンをちぎって無心に口に運んでいる。

「ともあれ、お前は私を助けてくれた。礼を言うのが遅くなったな。そんなに離れずともよい。お前もこちらに来て食べぬか。うまく焼けておるぞ」

「いえ、私は」

 ヴァルナリスでは男色は騎士にとって珍しいことでなく、むしろ純愛の象徴ともされている。だが、仕える主君への邪な心となれば話は別だ。

 アルフレッドは浮かんだ邪念を振り払うように頭を振った。

「クラウス殿下。私めと共にヴァルナリスへ参りましょう。事は一刻を争います」

「どういう事だ? 何故母上を連れ戻しに来た?」

「殿下が封印されてから、我が国はイエルダと五十年の長きに渡って戦っております。このところ、戦況が大変厳しく国は荒廃の一途を辿っているのです」

「そうか。民はさぞかし辛い思いをしておるのだろう」

「はい。我らも戦況を打開すべく日々奮戦しておりますが、イエルダは大国。一筋縄にはいきませぬ」

「そうであったか」

「リュシエンヌ殿下には特別なお力があり、我らに常に勝利をもたらして来られたと伝わっています。それを知ったイエルダは、リュシエンヌ殿下を后として向かえたいと申し出ました」

「人質、というわけか」

 アルフレッドは頷いた。

「ええ。しかし殿下を手元に得るやいなや、イエルダは和平条約を一方的に破り、ヴァルナリスに攻め込んできました。我らはまんまと出し抜かれたのです」

 聞き終えた後、皇子はしばらく火を見つめていたが、口を開いた。

「そして、救いだして見たはいいが、母上は既に亡くなっており、私であった、ということか。ヴァルナリスの民に合わせる顔がないな」

「いいえ、貴方様はリュシエンヌ殿下の血を引いておられる。きっと我等に勝利をもたらしてくださいます」

「そうであればよいが」

 アルフレッドは言った。

「さあ、殿下はお休みください。私が番をいたします」

「私はいい。今まで散々眠っていたのだからな。お前こそ休め」

「なりません。殿下を命にかえてもお守りし、無事ヴァルナリスにお連れするのが我が務め。そうでなければ騎士の名が折れます」

「そうか、では休ませてもらうことにする」

 それから数分も立たないうちに、皇子は安らかな寝息を立てていた。寝顔は年相応にあどけなく、アルフレッドはその柔らかそうな頬を撫でようとつい手を伸ばしたが、済んでのところで思いとどまった。

「俺も少し疲れているらしいな」

 アルフレッドは白い息を吐きながら空を見上げた。ザルサの黒い森の木々から丸い月が垣間見えた。


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